まるヤ
思い出せる事の始まりは一度目のテンバガーを達成した時に遡る。
テンバガーを成し遂げた事で、生活が安定した俺はあくせく働くのを止めた。
まず小さく可愛いうちになるべく長く子供と接するために子育てに力を入れることにした。
仕事も花形だがハードワークな部署から移動し、元同僚たちに裏切り者扱いされながらも地味だが早く帰れる部署に移動した。
上司や上役に疎まれながらも有給などの働く者の権利勉強し、余すことなくフルに活用した。
時間を作り、仕事よりもプライベートの充実を計った。
早く帰り妻の家事を手伝い、共に子育てをし、理解を得て、空いた時間を株や万が一破産した場合のための資格取得に協力してもらった。
SNSを積極的に活用し、情報収集に力をいれた。
株や不動産の講習会などにも参加し知識と人脈を広げていった。
時に詐欺紛いの怪しいモノも多々あったが貪欲に行動した。
そうやって必死で生きてきた。
社畜の如く働く元同僚には緩い生き方を選んだと思われていたようで、ずいぶん嫌みを言わた。
一部には遠回しな嫌がらせもされた。
元々は一緒に厳しい中頑張ってきたのに自分だけ逃げ出したと思われたのかも知れない。
生き方が変わったことで縁の寿命が切れたのだと割り切って必死で耐えた。
その間に株での資産は増えたり減ったりしたが仕事は続けていたために特に支障はでず、元々ゲーム好きだったことも手伝って、飽きる事なく続いた。
代わりに好きだったゲームはやらなくなったが。
株仲間も増えてサークルのようなモノにも参加していた。
大きな利益を得るものではなく、堅実で小さく稼ぎ負けないトレードを心掛けていた。
そして運良く2度目のテンバガーを成し遂げられた。
これは長く勉強した成果とも言えるが、どちらかといえば運の要素が強かった。
失敗だったのはこのテンバガー銘柄のトレードを株のサークル内の飲み会で最近狙っている株として周囲にも薦めていた事だろう。
それまで自分と親しくしていた何人かの人間が付き合いで少し買っていて、彼らも大きく利益をだしてしまったのだ。
その為にサークル内で俺がテンバガーをだし、かなり大きく利益を上げたことが周りに知られてしまった。
参加こそしていたが、そこそこに大きなサークルだったためにソコにいる全ての人間と交流があったわけではなかった。
それが以降は顔を出す度に付き合いの浅い人間からもしつこく話しかけられ、それまで付き合いのある人間と話をすることすら禄に出来なくなってしまった。
俺を売ったのはこのサークル内の付き合いの浅い人間のうちの1人だった。
それまでろくに話した事もなかったが、テンバガー後はしつこく声をかけてきた。
特にサークル外でも連絡を取りたがるようになりうんざりしていた。
一緒に出掛けたがるようになり、知り合いを執拗に紹介したがった。
サークルには参加していたといっても、顔を合わせるのはたまのお酒の場くらいで、普段はSNSの中での交流しか持っていなかった事もあり、この男からの誘いは全てを断り続けた。
最後にはうんざりして全てをサークル主催者や親しかった者に話しサークルも辞した。
この時も職場同様理解はされず、悲しい思いをした。
サークル参加者には誘いを断る冷たい人間に見えるらしく、テンバガーを経て変わったと散々責められ、そちらとも必然的に縁が切れた。
宝くじなんかでもそうだが、金を手に入れてからの付き合いは浅く狭い方がいいと思う。
本来は金持ちは金持ちとしか付き合わないのが正解だろう。
運良く小金持ちになった程度の俺にはそれは難しかった。
特に怪しいのが知り合いの知り合いって奴だ。
詐欺師はもちろん、宗教関係者なんかと関わるとかなり面倒臭い。
こいつらは金を持っていると聞くとあっちこっちから現れてチョッカイをかけてくる。
宝くじが当たるとあちこちから電話が掛かってくると言う話を聞いたことある。
噂では銀行員が漏らすとか、情報を売るとか聞いたことが真実はどうなんだろう。
とにかくこうゆう連中は耳聡い。
最悪なのがヤクザや半ぐれなどというアウトローな世界の住人だろう。
一度関わると死ぬまでまで毟り取ろうとしてくるだろう。
必死さからこの男もそのどれかの口だと感じていた。
なので関わろうとは思わなかった。
拐われたのは自宅の前だった。
連絡は全て拒否設定し、サークルを抜けるときにSNSは止めた。
それでもどうやってか家を調べたらしく、家の前で誘拐されてしまった。
家を知らないはずという油断だったが、家には防犯カメラを完備した後だ。何しろテンバガーで資金には余裕があった。死角は無く設置している。
しかも力ずくで車に押し込まれた門前は特に念入りに仕掛けた所だ。
馬鹿は必ず押しかけてくる、玄関のどこかでも壊しやがったら即警察に通報するつもりでワクワクして取り付けたのだ。
犯人の顔は勿論、車のナンバーまで写っているはず。
警備会社にも入っているし、妻とも小まめに連絡していたし、変な奴が絡んできている事も伝えてある。株のサークルのトラブルは確定申告の時に会計士に相談し、弁護士にまで相談して全部話してある。あんまりにしつこいようなら接見禁止にしてもらう手筈だった。
ついでにただ拐われたのではなく暴れに暴れ、抵抗に抵抗を重ねた上での誘拐だ。
当初は目撃者が現れて通報されるまで粘るつもりだったのだが多勢に無勢で攫われてしまったが。
おかげで捕まった後にこっぴどく殴られたが、間違ってはいないハズだ。
これでしばらく俺が帰って来ず、連絡も通じなければ警察に連絡がいく。
そこまで粘れば俺の勝ちだと思った。
こいつは俺を拐って勝ったつもり。
拐われた俺はダメージはデカイが耐えきれば高確率で逆転の芽がある。
後は我慢比べだと思った。
再会はどこかの怪しい寂れた倉庫の中だ。
その場の景色を知れたのは死んだ後だったが。
後ろ手で縛られ、コンビニの袋を被せられて運ばれた。
そのまま椅子にくびりつけられてやっと主犯の馬鹿男と話が出来た。
なにしろ俺を誘拐しようとしてこの馬鹿男は俺に最初に殴られて返り討ちにあい、それ以降ずっとのびてていたようだ。目が覚めて会話したときに怒り狂っていた。
実際に俺を攫ったのは目つきの危ない、ジャージで全員坊主頭の集団だ。
如何にも裏稼業の職の行儀見習いみたいな連中だった。
それが5人がかりで飛び出してきて揉みくちゃにされた。
元の人生で俺は身体を動かすことが好きで、そこそこ背もあって、体型も良く力もあった。
小学校で水泳と野球。
中学高校で柔道。
高校を出て専門学校に行ってからは筋トレに励んだ。
専門学校を出てしばらくフリーターの時期が合ったがこの時からしばらく空手を習っていた。
フリーターをやめて就職して、忙しくなって空手はやめたが、筋トレは続けていた。
若い頃には喧嘩をしたこともある。悪かった自慢とかでは無くあるだけ、だが。
死亡時の身長は180センチ。学生の頃は183とかだ。少し縮んだ。無念。
体重は80キロ、学生時代は70キロくらいかな。
30代になって少し太った。酒を覚えて一気に増えた。
享年は40歳。良い人生だったと思う。
殺されさえしなければ。
そんな動けるおっさんだった俺は攫いに来たジャージの集団に必死で抵抗し、力尽きて負けて結局攫われたのだが、何人かにかなり強烈な打撃を食らわせていたようで、移動中絶え間なく暴力を受けていた。
だが心は折れなかった。
俺を攫おうと画策した馬鹿男と会話したときに、この短絡的な行動と、真っ先に気絶した情けなさを怒りのままにぶちまけて罵倒しまくった。
そしてそれにキレた馬鹿男に木刀で頭をガンガン叩かれ、あっという間に死んでしまった。
俺はすぐに殺されないと踏んでいた。
俺の資産は基本的に全て口座に預けてある。
現金は家に当面の生活費の分だけで、足りなければクレカで決済だ。タンス預金はない。
持ち家だがローンの最中で、家を売るにはかなり時間が必要だ。売れる保証もない。
万が一死んだ場合は団信でローンはチャラだ。その場合相続を経て嫁の持ち物になるだろうからなおも簡単には売れないだろう。相続も名義変更も難しくはないが、それなりに面倒だ。
権利書は銀行の貸金庫だ。ついでに現金がいれてある銀行口座の通帳もはんこもほとんど貸金庫だ。
貸金庫を開けるには契約者が直接行く必要がある。
口座の金は現金もあるが大半は株券になっている。
つまり銀行の口座では無く証券会社の口座に電子株券として入っている。
株も即金にはならない。売ろうとしても買われなければ売れないし、売れたとしても即日で入金はされない。
誘拐したということは生きた状態で暗証番号を聞き出すなり、俺に取引を無理矢理強要する必要があるものだと予想していた。
だから多少の抵抗は問題無いと考えた。
思ったよりも短絡的ですんなり死んでしまった。
まぁそんな馬鹿だから他人の金で自身の借金を返済しようとして、その貸し元の親である裏稼業の人間に使われていたのだろう。
俺が殴られている自分を助けるためにこの馬鹿を押さえようと飛びついて、触れずすり抜けた後にこの馬鹿はジャージの男たちに押さえられて、事のなれそめを言われながら、俺を殺したことを責められてリンチを受けていたよ。
それを聞いてやっと自分の身に起きていたこと全てに合点がいった。
俺はこいつにヤクザ売られたのだと。
こいつは自分の借金の肩代わりを俺にさせるつもりだったのだ!
ヤクザの側はそれを足がかりに時間を掛けて俺の資産を乗っ取るつもりだったらしい。
それがこの馬鹿のせいで台無しになってしまった。
ジャージの集団は下っ端だ。
当然上がいる。
その上が考えた計画だ。上が実行を決めた計画だ。
失敗して怒られるのは確実にこの馬鹿1人では済まないだろう。
若い見習いジャージ集団はそれに思い至り、怒りに任せて馬鹿男をリンチしていた。
俺は何も出来ずただそれを見ていたよ。
奴等が現れたのはその後だ。
古く廃れた雰囲気の倉庫に不釣り合いな幾重にも重ねられたセキュリティーを通り3人の男が現れた。
その3人を見てジャージの男たちが居ずまいを直す。
「「「「お疲れ様です」」」」
直立不動で腕を後ろに組み声を揃え挨拶をする。
その振る舞いだけでこの3人が相当な渡世人だとわかる。
この3人の内の2人が教官と名乗った2人に瓜二つなのだ。
違うのは装いだけだ。
教官たちは比較的動きやすい作業服のような服を着ていたのに対し、裏稼業のほうは高そうな、しかし趣味の悪いスーツを着ていた。
趣味の悪いというのは俺の主観だが、その佇まいやいかにも!その筋の人、といった感じだった。
悪い意味での貫録は半端なくあった。
どうみてもヤクザ、ではなく。どうみてもヤクザの親分とか幹部なのだ。下っ端感が全くなかった。
この3人何がヤバいのかというと昔ながらの悪い裏稼業感が半端ないのだ。
昨今の稼業の人たちはずいぶんお上に締め付けられていると聞く。
であるハズなのに若い見習いを纏めあげ、自分は羽振りの良さが醸し出された装いをしている。
服装のあちらこちらに高そうなブランド物を身に付けている。
こうゆう品物は金を持っているだけの人間が身に付けていてもただのパーツだが、貫録のある者が身に付けていると黒く輝く。
強さを表す装備に変わるのだ。
昔読んだ漫画では金のないヤクザは糞だという台詞があった。
この3人を見た俺はそれを思い出して痛感したよ。
全身そんなヤクザ装備(高級)に身を包んだ3人が現れると空気は一変した。
静かだがとても危険をはらんだ空気になった。
迂闊な事を喋れば死ぬ。そんな気配を醸しだしていた。
以降口を開く者はいなくなった。
後はお決まりのパターンだ。
この3人が椅子に座る。
その前に並ぶ下っ端。
殴られて呻いている馬鹿男。
3人のうち1人が起き上がれず呻いている馬鹿をチラリと見る。
「兄貴の前でいつまで寝てんだ!」と言いながら1人が蹴り起こす。
泣きながら弁明する馬鹿男。
安いヤクザ映画を見ている気分だったよ。
そして静かに場が動く。
「我々は快楽殺人者では無い。好きで人を殺したりしない。
あくまでも殺すときは理由がいる。
君が彼を捕まえるのに協力すれば借金が返せるというからこいつらを貸した。
君が彼を殺すのを手伝うためでは無い。
さて・・・・片付けなければならない事が2つある。
一つは彼を殺した後始末。
一つは君の借金だ。
さてどう始末をつける?」
スキンヘッドの髭か静かに話しだした。
その静かな語り口が逆に恐怖を感じさせた。
残る2人も怒りを隠しておらず不機嫌オーラを全開にさせていた。
そのために子分たちはいつ彼らが爆発するか気が気じゃなかっただろう。
「・・・・・」
馬鹿男は答えない。喋れないのだ。
「兄貴が聞いてるだろうがぁ!」
沈黙を見てジャージの1人が馬鹿男に蹴りを入れる
「ぐわぁ!」
そして馬鹿男が叫び声をあげ転がる。
これもまたお決まりのやり取りだ。
「し、死体はどこか海にでも・・・」
「ほう、まさか死体が出ないように始末するのに無料で我々がやるとは思ってないだろうな?
殺したのは君だろ?」
「・・・・」
「今、君の借金がいくらになっていると思う?
そこにさらに上積みするのか、当然返す当てがこの件以外にも他にも有るのだろうな?」
「そいつの・・・家族と話せば!
ずいぶん儲けてるはずですから、相続したってけっこう残るハズです!
上手いこと話をして!」
「それは現実的でないねぇ。家族が相続するにはまず、死亡が確定しなければ出来ない。死体が出なければ相続の話なんざ進まないだろう。
行方不明の場合、死亡と認定されるのに7年必要だ。
7年待てと?その間にアシはつかないように攫って来れたんだろうね?」
「・・・・・」
馬鹿男は再び沈黙する。
対し声を荒げたのは傷顔のヤクザだ。
「ふん、ずいぶん杜撰なやり方をしたもんだ。
旦那が不審な消えかたをした家族が貴様の話など聞くものか。
それ以前にこんな強引に進めた話を死体を処分した所で誤魔化しきれるものか!
糞が!
貴様が捕まるだけならまだしも!
うちの組にまで迷惑かけやがって!」
話半ばで激昂し木刀で一凪ぎ 胴体を叩き付けた。
「馬鹿が・・・これ以上その家族を的にかけてみろ。芋ずる式に余計な逮捕者が出るわ!
貴様が全て背負って逝け」
そう言って馬鹿男を木刀でガンガン殴りつけていった。
俺はそんなヤクザの発言を聞いて家族にはこれ以上手を出されなそうだと安心した。
是非この問題のけじめはそこの馬鹿男から取って貰いたい。
そんな奴がどうなろうと俺の知ったことではない。
むしろそいつも死んで俺と同じ半透明になってくれたら俺がもう一度殺してやりたい。
特に死んでこの状態になってから、実は妻がこいつらに既に薬漬けにでもされていて内と外から俺を陥れようとしたのではないか、なんて悲しい想像も浮かんでいたから彼の発言に心の底から安心した。
もしそれをされていたら、色んな意味でヤバすぎた。逃げ道が無かっただろう。
苦しんで苦しんで殺されていたはずだ。
妻に疑ってすまないと出来ることなら謝りたいくらいだ。
もうそれすら出来ないけどな。
そう思うと泣けてくるが、この半透明の身体では涙すら流れなかった。