もう1人いた
午前の眠くなる説明会が終わる。
やっと座りっぱなしから解放され、昼飯に移れる。
講習のせいで眠くてしかたがなかったが頑張って昼飯を食べた。
勿論お代わりをして。
いやー動かないと食えなくなるな。若返ったからもう少し消化が早いかと期待していたが、結構厳しかった。
やはり身体を動かさないと駄目らしい。
結果、さらにすげーーーーー眠くなった。
朝と同じく、教官が廻っているので食べないという選択肢はないのだが。
かき込むように食べて、さっさと一休みするだけだ。
お茶を啜りながら改めて他の講習生を見てみると、参加者は全体的に食が細い。
量を作るために味が落ちているのもあるが、それで食えないと言うならば贅沢だろう。
味なんて些細な問題だ。 うん、全然些細じゃないけどさ。そこが問題ではないと思う。
食も含めて、全体的に細い。
みな食べるのにかなり苦労している。
多分栄養が足りていない。
冒険者になるような奴は大半が貧困者上がりらしい。
農家の畑をもらえない次男坊以降や、嫁ぎ先の無い娘とか。
産めよ増やせよの世界であり、だが育ったら一部を残して放り出すのが一般的だ。
跡継ぎ以外は人間扱いされない、酷い世界だ。
文明の進んでいない世界で、農家の跡を継いで田畑を切り開き、守る苦労も想像すると恐ろしいものがあるけど。
そんな境遇の存在が無料の講習に惹かれて大量に参加してくる訳だ。
この辺はギルドの思惑通りだろう。
貧乏暮らしのために腹いっぱいの食事は嬉しいだろうm最初はな。
けど、実際は胃袋が小さくなっているから、そんなに食べられないのだ。
だからあえて教官たちは無理矢理食べさせている。
食べないと身体が作れないから。
身体が出来ていないと戦えないから。
戦えないと死ぬからだ。
だから俺も考え方を改めよう。
可哀想とは思うまい。
食べることも戦いだ、頑張れ。
同期の仲間を思いやりながら、俺は優雅にお茶を啜る。
余裕ぶっこいてお茶を啜る俺の、その姿に同期の憎しみが集まっていることを、この時は気がつかなかったが。
昼からはさっそく解体の講習が始まった。
これには苦労した。
前世では鶏を絞め殺したりなど、することもない生活だった。
物凄い抵抗感がある。
血の匂いに吐き気をもよおし、
絞めた魔物の姿に吐き気をもよおし、
切った皮膚の、皮の感触に吐き気をもよおし、
飛び出た魔物の内臓に吐き気をもよおした。
その内臓の感触にさらに吐き気をもよおす。
頑張って食べた昼飯が、激しく内臓を刺激してくれる。
自分以外の講習生もかなりの人数が苦しんでいたが、平気な奴も結構大勢いた。
農家出身だったりすると、鶏とか豚とか自分たちで絞めていたのかもしれない。
慣れって凄い。
少し羨ましくも思えた。
だがそれは俺もいずれ慣れることを意味する。
それがいつになるかはわからないけどな。
やらない限り慣れる日は絶対に来ないのだけは確かだ。
覚悟を決めて、手ぬぐい代わりの布を口と鼻に巻いて、解体講習に必死に食らいついていった。
抵抗感が強くあったが、やる事はやったつもりだ。
やらないと終わらない。
嫌なことは放置しても解決しない。
夏休みの宿題もやらなきゃ終わらなかった。
誰かに見せてもらっても写すのは自分でやるのだ。つまり、そういうことだろう。
嫌な仕事は先に済ませるに限る。
心を殺して頑張った。
それでも吐き気は何度も襲ってきたが、必死で手を動かした。
多分泣きながらやってたと思う。
解体の講習の前と後にシャワーを浴びる事が出来た。
衛生観念はあるらしい。
そこは少しホッとする。
外から汚れを持ち込みたくないし、血塗れのまま夕飯というのも微妙なところ。
しかし夕飯からは講習で捌いた魔物の肉が出てくるらしい。
想像するだけで食欲が失せる。
が、無駄が出ないようにするのは当然か。
「自分たちが解体した肉なんて気持ち悪いから食べたくありません」
なんて通用する訳がないのだ。
文句を言わず黙って食べるしかない。
夕飯時、アホな講習生が俺が思ったことをそのまま同じようなことを言ってくれた。
教官に向かって言って、ゲンコツを食らっていた。
アホ過ぎる。
言わなくて良かった。
初心者が解体した肉は大体が血抜きが甘く、生臭いかったが、出て来た夕飯を目を瞑って頑張って飲み込んでいった。
極道コンビと目があったので
「不味すぎて目から汗が止まらないんです」
と必死で訴えてみたが無視された。
どうやらアイコンタクトはまだ通じないらしい。
手伝い期間の食事は天国だったといまさらながら思う。
多分伝わっても、泣き言は聞いてはくれないだろうが。
口で言わなきゃ良いんだから問題ない。
夕飯後は座学の時間だ。
初日は文字の読みから。
うん、分からん、さっぱり分からない文字だ。
こりゃー覚えられない。
どうしても日本語との共通点を、無意識に探してしまっている。
おそらくこの世界の言語と日本語には共通点は無い。
無いのに共通点を探している、これは何時まで経っても覚えられそうにない。
一回頭をリセットしないといけないだろう。
そこそこ歳を取って固くなった頭をゼロにするのは難しい。
若くなってるはずなんだけどね、イゾウ18歳、無所属・新。
この国を変えるために頑張ります。
国を変える気なんて全く無いけどさ。頑張るよ。
文字の後は計算だ。
習うのは3桁の足し算引き算まで。
ここは特に問題は無い。銭勘定は得意だ。
どうやら掛け算割り算なんかはやらないらしい。
無いのかはわからない、だから判断は保留。
多分冒険者にはあまり使わない計算という可能性が有りだ。
頭割りで計算とかしないのかな?
自分が出来れば問題無いからこれも保留。
聞いている限り数字には大きな違いは無い。
表記が違うだけなのでこっちは慣れるだけだ。
問題なおはダースとかのように、キリの悪い半端な数が基準になっていないかどうか。
木箱は運のされたが中身は検めなかったからなー。
講習で使う物の数なんかはザックリだったからその辺もまだ分からない。
数字は慣れ親しんだ10進法が使いやすい。
あとはゼロの概念があるかどうかも問題だ。
ゼロに気づいているかどうかで、たしか数字の意味が大きく変わってくるはず。
これは人に聞いていいかどうかが微妙なところだ。
まずなんて聞けばいいかも思いつかない。
教官に「ゼロの意味わかりますか?」って聞く?
それはちょっと・・・
馬鹿にしてると取られたら怖いから止めとこう。
手こずりそうなのは通貨だ。
馴染みがないので慣れるまでに時間がかかるだろう。何しろまだ現物すら見れてないのだ。
通貨は使ってみないことにはどうもな。
習うよりは慣れろ、だろう。 どうせしばらくは頭の中で日本円で計算するだろうし。
現実感が無いので、説明を聞いていても「ふーん」としか思えない。
ただこの世界には紙幣は無いらしい。
となると持ち運ぶのも大変だな。
印刷技術がまだ無いのかもしれない。講習で使う見本は大体手書きの物を使っている。
印刷は難しい。
はんことか版画くらいなら多少分かる。
それをそこから先に進めるのは、俺には無理だ。
紙幣は印刷のその先にある。
透かしが入っているのは知ってはいる。だが理屈はさっぱりだ。
ワープロの原型、そのまた原型くらいなら出来るかもしれないが、うーむ。
講習で聞いている感じだと紙は高そうだ。
俺にそこまで使えるかも微妙なところ。
座学の講習もノートとか書き留めるような物を支給されていない、基本全て口頭だ。
覚えろ、頭の中に刻みこめ、そんな圧力を感じる。
きっとそうゆうことだろう。
紙に関しても保留。
何でもかんでも保留しているが仕方が無い。
勿論できれば神はあった方が良い。メモくらい欲しい。
それは確かだ。
心のメモ帳に書き込んで、落ち着いたら考えよう。
どうせ講習中は何も出来ない。
紙は切実に欲しいとは思うが。
特にティッシュペーパーが欲しい。超欲しい。
使用用途は内緒だけど。
最悪拭ければなんでもいいんだけどさ。
座学に関してはそんな感じで進んだ。
基本聞いたことを丸暗記する作業だ。
一番手こずるのはおそらく文字だろう。
法則が全く見つからない。なのに探してしまう。
覚えるだけなら数をこなすのが一番良いだろうから、枝でも拾ってきてエアー書き取りかな。
皿とか入れ物があれば砂でも入れてそこに書くのがいいかもしれない。
使ってもよさげなものを探してみよう。
何しろ私物が全くないのでね。一応気を使うのだよ。
座学が終わるのが体感で9時くらい。
10時には消灯で、この時間のみが安息だと言っても良いくらい講習に隙間は無い。
多分ブラックな企業の研修だとか、進学塾の合宿とか強豪運動部の合宿なんかはもっとキツいんだろうけれど、生憎と参加したことが無いので知らない。
知らないけど色々詰め込まれる講習会も俺には存分キツい。
後はこの1時間で何が出来るかだ。
他の講習生はだいたい親睦を深めているか、疲れて寝ている。まぁ初日だし、いない奴は一緒に上京してきたような仲間と話したりってところだろう。
俺だって知らずに来て、こんだけキツいことやらされたら愚痴の一つも言いたくなる。
男に愚痴ってもしょうが無いけど。言うならセレナだ。
話すなら断然セレナだ。
そのセレナとも会えるかどうかはわからないけど。
連絡方法もないし。
完全に運ゲーだ。
仮に会えても昨日みたいに誰かといる事もあるし。
さてどうするか・・・・・・
同室の面子は3人はさっさと寝ているようだ。シーツが盛り上がっているのが分かる。
あと2人は部屋にいないようだ。
6人部屋だから50%がもうダウンしている。
初日は気を張ってるから色々疲れるよな、わかるよ。
でも明日からは午前の説明が無くなって、実技の訓練が始まるからもっとキツくなるけど。
よく寝てくれ。よい夢を。
俺は少し運動不足だ。
昨日の夜も訓練を中止されたので少し自分を持てあましている。
率直に言うと、ムラムラしてます。
ちゃんと眠るためにも少し身体を動かして発散したい。
素振りでもするか。
訓練所は今夜から解放されている。
「失礼しまーす」
教官の詰め所をノックして入ると教官たちの視線が一斉に集まった。
ちょっと見すぎじゃない? 珍しいものを見るような目をしている気がする。
ひょっとしてあんまり講習生ってここには来ないものなのだろうか?
俺は訓練所では無く、教官室に顔をだした。
異世界に転生して二週間弱、色々考えてみたがぬるま湯に浸かりたくないのが本音だ。
講習を受けることは納得している、だが、だらだらと講習を受けるのは御免だ。
ちゃんと強くなれる環境に身を置きたい。
貯金は人生を助ける。
貯めるのは別に金である必要はない。
経験だって溜まるし、筋肉だって蓄えられる。
忘れたり、衰えたりもするから定期的にする必要はあるけど。
蓄えることは悪いことでは決してないのだ。
「おーう、どうしたイゾウ。 何かあったか?」
部屋の奥の方で顔見知りの教官が手を挙げて呼んでくれた。
「あっハイ。
サイモン教官とガーファ教官に相談にのって欲しいことがありまして・・・・・・」
ちなみにサイモン教官がガハハ髭教官。
ガーファ教官が傷顔の教官だ。
彼らにもちゃんと名前がある。
全く呼ばないけどな。
間違えたらやばいから、教官は「教官」で統一だ。
「おーう、今はあっちの個室で話してるぞ。まっ、問題無いだろう。
人払いはしていないから顔をだしてみろ」
教官が個室の扉を指して言う。
指さされた個室の前に移動して、ノックしてもしもー・・・・・・し?
ノックだけで傷顔の教官が顔を出し、迎え入れてくれた。
相変わらずのコンビでの活動中らしく部屋の中にはガハハ髭もいるのも確認。
2人に話が合ったので一緒なのはちょうど良い。
「イゾウ、先にそちらの方に挨拶をしろ。教官長だ」
傷顔の教官が指し示す方を見る。
見た、俺の思考が止まる。
なんでお前が・・・そこに・・・いる?
視線の先にいたのは俺を殺したヤクザ、その最後の1人。
組長と呼ばれ、人を寄せ付けない雰囲気を持ち、深い皺と鋭い眼光を持つ初老の、そして極道コンビ勝るとも劣らない周りを威圧する雰囲気のある迫力のある男が座っていた。
俺の頭の中は死んだときの記憶が蘇り、恐怖心が吹き出してきた。




