出した手紙の返事は今もまだ届かない
その手紙が届いたのは講習が始まる10日ほど前だ。
彼の借りている住まいではなく、冒険者ギルドに宛てられていた手紙は、今の彼と手紙の出し主との関係をよく表している。
封を開け中を検めると中身は予想通り独りよがりで不愉快なモノだった。
それは縁の切れたあの日の まま。
傷顔の教官ことガーファ教官は若き日に兵士の職に就いていた。
手紙の主はその時の先輩にあたる。
田舎の村育ちだが槍の使い手として才能の有った彼を、王都の兵士の家系だという手紙の主は弟のように可愛いがり、共に腕を磨いた。
ガーファの父が病に倒れ、治療費を稼ぐためにより良い収入を求め、若き日のガーファは冒険者になる、その日まで。
兵士から冒険者に身を落としたガーファを手紙の主は殴り、一方的に罵倒し、縁を切った。
その後、手紙の主は順調に出世し、王都の兵士を勤めあげ、子を成し、その子は稀代の天才として名を馳せた。
ガーファは冒険者として成功し、時の勇者の弟分となる。
勇者の覇業の裏で力を尽くし、そして冒険者ギルドの教官になった。
冒険者になりガーファは手紙の主に何度も手紙を書いた。
兵士を辞めたかったわけではないことを。
父親の状況を。
教えてもらった事の全てに感謝している事を。
返事は今日まで一度も無かった。
手紙の主の息子が史上最短で中級の兵士になった話が彼の耳に入ったのは2年前だ。
今年、手紙の主の息子はまたも最短で上級の兵士職の資格を取ったと聞いた。
ガーファは手紙の主に複雑な思いを抱きつつ、彼の息子の成果を嬉しく思った。
彼が何度も出した手紙に返事は来なかった。
変わりに今さらな、独りよがりな老人から身勝手な手紙が届く。
彼がイゾウを拾ったのは手紙の届いた翌朝の事だ。
出自が謎だが見込みのある、それで変な男と接することで彼は少しだけ気が紛れていた。
内心の複雑な思いを胸中に教官として日々の仕事をこなす。
新しく講習が始まり、手紙の主の息子が彼の前に現れる。
声は掛けられなかった。
若き日の先輩の面影と、彼の妻の美貌を色濃く継いだその姿に気後れした。
そんな自分に自己嫌悪したその日の夜に、生まれて初めて弟子が出来た。
その夜、イゾウが部屋に戻り、義兄弟3人になるとつい本音がこぼれた。
酒が進んだせいだったかも知れない。
古い先輩のこと。手紙のこと。義理とはいえ兄弟分の盃を交わした仲。
包み隠さず話している。
だからこそつい、口が滑る。
「皮肉なものだな、兄弟。
散々恨んで憎んだが、憎んで憎んでなお憎みきれなかった先輩の息子が俺の前に現れた。
色々思うはずだった。だろうと思っていた。
なのに、弟子が出来たらどうでも良くなってしまった・・・・・・」
「ガハハハハハ、それは何よりだ、兄弟。
兄弟は息子も憎いと思っていたのか?」
「・・・・・・いや、憎くはない、憎くなどないぞ兄弟。
儂はもしかするとあいつが不憫でならぬのかもしれん。
20年・・・・・・冒険者として、かなりの額を稼いだ。
長くAランクの冒険者として活動した儂の稼ぎを持ってしても、親父は救えなかった。
あいつは・・・・・・あれだけの才能の持ちながら、治る見込みの無い父の為にこれから必死で稼がなければならん。
儂はそれにかける言葉がみつからないのだ。せめて教官としては平等に接してやりたい。
だがうまく身体が動かないんだ」
「ガハハハ、なぁ兄弟、みんな色々有る。
儂も、兄貴も色々あった。兄弟もだ。
思う丈は吐き出せばい。
ここにいるのは儂ら3兄弟のみ、遠慮はいらんさ」
「そうだな・・・・・・
なぁ兄弟、儂はいつか結婚して子供が欲しいと思ってた。
いつか親父は治ると信じていたから。
だが親父は20数年苦しんで、苦しんで、苦しんで、死んでしまった。
気づけば儂も50の声が聞こえる歳だ。そうだな・・・・・・
本音を言おう。いつか儂も子供を持ちたかった。
息子に槍を仕込んで、あの人の息子と競い合わせて魅せてやりたかったんだ。儂の息子は、あんたが見下した冒険者の槍を受け継いで、こんなにも強く育った・・・・んだ・・・とな。
現実はそうもいかん、あの人の息子は天才だ。王都の優秀な兵士の中で、遠く離れたこの街にまで名声が届くくらい飛び抜けた才能を持っている。
なのに儂は技を受け継ぐ息子すらおらん」
「ガハハハ、今日までは、だぞ兄弟。
弟子は出来た。歳も体格も近い。やる気もある。
儂らには勿体ないくらいの弟子がだ。
まだ間に合う。
それに兄弟だってまだ子供が出来ないとは限らんだろう」
「そうだな、兄弟。儂はイゾウを育てるよ。あいつを必ず一人前の男に育ててみせる。
あの人の息子に、ユリウスに負けないくらいのな」
そう語る、教官たちの口元には恵美が浮かび、眠ろうとしていたイゾウの背中には悪寒が走った。
手紙の主の名は パトリック・ファイエローズ
講習生1の有望株 ユリウス・ファイエローズの父親である。
ファイエローズ家は王都の兵士として代々勤めてきた家だ。
ユリウスはその家の三男として生まれた。
20数年前にガーファの父親はある病に倒れた。
今も治療法が見つかっていないその病は、当時では手の施しようがなかった。
田舎の村から王都に出て、兵士になったガーファの兵士の給金では父親の治療費が賄いきれず、腕があれば兵士よりも稼げる可能性に賭けて冒険者の道を選択した。
代々兵士を輩出している家の後継者であったパトリックはその選択を選んだガーファを激しく嫌悪した。
多数いる兵士の後輩の中で最も目をかけ、手塩にかけて育て、妻にも紹介し共に会食する間柄だったガーファを、一夜にして蛇蝎の如く扱い拒絶した。
何通も届いた手紙は目も通さず捨てた。
兵士としても有能であったガーファは冒険者として台頭する。
時の勇者であった当時の教官長の目に留まったのもこの頃だ。
勇者の薫陶をうけ、ガーファは冒険者としての階段を駆け上がった。
得た収入を全て父親の治療費に充てたことで、父親の様態は大きく崩れることはなかったことは皮肉な結果だ。
やがて肉体が全盛期を過ぎ、収入こそは劣るがギルドに教官として勤める道を選んだ。
その数年後に、治療法は見つからないまま父親は他界した。
母も兄弟もすでに他界していて、ガーファの肉親は誰もいなくなった。
得る収入の殆どを治療費に充てていた彼に、結婚という選択肢は無かった。
届いた手紙には、彼の先輩がガーファの父親と同じ病気になったこと。
そして彼にガーファがどれだけの恩があるかが書かれていた。
別れの際のことにはひと言も触れられていない。
息子が自分と同じ冒険者になるから、早く治療費を稼がせて、兵士に戻すようにという文と一緒に。
その後には冒険者という職業がどんなにくだらない職業か、兄弟で1番に才能の有る息子をそこに就かせた苦悩を、ただつらつらと書かれていた。
それはガーファに対する配慮など一切無く、まるで手紙のテイを取った命令書だ。
イゾウがガーファの弟子になった夜遅く、自室に戻った彼はその手紙を灯りの火にくべた。
「講習生は平等だ。そこには身分もしがらみも存在しない。
儂は全ての講習生を死なない冒険者に育ててやりたい。
貴方の息子もそこに含まれている。
だが貴方の息子というだけで特別扱いはせんよ。
恨んでも構わんよ、先輩。
もう・・・会うことは無いだろうが・・・・・・それだけが残念だ。
弟子がこれから・・・・・・あなたの息子と張り合うだろう。
その姿をあなたには見せてやれない。
・・・・・・それが儂には残念で仕方無い」
燃え尽きた手紙を見ながら彼は目を閉じて思いに深けていく。
彼の顔を走る大きな傷跡の上を一筋の涙が走った。




