任務の後の祭り 4
レビュー頂きました。誠にありがとうございますm(_ _)m
バルダニオ視点です。
「プリ・・・エッラ・・・・・どうし、て?」
問いかけたが、愛しい人は泣いているだけで答えてくれない。
殴られたであろう左頬と、壁に叩き付けられた背中に痛みが走る。
立ち上がろうと力を込めた身体は、痛みを認識するとずるりと滑り落ちた。
尻餅をつく。
何が起きているのか分からない。
殴られた? 何故?
誰に? 誰が? どうして?
力が抜け、尻餅をついた俺の身体を真っ黒な何かが無理矢理引き上げる。
胸ぐらを掴まれ強く締め付けられる、息が止まり両手で必死に抵抗する。 だが構うこと無く無理矢理引き上げられた。
黒い何かは、自分よりも大きい自分を腕力だけで引き摺り起こした、そして首から上が吹っ飛ばされたような衝撃が走る。
どうやらまた殴られたらしい。右から左、左から右、何度も何度も、弾けるように、頬が弾き飛ばされていく。
何度も殴られるが、時々途切れることがあった。
見ればプリエッラが黒い何かの腕に縋り付いていた。だがそれが止まることは無い。
何度も何度も俺の顔を殴りつける。
瞼が重くてよく見えない。
必死で瞼を持ち上げると 広がった真っ黒な髪の中から見える真っ黒な瞳。
憤怒の表情で染まった顔は赤黒く見えた。
羽織っている黒いコートには見覚えがある。
ああ・・・・・・イゾウか
俺はいま、イゾウに殴られているのか。
誰かからプリエッラの事を聞いたのか
違うか、一緒に来たと言うことは、彼女が全部話したのか
そのコートは今日、任務が終わってから買ったものだ。
任務を受けた三日間でついに、彼は支給されている全ての服を洗っても落ちないほど血で真っ赤に染めたらしい。
そんな彼を無理矢理服屋に連れて行ったのは同じ講習生の子だ。
「講習が終わったら買い換える」と言った彼に、ライアスと同じ赤い髪の講習生ビアンカが「そんな格好で一緒に歩きたくない」と言って説得した。
それを任務に参加したみんなで待っていた。
中の服が汚れないようにと、返り血の目立たない黒いコートを一緒に買った時はイゾウらしいとみんなで笑ったものだ。
ほんの少し前の話。その時はみんないて、穏やかな時間だったのに、たった数時間で随分変わる。
プリエッラとも同じ班で・・・・・・なかなか話す時間は無かったが、それでも一緒に、笑えていた筈なのに
今の彼女は涙でグチャグチャだ。
誰が彼女をあんな目に・・・・・
誰のせいか、俺のせいか。俺が、勇気が無いからか。
ライアスから・・・・・・・取り返す勇気が・・・・・・
そんなことを考えてるとイゾウの手が止まる。
喉が熱い。
殴るのを止めた両手が胸ぐらを絞りあげてくる。きつく握りしめられて、喉を締め付けてくる。
息が出来ない苦しさの中、イゾウが顔を寄せた。
「何で殴られてるかわかんねぇか? 想像くらいつくよな?
教えてやる、あの女、俺に抱かれに来たぞ。ライアスの、ご命令だそうだ。巫山戯やがって。
どいつもこいつも、巫山戯てんなよ?てめーもだよ。
んなこと、許してんじゃねーよ、大馬鹿野郎が、見損なった。てめーはここで死んでろ。」
俺にだけ聞こえる声音でそう告げると、イゾウは乱暴に俺を放り出した。
そして腹部へと突き刺すような蹴りが飛んでくる。
強烈な腹部への一撃に、身体がくの字に折り曲げられ床の上に這いつくばる。
冷たい床の上で、踵を返す足音が耳に届いた。
もう用は無いとでも言いたげなその足音は、止まることなく小さくなって離れていった。
あぁ・・・・・次はライアスの所へ向かうのか。
そういえばおまえは・・・・・・そうゆう男だったな。
その真っ直ぐな強さが羨ましい。
腹部からこみ上げてくる痛みと圧迫感、それらに呼吸を遮られながらも必死で顔を上げる。
勝手に溢れてくる涙が遮る視線の先で、集まって来た人混みが割れていく。
カツカツと靴の音を鳴らせた足音の主が、当たり前のようにその割れ目へと吸い込まれていった。
その背中がとても眩しく見えた。
眩しい背中が見えなくなると、当然のように人垣が戻る。
人垣は皆、こちらに背を向けて。
次に視界に飛び込んできたのは愛しい愛しい、大事な人の顔だ。
涙でぐちゃぐちゃで、こんな顔を見るのはいつ以来だろう。
ライアスの所へ行ってから彼女は、悲しげな表情を浮かべることはあっても、決して泣くことはなかったのに。
そうか・・・・・思い出した・・・・・
俺が町に運び込まれた、大怪我をしたあの日以来だ。
「プ・・・・リ、エッラ・・・・・・」
「ごめん、ごめん、全部話しちゃったの
あんなに、あんなに怒るなんて思わなくて・・・・・・」
駆け寄って来たプリエッラが泣きながら謝ってくる。
違う、謝るべきは自分のはずだ。だから俺には謝らないでくれ。
だが殴られた時に切れた口の中が酷く痛んで声が出ない。
これも違う、情けなくて言葉が出ないんだ。
しばらくして悲鳴のような歓声が上がる。
そして罵声、怒号。
乾いた打撃音と人が地面に叩き付けられる音。
罵声の発したであろう知った男の、弱々しく苦しい声。
止めに入る声が聞こえて、それでもまだ打撃音が響く。
遮られて止まるような男では無い事を俺たちは良く知っている。
容赦の無い男であることは、今 身をもって改めて痛感した。
案の定、殴られたであろう憎かった男の、ずっと憎くて憎くて仕方無かったライアスの声が響いた。
容赦の無い男なのだ。
俺には勿論のこと、親しく見えたライアスにさえも躊躇なく拳を振るう。
周囲の喧しい声がやけに小さく聞こえて、ライアスの声だけがそのまま伝わってくるように感じた。
だが随分遠くに感じる。
なのに容赦の無い、その男の声だけが聞こえなかった。
理由はすぐに分かった。
口を開くつもりが無いのだろう。
彼はきっと、戦う理由を誰かに語るつもりは無いのだ。
俺を殴って、ライアスを殴る。その傍らには泣いているプリエッラ。
言わなくても伝わってくる。彼が・・・・・・・
何に怒っているか。
あれはそんな男で、そんな戦い方もあるんだと教えられた。
「・・・・・・行かなきゃ。」
痛む身体を押して立ち上がる。思うように身体は動かない。立ち上がろうとしても立ち上がることが出来ない。
だが立たなければならない。
ここで座っている訳にはいかないのだ。
「駄目だよ・・・・・・止めよう、ねっ、無理だよ・・・・・・・」
プリエッラが腕に縋り付いて引き留められた。
声にならない声で、必死に引き留めようとしている。
ライアス、そしてイゾウ、どちらにも俺が敵わないのは彼女にも分かっているのだ。それはまず間違い無い。
だが、
「ごめん、待たせて。色々謝らなきゃだけど、」
「いいの、お願い無理しないで、私なら大丈夫だから!」
覚悟を決めれば思ったよりずっと簡単に口から言葉が溢れてきた。
思っていた事を、我慢していたことを伝えるだけ済む。
だが腕にはさらに力が込められる。
彼女は俺がふさぎ込んでいる間もずっと・・・・・・戦ってくれていたのだろう。
今も、戦っている。
彼女に・・・・・・ずっと守られていた。
それにすら気がつかなかった。
「プリエッラ、俺が戦わなきゃ・・・・・・駄目なんだ・・・・・・
分かってない。分かってなかったんだよ、俺も・・・・・・君も。
ごめん、俺が逃げてたからだよな、敵わないからって決めつけて・・・・・・
だから戦う。ちゃんと戦ってくるから、
だからそのあと、話を・・・・・・聞いて欲しい。今さらって思われるかもしれないが・・・・・・」
プリエッラの目を見て伝える。
こんな言葉じゃもう足りないかも知れないが・・・・・・・・
ちゃんと自分で戦って、取り返すよ、君を。
返事を聞かず、歩き出した。
イゾウに殴られた身体が痛む。
昔、ライアスに殴られた時よりもずっと効いている。
だがおかげで、目が覚めたよ。
ふらついて思うように動かない身体に鞭を打つ、必死に堪えて前に進む。
歯を食いしばって足を踏み出すが、それでも痛みで足がもつれた。
「くっ・・・・・!!!」
必死で堪える。倒れない。
例え倒れてもすぐに起き上がって前に進む。そう強く思った。
だが身体が、地に伏すことはなかった。
「プリエッラ・・・・・・・」
「馬鹿、ばか、バカ・・・・・・・」
プリエッラが身体をねじ込んで支えてくれた。
昔よりもずっと、彼女を力強く感じる。
「私だってもう、冒険者なんだから。自分で戦えるし、支えられる。」
知らないうちに彼女もずっと強くなっていた。
いざとなったら彼女だけは守りたい、そんな風に考えてここへ来た。
何かあれば盾になって、せめて彼女だけでも。そう思ってライアスについてきた。
だがそれも、もう必要無いのかも知れない。
「そう・・・・か」
「私も後悔してるの、あの時バルダニオ1人で行かせた事を。
だから大丈夫だよ、これからは一緒に戦える。剣も槍も、魔法だって覚えたんだから、ね。
これからは・・・・・・一緒に、ね。私も、だよ。」
予期せぬ彼女の言葉が脳裏に響く、混乱した頭では理解が追いつかない。
それは一体どうゆう意味だ?
もしかして
「プリエッラ・・・・・・お、れを、許して、くれる・・・・のか?」
「ずっと待ってたんだから、バカ、もう、ほんと馬鹿。」
肩を俺の脇に差し込んで必死に支えてくれながら、彼女の顔は昔のように優しく笑ってくれていた。
彼女がそう言ってくれるだけでどれだけ心強いか。
「ありがとう。でも、今日は、俺に戦わせてくれ。目が・・・・・覚めたんだ。」
プリエッラの返事は聞かず前だけを見る。
視線の先には鬼がいる。
真っ赤な髪を逆撫で、2メートルを超える巨大な体躯から拳を振り回す大きな赤鬼
その赤鬼の拳を俺よりも小さい身体で平然と受け、真っ向から殴り飛ばす悪い顔の黒鬼
鬼が、殴り合っている。
その視線にはもう互いの姿しか見えていないようだ。
周囲には黒鬼に殴られたであろう仲間たちが、這いつくばってその様を眺めている。
殴り合う両者の姿を見て声も出ない。
自分があれを食らえば死ぬんじゃないかと思えるほどの、強烈な拳が目の前を行き交っている。
その行き交う拳を息をのんで呆然と眺めている。
ライアスを弾き飛ばすイゾウの爆弾のような一撃も
それを食らって起き上がり、お返しとばかりに殴り飛ばす大砲のようなライアスの剛腕も
殴り飛ばされてなお、薄く笑って立ち上がるイゾウが
起き上がるイゾウを見て薄く笑みを返すライアスが
笑っている顔に気づく自分が
その全てが恐ろしく感じる。
だからこそ、俺はいまからそこに割って入る。
人生で一番の勇気を振り絞って。
ちと腰痛を発症しておりまして、同じ体勢を長時間取るのが辛いです。
酷く痛むわけでも無いんですが、どうも集中出来ないので今週はこれで様子見します。
落ち着いたら投稿しますのでまた宜しくお願いしますm(_ _)m