路地裏の嵐
「なるほどね、で、俺を捕まえるって? ただ俺が黙って捕まるとでも思ったか?間抜けが!」
馬鹿な男だ。黙っていて油断させてから捕まえれば対処できなかったものを。
しかし本当にその可能性は頭から抜けていた。
我ながら間抜けすぎる。
班から離脱したあの時、クソ講師にオークを見つけたから倒してこいという曖昧な指示を受けた。
それに対し、最初は講習生相手に何を言ってるんだこの馬鹿は、という気持ちから素直に従う気にならず、リリィ講師もリーダーのユリウスも反対してくれたので、嫌いな奴だということもあって徹底的に逆らった。
結果3人の講師が喚いて大変な騒ぎになった。矛先がユリウスに移ったり、リリィ講師に移ったり、他の班員に移ったりしてかなり揉めた。
まるでだだをこねた子供と話している様だった。癇癪を起こしたガキだ。
1人が騒いでるだけなら放置で良かったのだが、指揮を預けられた講師が3人が主張する意見。
さすがにそれを無視することは出来なかった。
ユリウス班の一部の女が彼ら3人に同調したのも痛かった。
あのクソ女どもは改めて殺すリストにのった。
自分以外の誰かを単独で動かすわけにはいかず、仕方ないのでユリウスに12班も併せて任せる形で俺が折れた。
そうゆう意図が裏にあるとは気づかなかった。
確かいかなる理由があっても講習生のギルド敷地外での単独行動は問題となるはずだ。
ぶはははは、意気揚々と過ごしてきたのにもう詰んでしまった。
さらば俺の異世界ライフ。
ハーレムを目指すはずがここから奴隷に落ちるわけだ。
参ったね。
とはいえすんなり捕まるのもアホらしい。
抵抗に抵抗を重ねてやろう。
前世でも俺は最後まで諦めなかった。諦めの悪い男だ。
あの3人の講師は必ず〝魔剣グラム〟の錆にしてやる。
その前にまずは目の前のこいつらだ。
奴隷に落ちる前に精々暴れてやる。
そう思い、目の前のハーフドワーフを睨み付ける。
〝魔剣グラム〟を構え戦闘態勢へと入った。
「待った、待ってくれ。もうそんなつもりは無い。
頼む、そんなことしないから聞いてくれ。」
男は先ほどの威勢はどこに随分大人しくなっていた。
俺は顎先で続きを促す。
「もう通行料なんて言わないし、どこかに逃げるなら手伝う。
手伝うから、頼む、弟を治してくれ。あのままじゃ死んじまうかも知れない。
この世でただ1人の兄弟なんだ。」
男の指す先には俺が叩きのめしたハーフドワーフの片割れが転がっている。
先に叩きのめしたほうだ。
あの時は多数に囲まれた上体だったので結構強くやっている。
なるほど、あれを治して欲しくて下手に出てきたわけか。
泣かせる兄弟愛だな、反吐が出る。手の平くるっくるだ。
「ふーん、さすがにそれを鵜呑みに出来ない。
武器を寄越せ。その上でなら軽く治してやる。あれを全快にするのはお断りだ。
そこまで信用出来ない。
代わりに死にそうな部下ならば、死なない程度に治してやってもいい。
それが嫌なら別にいい。
奴隷に落ちる前の八つ当たりだ。派手に巻き込んで殺してやる。」
「ぐっ・・・・わ、分かった。頼む、弟を、治してくれ、下さい。
お願いします。」
ハーフドワーフの男が俺の前で平服した。
俺は死なない程度に加減して魔力を送り治癒魔法をかける。
正直なところ他人を治すのは自分を治すより難しい。
思うよういかないのだ。
ハーフドワーフの弟は少し治しすぎてしまったようで、思っていたよりも元気になってしまった。
起きて飛びかかってくるかと思ったが、治った身体をみて呆然としていた。
そこへ兄ハーフドワーフが抱きついて喜んでいる。
俺はざっと見て廻り今にも死にそうに見える奴に動ける程度に。大げさに痛がってる奴は表面だけ回復して廻った。
動けるようになった何人かは自分の身体が動くことを確かめると走って逃げだしていった。
礼くらい言ってもいいと思うんだけどな。
俺が怪我させたとはいえさぁ、これだから教育を受けてない奴は、と少し憤慨したがよく考えたら教育を受けていても礼も言えない奴らは一杯いる。
お礼を言うと死んじゃう病の奴らなのだろう。
次は治してやらん。
ハーフドワーフの兄弟は治してやったことの礼を言い、もう戦闘する意志は無いことを改めて伝えてきた。
鵜呑みには出来ないが、そこまで警戒しなくてもいいだろう。
彼らを含め彼らの部下どもを車座に座らせて、情報収集として話をすることにした。
水魔法を使って水を出してやると、驚愕していた。
俺の水魔法の水は飲める。飲食に用いても問題無い、それは師匠たちとも確認してある。
比較的綺麗な入れ物を用意させ、お茶がわりに飲み水を振る舞ってやった。
スラムの水は汚くて、俺が飲む気にならない。
「ふーん、やっぱり元冒険者なのか・・・」
「ああ、Jランク止まりだけどな。俺たちが冒険者だった頃は初心者講習なんてなくってよ。苦労したもんだ。
だが5年前の戦争のゴタゴタでここに逃げてきた。それから隠れて住んでるってわけさ。」
「そこがよくわからん。なんで戦争が起きると冒険者を廃業して逃げるんだ?」
「廃業してるわけじゃない。失効してなきゃまた仕事は出来る。
ただ・・・その期待はうすい。見ての通りさ。」
「言いたくない話か? 俺はこの辺りの事に疎い。講習のために最近こっちに出て来たんでね。
聞かないと分からない事が多すぎる。
出来ればもう少し掘り下げて言って欲しい。言える範囲で構わないが。」
「・・・・・この街で大規模な戦闘が起こったときに貴族が兵隊集めに真っ先に徴集したのが普通人以外の人族だったんだ。 獣人、ドワーフ、エルフ、魔族。特に俺ら混血種への迫害は酷かった。
有無を言わさず強引に徴集をかけられて、敵味方に別れて最前線で殺し合わされた。
顔も知らん名前も知らない貴族の陣営に組み込まれてだ!
今スラムにいる奴はそのときの徴集から逃げ出した者がほとんどだ。
あんた・・・歳はいくつだ?5年前の戦争の時に参加してたって事は・・・」
「無い無い。それは絶対に無い。〝鑑定〟で18歳だった。
成人前だし、さすがにそれは無いだろう。」
5年前は転生していなかったし、さすがにそれは無い。
参戦してたやつにする話じゃないことはわかるがな。
改めて周囲の奴らを見渡すと確かに犬耳だったり猫耳だったりするような耳が生えている。尻尾も生えている。
汚れてて真っ黒でよく分からなかった。
多分男相手だとそこまで見る気もない事が大きい。
この辺は反省しなければならない部分だ。
よく見ればさっきの子供の頭にも獣耳がある。
おかしいな、憧れの獣耳なのに全然ときめいて来ない。
俺の心にさっぱり響かない。
まぁ1つ謎が解けたか。講習に獣人を含め他の人種が全然いないのはおかしいと思っていたんだ。
ドワーフよりそっちとの邂逅が先だろうと何度思ったことか。
「なるほど・・・それで表にはでられない訳か・・・」
「ああ、あんたも・・・多分脱走扱いになるだろう。講習を逃げ出しても解雇で終わりだが、戦争で逃げたら奴隷落ちになる可能性が高い。
そんなわけでおれたちがあんたを捕まえても何の得にもならないんだ。
探られたくない腹を探られる事になる。」
「ふーん、そこは理解出来た。
でも俺がオークの首を持っていけばギルドには釈明出来ないか?脱走じゃ無いって。」
「ギルドに聞く耳があるならな。あんたに強いコネでもあれば聞いてくれるだろう。
基本、講習生と講師ならギルドは講師の方を支持するぞ。講師の冒険者ランクが高ければ高いほど講習生の言い分など聞いてはくれないだろう。」
コネか。元勇者の教官長に極道コンビ、大魔道が2人。
大魔道は初心者講習に関係ないし、そこまでフォローはしてくれないと思うから師匠たちだけか。
あれ・・・・充分じゃね? 全く問題ないんじゃないかな。
手ぶらで帰らなければなんとかなる気がする。
「なるほど・・・半々かな。コネはともかく講師はカスだ。
大したランクじゃないな。」
「なんなら俺たちとここに住んでもいい。あんたの腕ならどこ行ったってそれなりの待遇だ。
俺たちだって」
「待った、待った!それ以上言うな。お前今俺をさりげなく配下につけようとしただろう。
さすがにそれは容認出来ねぇぞ。俺は自分より弱いやつは勿論、見習うべきところがない奴に従う気はねーよ。
『俺たちだって幹部待遇ででも優遇する。』とかそんな感じか?あんまり安く見るな。
縄張りだなんだ言っても不法占拠だろうが、そんな曖昧なもんいくらでも上書きしてやるぞ、力ずくでな!」
「待った。待ってくれ。聞いてくれ、あんたは強い。だが強いだけじゃ縄張りは守れないんだ。
縄張りを守るにはそれなりの人数がいるんだ。
個人じゃ絶対治まらない。仲間が、部下が必要なんだ。
悪い事は言わん、おれたちと組もう。」
色々言ってるが何が目的かは考えるまでもない。
何に反応したかをみれば一目瞭然だ。
右目のスキルウィンドウを開き、スキルを操作する。
〝魔法〟を覚えて分かったのだが、『氷の神様の寝床』というのは伊達では無い。
氷魔法系のスキルは全て1ポイントで上がる。
そして取れるのだ。このアドバンテージはデカイ。
他のスキルは振り幅がでかい。2~10ポイント必要だ。
〝火魔法〟なんて覚えるだけで20ポイント必要だ。
20ポイントかけて〝火魔法〟を覚えるくらいなら〝氷魔法〟を覚えまくるか、もう一度〝氷の眼〟のレベルを上げた方がいい。
「適当な事言いやがって。お前の魂胆は読めた。
どこまで本当の話かわかったもんじゃねーな・・・
上手い事言って回復魔法を使わせようとでも考えてるんだろう。
こんなスラム街じゃ回復魔法の使い手はいないか、いても限られる。
儲け話でも思いついたか?」
図星だったようでハーフドワーフ2人は目を見開いて驚いたあと、慌てて立ち上がった。そして戦闘体勢に入る。
それに習うように部下もまた立ち上がる。
「へへっ、仕方無いな。素直に聞いてくれたらこっちも優しくしてやれたのに。
次は油断しねぇ! 俺たちも最初からだ!
てめえら、殺すんじゃねーぞ。」
まるでもう一度やれば負けないとでも言いたげな雰囲気だ。
調整は下手くそだが部下はそれなりにしか治していない。
前回と同じように囲むのは無理だろう。
今も身体を押さえながら必死で動いている。
何よりこちらはまだ手札を全て切っていない。
あらかじめ目星をつけてあった魔法のスキルを弄くり上げて1ポイント消費する。
〝魔法〟を覚えるのにポイントを使っても眼にも身体にも変化は無い。これは確認済だ。
あるのは脳内にだけ。
使い方を即座に理解出来るようになる。
習得したスキルは『 氷魔法 : 吹雪 レベル1』
即座に詠唱開始する。
ハーフドワーフの率いる集団のど真ん中を指定して発動させる。
冷たい風が一瞬で走り抜け、指定した地点を中心にまるで真冬の嵐が起きようだ。
霙の局地的竜巻、激しく吹き荒れた。
突然の風氷のつぶてに目の前の集団はのたうち廻って苦しんだ。
「ふーん、レベル1だとこんなもんか。」
「ぐはっ、な、なんだこれは一体、あんた、今何をした?」
「くくくっ、お前が知る必要はねぇよ。サヨナラだハーフドワーフ。
名前くらい聞いておけば良かったか?
まぁ名もない墓もまた風情があっていいな。
男の名前なんて聞いたところですぐ忘れちまうんだけどな。
くくくっ、はっはっはっ!」
そういってハーフドワーフ兄弟の顔を順番に蹴り上げた。
転げ回って範囲から出ている。修正修正。
他にも位置がずれた奴を蹴って廻り、先の嵐が突き抜けた辺りに戻し、位置を調整する。
次だ次。
右目でスキル欄を開き、スキルポイントを再度振る。
次は『氷魔法 : 吹雪 レベル2』だ。
順番順番まずはレベル2。
焦ってはいけない。いきなりレベル5なんてもっての他だ。
南門での防衛任務でレベルは上がっている。
ポイントは充分ある。
最終的にこの〝魔法〟は レベル5 まで上げたいと考えてはいた。
邪魔の入らない場所、殺しても問題ない相手。実験するにはいい。これ以上無いタイミングだ。
将来的に範囲魔法は必要だろうと当然考えてはいた。
魔法を覚えてすぐにどんどん成長するのもどうかと思って後回しにしていただけにすぎない。
取得だけしておいて、人前で使わなければいいのだ。
何の問題も無い。
「 死ね! 『吹雪』 」
再び冷たい風が通り過ぎる。
先ほどよりも強い嵐が巻き起こり、氷の粒は大きく激しくなった。
直撃を食らった者は表面が一部凍りついていた。
「ふーん、レベルが上がると威力が上がる、まぁ当然か。
範囲も少し広くなってるな。
うん、これはいい。
おっと・・・はーふどわーふのおじちゃん、死にかけてるじゃないですかー。
くくくっ、はっはっは、凍死か?
ん!? ああなるほど、急激に体温を奪うみたいだな、これは重複するスキルなのか!」
防衛任務に就いていたときに少し時間があったので一覧を見ていたら、『 氷魔法 : 奪熱 』というスキルがあった。
このスキルだけはレベル表記が無く、1ポイントで取得出来るので先んじて取っておいたのだが、効果が分からなかった。
つまりこれは〝魔法に乗るスキル〟か。
単体ではあまり効果が無く、魔法を使うと同時に発動すると見た。
「ふむ・・・もう少し試したいな。レベル5まで上げておきたい。」
ハーフドワーフ兄の元に近寄り喉元に手を差し入れ、片手で俺の頭より高く持ち上げる。
「 癒やしの水 」
「はっ!はう、はふは、た、助」
目を覚ました男は何かを叫ぶ、だが聞くつもりはない。
回復魔法を受けた男の喉を握る手に力を入れて首を絞める。
そして持ち上げたまま壁に叩き付けた。
「ぐはぁ!」
強くやり過ぎたようで悶絶して死にそうになってしまった。
仕方無く再度回復魔法を軽くかける。
ハーフドワーフ兄は何が起きているのか理解出来ないという顔で呆然と見ている。
「壁打ちも試しとかないとな。 『吹雪』 」
「ぎゃああああああああああああああああ」
少し手を緩め、いつでも自分は逃げ出せる体勢を取っていたところ、俺には何の影響も無く、吹雪が通り過ぎた。
どうやら俺自身には魔法の影響はこないようだ。
その分壁に叩き付けられたまま吹雪に直撃され、ハーフドワーフ兄は地獄の苦しみだったようだ。
しばらく壁に貼り付けられたまま絶叫が響いた。
壁打ちもいい感じだ。この向こう側の様子が知りたい。
しばらくして嵐が止むとそのまま前のめりに倒れた。
強いな、〝吹雪〟
さすが氷魔法の欄の最後の方に載っているだけのことはある。
終わりの方の魔法欄はほとんど未表示だったのに、この魔法だけは「さぁ取って下さい」とばかりに表示されていた。
もしかしたら氷の神の得意魔法だったりするのだろうか?
地べたにはいつくばるハーフドワーフ兄弟の一味を眺めながら
(レベル2以上の〝吹雪〟は試せそうにないな。)などと考えていた。




