始まりの日 8
何か変な呼び名をされた気がするが、スルーしていいだろう。
問題はそこでは無い。
〝血統魔法〟の確認が最優先事項だ。
その次がこいつらとの交渉になる。
〝血統魔法〟がコピれるならば、貴族だろうがヤクザだろうが問題ではない。
最終的に交渉するのはこいつらでなく、こいつらの親になるだけだ。
だが、女。それも子爵の娘という俺の聞いていない存在は、反応せずにこちらを見ている。
その目は艶っぽく熱を帯びて見える。
こんな顔だったかな?とは思うが、ゾルダードを含めよく考えれば全員の顔をしっかり把握できていないので考えないようにする。
確かギルドのサブマスに聞いている限りでは、倉庫を貸したルーシティ準男爵家が〝血統魔法〟での治癒魔法使いだ。
そのルーシティ準男爵家の娘だったと思っていた女。
それが今なぜか、子爵の娘を名乗っている。
だが反応は無い。
「ん?治さないのか?」
「治してもよろしいのですか?」
わざわざ追撃も入れずに、治す時間を与えているのだ。
なのに、女はゾルダードに反応することなくこちらを見続けている。
この女とは面識が個別にある。だがそれはいい。
仲間だろうに、心配する素振りも見え無い。
聞いたことをそのまま返されてしまった。
なんだこいつ。
「そりゃーな。俺を殺す殺す喚いていただろ。
この後に及んで自分は死なないとでも思ってるのか?治してやれよ。
魔力が切れるのと、俺が飽きるのと、そいつの精神が崩壊するの、どれが先か試してやる。」
腕でも吹っ飛ばせば、直ぐに焦って回復すると考えていた。
後学の為に、〝治癒の血統魔法〟を見ておきたいのだ。
回復魔法を使える自分にとって、最も近しいのが〝治癒の血統魔法〟だと思っている。
四肢欠損を治せる手段だ。貪欲に覚えに行きたい。
そして試し打ちの意味も有る。
中古だが新調したこの斧槍での技の威力も確認しておきたかった。
教官を少し強引に説き伏せて、なんとか手に入れた。後払い有るとき払いで先日見た斧槍を買った。
道具は使わなければ意味が無い。早速持ってきた。
予定では肘から先だけを吹き飛ばすつもりだったのだが、斧が先端についている為か、龍が俺の認識よりも大きくなってしまい、その分威力も強くなってしまったようだ。
肩口から先をえぐり取っている。
張り直してあると思っていた、血統魔法での魔法障壁が無かったことも大きい。
普通、壊されたらすぐに張り直す。
やっぱりバカボンの集団だ、どこか甘い。
「どうしましょうかしら?
治してもいいのですけど、旦那さまはこの男をお嫌いなのでは?」
「・・・・その旦那さまは何?
意味が分からないんだけど?」
「あらあらわたくしの事、お忘れかしら?」
「あんたの事は覚えている、だが聞いていた話と違う。
俺が調べた限りでは、王都から今期来た人間に子爵の娘なんていなかった。
何なんだ一体。可能なら説明を要求する。」
「隠れて聞いてらしたのですか?あまり良い趣味とは言えませんわよ。
ですがお答えしますわ。
いないのは当然です。身分を隠蔽して潜り込ませて頂いていますので。」
「はぁ?意味わかんね。
くっそ・・・・面倒くせぇな」
予定と違うことは勿論、どこかほんわりとした女の語り口調に苛々してつい頭を掻いてしまった。
「あらあら旦那さま、何かお困りで?
わたくし、お力になれますわよ?」
「その旦那さまは止めろ、あとそいつ早く治してやれよ。」
「ええ、勿論です。でもまだ対価を頂いておりませんが?」
「お仲間なんじゃねぇのかよ・・・」
「勿論。
でも治さないと困るのは私たちでは無く、旦那さまですよね?
わたくしたちとは先ほど色々ありました、では治さないという選択肢も出てくると思うのですよ?」
「・・・・ねぇだろ。別に俺は困らない。」
「嘘が下手ですわ、旦那さま。
さすがにコレでゾルダードが死んだなら、わたくしたちは実家に報告しないわけにはいけません。本当に宜しいのかしら?」
「ちっ、バカボンの集まりかと思っていたのに・・・
腹の据わった女もいたわけだ。
子爵令嬢ね、つまりてめぇが」
「あら怖い、てめぇなんて言われたのは生まれて初めてですわ。」
女は愉快そうに笑う。
その顔に敵意は無く、このアホみたいな会話を心底楽しそうに話しているように見える。
その顔を見て理解した。
ゾルダードが立てた計画。
それを弄くっていたのがこいつだ。つまり、
「ムカつくなぁ、それこそ色々有ったろうが!丁寧に喋るとでも思ってるのかよ!!
ったく、すっかり騙されてた。ゾルダードじゃなくてて、ラスボスはてめぇの方だったわけだ!」
「ラスボス・・・?
・・・ですか?何の事でしょう!?」
「諸悪の根源って意味だ。」
「違いますわよ? 私はただ身分と目的を隠して彼らに・・・・
そうですね、言うなれば便乗していただけですもの。関係ありませんわ。
今はちょっと情けない騒ぎになってるから、仕方無く・・・ですわ。」
そう言って少し妖艶に口元を綻ばせた。
俺がサブマスから仕入れた情報の中では子爵の娘なんて存在しない。
だが盗み聞きしていた限りとここで話す分では、こいつがソレなのは間違いなさそうだ。
元々力を見せつけるためにやる予定だったとはいえ、短気起こしてすぐ行動したのは失敗だったかもしれない。静かに忍び寄ってもう少し話を聞くべきだったか。
だが、混乱しているところを畳みかけたかったのも本音だ。
なんだかんだと、あいつらは本当は自分たちに手を出せない、と思われたくなかった事と、
この女が混乱を鎮め、隊として纏めて落ち着いて行動される前にと思い、焦って行動してしまった事も否めない。
「目的ねぇ・・・何を企んでいるんだか。」
「あら、酷い。先日愛を語り合ったではないですか。
私の目的はあなた、ですわ旦那さま。」
「しれっと嘘を混ぜるな、やりにくい女だな。
それを信じるとでも?」
「あらあらどうしましょう。困りましたわね・・・」
そう言って意味深な顔をし、ゾルダードを見る。
血が随分と流れ出て、真っ青になっている。だんだん色が抜けていって最後は真っ白な灰に・・・
そろそろ色々マズそうだな。
俺が治せば傷口は塞がるだろう。だがその場合腕が再生することは無い。
俺の回復魔法でなら、切れた身体のパーツは繋がる。縫い合わせるよりも綺麗に結合出来る。
が、無くなった部品を再生することは出来ない。
どっかの悪い氷魔法使いの技が肩より先を吹き飛ばして消してしまった。
無いものはどうにもならない。
雑魚でカスだが、こいつらにとっては大事な戦力だ。
見捨てる事は無いと踏んでたのだが、この女にとってはそうでは無いらしい。
読み誤った。
「くそっ、何を対価にすればいい?」
「あらっ、よろしくて?」
「とりあえず話が出来る程度に治してやってくれ。
決裂したら次は首から上を吹っ飛ばす。
だからそれくらいの対価なら払う。もっとも文無しなのは講習開始時から変わらないけどな。
払える者は限られている。期待しないでくれ、それでいいなら支払おう。」
「・・・そう、ではわたくしへの対価と合わせての交渉と致しましょう。
話をするために先に治しますわ。」
そう言って女はゾルダードへと向き直る。
地に伏せて必死で右肩を押さえるゾルダードの周りに魔力が走り、円と文字、そして何らかの紋様が浮かび上がる。
(魔方陣って奴か!?初めて見るな・・・大魔道の2人は使っていなかったはず。
となるとアレが血統魔法の秘密!? いや、まだ1つ見ただけ。
確定とするには早計か。他の奴の血統魔法もなんとか見たいところだ。)
そんなことを考えていると、俺が吹き飛ばした腕が再生され始めた。
うん、人間の身体の再生とか気持ち悪いの一言に尽きる。
見なきゃ良かった。
少しグロい絵が続いたので、それを半分視界に収め、もう半分は魔方陣らしきモノを眺めていた。
どうせ〝氷の精霊眼(劣化)〟が欠けること無く記憶してくれる。
後で考えればいい。
「・・・・・・こんなところですね、どうかしら?
不自由なく、動く!?」
女がゾルダードへと問いかける。
ゾルダードは無くなったはずの腕を前後左右に軽く動かし、指を握っては開いてを繰り返した後に女に向かって礼を言った。
だが女は笑って、「お礼なら旦那さまへ」と返す。
どうやら対価の話を誤魔化させてはくれない模様だ。
こいつが仲間を善意で治した、でいいのに。
そしてゾルダードも当然礼を言うこと無く、俺を微妙な顔で睨んでいる。
腕を吹っ飛ばした俺に礼なんて言うわけが無い。
言われても困るので、俺もスルーだ。
誤魔化すように手をパチパチ叩きながら女へと向き直る。
「素晴らしい、良いモノを見せて頂いた。いつか私もその領域にまで辿り着きたいものです。
で、何を対価にお支払いすればよろしいですかな?」
「あら、無理に丁寧に話さなくても大丈夫ですわよ。
対価なら先日お願いした話を受け入れてくだされば結構ですわ。
悪い話では無いでしょう?自分で出来なくてもわたくしがその力になれますもの。
そしてこの問題も片付きますわ。」
「・・・・・どこまでマジなんだか・・・」
「あら、心外です、本気の告白でしたのに。」
そう言って女は楽しそうに微笑んだ。
そんな顔をするから、嘘くさいのだが・・・
当然わざとだろう。 そんな仕草が俺を苛つかせてくれる。
何というか、意地の悪いところが自分に似ていると感じる。
この女と向き合うのはこれで二度目。
とは言っても一度目は俺の中ではノーカウントになっている。
講習中に一度、モテ期が来たことがあった。
あの時、目の前のこの面倒くさい女に、呼び出され告白された。
告白された、とは言っても当時既に元兵士組とは色々あった。
既にこちらは嫌悪する関係だったので、何か企んでいるとしか思えずお断りした。
当時、というかさっきまでの印象は4人の元兵士だった女講習生の中で、もっとも地味な女がこいつだ。
そして殆ど顔を合わせる機会が無かったのもこいつだ。
なんで突然告白を!?と少し後で、冷静になってから多少戸惑ったが、その頃には互いの関係を周囲が気にし始めていた頃だったので、それを緩和するために訳分からない一手を打ってきたのだろう、くらいにしか考えていなかった。
ついでに言えばモテ期だったので少し調子に乗っていた。
この女に限らずそこそこの数の女に告白を受けた。
あの時期を過ぎてからは全くモテ無くなった気がする、色々やったし、やっているから仕方無いと言えば仕方無いが、少し寂しく感じるのも本音だ。
この女は24~25。今の俺よりも1世代は年上だ。見方によっては2~3世代上になる。
前世でなら24~25の女なんて泣いて喜んで食いついただろう。だが、現在18に若返り、周囲にいつ恋愛の対象も同世代だ。若くてピチピチ、これからエロくなっていくお年頃だ。
そんな今の自分の歳と変わらない女が選びたい放題なのに、年上を選ぶ気にはならない。
遊びでなら良かった、喜んでお手つきしただろう。
だが告白にOKしたならば、それは真面目なお付き合いになる。
結婚適齢期を過ぎた相手との真面目なお付き合い、それは人生おいて最も重い選択肢になるだろう。
それでも当時に子爵の娘だと聞かされていたら、食いついた可能性は否定できないが。
言わなかったので、サックリ断っている。
考えること無く秒殺で瞬殺した。
「・・・・・・・・・何か企んでるとしか思えないんだけど?」
「そうだとしても悪い話ではないでしょう?」
「あの時、子爵の娘だって言わなかったのは何故!?」
「勿論秘密にしていたからに他なりませんわ。あの段階ではまだ言えませんでしたの。
あとはそうゆう話はお嫌かなと思ってましたので。まずはわたくし自身を、と。」
女の顔をじっと見る。女も見つめ返してきた。
よく見ると顔は悪くない。まぁ貴族の娘なのだから当然と言えば当然か。
ゾルダードのことを俺は内心で、ゴリラハーレム使いと馬鹿にしていたが、ゴツいのは実は2人だけだ。
後は平凡女と地味女で、面倒だから一緒に扱っていた。こいつは地味女の方だ。
そして実はセレナのほうがゴツいと周囲には見えるだろう。
圧倒的に顔とスタイルがセレナの方が良いのだが、それ以上に体格が良い。180センチの俺と同じだ。
こいつらは兵士の訓練を受けている分、全体的にごつごつしているように俺には見える。
「そういや大体何時も顔を隠してたな。顔は知ってるつもりだったけど・・・ちゃんと見るのは初めてだ。」
「認識を阻害する魔道具があるのですよ。低級のモノならば禁止されていませんし、わたくし以外にも使っている者もいますよ。何より兵隊は必要以上の発言を禁じられていますので。
隠れるのにはちょうど良かったのです。」
「なるほど・・・って他にもいるのか・・・」
全然気がつかなかった、まだまだ俺も甘いってわけだ。
目の前で青い顔をしているゾルダードをバカボンだと見下していたが、俺も未熟だったというわけだ。
自覚はしていたつもりだが、改めて痛感させられた。
これはフンドシを締め直す必要がある。人を過小評価するのは良く無いようだ。
ちなみにゾルダードは血が足りないからか、座り込んだまま立ち上がれない。
他の女もゾルダードに寄って集まっているが、特に口を挟む気は無いようだ。
なるほど・・・隊長格以外は黙して出しゃばらない。基本だな。
「旦那さまと親しいライアスという男の派閥にもおりますわよ。」
「なるほど・・・」
1人顔を覚えられない奴が確かにいる。嫌いな奴だ。
基本、どうでもいい男の顔なんて覚えられないが、嫌いだと認識している奴の顔を覚えていないのは、考えてみればおかしい。
それはともかく
「で、何で旦那さまなんですかね?」
俺は断ったはずだ。
「そうですね・・・言ってしまえばそれがわたくしの目的だからですわ。
わたくしはわたくしの勇者様を探して家を出ましたの。
こんなに早く会えるとはわたくし運が良いわ。
ちょっと手違いがあったようで、断られてしまったのですが、きっと何かの間違いですわよね?
せっかくだからやり直しの機会を頂いたの。
今度こそ受け入れてくれますよね?」
あっ・・・こいつやべー奴な気配がする。
明日も投稿する予定