任務の後の祭り 2
食堂を借り切って打ち上げを行われている。その一方で、そこには入れない者もいる。
任務に参加する事が出来なかった者だ。
大半の者は参加しなかったのだから、と自分を納得させて過ごしていた。
だが、納得しない者も中には存在する。
ライアス派閥のナンバー2 マーヴィッドである。
任務に参加して当然だと考えていた彼は、直前になってライアスにメンバーから外された。
その気持ちを想像するのは容易い。
ライアス、そしてイゾウに対しての憎悪が渦巻いている。
地方領主の5男坊である彼が、ライアスの下にいるのは後々の事を考えての計略である。
自分で大きな獲物を獲る事が出来ない者がそれを成すにはどうしたらいいか。
恵まれた体格も、能力も、魔力も持たない彼が辿り着いたのが、獲れる者を補佐すること。
そして最終的にその成果を横取りすることだ。
成したのがライアスの力であろうとも、それを押し上げたのが有力者の子弟だったなら、世間の目にはどう映るであろうか。
その時が来るまで、ライアスの下で自分を殺して過ごそうと考えていた。
だが彼は自分を殺しきることが出来なかった。
その為に任務からハズされてしまったのだ。
だがマーヴィッドが反省することは無い。
自分は悪くなく、任務から外した奴が悪いのだ。と
彼は本気でそう考えている。
「すげぇ、こんなのご馳走になって良いのかよ!」
「俺のいた村じゃこんなに食えなかったよ!」
「気にすんなよ、俺たち似たもの同士じゃんか。飯くらい奢らせてくれよ。」
地方領主の五男とはいえ、マーヴィッドはそれなりの資金を持たされて講習に参加している。
領主である親にも考えがあり、多めの金を渡してくれた。
五男とはいえ時期領主の対抗馬になって欲しく無い長男も冒険者になる事を喜び、手切れ金として多く包んでくれた。
マーヴィッドは他の兄にも餞別を強請っている。
だが、それを周囲に見せて、無駄に使うほど馬鹿でもなかった。
懐は温かい。だが使わない。
いつか必要になるときに備えていた。
「似たもの同士?」
「あぁ、俺たちは実力は有る。なのに今回任務に選ばれなかった。
そんなとこが似てるだろ?」
そう言って肩を組み、酒を注いでくるマーヴィッドに、肩を組まれた男は「まぁ・・・・な。」と小さく答える。
任務をハズされたその日からマーヴィッドはも大人しくしていた訳では無い。
どこの派閥にも属さない、そこそこの実力のある講習生を選んでは声を掛け、昨日今日とあの手この手で懐柔しようと動いていた。
この席もその一環、打ち上げが行われる反対側で、参加出来なかった者に普段よりも良い食事、そして酒を振る舞っている。
思ったよりも早く来たいつか。
そんなマーヴィッドの行動に、呼ばれている者の中にもは数人訝しんでいる者もいる。だが悪い気がしていないのも事実だ。普段は飲めない食べれない、そんなものを目の前に出されては無理も無い。
「だってそうだろう、音頭を取ってるのはイゾウだ。5班50人、そうは言ってもほとんどがイゾウに都合のいい奴が参加してやがる。
前回の任務で俺たち講習生は教官から明確に順位をつけられたんだ。
だったら上から50人を連れて行きゃいいだけの話だろ。でもあいつはそれをやんなかったんだぜ!」
それを聞いてピクリと反応する者たちがいた。
ここに呼ばれている者の中には50位以内に入っている者が数人いる。彼ら彼女らだ。
だが任務には選ばれていない。
なのに前回の任務で100番以下と、当のイゾウに兪やされ馬鹿にされていた者が多く参加しているのだ。面白い筈が無い。
マーヴィッドはそこを突いて煽っている。
それでも任務初日に教官から、班長が人選を選ぶと伝えられたときには納得していた。
各版、班長と付き合いが深い者が多く選ばれており、イゾウの班もそれなりの面子に見えていた。
だが翌日にはあっさり手の平を返された。
初日4班だったものが5班に戻り、追加招集された者の殆どはイゾウ派閥の人員が占めていた。
各班にイゾウの派閥の人員が振り分けられ、イゾウ班にはイゾウと恋愛関係にあると噂される者がその席を占める。
それを主導した男が誰か、なんて話はすぐに聞こえてくる。
イゾウの都合の良いように組み替えられ、そして大きな成果を出された。
過去に例の無い講習生の結果に教官もギルド職員も大喜びしている。
実力で選んでくれさえすれば、自分がそこにいてもおかしくは無いのだ。
だが声すら掛けられていない。
一部の講習生が外に出ている。なのに居残りで、いつもと同じ日常、それも厳しい訓練を課される者。
それが外に出た一部の者の成果を喜ぶだろうか?
否だ、喜ぶわけが無い。
勿論同期の成功を褒め称える者も大勢居た。
だが、今回の任務には成績順での中間層にあたる者が多く抜けている、参加していない。
ユリウス、ガレフ、ライアス、ノリック、そしてイゾウという班長に選ばれる成績上位の者。
そしてそれに次ぐ成績を収めている者。
そこまでだ。そこからは飛ぶ。
成績で言うならば、それに続く者はあまり参加出来ず、代わりにイゾウの派閥の者がその席を占める。
イゾウ派閥の者たちも伸びては来ている。
だが前回の任務時には大した成績では無かった者が多いのも現実だ。
その間の努力など目に見えない。今も変わっていないと選ばれなかった者たちは思っている。
自分より下位の成績の者が、上位の者と一緒に任務にあたり結果を出したのだ。
手放しで喜べなかった。
自分が参加していればと、そう考える者も多い。
そう思えば目の前の男、マーヴィッド。
イゾウと折り合いが悪い話は有名だ。
不仲が原因で、今回任務から放り出された。
そんな男の話にも耳を可向けてみようか、なんて気持ちになりもした。
そしてマーヴィッドも、だからこそ此処で張り込んでおこうという腹づもりだ。
食堂で出ている食事や酒よりも、グレードの高いものを用意し振る舞っている。
最初は警戒し、静かだった酒席も段々と盛り上がっていった。
参加した者の多くは、現在の境遇に恵まれていないから。
不平不満を口にし、悪態を吐く。そうして大いに盛り上がっていった。
だがそこに水を差す者が現れる。
「邪魔するぞ。」
そう言ってそこに姿を現したのはライアス派閥の4番手、バルダニオ。彼が数人のライアス派閥の者を連れて顔を出した。
彼らは両手に一杯の食事と、酒を運んで来た。
マーヴィッドはそれを見て蔑んだ目をして言う。
「・・・・・・何それ?」
「ここで飲んでると聞いてな。差し入れだ。」
「それ、ライアスくんの命令?」
「・・・・・・そうだ。」
少し不服そうな表情をしたのをマーヴィッドは見逃さなかった。
「バルダニオくん、悪いけどそんな安い食事嬉しくないんだ。迷惑だから持って帰ってよ。」
マーヴィッドのその言葉に、マーヴィッド主催の酒席の参加者から笑いが起きる。
任務を受けたとはいえそこまで大きな報奨金が出たわけでは無い。
得た資金は今後の冒険者としての活動するための資本金になる。
打ち上げ費用はその中から各自が捻出し、安さ、そして量を優先して用意されている。
此処を機会と見て張り込んだマーヴィッドの用意した酒にも肴にも打ち上げの料理は大きく劣った。
バルダニオも連れの者も、ここに来て見ればそれは分かる。
だが差し入れとは掛かった金額の多寡だけが意味を示さない。
「それは、ライアスくんの気持ちは受け取らないってことかよ?」
マーヴィッドにそう問うたのは、バルダニオでは無かった。
一緒に来たライアスの派閥の仲間。
折角送った料理を突っ返そうとする男。下手に勘ぐらなくても悪く受け取るだろう。
「そんな怖い顔すんなって、そんな貧乏くさい料理並べたって誰も手をつけないんだって。
それだったらそっちでさ、それを喜んで食べる連中に美味しく食べてもらったほうが有意義だろう?
使いっ走りのお前らは、俺らが受け取ったことにしてこっそり戻しとけばいいんだよ。
空気読めって。」
へらへら笑いながらも悪態を吐くマーヴィッドの背から、再度嘲笑が起きた。
「マーヴィッド、てめぇ!!!」
それを聞いた彼は、顔を赤面させ掴み掛かった。
だがその手がマーヴィッドに届くことは無い。
マーヴィッドぶ届く前にバルダニオがその手を押さえている。
「バルダニオ、止めるなよ! こいつぶっ飛ばしてやる!口だけ野郎が調子に乗りやがって!!
参謀気取りだったくせにてめーは追い出されてんだよ、いつまでも偉ぶってンじゃねーぞ!」
彼は元からのライアス派閥の者では無い。
ライアスと喧嘩して吸収された者だ。
だがライアスは血の気こそ多いが積極的に組織を広げる性格では無い。
対立した派閥を無理矢理、下へと組み込んだのはマーヴィッドである。
ライアスが派閥の長だが、最近はイゾウたちと行動する事が多くなった。
故にこうして強引に組み込まれた者は何通りかに分けられる。
1つはマーヴィッドに与するもの。
もう1つは年嵩で強く、比較的穏やかなバルダニオにつく者。
そして各自で何かしら企んでいる者だ。
ライアスから直接任務から弾かれたマーヴィッドは、派閥内で急速に勢いを失っている。
それでも未だに何人かはマーヴィッドに付いて行動を共にしている。
だがそれはマーヴィッドの素性を知る、同町の出身者に限る。
強引に下へと組み込まれた者はマーヴィッドへの印象が悪く、これ幸いと離れて行った。
「よせ、こんなとこで喧嘩しなくてもいいだろう。
コレは戻しておく。ライアスにも言わなくていい。」
「何でだよバルダニオ、全部教えてやればいいじゃねぇか! 」
間に入ったバルダニオが順番に2人を見ながら答える。
温厚といえば聞こえはいい。だが、時にそれは臆病に映る。
ここで引くということはマーヴィッドの言いなりであることと変わらない。
一緒に料理を運んで来た者が皆そう思うのも仕方が無いだろう。
「俺が口だけ?
じゃーバルダニオくんは何なんだっての。結局あの時から変わってねぇじゃんか。
はっ、暢気なもんだ、アンタ今何が起きてるのか分かってんのかよ。
おまえらバルダニオくんに期待してるみたいだけど、無駄だぜ。
昔の話聞かせてやろうか?」
「止めろ!」
珍しく声を荒げたバルダニオに周囲は息をのんだ。
その顔は普段の無表情と違い、怒りが滲んでいる。
バルダニオはあまり顔に感情が浮かぶ方ではない。
バルダニオの後ろにいる者は勿論、マーヴィッドの後ろにいる者も普段見せないその顔に息をのんだ。
「昔の話は
・・・・・・するな。」
周囲の変化を感じたバルダニオは慌てて無表情へと顔を戻す。
そして小さく絞り出すような声でそれだけ絞り出した。
そんなバルダニオの耳元にマーヴィッドが小さな声で囁くと、バルダニオの顔は彼を知る誰もが見たことも無いほど苦痛に歪んでいたという。