始まりの日 5
「ユリウス答えは?」
俺の問いにユリウスは答えない。
聡いこいつの事だ、ここまで言えば分かるだろう。
何しろ一緒に罵詈雑言を浴びせられた仲だ。
奴らにとってついてないのは、ユリウスも一緒に狙われて、そして嫌われた事だろう。
はい、時間切れ、黙っていても話が進まないので勝手に先へと進む。
「答えは講習生よりも上の存在だ。教官、あと一応講師もな。
知ってるよな?特に酷かったのが魔法課の教官と講師だ。
特に魔法課の老教官や、俺が切り刻んでやった3人の講師。
推測になるが彼らも影響下にあったんだろう。」
俺の答えにその場が静まりかえる。
ユリウスは勿論、他の誰もが押し黙ってしまった。
そんな馬鹿な、と一笑に付する奴すら現れない。
皆、見て見ぬ振りをしていたが、どんどん壊れていった老教官を近くで見ている。
作らせた人垣の向こうにいる奴らの中から、目つきが鋭くなっている奴が現れたのも見えている。
自分がその魔法を掛けられている可能性に思い至る者もぼちぼち現れてきたようだ。
さぁて・・・もう一押し二押しだ。
だがそこに1人の女の声が割って入る。
他の奴ならばともかく、その声を俺は無視出来ない。
「ちょ、ちょっと待ちなさい!
じゃー何!? アンタが落ちこぼれ扱いされてたのも、全部、全部仕組まれていた話だっていうわけ!?」
「うん、ビアンカ、今真面目な話してるからまた後でな。」
「私だって真面目に聞いてるのよ!」
急に割って入ってきたビアンカに真面目に返事をしたところ、真面目に怒られてしまった。
質問は受け付けていないのだが。
大人しくそのまま聞いていて欲しい。だが答えちゃう。
「簡単だよ、講習が始まった時点でユリウスの上にいたのが俺だけだった。
それだけだよ。」
「酷い・・・・・たったそれだけで・・・?」
「一応気持ちは理解出来るんだけどね。
聞いた話だけど、同期で・・・・
例えばこの初心者講習を受けた俺たちの中では、1人勇者が出てしまうと、その次に勇者に成ろうとするのはかなり難しいらしい。それこそ不可能なくらいに。」
「・・・・どうゆう意味よ?」
「勇者になれるのは同世代、もしくは同期に1人だけって意味だよ。
仮にこの中から誰か1人、勇者に選ばれたとしよう。
1人同期から勇者に成ってしまうと、次の1人が勇者に成るのは物凄く難しいんだと。
〝持ち回り〟・・・・なんだってさ、これ以上は俺も上手く説明出来ないんだけど・・・
だからどうしても最初の1人を狙う必要がある、と。
それで理解出来るか?」
「ええ・・・言ってる意味は分かるわ。
腑に落ちないけどね。
そう・・・それでアンタを・・・」
「魔法が使えないって穴があったから、そこが攻め易かった・・・・ってのもあるかもな。
魔法の使えない俺を魔法課の教官が咎めても不自然じゃないし。
どんどん支離滅裂になっていったけどな。
極端な話になるけど、一番上の奴を洗脳できれば、それより下を動かすのは簡単なんだよ。
講師の奴らも結構おかしかったけどさ。
今考えると、そこの5人と話した後は俺も少し思考がおかしかった気がするよ。」
当然これも嘘だ。
さすがにそこまで小さな変化は覚えていない。
だが血統魔法がなくても思考を誘導することは出来る。
話を聞いている連中に、「もしかしたら自分も・・・」と思わせるだけで充分だ。
ビアンカも、その周りで聞いていた者も考え込み始めた。
その動きは伝播して、講習生全体に広がる。
「ま、可哀想なのはそうやって誘導されて俺と喧嘩した奴だよな。」
「何でだよ、喧嘩売ってきたんだから別に可哀想でもねーだろ?」
俺が声を大きくそう言うとシグベルが疑問の声を上げた。
「ばーか、そいつは自分の気持ちじゃ無く、そこの奴らのせいでイゾウと喧嘩した事になるってことだろーが。少しは考えろウドが!!」
「ああ!!んなことは分かってる!それでも喧嘩売ったことにはかわんねーだろうが!」
そのシグベルに反論したのはライアスだ。
こんな状況でも2人は仲が悪い。
睨み合って罵り合い始めた2人をガレフとノリックが仲裁する。
悪いが俺はそこに今は混じれないぞ、頑張れ。
「まぁそうゆう事だよね。その後俺が殴った奴らを謝りに連れてきた事もある。
完全にマッチポンプだ。
自分たちで火種を作っておいて、自分たちが仲裁に入る。
誰の株が下がって、誰の株が上がったか。ま、状況証拠のみで証拠が無いんだけどさ。」
「・・・・・・最低なやり方ね・・・」
ビアンカが吐き出すように言う。
そう聞こえるように話しているからね。そう受け取ってくれて助かるよ。
「くくくっ、全部証拠が無い話だ。今のところ目に見えた証拠は〝魔法障壁の血統魔法〟だけ。
出来ればもう少し・・・多少強引にでも聞き出したかった。
話をするならその後だと思ってたんだけど・・・」
勿論これも全部嘘だ。
俺は悪くない、止めた奴が悪い。
間違い無く騒ぎが耳に入れば俺が教官に怒られるだろうけど。
理由なんて後付けでいいんだ。
「色々聞きたい事はあるんだけど、力尽くで聞こうと邪魔されそうだしな。
くくくっ、素直に話してくれると助かるんだが?」
そう言って元兵士組の5人を見るが誰1人目を合わせてくれなかった。
まぁそうだよね、素直に答えるわけがない。
だが、ここで一番悪手なのは沈黙だ。
他にも調べたことはある。
「どうやら答えてはくれないらしい・・・仕方ないな。
この際だ俺が知ってることはどんどんぶちまけてやろう。
ユリウスこの話は知っているか?
そこのゾルダード大先輩だけどな、籍は確かに貴族のところにあるが、正式な跡取りじゃないんだ。
というのも妾、いや使用人が産んだ子供らしい。
よくある話だけどな、子供が出来て追い出されて・・・・・どっかの村で村人として育てられていたんだと。
それが何かに使えるだろうと父親が思いついたらしくな、10歳くらいの時に引き取られたらしい。
だが・・・特に使い道も無かったんだろうなぁ・・・他に使い道がない妻でも無い女に産ませた子供、庶子っていうんだっけ?
有力者の庶子ならば違っただろう。
だが所詮、貴族と言っても弱小貴族の性欲の産物だ、他に道もなく結局は兵役にいきついた。
そりゃそうだろうな。弱小貴族、しかも妾の子供じゃ嫁に来てくれるような貴族の娘はいない。領地を任せられるほど有能でも無い。そして収める場所も持っていない。
お前ほど顔が良いワケでも、腕が立つわけでも無い。笑える。」
そういって高らかに大笑いして煽っていると、ライアスも一緒になって笑いだした。
そしてそれはナードたちサッズ。そしてライアス派閥にも伝播する。
中には指を差して笑う奴まで現れた。
性格悪いなこいつら、とは思うが止める気にもならない。
なにしろ大元は俺だ。
突然自分の身の上を暴露されたゾルダードは「きっ、貴様っ~~」と唸りながら、タコのように顔を赤くして震えていた。
怒らせる言動は勿論わざとだ。
逆上して殴りかかって来たならば、その瞬間に話合いはご破算だ。
とっくに飽きている。あくびを噛み殺して話しているんだ。
「まぁそんな使えなかった笑えるゾルダード青年だが、ひとつだけ使い道が出てきたんだ。
あるとき、王都に100年に一度と賞賛される天才イケメン兵士が現れたんだ。
顔が良く体格も良い、幼少から仕込まれていて槍に魔法に腕がたつ。何より本人に向上心があった。
王都の数いる兵士の中を、そいつはあっという間に駆け上がった。
運が良いのか悪いのか、そいつはとある貴族の派閥に与する家の出だ。
兵士としては、有能な家系だ。特に命令に従うって意味で、な。
目をつけた誰かの思いつきで、その天才イケメンは有る日、急に勇者を目指すことになる。
何食わぬ顔で一緒にこの街まで行かせてな。あとはそのまま一緒に行動させる計画だった。
くくくっ、だが肝心のそのイケメンは、他の奴とパーティを組もうとしようとし始めた。
焦ったのは誰だろうか?」
「イゾウ、その事・・・どこまで・・・知っている?」
「全部だよ、全部。お前は話してくれなかったけど・・・俺たちにはそこのそいつらに聞いてたからな、そして言われてた、ユリウスの下につけってさ。
悪いとは思ったが、俺の方でも調べた。そのまま鵜呑みにするほど素直じゃないんでね。
別に話してくれなかったことを責めるつもりは無いんだが・・・・・もしお前が話してくれてたなら、そいつらから聞いたって事くらいはお前にちゃんと伝えるつもりだった。
結局俺も、言えないままでここまで来ちまったからな、すまなかった。」
「ごめん、イゾウ・・・何度も言おう、とは思ったんだ。何度も・・・
でもどうしても・・・言えなくて・・・こんなこと・・・」
「それもしょうが無い、内面的な話だ。だから無理矢理聞こうとは俺たちもしなかった。
別にそこは恨んでいないし怒ってもいない。
話を戻すぞ。 ここでひとつ捻れが生じたんだ。目に見えない、小さな捻れ。
いや、そいつにとって大きな捻れか、だったんだろうな。
兵士として真面目に働いていた男はある日突然、寄親貴族の気まぐれで、長年勤めたその職を離れなければならなくなる。
後ろの女どもも同じだろうな。」
「つまり・・・全部・・・僕のせい・・・か・・・」
「いいや違うね。悪いのはお前じゃ無い。そいつらだろ。
それでも前向きに生きようと思えば幾らでも生きられたはずだ。
だがそいつらはこう考えた、憶測だけどな、こう思ったはずだ。
『何で自分たちが、ちょっと腕が立つくらいの平民の為にこんな目に合わなければならないんだ』とな。」
日本でも遥か昔、平安時代の末期にこんな言葉があった。
『平家にあらずんば人にあらず』と。
平清盛の、弟が言った言葉だったか。
末席とはいえ貴族の家系に連なれていた者が、兵士を辞めてまでしてすることがよりによって平民の男の従者だ。面白いはずがない。
だが、家の決定には逆らえない。
そのジレンマがこんな姑息な嫌がらせを繰り返しに走らせた。
やってることは完全に八つ当たりだ。
もっともやられたのが俺でなければ成功していただろうけど。
「簡単な話だよ、ユリウス。そいつらは末端とはいえ貴族の一員としての誇りがある。
それを捨てられないから、今更平民と何てまともに交われないのさ。
貴族にとって、平民とは何か?
自分の言う事を聞くだけの存在だ。だが自分がそんな連中と同じところにいる。
それが我慢出来ない。」
「黙れ! 黙れ黙れ黙れ! 勝手なこと言うな!
何も知らないくせに、何もわからない小僧が!好き勝手言いやがって!
お前に! 俺の! 何が解るっていうんだ!!!!!!!」
ゾルダードが立ち上がり発狂したように声を荒げる。
他の女兵士も再起動したようで、4人中3人が震えながらも睨み付けてきた。
もう1人はまだ下を向いたまま小刻みに震えている。ここで漏らすなよ?
だがそれ以上の動きはライアスとナードに制された。
奴が動けば即座に動き、制圧するだろう。
前に出ることでキッチリと威圧している。
ソレを感じてか元兵士もそれ以上動けない。
この状況でもビビって動けない、その間抜けさ加減が笑えた。
その一線を越えられるかどうかが、強者と弱者の違いだろう。
俺やライアスなら最初から話になんて付き合わない。シグベルでも多分そうだ。
ユリウスやガレフ、ノリックだってこの状況で押し黙っているほど間抜けでは無いと思う。
顔を真っ赤に染めた哀れな男に声を掛ける。
勿論さらに煽るため、そしておちょくるためだ。
「くくくっ、見当外れの推測だったか?」
「当たり前だ! ユリウス、我々はそんな事を考えていない!信じてくれ!」
そう言ってユリウスの肩を掴んだ。
「・・・・」
だがユリウスは返事をしない。顔は項垂れ、ゾルダードとも目を合わせない。
「って事は、家の命令でユリウスの廻りについていることは認めるわけだ。」
「だからどうした! そんなこと貴様はとっくに知っていただろうが!」
まぁ先に聞いてたからね。口止めされてたけど。
こちつらにとってはまだ、ユリウスに知られたくない話だったのだ。
でも知れば、ユリウス以上に怒る者がいる事に気がつかない。
「知ってるよ?
つまりユリウスと組むのに俺が、俺たちが邪魔だったんだろ?
一連の嫌がらせ、つまり動機があるってことだ、なぁユリウス。」
「・・・・・・イゾウ、すまない。」
ユリウスのその声はとても弱々しく聞こえた。小さく「僕のせいで・・・」と繰り返している。
「気にするな。お前の事は全部許してやる。
他の誰が責めてもな、俺はお前を許すよ。 あくまでも俺は、だけど。
責任はそこの5人が取ればいい。お前はそれで解放されろ。
なぁ年長者で先輩よ。どうやってケジメてやろうか?」
「待て、証拠だ、証拠を出せ!
我々がやったという証拠だ! イゾウ、全て貴様の憶測でしか無いじゃ無いか!」
「証拠は無い。さっきからそれは言っている。
そっちこそじゃー証拠を出して見ろ、自分たちがやっていない、という証拠だ。」
「・・・・・馬鹿を言うな、そんなもの用意出来るわけが無い!」
それは当然だろう。
したことの証明よりも、やっていない証明が難しい。
悪魔の証明に近い。
だからこそ俺はこう言うんだけど。
「ほら見ろ、やっていないと弁明出来ないじゃ無いか!」
間違い無くやってはいる。
俺が言った通りの意図があるかは、知らんけどな。
俺は逆算して答えているだけだし。
俺が言えばこうなるのも有る意味仕方無い。
こいつらか見たら少し違うのだろう。でもそれこそ証拠が無い。
「さて・・・そろそろ観念したらどうだ。
いまなら1人2~3発で許してくれるように頼んでやってもいい。
まぁ話をした以上、俺に殴らせろって奴が増えたかもしれないが。
自分の意志であんたらを殴るなら俺にも止める資格がないよな?」
既に殴る気も失せた。
勿論俺が、だが他の奴らは多分増しているだろう。ここで
「言い訳はしねぇ、煮るなり焼くなり好きにしろ!その代わり俺以外に手を出すな!」
とでも言えたら男らしくて清々しいんだけどな。
そうはならないだろう。
目の前の男はさらに顔を赤く染めてプルプルと震えている。
「きっ、きっさま~~~~~、
そっ、そんな理由で我々に手を出して見ろ。
どうなるか、わかっているのか!!!!」
ほら見ろ。この期に及んで自分が大事だ。
「くくくっ、メッキが剥がれてきたな。
つまり、貴族の件も認めるんだな?」
「それがどうした!! 貴様こそ分かっているんだろうな!
我々に手を出せば、我々の実家が黙っていない。当然その上の貴族にまで話が行くんだ!
それを理解して、その上で言ってるんだろうな!どうなるか分かってるのか!!!!」
「つまり〝血統魔法〟の事も認めるわけだ。」
俺の言った通りだろ?
そう周囲に同意を求めるように問う。
此処までの話はあくまでも俺の憶測を前提として話している。
だが殆どはサブマスターに調べてもらった事実だ。
それを俺の都合の良いように補完して伝えているに過ぎない。
真実とは大きな声で言ったことが全てだ。
耳に入らない事は事実として認識されない。
否定せず、貴族であることを認めればあとは勝手に全部繋がる。
ように聞こえる風に組み立ててある。
否定するのならば全て、順を追って弁解するしか無い。
だがそんな機会を与えるつもりは無いのだ。
周囲にいる人間のうち、俺に寝返った人間は、その〝血統魔法〟の影響を受けた人間だ。
影響を受けて、暴走をさせられた人間の怒りなど、こいつらには全く理解出来ない。
それが元でも貴族だった者の思考だろう。
彼らにとって平民など、感情など持ってない虫と同じだ。
そこに俺がつけこむ隙があった。
さてさてそろそろ〆に入ろうか。