夜の内緒話
深夜、ギルドハウスの一室で男と女が2人。
普通ならば甘い雰囲気になるのだが、もうすっかりそんな感じでもなくなっている。
80歳80歳と内心でずっと言ってれば当然かもしれない。
あくまでも話合いだ。
木材を街に運ぶ事の進捗状況の確認である。
そこにエロが入る余地はない。残念。
「思ったより儲かってないみたいね、坊や?」
「そこは仕方無いですよ。
元々やりたかったのは子分も全部を使って街へ大量に木を運び込むことで、そのまま林業と建築業に食い込むキッカケになれば、なんて考えだった訳ですし。
規模が小さければ利幅も小さい。
貴族の許可が必要な中で、俺の同期だけでもやっていいと許可を取ってくれたんだから、お二人には感謝しています」
材木商職業組合が、街への木材の無断持ち込みを禁止している中、ギルドのその上いる貴族に掛け合って、俺と同期、0088期の冒険者証を持つ者だけは許すという許可を取ってくれたのは、この黒の大魔道と、ここにはいないが白の大魔道の2人だ。
俺個人では絶対に得られなかった許可を、条件付きとはいえ取ってくれた事に感謝しない筈がない。
そこまで恩知らずでもない。
「そもそもこれで大儲けしようとしてた訳じゃ無いから、多少の利益が出れば充分でしょう。
ゼロよりは1でも2でも儲けですよ。経費はないからプラスで済んでます。
それよりも大事なのはこれでどの程度〝身体強化魔法〟が習得しやすくなるか、ですしね」
「そっちは心配要らないわ。順調よ、坊や。
坊やの同期の子達も良い感じで伸びているわ。目に見えて伸びている子は少ないけど、充分なくらい成果は出ているわ。
ただ〝身体強化魔法〟を繰り返すだけの練習よりも、実際に魔法を使って何かを運ぶ方が習得が早そうね。
坊やはその訓練の過程で、ちょっとでもお金が稼げればそれで良い、という事ね」
「ですね。練習とはいえ、金にならない石だの岩だの運ばせるより、金になる物を運んで来るほうが身が入る。それがたまたま木材だっただけで。
場所によって運ぶ物は変えればいい。」
「ええ、練習方法としては悪く無いわ。
でも本当にいいの?
坊やが考えた練習方法で、声を掛けて集めたのも坊や。
なのに、私と白ちゃんの名前で報告していいなんて。
坊やの名前で報告をあげれば、いつか大魔道の称号を得るときに有利になるわよ?」
「あっ、そういうのは結構なんで大丈夫です。
俺は称号無し、ただの〝氷の神の使徒〟の方向で行きたいので、報告はお二人がお願いしますね」
「・・・・・・全然ただの、じゃないんだけど?
意味が分かれば使徒のが称号として大きいわよ?」
そもそも何処に報告するのかすら分からない。
そこはきっと代わりにやってくれるんだろうが、別に大魔道になるつもりは無い。
〝氷の神の寝床〟である俺には人間の定める称号など必要無いのだよ。
何しろ余計な責務を背負いたくない。
称号には必ず義務と責任がついて回る。俺はそれを知っている。
〝勇者の弟子〟という立場からすら逃げ出したい俺が、称号を欲しがる筈がない。
面倒な事は師匠筋にお願いする方向で行こうと思っている。
有り難い誤算な事に、魔法習得の練習方法の確立は、そっちの業界ではそれなりの成果になるらしい。
ちゃんと広まれば〝身体強化魔法〟の使い手も増えるだろう。
それならそれで良いのだよ。
魔法の選択肢が増えれば、魔力があるのに外には発動せず初心者講習でつまずく奴も減るだろう。
俺みたいに落ちこぼれ扱いされる奴がいなくなればそれで良い、そう思うよ。
問題は大魔道三人に借りが出来たことか。
どうも木材を扱う業界に影響のある貴族の側に、連絡の取れる所に、偶然もう一人いたらしい。
黒と白の大魔道の知り合いの大魔道様が。
どんな偶然だっての。
どうやら大魔道間では専用のホットラインがあるようだ。
この間夜中に1人で酒を飲んでいたとき、突然お二人が乗り込んで来た。
そして残っていたお酒を全部飲まれた。数日分だったのだが?
弟子の物は師匠の物、とか言ってな。
多分言いたかっただけだろうけど。
冒険者ギルドの教官は毎回奢ってくれるのに、師匠によってえらく違うもんだ。
別にお酒の事は良いんだ。本当だよ?
夜中に許可が取れたという連絡が来たらしく、慌てて教えに来てくれたのだから。
それはとても有り難かったんだ。
まさか弟子が自分で稼いだ金で買った酒を、勝手に全部飲み干すなんてビックリしただけでさ。
違う、問題は酒じゃない。
問題なのはその人が大魔道であり、その人を経由したという事は、だ。
色付き大魔道の称号持ちが3人で貴族にねじ込んだという話になる。
そりゃー練習方法の確立なんて程度の成果、差し出すに決まっているだろ。
大魔道3人に、俺が、借りを作ったようなもんだ。
そっちの方が面倒そうだ。
その人には感謝するが、出来れば会わないで済ませたい。一生な。
「坊や、このまま同期の子達が〝身体強化魔法〟を覚えたら次はどうするの?」
「ん~、そうですね。教えてない同期もいるのでもうしばらくは続けたいんですけど、ある程度までで終わりですかね。
それまでに木材商ギルドと、その上の貴族さんに許可を得られたら木材を仕入れるのは〝三ツ目〟で継続。
駄目ならすっぱり手を引きます」
現在初心者講習の同期で参加しているのは、日によってまちまちだが総数でなら30人と少し。
各々自分でも仕事を取るので、〝身体強化魔法〟を教えたとは言え全員が毎日来られる訳でもなく、参加人数はもっと減る。
同期全てと仲が良い訳でもないので連絡を取れる奴は限られるし、既にこの街を離れている奴もいる。
連絡が取れてもクランなんかに所属していれば、同期の集まりよりもそちらでの活動が優先になるので、当然そんな奴らもこちらには参加しない。
今は参加人数もそれなりにいて、俺が主導しているので裏街の子分も連れて行くので問題ないが、街の外に魔物が出るこの世界で、人が集まらなければこの訓練を続けるのは厳しくなる。
〝身体強化魔法〟さえしっかり覚えれば、荷物を運んでする訓練など必要がないので、参加人数も減っていくのは確実だ。
尻すぼみになるのは目に見えている。
今練習できない奴には可哀想だが、何時までも続けられないだろう。
ただ光明も無い訳では無い。
木材商ギルド全体は知らないが、南部の木材商ギルド支部ではこのシステムは割と評判が良い。
北高南低のこの街では他所から運ばれてくる木材は、一度全て北部に収められる。
南部には殆ど回ってこないと聞いた。
そんな中で独自に手に入るようになるのは大きい、とても喜んでいた。
南部支部の支部長さん以下職員たちは継続を望んでいるので、後は交渉次第だろう。
上手く許可さえ取れれば、〝三ツ目〟の生業の1つとして考えられる。
上が、下の者の気持ちを汲んでくれるとは思えないので可能性はかなり低いと思っているが。
おそらく北部の木材商ギルド支部は反対するだろう。
もう一度大魔道達に貴族に口を聞いて欲しいなんて微塵も俺は思ってもいないし。
駄目だったら仕方が無いのだ。
「あっさりしているのね
そう・・・・・・坊やが良いなら構わないけど、先の事で決めている事があるなら聞いておこうかしら」
「〝身体強化魔法〟の話じゃないですけど、俺の魔法の訓練を少し早めて進めて欲しいです。
あともう少ししたら夜はギルドハウスを留守にするかもしれませんがいいですか?」
「進めるのは良いけど? 何かあるの? 」
「実は・・・・・・」
俺は黒の大魔道に説明をした。
俺としては魔法の訓練方法さえ教えてもらえば勝手にやる。
多分駄目と言われても練習するだろう。
だから1つ1つ完璧にこなしてから次に進むよりかは、複数の魔法の使い方を段階的に教えて欲しい、とそう頼んだ。
黒の大魔道は少し悩んだが、承諾してくれた。
その段階的に、が魔法は難しい。
だが考えてくれるらしい。
有り難いことだ。
最も俺の中の氷の神の能力なら問題無く進むとも思っている。
夜に出歩くのは男として当然だろう。
夜の帝王になるだけだが、魔法の練習はちゃんとすると説得した。
その為に魔法の訓練を早く、と頼んでいる訳だし。
「分かったわ、考えておく。
後は何かあったら連絡を入れること。
夜遊びのアリバイは手伝ってあげるからしっかりやってくるのよ」
どうやらアリバイ作りは必要無いらしい。
協力者がいるって素晴らしい。
もっとも夜遊びじゃないんだけどね。
さて、話も纏まった。
明日も森に行って木を切って運んでこなければならない。
そろそろ寝よう。