オークの残党を討伐せよ 8
「旦那、説明するよ。この先を少し行った所に他より大きい建物が有る。
この辺りではそこは【 羊小屋 】って呼ばれている。
そこの中には今もオークが確実に、それも数匹閉じ込められている。
この辺りじゃそこが一番数が多いし、距離も近い。
それ以外の場所は正確じゃないから少し時間が欲しい。
旦那がまずそこに向かうのであれば、その間に他のとこを調べてくる。それでどうだろう?」
ハーフドワーフ兄ザーノアは覚悟を決めたように真剣な顔で話し出した。
それはまるで思い出したくない何かを思い出しながら話しているようにイゾウには見えた。
「ふーん、それは構わないけど他所を調べるツテもあんの?」
「それなりにここでの生活も長いから、知り合いだけならいるんだ。
俺が知らない奴でも、ベスやディアスの知り合いもいるだろうし、当たっていけば何とかなる。
だがそうすると旦那の方の案内にあまり人数を割けなくなるんだが。」
値踏みするように問いかけるイゾウに、ザーノアは申し訳なさそうに答える。
その顔を見てイゾウの口元は小さく笑みが浮かんだ。
「案内には1人2人いればいい。それより場所を特定する事を優先してくれ。
今回の任務に与えられた時間は今日を入れて三日間。
その間に結果を出す必要がある。」
「わかった、任せてくれよ。
で、その【 羊小屋 】の周辺なんだけど、単体ではなく複数の組織の縄張りになっているんだ。
例えるなら西側はA組織の縄張り北側をBとC、東はDみたいにその建物を中心に縄張りが分割されている感じなんだ。
だから行くなら気をつけて欲しい。どっかと喧嘩になったとき、必ず横から別の組織が攻めてくる。あそこはそうゆう場所なんだよ。」
「へー、それは面白そうな所だ。
どんなとこだか興味有るな。もう少し詳しく頼む。」
「面白そうって・・・・・まぁ旦那がそう思うなら良いんだが、本当に気をつけてはくれよ?
元々ここいら、第3地区の南東エリアは布を織る工場が一杯あって、結構栄えてた所だったんだ。
その中でも【 羊小屋 】は一番デカい所でよ、結構な数の結構従業員がいて、持ち主が個人でも奴隷を多数持っているような奴でよ。
俺にはかなり儲かってるように見えた。ここいらじゃ一番の成功者だったんだ。
まぁ戦争が始まる前まで、の話だがな。
一旦戦火が広がると、裕福な所こそ荒らされるのも早いんだ。
だが、あそこはここいらじゃ一番頑丈で、さらに持ち主が逃げる前に厳重に鍵を掛けてたみたいでな、何人も入り込もうとしたんだが誰も入れなかった。そんな場所だよ。
おかげで戦争でも大した被害は無く、その後もしばらく手つかず。
何年か前にオークが壁をぶち破るまでは、だけどな。」
「へーこの辺は紡績業が盛んなのか。なるほどそれは良いことを聞いた。
ギルドじゃそんな話は教えてくれなかったからな。
生きた話こそありがたい。その先、なるべく詳しく聞かせてくれ。」
ハーフドワーフ兄の話はイゾウを喜ばせた。イゾウと共に来た講習生も初耳だったのだろう、興味深げ聞いているが、話しているハーフドワーフ兄を含め、住人たちの顔はあまり冴えない。
「分かった、だがあくまでも昔の話だよ旦那。
町の西側の話は講習で習ってるかい?」
「ん~強い魔物が出るって山があって、立ち入り禁止なんだっけ?」
「そうそう、強い魔物がいるんだ、西側には。
でもそいつらは山の中に集落を作ってて、人が住む方までは滅多に降りて来ないんだ。
こっちから進入したんなら、山の、例え下の方でも殺されるらしいけどな。
でもその強い魔物の縄張りに入らなきゃ、比較的西側は安全なんだよ。
オークなんかはそいつらの餌らしくて、西側に向かうと勝手に始末してくれるんだ。
最近じゃオークもそっちにはあんまり行かないらしくて、町も襲われるのは東側が多い。
町の中も外も西側の方が安全なんだ。最も魔物に限定しての話だけどな。人間が暴れるのには西も東も関係ねぇよ。だからオークを探すってんなら東側のほうがいる可能性が高いと思う。
で、その西側にある村が昔は蚕や羊を育てて、この辺りで売る。
それをここいらの工場が糸にして、布にしてたってわけだ。
だが肝心の工場のあるこの辺りが貴族の戦争に巻き込まれたから、今じゃ見る影も無い。
見ての通り、建物は壊され、中は荒らされ、住んでた人間も働いていた人間もみんな逃げ出した。
糸にする場所が無くなりゃ、そこに売って生活してた西側の村の連中も生活できなくなる。
戦争が終わっても、逃げた奴が戻ってきた所で再開なんざできねぇくらい荒れちまってる。
【 羊小屋 】の持ち主も、きっと戻ってくるつもりで念入りに出入り口を塞いで逃げてったんだろうが、結局未だにに戻ってきてねぇ。
いや、実はこっそり戻ってきたのかも知れないが、どこかでとっくに殺されてるのかも知れねぇ。
そんな場所だったから、俺たちみたいなのの塒にはちょうど良いだろ?
入口の鍵を開けようってみんな必死になってた時期があったんだよ。
結局どこの誰も鍵を開けられず、持ち主は行方知れずだから鍵は出てこねぇ。
その周辺は俺らみたいなのが奪い合う縄張りになった。
互いに牽制し合ってずっと閉じられたままだったんだが、オークは物を考えないからな。そんな中で壁を壊して入っちまった。それからはオークの住処だよ。
俺らも大概には馬鹿だがよ、そこに興味が有ったのは安全な寝床が欲しいからだ。
だから入りたいって奴がほとんどだろ? 絶対に壁までは壊さなかったし、壊させなかった。
壁が壊れれば好きに入られ放題だからな。それくらいは考えた。最も簡単にゃ壊れない建物だったんだがなぁ。
手を掛ける奴がいなきゃ、だんだん脆くもなるんだろうな。
そんな訳で入口の鍵を開ける奴が出るまでは手を出さないって暗黙の了解のあった場所だったんだが、結局オークが入っちまってよ。それも運が悪いことに複数いたんだ。
それが・・・・・・2年くらいまえかな。
そうなると今度はそのオークを野放しに出来なくなる。あっちこっちの奴らが集まって必死で壁を塞いだのさ。」
「その言い方だと参加してたのか?」
「ドワーフの血が入ってるからな。どうもそうゆう作業が向いていると思われたようで頼み込まれて何度も参加したよ。そんときも結構な数の人間が死んだ。
必死で塞いだんだけど、多分今でも人が潜れる隙間くらいは残ってる。
必死でなんとかしようとするやつがいる一方で、そんなことを考えもしない奴が一杯いるんだ。
特に後から来た奴らはな。
参加した奴が必死で塞いだところに勝手に穴を空けて、中に入るってー馬鹿が不思議と絶えなくてな。
塞いで、穴を空けての繰り返しで、そのうちオークも他の壁にも穴を空けるようになってな。
出てこないようにまた必死に穴を塞ぐ。
中に入った奴はみんな食われたってーのに、それでも入る馬鹿は後を絶たない。
放っておきゃ飢えて勝手に死ぬってーのにな、何故か自分から食われに行きやがるんだ。
人を食ってオークは強くなる。強くなったオークは外に出ようとする。
それを塞ぐ奴らは常に命がけだ。
なのに人の目を盗んででも入ろうって奴が後を絶たないのさ。
それがアホらしくなって、あそこから離れた。そろそろ半年くらいになる。」
そう言ったハーフドワーフの瞳には涙が浮かんでいる。
イゾウはそれに気づかない振りをし、話を続ける。
「ふーん、俺の知ってるドワーフは酒飲みで戦うとかなり強そうな奴だけど、自分じゃ工作はまるで駄目だって言ってたな、やっぱドワーフによるのかね。
何か作るくらいなら、その時間に酒を飲みたいって言ってたぞ。」
「ははっ、ドワーフらしいっていや、らしいドワーフだな。
俺らはハーフだし、大工の仕事を手伝ってた時期もあったんだ。短い間だけどな。
旦那のいう通り、ドワーフに寄る。なんだろう。ドワーフに限らず、だが。」
「なぁ壁を壊せるなら、どっからでも出られるだろうに。なんでオークはその建物にいるんだ?」
「分からん。でも建物自体は結構頑丈なんだ。劣化したところとか、一部の薄いところなら壊せるってとこじゃねーかな。持ち主は当時かなり羽振りが良かったからな。その分、頑丈に作ったんじゃねーかな。
儲けてる、栄えているって言っても、当時からこの街はオークから頻繁に襲撃は受けてたし、対立してる危ない業者も多かったはずだ。ろくでもない業者も昔からどこにでもそれなりにいたしな。
昔から第三地区じゃ喧嘩は絶えないからよ。
その対策で立派なもんを建てたのに、割とすぐ戦争が始まった、俺でも可哀想に思ったくらいだぜ。」
「ふーん、世知辛いな・・・・・・だがそこは面白そう、なんだけどな。
で、結局お前は俺に、そこを荒らして欲しくない。って話だったのか?」
イゾウはザーノアへと近付き、顔を覗き込むように近づけながら問う。
どんな表情をしているのかは周囲の人間からは伺えない。
ザーノアは少し笑いながら、首を振って答える。
「いや・・・・・・流石にそんな感傷はねぇよ。
ただ、攻めるにも治めるにも厄介な場所・・・・・・ってだけ、さ。
あの辺は縄張りが昔から変わってないんだ。だからその分組織間の横の繋がりが強い。
知らないどっかの新鋭の組織が入ってくるなら、協力して追い出そうとする。
変なとこに縄張りを取られて、オークを解放でもされたらたまったもんじゃ無いからな。
死に物狂いで抵抗してくると思うぜ?俺なら絶対あそこには攻め来まない。
でも・・・・・・旦那は行くんだろ?」
「そうだな。面倒なのは分かった。
だからちょっと策を講じるけど。」
「そう、か。分かったよ、旦那。
改めて、腹を決めて旦那について行くぜ。
なんなりと命令してくれ。」
そう言ってザーノアはイゾウの前に跪く。
それを見てザーノア以外の者も同じ姿勢を取った。
その前に踏ん反り返ったイゾウは口角を釣り上げて笑う。
イゾウのその顔を見て、嫌な予感のしたユリウスは仮面の下で顰めるが口を開くことは無かった。
「くくくっ、そうだな。じゃーまずは・・・・・」
イゾウが出した指示はさっきまでと違う指示だったが、逆らう者はもう此処にはいなくなっていた。
こうしてオーク討伐任務初日は過ぎる。
イゾウは【 羊小屋 と呼ばれる建物へと舵を切る。
その行動は波紋が広がるが如くに波が広がり、第3地区南東エリアの裏町を激しく刺激した。
この日より、何故か南東地区の裏町では気温が一段階、他の地区よりも下がる事になる。
その寒さ冷たさは、今後も氷の神への信仰を強制する事になる。
裏町の住人に〝三ツ目〟という組織名が伝えられたのは、ギルドへと帰還する直前だったが、これによりイゾウは裏町を、そして講習生内の自派閥を改めて再掌握した。
明日も投稿します。