魔法課始末記
「全く、何をやってるのだ父上は!」
そう言いながら怒りを露わにするのは魔法課の教課長だ。
彼の対面には俺、そして傷顔の教官が腰掛けている。
3人で待ちぼうけの真っ只中。
話があると言った当人が来ない。
こんな巫山戯た話は無いだろう。
俺も師匠も、ため息をついて呆れつつも、仕方無く待っている。
こんな状況になった発端は、魔法課の老教官がエータの件の責任を何故か俺に迫ってきたからだ。
俺に「無償の弟子になり、氷魔法の研究を手伝え」と強要してきやがった。
これを飲むならば「エータを不問にしてやってもいい。」という訳の分からない話だった。
基本、教官個人には講習生を裁く権利など無い。
叱るのとは話が違う。
エータの処罰も、俺が食らった刑罰も、魔法課の教官の減給も全てギルドの裁定だ。
「意味が分からん」と一蹴し、師匠にそのまま伝えた。
当然、師匠からギルド支部本店へと伝わっている。
困ったのは父親の暴走に巻き込まれる息子、魔法課の教課長だ。
これ以上暴走されては困ると、泣きつかれた。
家庭の事情で、あんな父親でも無職になるのは困るらしい。
もう俺に関わらせない事を条件に、次の呼び出しには同席したいと頼まれ、こちらも師匠の同席の上でなら、と承諾し、現在老教官を待っている。
本来ならば現在、魔法課の教官はこんな話を持ってきていい場合では無いのだ。
なのに状況を読めない父親がいて、教課長の胃は穴が空くんじゃ無いかと思っている。
魔法課の教官は講習での臨時雇いだけで無く、日常から個人で弟子を講師として雇い仕事の補佐をさせている者が多い。
弟子の分を上乗せした給金をギルドから、教官が一括で受け取り、その中から弟子にいくらかの端金を払って儲けを出す。
これは元の冒険者ランクが高い冒険者ほど高給取りとして扱われるギルドのシステムに対する、元低ランク出の教官の抜け道だった。
元が高ランク出身の集まる武術課にはこのシステムで雇われている講師はいない。
だが先の任務での講師の失態を理由に、ギルドはこのやり方にメスを入れた。魔法課の教官たちは大きく減給されることになったのである。
結果、魔法課では講習中にも関わらず、講師を大量に解雇するという自体が発生している。
魔法講習を棄権した俺にはどうでも良いことだが、講習の現場では既に多少混乱しているらしい。
俺の感覚では減給などの処罰は、講習が終わってから行うものだと思っていたのだが、この世界の刑罰は早かった。
ジンロさんたちギルド上層部は、教官たちに今期の給料から、減給分の返金を求めたのだ。
仕事が早すぎた。
魔法課の教官たちは自分の生活を守ることを優先し、弟子を切り捨てる方向に一気に動いた。
雇っていても利益の出ない弟子を切り捨てに動いたのだ、酷い話だ。
エータの件は始まりに過ぎなかったのだ、大笑いである。
路頭に迷う元講師が続出したのだ。
武術課の教官たちが見て見ぬ振りをしていたこのシステムを、ギルド本店のサブマスに釘を刺したのは、当然ここにいる悪い氷の魔法使いだ。
現代日本でも今も普通にある、派遣の人件費の利益の出し方と同じだ。
さすがに教官が個人でやるのは駄目だろうと思い、気になる点と言うことで報告しておいた。
うざい魔法課への嫌がらせ目的だっただが、想像以上に効果があった。、
そして今に至る。
俺を呼び出した当人だけが来ていない。
「はぁ・・・なんであの人は俺に執着するんですかね?」
ユリウスやノリックになら理解出来る。2人は嫌がるだろうが、元々魔法が使えた上で魔力も高かった。
対して俺はのっけからずっと〝落ちこぼれ〟呼ばわりだった。
伸び代を考えていたとは思えない。
「・・・氷魔法だ、父上はそれを研究したいのだ。
理論化し、広く色んな人が使えるようにしたいんだろう。」
「まぁそんなところですよねぇ。でも、水魔法、使えないんですよね? じゃー無理だと思いますけど。」
俺の〝氷の精霊眼(劣化)〟で見るこの親子は、属性的に氷魔法には向いていない。
水魔法の才能が無いので氷魔法には至らないと思われる。特に老教官は結構な歳だ。
水魔法の鍛錬をしているうちに、お迎えが来るだろう。
実際はやってみなければ分からないが、俺に魔法課と協力して調べるつもりは無い。
その為の組織作りでもある。
魔法が使えるなら喜んで協力してくれる奴は一杯いる。
「だからこそ研究したいんだよ。その功績があれば認められるかも知れない。」
(貴族に戻る足掛かりになる)という小さな呟きを俺の耳が拾った。
そんな事は協力する理由になら無い。絶対に嫌だ。
中途半端は良く無いな、しっかり拒絶しておくべきだろう。
自分の利益しか考えない人間だと分かっていて、その者の下に就きたいと思う者がいるだろうか?
いる訳がない。だからこそ俺は大義名分を掲げ、利益を吹聴して伝えている。
今はまだ絵に描いた餅だが、大切なのはそれを実感させることが出来るかどうかだろう。
余談だが、最近〝聞き耳 : レベル1 〟というスキルを得た。
デビルイヤーは地獄耳だ。
このままいくと、どんな悪口も聞き逃さないセコい人間になりそうで、少し怖い。
だってこのスキル、バッシブスキルなんだもん。勝手に育っちゃうの!
「あれだけ落ちこぼれ扱いされたのに、師として敬うとでも思っているんですかね?
人間的に尊敬出来ないと、弟子になんてなりたいと俺は思えませんけど。」
そう俺が答えると教課長は顔を渋面に変え、隣にいた傷顔の教官には 「お前は言葉を選べ。」と注意された。
「すいません、でもひとでなしの弟子になんてなりたくないですよ。講師を解雇しまくってるのに、無償で弟子とか意味分かりません。
俺には尊敬出来る師匠が既に3人もいますし。」
と返しておいた。本音だがこうやって師匠の機嫌も定期的に取るのも弟子の役目だろう。
少し嬉しそうな顔をした後に、「物言いを考えろ!」と叱られはした。
「・・・昔はあそこまで偏屈じゃなかったんだ。
確かに魔法に執着するところはあって、家を潰したほどだけどね。
あんなに人を口汚く人前で罵る人じゃ無かったんだよ、そこは分かって欲しい。」
暗い顔で教課長が言う。
前世ではそれを更年期障害と呼んだ。歳がいってから狂うのは大概はこの症状だ。
もしくは脳に腫瘍が出来ると攻撃的になると聞いたことがある。
どちらにしろこちらの世界では理解される事も、証明する事も難しい。
放置で良いだろう。
攻撃対象にされた俺が理解して介護なんて出来るわけがない。冗談じゃないな。
「それは無理です。なんでボロクソに言われた相手を理解しなきゃいけないのか。
出来ればもう関わりたく有りません。今日ここで終わりにして欲しい。
大体、俺は魔法に関しては黒と白の大魔道に教わって、おかげで使えるようになったんだ。
落ちこぼれ扱いして、禄に指導もしてくれなかった魔法課に恩義は無いんですよ。
なんで研究に付き合う必要があるんですか? 絶対嫌ですよ。
大体今後も講習後に、黒と白の大魔道に教わる事になっているのに、数段劣るただの魔法使いで特に称号も肩書きもない人にも弟子入りしろとか図々しいにも程がありますよ。
見た目だって汚いじじいと綺麗どころの大魔道相手じゃ比べるまでもない。
他所で咲いた満開の花を奪ってきて、その花で商売しようとしているようなもんじゃな、あいたっ」
「やかましい、前半はまだ許す、だが貴様こそ慎め、相手は目上だ。最低限の敬意は持たぬか!」
饒舌に悪口を語っていると止まらなくなり、横に座っていた師匠に頭を強めに殴られた。
言い過ぎかね?
どちらかというとまだ言い足りないが。
「それと、大魔道様だ。気をつけろ。」
そういえばそうだった。どうも様付けが頭から抜け落ちる。気をつけよう。
少し重くなった空気を読んで、教課長が口を開いた。
「そういえば、講師の子達・・・面倒をみてくれると聞いたよ。
本当は私たち教官がやるべきなんだろうが、すまない。・・・ありがとう。」
「大したことはしてないですよ。」
したのは進言だけだ。それもジンロというゴツいおっさんに。
たまには美人のサブマスターに会いたい。
そのサブマスターが話を聞いて、上手く裁いただけだ。
前出の通り、魔法課の講師には2通りの講師がいた。
外部から講習のために臨時で雇われた魔法使い系冒険者、と
教官の弟子扱いで、ギルドには魔法課の教官を経由して、日常から雇われている講師だ。
前者は講習が終わるまでそのまま残れたが、後者は教官の減給の余波をもろに受けた。
この教官の弟子系元講師たちは、その全てが今俺が受けている初心者講習を、彼らが受けた時に目を掛けられて教官に弟子入りしている。
つまり冒険者としての活動経験が殆ど無いのだ。
例えるなら大卒でそのまま大学の研究職に就くようなものだが、この初心者講習が大学よりも遥かに劣るために、全く比較にならない。
所詮この講習はただの講習会でしかない。
学校では無い、短期で叩き込むためだけの勉強会の延長のようなもので、大学とは比べものにならない。
故に魔法課の講師は潰しが効かない。弟子の経験が何も生きない。
講習を受けた当時そのままならば、魔法でブイブイいわせられた可能性は少しあった。
だが当人たちに、既に冒険者として活動をする気持ちが薄まっている為、足手まといにしかならないだろう。
普段デスクワークをメインで働いている者を建設現場に放り込むようなものだ。
急に外に行け、現場に出ろ、と言われてもそこまで対応出来ないだろう。
まず気持ちがついて行っていないのは、傍からみている俺の眼にも明らかだった。
何しろ彼らは教官の弟子という立場を使い、殆どが防衛任務にも参加していない。
冒険者の経験は積まず、教官の研究を手伝い、自分も魔法の研究の真似事のようなことまで始めてしまっていた者までいるらしい。机の上の魔法使いという滑稽な存在になっている。
外部から臨時で雇われていた講師よりも実戦経験で遥かに劣る。
桁外れに魔法の腕が良い、という者も特に存在しない。
だが腐っても魔法使い。少なくとも魔法は使える。
価値は低いだけで無価値では無い。
ならば放流するよりは、ギルドに組み込んでおいた方がいい。
「今なら安い餌で釣れますよ、きっと。馬鹿だから爆釣です。」
そう伝えたところ、サブマスは冒険者の層の拡大のために、弟子だった者達に手をさしのべる事を決めた。
冒険者として活動するなら、パーティの斡旋を手伝うという表明をした。
今期の初心者講習の終盤に、講習生を斡旋する機会がある。
冒険者のお見合いパーティみたいなようなものだ。
新人を入れても良いという冒険者に声を掛けて機会を作ると聞いている。
そこに参加する機会を彼らにも与えるらしい。
「ギルドがブランクある魔法使いでも良いか事前に聞いておく、そこまで酷い扱いはされないだろう。」
そう言ってジンロさんは豪快に笑っていた。ギルドとしては良い流れなのだろう。
だが俺には悪い流れになった。
〝サッズ〟のメンバーがその会に参加する予定だったのだ。
所詮はタダの講習生の集まり、特にコネがあるわけでも無し。
参加して潜入先を探すという流れで話が進んでいた。
それが急に高倍率の抽選会になった。
よりによって俺の行いが、回りに回って自分たちの首を絞めることになった。
失敗したと気づいたときにはもう遅かった。
少し後悔した。少しだけ、な。
自分の失敗は自分で拭う。
今日今現在、この時間、その元講師たちはサッズのメンバーと酒を飲んでいる。事になっている。
仕方無くナードたちに『互助会』の方に組み込めたら宜しく、と指示を出したところ、思ったより好感触だったらしい。ほぼ全ての元魔法課講師が『互助会』に興味を持った。
生活が急に変わり不安だったのだろう、そこに上手く踏み込んだようだ。
せいぜい上手く利用してやろうと思っている。
俺のそんな気持ちは知らぬまま、飲み会の場を設けた立役者になっている俺に、魔法課の教課長は感謝していた。
彼は彼で講師達に思うところがあるようだ。
魔法課の教課長だ、当然といえば当然だろう。
最終的に、責任の全ては彼に至る。
まだ俺の魔法課への嫌がらせは終わっていない。
前回なんか変な時間にアクセス伸びてるな、と思ったら予約投稿失敗してました。
投稿しなくなると、しないのが当たり前になるのが怖いので今回も時間ずれたけど投稿します。
明日の0時にもまた更新します。