俺のやる気スイッチ
ドライアドが男型だったことですっかりやる気が消え失せた。
だがそんな理由でこの場にいる者が、特に彼女たちが納得してはくれないだろう。
仕方無しに目の前のムキムキマッチョアドへと向き直る。
「えーっと」
律儀に擬人化して具現化した状態で待っていてくれたようだ。
『ドライアドが、男の姿だと何か貴様に問題があるのか?』
だがどうやら不機嫌にさせてしまったらしい。状況が状況だから仕方が無いのだが間違いなく俺のせいだろう。
だが知らぬ。見た目が男の姿なのが悪い。
しかし見た目通り澄んだ良い声だことで。イケボって奴が。
最もこの場では俺にしか聞こえていないんだけど。
「問題ってほどじゃーないんだが、伝承ではドライアドは美しい女性の姿をしているという。それが人類にとって万国共通の常識だ」
「いや、そんな常識はないぞイゾウ」
だから仕方無いんだよとドライアドに告げる俺、見えていないのに律儀に突っ込みを入れてくれるノリックの優しさ。
優しさ?
『人類の常識など知らぬ。
だがドライアドが実体化したときに人型の女性の姿になる者が多いのは確かだ。
むしろ男性型の方が少ない』
「おお、ではチェンジで」
良かった。
ちゃんといるって、これは期待出来る。ちょっとやる気出て来た。戻って来た、お帰りやる気。
『此処は私の管轄の森、他に任せるつもりはない』
どうやらチェンジは効かないらしい、残念。
「それは残念。
では、真面目に話をしようか。いったい何をそんな怒ってるんだ?
っていうか怒ってる・・・・・・んだよな?」
怒りの雰囲気を醸し出していたが、まさかあれはドライアド流の歓迎の証だったりするのだろうか?
だとしたら、ドライアドとの異文化交流はかなり難易度が高い。
『この森の木から救援信号が送れてきた。私が確認に来た。
森は荒らされていた。貴様らが来た。木を切り倒した』
「なるほど、木が信号を送るのか・・・・・・厄介な。
それさ、どうやったら女性型のドライアドにおく、ぐはっ、いってぇ・・・・・・
何すんだよガレフ!! ノリック!!」
いきなり後頭部に激痛が走る。後ろからモロに殴られたようだ。
振り返るとノリックだけでなく、ガレフまで怒りの形相で仁王立ちしていた。
「真面目にやらんからじゃ」
「そうだ、僕たちには聞こえないんだから真面目にやれ」
ドライアドの声は聞こえないはずなのだが、どうやら俺の声だけで察しているらしい。
ドライアドスキーの俺にとってこの交渉は難易度が高い。
女性型と出会えなかったのが悔しくて仕方が無い。どうもやる気が出ない。
今からでも代わって欲しい。
目の前のドライアドが女性型と代わるのがベスト。俺と誰かが交代するのがモアベターだな。
俺の代わりがいないからこんな態度になるのも仕方が無いと思う。
「黒の大魔道様がいないときによりによって・・・・・・」とかノリックがブツブツ言っているが、俺のせいじゃないよね、それ?
むしろ俺もそう思う。ちゃんとした〝精霊視〟のスキルを持つ2人がいたら丸投げ出来たのに。
とはいえこの交渉、相手がいきなり殴りかかって来ないだけマシな相手だ。
交渉はときに、いきなりぶん殴ることからはじまることがある。ヤクザのやり方だが、実に有効だったりする。
仕方が無い、真面目に頑張るか。はぁ、頑張れだ、俺。
「ちょっと待ってくれ、確かに切り倒してはいるが、切る木は選んでいるぞ。
木と木だって近付きすぎると互いに邪魔になるだろ? 若木のうちは良い、だが成長して大きくなれば枝がぶつかってしまう。そうなればもう先には伸ばせない、互いの成長の邪魔になる。
枝だけではない、根だって伸びれば互いに絡み合い、水分の吸収を阻害し、奪い合う事になるんじゃないのか?」
人間も木も大事なのは互いの距離だ。
少し離れてさえいれば揉めない小さな事も、近くに寄ってしまうと大問題になる。
真面目に語った俺を、周囲がホヘーとか言い出しそうな顔で見てやがる。
お前ら俺のこと馬鹿だと思ってなかった?気のせい?
『それは人間の理屈だ。我々植物は皆自由に伸びることを望む。木も草もな。
多少の伐採や採取ならば責めぬ。
だが人間の都合で木をなぎ倒すことは許さないし、人間の意思では動かぬ。
草木に指図出来るのは太陽のみだ』
どうやら価値観が圧倒的に違うらしい。
つーか他の地域で伐採している奴らのとこには行かないのだろうか?
気になるが、今言ったら怒るよな。真面目にやろう。
「言いたい事は分かる。だけどそれじゃ森が死ぬだろ?」
『人間風情が樹木の精霊であるドライアドを愚弄するか。
我が管理する森でそんな事は起こさせぬ』
どうやら虎の尾を踏んだらしい。
専門家に対し、お前のやってることは間違っている、と言ってるようなもんだからな。
かなりの殺気を目の前の男は撒き散らし始める。
そしてそれは森に連動していく。
「落ち着け。好きに伸びたいという気持ちは分かる。
だが、そもそもの基準が違うんだ。愚弄するつもりは無い。
死の基準が違う、森の死だ。興味ないか?」
「・・・・・・続けろ」
どうやら話は聞いてくれるらしい。
「人間の基準になるかも知れないが、木には2種類あるんだ、知っているか?」
『人間の基準など知らぬ』
「広葉樹と針葉樹だ。
天に向かって真っ直ぐ育つのが針葉樹。
手を広げるように枝を伸ばし。広がるように育っていくのが広葉樹だ。
で、見たところお前さんは広葉樹だ。 で、この森の木は針葉樹が多い」
針葉樹はクリスマスツリー、広葉樹はこの木何の木気になる木♪ の木だと思えば理解が早い。
葉っぱも違う。針葉樹は細く長い葉をしている。
よく子供が絵に描くような形の葉っぱが広葉樹。
「針葉樹は常緑の木が多い。それが悪い事ではないが、針葉樹の森では木の下に日が届きにくい。だから森が暗くなりやすいんだ。
何を言っているんだと思うかも知れないが、考えてみてくれ。
地面まで光が届かない森では草が、植物が育ちにくい」
針葉樹の代表格といえば日本では杉だろう。
戦後の発展による、森林伐採からの木材不足で植林が行われ、花粉症が国民病にまでなったのは有名な話だ。その杉の森も人の手が入らないと死んだような森になる。
そもそも針葉樹は寒さに強い種類で、山の上や寒い地域に多く分布している。
広葉樹は暖かい地域に多い。
雪化粧された針葉樹の森なんかは想像したら思い浮かぶのでは無いだろうか?
クリスマスツリーのような円錐型の木が密集すると、日差しが遮られてしまう。針葉樹は葉も細く密集しているからなお悪い。
対し広葉樹は枝が広がるから隙間も出来る。そして常緑の木で無ければ葉が落ちる。この差は大きい。
そんなことを知っている限り一生懸命話した。
ドライアドも最初は怒っていたが、興味が有るのか途中からは真剣な顔で聞いてくれた。どうやら植物系談義はドライアドに有効らしい。
対し、そんな俺を冷たい目で見始めたのが同期の仲間達だ。
そりゃーまぁ木に向かって、一生懸命訳の分からない事を力説してる訳だし。
俺以外ドライアド見えないし。
分かっちゃいるが、馬鹿をみるような視線がむかつく。
『・・・・・・そんな森に心当たりは有る。
私の管理する他の森に、確かにそんな森が・・・・・・ある。
ふむ、納得はいかぬが、一理あるか。なるほど・・・・・・』
どうやら俺の必死の説得に、一応納得はしてくれたようだ。
緑のマッチョイケメンドライアドは思案するような顔になった。
つーか複数管理しているのかよ。ブラック企業だな。
他の森に移ってもコイツが出てくる可能性有り、か。
『だがそれで森が死んだとは言えぬ』
「最もだ、それだけなら死なない。
だがその先がある。聞くか?」
『聞こう』
気づけば雰囲気もいくらか和らいできたドライアド。
もしかしたら仲良くなれるかも?
知識って大事だよね
「木だけが育ち、草が生えない森は土が流れていくんだ。
長雨とか豪雨が続くと木の根だけでは土を守れない。植物の細かい根が必要になる。
傾斜のある森なんかは特にやばい。地崩れを起こす」
絶対に起きるわけではない。だが危険度が高くなるのは確かだ、
水も死ぬし、土も死ぬ、そうなれば当然森も死ぬ。
豊かな大地とは、木だけが生きている森のことを指さない。
『・・・・・・そうなった森に心当たりが有る。
妹が管理していた森。
ソコは確かにそうだったのだろうな、人間よお前の話には納得するべき所が有った』
「おお、妹」
「妹?」
このイケメンの妹なら期待出来る。つい食いついてしまった。
俺の言葉にノリックが反応する。
流石に唐突すぎて意味が分からないか。だが教えてやらぬ。
『だからと言って切り倒させる訳にはいかぬ』
渋い顔で考え込んでいたイケメンドライアドは強く覚悟を決めた顔になった。
その眼はしっかりと俺を見据えている。
どうやら妹は紹介してくれないらしい。シスコンめ