身体強化魔法 5 オーガ
日が昇るよりかなり早い時間。
昨夜は早々に休んだので目が覚めてしまった。
のどかな村の静かな暮夜、周囲はまだ寝静まっている。
治癒魔法で怪我は治り、よく眠ったので体力魔力は全快し、若いので精力も漲っている。
そんな若さ溢れる健康な男が夜中に目覚めてすることは決まっているだろう。
夜這いだ。
昔読んだ戦国時代の傾奇者漫画では、夜這いは当然で、男も女もそうやって自分に合う相手を探すような話があった。文化レベルが似たようなこの世界でもきっと同じだろう。
なーに間違っていたとしても、西の山脈と街の間には他に村がある。
問題になったらそっちを拠点に変えればいい。
問題はどこを狙うか、だが。
アベニルさんが同じ建物にいるが、兄のギュソンがどこにいるかは分からない。
うっかり部屋に侵入したあとで、兄貴と同室だった事に気づくなんて目も当てられないだろう。
「くくくっ、狙うは村娘だな」
準備を整えた俺は静かに部屋を出る。
窓も扉も鍵なんてあってないようなもんだ。
夜の闇に紛れて寝静まった村を、愛の狩人が静かに駆ける。
そんな愛の狩人が辿り着いたのは立ち入り禁止区域の入口だ。
「くくくっ、正直やられっぱなしで黙って帰るほど腑抜けではいられないんだよね。
女は目的を果たした後あと」
吹っ飛ばされた俺は装備こそ落とさなかったが、何も持って帰れなかった。
大魔道から出ている課題は魔法媒介の材料を何か1つ持って帰る事。
急いで採って帰れば、まだ夜這いをする時間くらい残っているだろう。
まずやるべきは目的を果たすこと。昼間侵入して遭遇したのだから、時間をずらして試すのは当然だろう。
俺は意気揚々と立ち入り禁止区域に入った。
「で、当然こうなるわけだ」
「懲りぬ男よ、次は譲ろう」
「・・・・・・」
〝隠密〟のスキル、そして〝身体強化魔法〟の2つを使用し、闇夜に紛れて移動していたところを、前後を2つの影に挟まれてしまった。
その影は俺を無視して喋っている。天狗が譲ると言い、後ろの影が頷いたのが分かる。
だが一切合切お断りだ。
「ふん、勝手に決めるなよな。リベンジに来たぜ?
もう一回勝負しろよ、天狗ぅ~~~」
「カカカッ、威勢は買う。だが掟だ、今度はそこの鬼の番だ」
後ろにいるのは大鬼。入山する前に聞いていたもう1つの種族だ。
前門の天狗、後門の大鬼
だがそんな事は知った事ではない。
天狗へ意気揚々と俺は斬りかかり、天狗はそれを余裕の態度で眺めている。
魔剣グラムに魔力を注ぎ込み、大剣に超重量を篭めて撫で斬る。
「もらった、死ね」
だが俺の剣が届くよりも早く、後ろから勢いよく迫って来た大鬼の拳にぶっ飛ばされた。
重量を上げた大剣ごと横に吹っ飛ばされた。
どうやら天狗にリベンジをするには、先にこっちの鬼を倒さねばならないようだ。
「ぶっ殺す、おい、働け土精霊ども」
「・・・・・・」
「いや、何か言えよ」
無言で戦闘態勢に入ったその鬼は俺の言葉に応えることなく殴りかかって来た。
そして、同じく呼びかけた筈の堕ちた土精霊たちの反応も無かった。
「カカカッまだ早いと言っただろうが阿呆め」
俺と鬼が戦うのを近くの岩場に腰掛けて見ていた天狗が側に寄ってきて笑った。
「うっせーな、勝ち筋はあったんだよ」
でなければこんな所まで来るものか。
「・・・・・・その割にはそこの天狗と戦ったときと大して変わらなかったが」
戦闘中は常に無言で襲い掛かって来ていた大鬼はここへ来てやっと俺へと口を開いた。
大の字で無様に転がった俺を見下ろしながら。
「それもうっせーわ。使えると思ってた手段がまさか発動しなかったんだよ。
試さずに来た俺も悪いんだが、すっかり騙された気分だわ。
それよりもそっちの鬼も前回から見てたのかよ、くそっ流石に夜は寝てると思ったのに」
俺も考え無しでここへ来た訳では無い。
いなければいないで採取だけしてすぐに帰ったが、おそらく遭遇するとは思っていた。
どーも間が悪いからな。
そして予想通りに現れた。そこまでは予想の範囲だった。
まさか二匹いるとは思わなかったが。
「カッカッカ、残念だったな。ここは霊峰。
ニンゲンの汚い血で汚したくはないが、だからといって好き勝手に掘り返されては堪らぬのでな」
つまり見張っているらしい。
これは時間を変えても意味が無さそうだ。
「・・・・・・・まだ早い」
「カッカッカ、その通りだ。今日の所は大人しく去れ」
俺血塗れなんだけどね。
血で汚すつもりは無いんじゃなかったっけ?
そう突っ込みたいけど、まぁいいか。
死ぬような勢いで殴り、地面に叩き付けておいてなお、それでも此奴らは全く俺の精霊眼(劣化)に赤く映らない。
どうやら本気で殺すつもりは無いらしい。追い返すだけ、か。
なんだかとても悔しい話だ。だが仕方有るまい。
「くそっ、今日は帰るが。
ぜってーまた来るからなっ」
「・・・・・・好きにしろ」
「カッカッカ、その通り。その時にまだ未熟なら追い返すだけだ」
余裕綽々のその態度が鼻につく。
だが現状では殺されないだけで御の字だろう。
大魔道の課題は失敗だが、仕方が無い。
強くなってから再挑戦だ。
「あーくそっ、帰る。
が、ちょっと喉を潤すくらい多めに見ろよ」
目を覚ましてから何も口にすることなく此処へと向かって来た。
さすがに乾く。
荷物から木の椀を出して水を作る。
と、二匹の目が大きく見開くのが分かった。
「あんだよ?」
「・・・・・・」
「気にするな、魔法も使えたのだと思ってな。
使えば・・・・・・いや、そんなに変わらぬか」
天狗は視線を変えて誤魔化したが、大鬼が唾を飲んでゴクリと音を立てたような気がした。
視線は俺が荷物から出した木の椀から動いていない。
どうやら魔物も喉が渇くらしい。生きていれば当然だが
「ふん、直接戦いながらはまだ使えないんだよ。
それより山に棲んでるとやっぱ水不足なのか? 飲むなら作るぞ?」
天狗は視線を逸らしたままだが、大鬼は俺の顔と手の椀を交互に見て言う。
「・・・・・・もらおう」
そして手の平で皿を作って差し出して来た。
どうやらそこに注げという意味らしい。
「原始人かよ。
予備があるから木の椀を使えよ」
所持品が元々少ないので、持ってこれる荷物は限られる。
安物の荷物入れには大した物は入っていない。
それでもギュソン、アベニル兄妹から、村に泊まるのに食事は最低限自分で、と言われたので食器と携帯食だけ持って来た。
衣服? 換えなんてねーよ。
予備の木の椀を2つ出して天狗の分も作って渡してやった。
ちょっとビックリした顔をされたが手渡すと天狗もしっかり飲んだ。
大鬼が少し物足りなそうな顔をしていたので2度ほどお代わりを作ってやる。
身体がデカい分飲む量も多いのだろう。
しっかり天狗も木の椀を差し出して来たのは笑いそうになったが。
どうやら天狗も大鬼も水魔法は使えないらしい。