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異世界(この世)は戦場、金と暴力が俺の実弾(武器)  作者: 木虎海人
3章  土台作り
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始まりの日 7


「さて・・・予定とは少し変わったが概ね順調だ。」


先に退出したライアスたちと合流し、そこにいる両派閥の面子を前に声を掛ける。

雰囲気を作るために先に動いてもらったが、この後もやることはある。

周囲の目がこちらに集まるのを待って声を上げた。


「当然奴らも巻き返しに動くだろう。

それを分かって指を咥えて見ている必要はねぇよ。

予定通り、分担して、どっちつかずの連中の所を廻ってこい。

いざ、喧嘩になったらどっちにつくか、言質を取ってこい。

この期に及んで向こうに着くって言うのならば、仕方ねぇ!身の程も教えてやれ。」



「「「「「「「「「「  おう!!!!!  」」」」」」」」」」」」


男の講習生の野太い声と、女講習生の高い声が入り乱れ、先に決めてあった班ごとにわかれて動き出す。

予定されていた話だけに動きは速い。

反抗的なライアス派閥の者ですら、俺の号令に従い即座に行動を開始し、散っていく。



ここにいるのは正義の味方じゃ無い。

そして勝つのも正しいものでは無い。

常に勝つのは、先に準備を済ませた者だ。完璧に整った状況で、負けは有りえない。

そこを手を抜くつもりは、俺には一切無い。


NOと答える者にはライアスが向かうだろう。


俺もまた別行動に移る。


兵法は神速を尊ぶ。

疾きこと風の如く、徐かなること林の如く、侵掠すること火の如しだ。


気づいたときにはもう遅い、残るのは焼けた跡だけだ。


目に見えるところで暴れるだけが強さでは無い。

やるときは一気にやる。そして徹底的にやる。

遺恨は残しても、禍根は残させない。






      ★☆





「はっ、馬鹿じゃ無いの。そんな話に乗ると思ってるわけ?

アンタじゃ話にならないわ。イゾウを連れてきなさいよ。」


「イゾウの野郎は来ねぇよ。ムカつく野郎だがこうゆう卑怯な手腕だけは確かだ。

ライアスくんよりも徹底していやがる。そこだけは認めてやる。

ビアンカ、お前の事は俺が任されたんだ。イゾウも承知している。」


ビアンカたちの前に顔を出したのはライアス派閥のナンバー2、マーヴィッド

自分に近しい仲間を引き連れて班を作り、特に強く志願してビアンカの前へと来ている。


「嘘っ、イゾウがそんなこと認めるわけないっ。」


「ちっメアリーよ、嘘じゃねぇ。あいつはあいつでケジメをつけに行った。

ここには来ねぇ。」


口を挟んだメアリーに不愉快そうな視線を向けてマーヴィッドが言う。

マーヴィッドはビアンカが好きだが、その相方であるメアリーが疎ましかった。

この女がいつも惚れた女といるために、ゆっくり話す時間も取れないと疎んでいる。



「ふーん、ケジメ、そう・・・ケジメね。そこ、もう少し詳しく話しなさい。」


ビアンカが目をつり上げ睨み付けながら言う。

自分よりも他の事を優先したイゾウの事がビアンカは面白く無かった。

そして、その様子を全く隠さないビアンカを、マーヴィッドもまた面白く思わない。


「教えてもいいが返事を聞いてからだ。

こっちにつけよビアンカ。いい加減にライアスくんの派閥に入れ。

さっきの話の内容は聞いてただろ?

イゾウは元兵士の奴らに完全に喧嘩を売った。潰れるのは確定だぜ。

最後に残るのは俺たちだけだ、これはもう決まっている。

だからその前にお前には、俺が迎えに来た。」



「アンタの意見なんてどうでもいいわ。


イゾウと話させなさい。イゾウとなら話てもいいわ。

でもアンタと話すこと何て無いし、アンタらの派閥になんて入らないわ。」


「ふんっ、イゾウイゾウ、お前もイゾウかよっ。

どいつもこいつも・・・・ライアスくんまでたらし込みやがって。

あんな奴のどこがいいんだっての。


なぁビアンカよ、前から何度も言ってるけど俺の彼女になれって。

悪いようにはしねぇからよ。

どーせこの喧嘩には勝てない。いや、例え1回勝ったとしてもイゾウの芽なんてねぇよ。

イゾウもライアスくんも軽く見てる。

だけど、そんなに甘くない、元兵士の奴らの後ろには木っ端じゃない、本物の貴族がいる。

これはマジな話だ。分かる奴にはすぐ分かる。

どんな理屈をつけたってイゾウがそこに喧嘩を売ったことには変わらない。

当然、始末をつけられるのもイゾウだ。

色々動いてるみたいだけど、最終的にイゾウの派閥なんて残りゃーしないぜ?」


「・・・・・言ってる意味が分からないわ。

ライアスだって一緒に喧嘩売ってるじゃないの!?」


「ライアス()()な。

その辺の区別はしっかりつけようぜ、ビアンカ。いくらお前が俺の彼女でもそこら辺は許しちゃもらえない。

彼氏に恥をかかせるもんじゃない。」


「耳が腐ってるのかしら?

アンタの彼女になんてならないって言ってるでしょ!!

それよりどうゆう意味か、答えなさい!」


「おーこわっ。まぁいい、その辺はおいおい、ちゃんと教育し(教え)てやるさ。

ライアスくんは手を貸してるだけだ。今回の喧嘩はあくまでもイゾウの喧嘩、なんだよ。

いざとなったら俺が上手く話を通すさ。

可哀想だが、イゾウみたいなタイプは長生き出来ないんだぜ。」


「・・・・・・アンタに、何が出来るって言うのよ!」


「貴族の傘の下にいるのは元兵士の奴らだけじゃないってことさ。

生憎こっちは少し田舎の・・・だけどな。まぁそれでも話くらいは通せる。」


「そう・・・最低ね・・・

イゾウに全部押しつけて、自分たちは慈悲でも嘆願するの?」


「さすがビアンカ。俺が見込んだことだけはある、頭の回転が速い。

だが慈悲じゃねぇ、これは政治だ!

いいかっ、俺が! 交渉するんだよ!」


「アンタに見込まれても嬉しく何てないわ!」


「そー言うなって。俺は五男で継承権すら下の方の木っ端貴族だが、冒険者としてそれなりに成果をだせば親父も兄貴も重宝してくれると約束しているんだ。

親父とも兄貴とも、昔から女の趣味は似てるからな、ビアンカ、お前を連れて帰れば直ぐにでも歓迎してくれるさ。

親父も兄貴も間違い無く大喜びだ。血は水よりも濃いって言うだろ?

こんな世の中だ、イゾウなんて見捨てちまってよ、俺らは楽しくやろうぜ!?

親父も兄貴も認めさえすれば地元に敵はいねぇ、贅沢もし放題だ。お前となら出来る、お前なら気に入られる。」


「・・・っとに最低、最悪。アンタ何なの!?女を何だと思ってるの!?

不愉快よ!」


「おいおい怒ったのか!? そりゃーねーよビアンカ。

俺はお前を最大限評価してるんだ、だからこうやって話した。

イゾウの野郎なんてお前が思ってるほど大したことねぇよ。

男ってのは連れてる女で価値が決まるんだ。

呪われたガキくせー女に、地味な魔法使い、最近はマナつったか、あれもだろ?

あいつの好みは乳くせー女だ。ガキみてーな女だよ、お前とは釣り合わねぇぜ。


それに知ってるだろ、元々あの野郎はセレナってデカ女にご執着だ。

今回の喧嘩も間違い無くセレナが絡んでる。

そんなくだらない野郎にお前が肩入れしてどーすんだよ。だから俺を見ろって。

俺ならお前だけを大事に出来る。なぁビアンカ、ちゃんと考えてくれって。」


「女を道具みたいに扱うアンタみたいな男御免だわ。」


「そこはちょっとだけ辛抱してくれよ、それでも俺はお前を大事にするぜ!?

何しろお前は俺のだーいじなお姫様だからな。

何だかんだと言ったって、結局は権力と金だ。俺につけば助かるし、いい目も見れる。

イゾウなんぞについても馬鹿を見るだけ、だぜ!?

今もあっちこっちで何も知らない馬鹿どもがあの野郎に動かされてるよ。

喧嘩になったら自分に着くように、って。はっ、全部無駄だ。無駄無駄無駄。

大事なのは講習生内の人気取りじゃない。

ひっくり返す権力を押さえる必要がある。


あの野郎は本当、変に頭が回ってムカつく野郎だ。自分を賢いと思ってやがる。

だが馬鹿だ、世間知らずの大馬鹿野郎だ。

貴族ってもんを知らない、権力ってもんが分かってない。」


「そう・・・馬鹿はアンタよ。

イゾウは言ってたじゃない、自分も貴族の庇護を受けたって。

アンタの思う通りに進むとは思えないけど?」


「ぶははははははっ、可愛いなぁビアンカ。

だがやっぱりまだまだだ、もう少し教育しないと・・・な。

アレはあいつのブラフだ。まさか本気にしてたのか!?

考えても見ろ、貴族が講習中の冒険者なんかに本気で相手すると思っているのか?

あの野郎に聞いても、どこの貴族かなんて答えもしなかったぜ?


つまりそんな貴族はいないんだよ!

今は勢いに押されてるが、元兵士の奴らもじきに気づく。

そうなったらお終いさ。」


「ふーん・・・・そう。うんやっぱり、そうね。イゾウが正しいんじゃない。」


「あ!? 何がだよ、まだイゾウか!?」


「結局イゾウの言ってたとおりじゃないの。

貴族で育った者には平民の気持ちが分からないって。

アンタ・・・わたしの気持ちとか、考えたことあるのかしら?」


「・・・・・・」


「その様子じゃないようね。

それで良く自分の女になれとか言えたものね。笑っちゃうわ。


いい、一度しか言わないからよく聞いておきなさい。

わたしはイゾウが好き。 最初はそうでも無かったけど気づいたらちゃんと好きになってたわ。

ちゃんと接するうちに、自然とそう思えるようになったの。だからこの気持ちに嘘は無いのよ。

馬鹿でスケベで女好きで、いつもわたしやメアリーのおしりばっかり見てるけど、それでもわたしたちを巻き込まない程度の優しさもあるし、何かあればちゃんと誠実に対応してくれるのよ、アイツはね。

アンタとは違うわ。アンタなんかを好きになるわけがない。


いい目を見させてやる!? 贅沢!? 興味無いわ。馬鹿にしないでもらいたいわね。

アンタには金で転ぶ女がお似合いよ。

せいぜい金貨で頬を叩いて馬鹿女でも実家に連れて帰りなさい。」


ビアンカの告白を受けてマーヴィッドの顔が羞恥に染まる。


失恋。

本気で人に拒絶されたことのない彼が初めて受ける、本気の拒絶。

目の前で好きな相手に、他の男への思いを騙られる屈辱。

そして虫けらでも見るかのような侮蔑の視線。


それは赤くなった顔と、身体を怒りに激しく震えさせた。


「・・・・くっ、後悔するぞビアンカ!

いや、俺を振ったこと、絶対後悔させてやる!」


「後悔!? するわけ無いでしょう。

裏でこそこそ、やることがみみっちいのよ!」


「この・・・くそおんなぁ・・・何が・・・

裏で動いてるのなんざ、イゾウだって同じだろうがぁ!!!

おれとどこが違うんだ!

おまえこそ分かってねぇよ、ビアンカ! あいつはもっと腹黒い、講習生で1番あくどい奴じゃねぇか! 」


「全然違うわよ。

アイツは行動力も実行力もある。裏で動いても、表でもちゃんと動くわ。

アンタみたいに裏で利益だけ追いかけたりしない。


それにもし例えあんたと言うとおりの男だったとしてもよ! アイツはわたしをちゃんと必要だって言うわ。わたしの全部を、独占しようとする。他の男に渡すことを許さない!

アンタみたいに誰かに差し出そうとなんて絶対にしないわ。絶対よ、ねぇメアリー!?」


「えっ!? あっ、うん。

イゾウさ、あっいや、イゾウは絶対そういうことはしないと思う。

むしろ・・・すっごく怒りそう。」


「うんうん、そーよ。下手したらそこでもまた喧嘩を始めかねないくらい馬鹿。

たとえ相手が貴族でも、ね。

そんな馬鹿だからわたしたちは・・・・・」


そこまで言ってビアンカは何かを思い出す。

そして次の言葉を発することなく、腕を組んで考えこんだ。

何かを思い出したらしい。


「何だよ!?」


「うっ、五月蠅いわね、一度しか言わないって言ったでしょ。

終わり!あんたとの話も、この話題も、もうっ、終わり!

そもそもイゾウとは言ったら付き合う約束してるんだから、もうこれ以上言えないわよ!

そうでも無くてもアイツはよく隠れて聞いてるんだから・・・」


そう言ってビアンカが周囲を見回すと、メアリーもまた物陰などを凝視する。

暗闇にイゾウが潜んでいたことは一度や二度では無い。


そしてその態度がまた、マーヴィッドの怒りに火を注いだ。


「・・・・・・・むかつく

ほんとっにあのくそ野郎はムカつく野郎だ。


ビアンカ、今日は引いてやる。だが覚えてろよ、お前は、俺を本気で怒らせたからな。

どいつもこいつも、イゾウイゾウいぞうイゾウいぞうイゾウって・・・


ぜってえ、ぜってぇ許さないから・・・」


そう言ってマーヴィッドは仲間を引きつれてビアンカたちの前から去って行った。


「何あれ?馬鹿?」


「さぁ? でも警戒した方がいいかもね。」


「自分でやる度胸なんてないから問題無いわよ。それより、どうするか話しておきましょう。

イゾウが本気なら、多分来ると思うのよね、アイツの事だから。

遅くなっても必ず自分で。

フフッ、イゾウがどうしてもって頼むならイゾウの味方してあげても良いと思うんだけど、みんなはどう?」


そうビアンカが問いかけてくるのを尻目に、イゾウには報告しておいたほうがいいな、とメアリーは考えていた。

そしてイゾウは、ビアンカの予想通りに少し時間が経ってからだが、ちゃんと2人の前に顔をだした。

だが、その時されたのは「もう全部終わったから大丈夫だよ。巻き込んでごめんな。」という軽い報告だった。


仲間を説得して待っていたビアンカがその報告を聞いて、恥ずかしさに激怒する事になるのだが、それはまた別のお話。








              ★☆





そのイゾウはというと、解散後少し離れた物陰にて食堂から出てくるある一団が出てくるのを、ガレフたちと合流し見張っていた。


先頭を顔を赤く染めた男が歩き、その後ろを所在なさげに女が3人ついていく。

少し遅れて女がゆっくりと歩いて追いかけて行った。


お目当ての5人組が出てくるのを確認し、イゾウのみが後をつける。


そのイゾウに気づかないまま。先頭を歩く男、ゾルダードは怒りの呪詛をまき散らしていた。


「くそっ、くそう、あいつ・・・許さない。絶対に許さない!」


「ゾルダードさん、そのっ落ち着いてください・・・・」


泣きじゃくった元女兵士が宥めるが、怒りに火を注ぐだけだった。


「落ち着けるわけ無いだろう! 全部ぶちまけられた!そう、全部だ!

今まで準備してきたこと、積み上げてきたこと、全部だ!」


怒鳴り返された女はその剣幕に黙り込んでしまう。


「あと少しだったのに、くそぅ・・・・

それだけじゃ無いぞ、やってもいないことまで上乗せされた!!

これじゃ我々の話なんて誰も聞きやしないだろう・・・・

こうなったらもう・・・・


アイツを・・・殺すしかない・・・」


「えっ・・・」

「流石にそれは・・・」

「ねぇ・・・マズいですよ。」


数時間でげっそり痩せたゾルダードの顔にどん引きながら、元兵士の女たちが答える。


「じゃーどうしろって言うんだ!

こんな報告、上に出来るのか!? 出来るわけないだろう!?

くそぅ・・・場所なんて提供していない・・・

魔法課の老教官に3人の講師を紹介したのは確かだし、その時に上手く魔法が嵌まったまではそうだ。

だが同期をレイプさせるなんて・・・そんなことまで考えてもいない!

イゾウの立場だけちょっと・・・ユリウスよりも下げれれば充分だったのに・・・」


食堂を出た後に、人影のない雑木林で俯いて吐き出したゾルダードを元女兵士たちは困った顔で見ていた。

ただ1人を除いて。


「・・・・全く情けない。

年長者だからリーダーを任せていたというのに・・・・」


声を上げたのは地味な元女兵士。

女兵士の中で最も野暮ったい服装をしている。地味な女。


だがよく見れば、細部まで手入れされた綺麗な髪と肌に気づくだろう。


「ゾルダード

これまでは年齢と、兵士時代の役職を立てて任せていましたが、あなたが指揮を執るのは此処までにしましょうか。どうやらあなたではこの先対応出来ないようですからね。

ここからは家の格を前面に出すことにしますわ。ちょうど貴族家だとバラされてしまったようですし、平民の振りも此処までで良いでしょう。

これ以上隠し通しておく必要も無いでしょうし。」


「なん・・だとぉ・・・勝手なことを・・・

元はといえば君が・・・君が勝手に予定を・・・」


「控えなさいな、ゾルダード。

そんなだからアナタは妾の子と罵られるのですわよ。

落ち着いて、よく考えてから発言なさいな。

わたくしは子爵家の娘、アナタの家は伯爵?侯爵?公爵だったかしら?」


「ぐっ・・・申し訳ありません・・・」


「質問に答えなさいな。」


「・・・準男爵です・・・・」


「そうね、それもあなたは五男、家の家督を継ぐ資格すら持てない妾の子。

わたくしは子爵家の次女。 お母様を除けば兄姉に次いで3位にあたる。

兵士としてならば構いません。ですが、わたくしたちの事情が明るみに出た以上、これまでの態度では許しませんよ?」


「申し訳・・・ありませんでした。」


そう言ってゾルダードは貴族の礼を取って謝罪する。

他の3人も同じく貴族の礼を取った。


「そう・・・ではこれからは采配はわたくしが執るわ。意義はあるかしら?

指示系統は常に1つ。それは貴族だとしても、そして兵士だとしても変わらないわ。

冒険者としても同じ。貴族であって、兵士でもあったあなたたちなら理解出来るわね?」


「「「「 はっ 」」」」


「よろしい、では立ちなさい」


そう子爵の娘が命令を下した、そのときに事は起きる。


黒い龍を象った魔力の塊が、立ち上がったゾルダードの右半身を急襲した。

何の反応も出来なかったゾルダードの右肩から先を食いちぎるように吹き飛ばし、黒龍は突き抜けて飛び、消える。

消えた先には腕であったモノの影すら残っていなかった。


「はっ!?」


肩から先が吹き飛んで消えた自分の身体を見て、ゾルダードはただ困惑の声を上げた。

何が起きたか理解出来ない。 一瞬で右肩より先が消滅してしまった。

そしてワンテンポ遅れて吹き出した、おびただしい血を見て叫び声をあげる。

痛みは遅れてゾルダードの身体を走り、支配した。


「ぐわああああああああああ、なっ、なっなっ」


左手で吹き飛んだ右肩を必死に押さえるも、流れる血は止まることなく流れ出ていく。

周囲にいた元女兵士の3人はその血を見て膝が抜ける。

尻餅をつくように後ろへとへたり込んだ。

「ひっ・・」と声にならない声をあげて、怯えるように尻をついたまま後ずさった。


微動だにしないのは、子爵の娘だけ。

腕の飛んだゾルダードを、まるで愉快なものでも見ているような、薄い笑みをうかべて眺めていた。




そしてそこへ、イゾウがゆらりと姿を見せる。


「全く・・・・元兵士だったんだろ?口を閉ざせ、息がくせぇぞ。

情けない声を出すな。オークに食い殺された裏町のゴミどもですら、断末魔の叫び声はもう少し聞くに堪えられた。

ま、妾の子が、貴族としてボンボンに育てられたら、こんな甘ちゃんにもなるか・・・」


「あらあら、これはこれは旦那さまじゃないの。」


「だっ、旦那さまっ・・・!?だと!!??

ぐっ・・・・

どっ、どうゆう意味ですかっ!!」


真っ黒に彩られた巨大なハルバードを両の肩に担ぎ肘で抱えるように高く抱き、斜めに少し身体を反らせて姿を見せたイゾウに、子爵の娘はうっとりとした表情を浮かべて微笑みかける。

ゾルダードはもとより、他の3人の女たちも2人の姿を必死で見比べている。

そんな動きを全く気にすること無く、子爵の娘が変わらぬテンポでイゾウへと声を掛けた。


「思ってたよりも、お早いお出ましでしたわね。

そんなにわたくしに会いたかったのですか?」


女の問いに答えること無く、イゾウは冷たい視線をゾルダードに向けたまま、見下ろしていた。


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