とある門兵の恋歌
世の中には変わるものと変わらないものがある。
バームクーデルの街の第3南門を守る若い兵士にとって、彼らの仕事は変わらないものだった。
ついこの間までは。
大きく変わったのはこの二週間ほど。
街には身長の半分を超える長さの木を持ち込むことが、許可証を持っている者以外出来なかった。
そんな許可を得られるものなんて、林業従事者くらいしかいなかった。
今までは。
ここ最近何故か新人講習を終えたばかりの0088期の冒険者証を持つ者だけが、突然免除された。
許可が下りれば当然、第3南門にはその期の新人冒険者で賑わうようになる。
変わらなかった仕事はそれだけで、対応に追われる忙しい仕事へと変わった。
北高南低の激しいこの街で、南部の兵士は兵職の中での負け組である。
南門を使って街を出入りするのは、北門を利用する者よりも圧倒的に地位が低い。
門兵の仕事も北部の門兵よりも頭を使わない。
地位の低い者が運びこむものなんて知れているから。
他所の町との交流は北部を利用する。
南部に大規模な商いをする商人など、滅多に来ない。
冒険者とはいえ半分の割合を女性が占めている。
何より年齢が若い。
忙しくはなったが、兵士が心を躍らせて対応するには十分な理由だ。
中には恋心を抱く兵士も多い。
「可愛いなぁマナちゃん、はぁ・・・・・・」
その新人を纏める主力と言ってもいいパーティの、とある女性メンバーを見て、恋する兵隊さんはため息を吐く。
低い身長に、伸ばした髪、漆黒の髪の毛をツインテールにしたマナは南門でも強く目を惹いた。
男受けする整った容姿は元より、イゾウの影に隠れるように行動する姿は、彼以外の兵士の庇護欲を強くくすぐる。
イゾウが南門を利用し始めた頃からほのかに恋心を抱いている兵士は少なくなかったが、やや暴走気味に恋煩いしているこの兵士の痛々しい姿にそれ以外の者は少し自重気味になっていた。
「俺が兵士じゃなくて冒険者になってればマナちゃんと一緒に冒険できたのに!」
恋をするのが悪いのではない。
時と場合を弁えずそれを口にするのが良く無いのだ。
何度も聞かされた妄想に同じシフトで勤務についていた兵士はうんざりしていた。
「バーカ、冒険者なんて安定しない職に就いてどうすんだよ。
結婚率底辺職だぞ?」
真面目な顔で馬鹿なことを真剣な口調で言う同僚に、呆れたように横にいた兵士が言う。
それでも恋する兵隊さんはため息を吐くだけだ。
今の彼の耳に、真っ当な忠告は一切届かない。
「兵士も大して変わらないけどな」
「出世して北部勤務になれば・・・・・・」
代わりに届くのは別の同僚の耳だ。
聞こえた別の兵士が諦めつつもに突っ込んで、さらに別の兵士が僅かな望みに縋るような願望を口に出す。だが諦めているのかその言葉は最後まで続かなかった。
この街に限らず兵士になるには試験を受ける必要がある。
底辺職とはいえ公務員、人気はある。
ただし主には親に、だ。
職に就くあてのない子供を兵士として放り込む。
この街での兵職は、親の力関係が勤務地に色濃く反映される。
オークの襲撃の多いこの街では、何の後ろ盾も無い者がこの南部へと送られる。
結婚率が高くなる理由が無い。
それでも立身出世という夢が置かれているのが兵士という職である。
その小さな小さな可能性が、意外と捨てきれない物でもあった。
勤めてみれば、意外と止めないのも兵士色だ。
他に職のアテが無いとも言うが。世知辛い世界である。
「俺ならマナちゃんにはあんなことさせないのに。
俺が全部やってあげる。何でも贅沢させてあげるのに。」
「・・・・・・お前の給料で?」
「はぁ、マナちゃんといるあの冒険者の男死なないかな・・・・・・
恋人みたいに守りやがって、俺のマナちゃん・・・・・・」
珍しく届いたその声に反応したが、やはり言葉は続かない。
兵士にも訓練が有る。
だがその兵士の眼から見ても、目の前の集団は冒険者の中でも異質だった。
それが新人であるということが拍車を掛ける。
ここ最近で大きく変わり、許可を得た新人冒険者が木材を持ち込むようになった。
だがその条件として、1人につき1本のみ。
そして必ず自力で街に運び篭めた者のみという条件がある。
つまり、担いで運んで来るなら、0088期の新人だけ街に木材を運び入れてもいいよ、という事だ。
これはその裏に、イゾウと、そして2人の大魔道の存在があったからの話だが、街の兵士、その末端が知るよしも無かった。
当然、新人冒険者たちは、街の外で切り倒してきたであろう木を、肩に担いで運んで来る。
彼の愛しのマナちゃんもだ。
そんな許可を得たイゾウのパーティメンバーであるから当然なのだが、小さな身体に不釣り合いな長さの木を担いで門を通る。
それが彼には痛ましくて仕方が無い。
「貴族から出てる指示なんだから変に口を出すなよ?」
「分かってるって!
そこまで馬鹿じゃないから我慢してるんだろ!」
もう何度目かわからないこのやりとりは、イゾウたちが門を通るたびに行われている。
それでも注意するのは食ってかからんばかりの視線で睨みつけていたからだろう。
普通の冒険者ならば、門を通る度に接点を持てる。
冒険者の女と街の兵士が結婚する。
結婚まで行かなくとも恋人になる。
有りえないと断言する程の話では無い。
「どう考えてもあのマナって子無理だろっ。
あの子はパーティリーダーのイゾウってののコレなんだろ?」
「・・・・・・」
同僚の兵士が小指を立てて言った言葉に彼は答えない。
立てられた指を見ないようにしていた。
「だよなー。
木を運んでる連中のアレ、殆どは交代でやってるらしいぜ?
1人で最初から最後まで出来るのは新人の中でも有望株って言われている一部だけなんだってよ。
それをやってるのがそのイゾウで、あと数人でしかまだ出来ないらしい。
勇者さまのとこのパーティに入った新人のライアスってのとかだってさ。
お前の一押しのマナちゃんはだな、わざわざ門を通る時に木を担いで通る担当になっている。
ってことはだ」
「話しかけられたくないってことだろうな。残念無念、また来週~
他に愛想のいい女の冒険者もいるんだからそっちに目を向ければ良いじゃんかよ」
わざわざ恋人のいる相手を思っていても仕方が無いという優しさ。
そしてそれ以上に面倒事を起こして欲しくないという保身が同僚の言葉を辛辣にする。
「うるせーよ・・・・・・俺はお前らと違って一途なんだよ」
「そーゆーの女から見るとしつこくてキモい、らしいぜ?」
そんな同僚の心無い言葉にショックを受ける兵士。自分は一途だと思いながらもしつこいという言葉に思うところがあった。
普段通りなら門を通るタイミングで門兵は冒険者と少なからず声を交わすことが出来る。
だがこの特例のせいで木材を担いでいる冒険者は素通り出来るようになってしまった。
彼が彼女に話掛けられたのは初日だけだった。
それ以降マナは門を通るタイミングで必ず木を担いで運ぶようになる。
精一杯の熱意を持って紳士的に話しかけたつもりの彼だったが、マナは引きつった笑顔での短い返事で会話は打ち切り、集団の中で最も大きな大木を担いだまま、門を抜けた所で待っていたイゾウの所へ逃げるように駆けて行かれた。
周囲で見ていた同僚たちにも脈が無いのはハッキリ分かる。
それでもしつこく話しかけるタイミングを見計らい、マナを常に目で追う彼の視線は同じ男から見ていても痛い。見られているマナはとても居心地が悪そうにしている。
彼に見られるのが嫌でイゾウの影に隠れている。
それを察していないのは見ている当人だけだ。
その度に壁になって隠しているイゾウへ、強い呪詛を振りまく。
そんな姿には他の冒険者も気づき、呆れた視線を送っている。
「今回の新人冒険者は可愛い子が多いのは同感だけどな」
「うんうん。俺は断然クィレアちゃんを推すね。何しろおっぱいが大きいし、魔法使いだし、おっきいからなーもう」
「そうかー? あの子も愛想悪いじゃんか。
俺はセレナちゃんを推すね。背は高いけど話すと感じがいいし、顔も美人だろ?」
「お前より背が高いけどな。愛想が良くてもそこはかなり厳しくしないと。
やっぱり女性は包容力でしょ。その点、聖職者の地位を与えられているアベニルさんなんか母性に溢れていると思わないか?」
「いやいや包容力と言ったらやっぱりおっぱいが」
「胸がデカいだけじゃ女の価値は」
「自分よりも背の高い女はちょっとなー」
「なにおぅ、そこは男こそ包容力を持って寛大にだな」
女性の話題で男が盛り上がるのはどこの世界でも同じ。
そんな同僚たちの会話を耳で拾いながらも彼は黙っていた。混じりたいと思っている。
だが、廻りが思っているよりも先ほどの言葉に堪えていた。
そんな彼の恋が成就することは無い。
恋愛において最も多いのが沈黙の失恋だろう。
小さな恋の種の殆どが、芽を出せずに終わる。
相手に告げることなく心に秘めたまま、次の恋の始まりを待つ。
恋愛において勝者とは、振られることを恐れない者なのかも知れない。