疾風斬
セレナに振られた 翌日に繋がります。
飛び飛びですいません。
防衛任務から4日目、武術講習の時間。
色々考えていることはあるのだが、武術の講習の時間は全て忘れる。
この時間を有効に使いたい。
その1つに覚えたいスキルがある。
当然、魔法系のスキルでは無く、武術系の〝スキル〟のことだ。
長かったオークグラジエーターとの戦いの中で、それを見てからずっと気になっていた。
勇者ローインが使っていたスキル。
〝 疾風斬 〟 だ。
飛ぶ斬撃を放つスキルだ。
基本的に魔法を覚えた今、遠距離攻撃は魔法で対応出来る。
だが、魔法も絶対では無かった。使えないときがあった。
何より俺の氷魔法は射程があまり長くない。
現状では、遠距離ならば弓の方が効果的であろう。
俺の魔法では、大魔道2人の魔法ほど広範囲に及ばない。
とはいってもそこは熟練度の問題も有る。
魔法は使い始めて日が浅い。 今焦っても仕方が無い話だ。
となれば、手札を増やしたいと思うのは当然だろう。
懲罰房を出てから時間を見つけては、〝魔剣グラム〟を振るい、〝疾風斬〟の練習をしていた。
今までは隠れてコツコツやっていたのだが、昨日の不愉快さが残っていて、今日は何かに当たりたい気分だった。豪快に剣を振り、飛ぶ斬撃を出して暴れている。
まだまだ未熟な技術だが、発動すると少しスカッとする。
この3日間はなるべく情報を集めようと思い、もがいていた。
求められたなら自分の訓練よりもアドバイスに徹し、代わりに色々聞いてきた。
そのついでに、個別に派閥の解体の話を進めた。
当然、自分の派閥の人間の面倒しかみていない。
それも一通り済んだ。
派閥は形式だけ残っているが、事実上解体している。
代わりにナードを右腕に、それでも俺と、と言って来た2人のみ、合わせて4人の新派閥を裏で作った。
今後はあまりアドバイスも送るつもりはない。
それぞれが主武器を決めて、切磋琢磨することになるだろう。
という話を通している。
今俺は、手を組んだギルド本店からの情報待ちだ。
講習生から聞けるだけのことは3日もあれば充分だった。
振り下ろした〝魔剣グラム〟が轟き、真空の刃が飛んでいく。
前方を10メートルほど旋空が走り、散った。
渾身の一撃であればそれなりの形にはなっている。
だがそれは勇者ローインのモノよりも数段劣る出来映えだ。
10メートルの距離を開けての、渾身の一撃、それででやっと放たれる中途半端な斬撃。
おそらく今の一撃ではオークグラジエーターに傷もつけられないだろう。
「微妙だな、近づいて斬り刻んだ方が効果的だ。」
効かない一撃を放つよりも、効く連撃の方が意味があるだろう。
そう考えつつも、しばらくは何も考えず、それを繰り返していた。
効く斬撃を放てるようになればいいだけだ。
気がつけば周囲に遠巻きに見られ、教官の何人かは顔を顰め、かなり微妙な顔で見ていた。
俺がその視線に気がつくと、教官たちの視線は傷顔の教官を見た。
その様はまるで
「あいつまた変なことしてるから、師匠の人が面倒をちゃんと見てね」
とでも言われているようで不愉快だった。
他の教官の視線を受けて、ナードやユリウスを含む数人の講習生に槍の指導をしていたガーファ教官が、手を止めて俺の方へと近づいて来る。
「お前はさっきから何をしているのだ?
見れば滅茶苦茶なスキルの使い方をしおって、それは片手剣のスキルだろうに・・・」
傷顔の教官に声をかけられる。
見ていたのならもっと早く声をかけてきて欲しかった・・・
普段講習の時間に師匠が個別に話しかけてくることはまず無い。
俺も話しかけない。
互いにその辺りには気を遣っている。
まるで隠れて交際しているカップルのようだ。
何の為の師匠だろうかと思わないことも無いのだが、まぁ個人練習も嫌いでは無いので納得している。。
こちらも気を使って離れているのだから、中途半端に声をかけないで欲しい。
周囲にはかなり人の目が増えていた。 興味深そうにこちらを見ている。
よりによってユリウスファンクラブの姿が多い、どうやら今日は上手く時間を合わられたようだ。
中にはセレナとマナもいる。
幽木女の姿も見える。
それとは別にギュソンとアベニルの神殿兄妹もいた。
そういえば彼らには講習の時間の声をかけていなかった。かけた方がいいのか今度聞いてみよう。
練習時間も増えたが、面倒な奴らと一緒になる時間も増えるようだ。
ただ、彼女たちのお目当てのユリウスは、ここ数日、槍についてかなり追い込んで学んでいる。
ナードも俺の紹介で傷顔の教官に見てもらっており、他にも槍をメインに考えている者も師匠に師事している。
この傾向は、防衛任務に参加後激しくなった。
当然他の教官の元にも多くの講習生が集っている。
大半は 〝認可〟 の追い込み。
それ以外は 勿論、 講習後の先を見据えた者達だ。
俺がオークグラジエーターと一戦交えているときに、ナードとユリウスは一悶着あった。
おかげで、傷顔の教官の講習では微妙な空気が流れているらしい。
そのせいでユリウスのファンも槍の練習にはあまり近づかない。
流石に学習したのだろう。
当然に、その話自体は広まっており、揉めた原因には俺が関わっている事も知られている。
その揉め事が再燃した場合、間違い無く首を突っ込むことになる。
それを理解しているらしく、今はユリウスとナードが揃って指導を受けていると女どもは近づいて来ない。
最も知らぬは他人だけで、当人達には終わったことだ。
ピリピリしているように見えるのは、それだけ真剣に練習しているからだろう。
一応俺たち3人の中でその話には決着がついている。
教えてやる筋合いは無いので放置していたのだが、今日は俺の個人練習が、彼らの訓練の妨害をしてしまった。少し申し訳ない。
心の中で謝って、師匠に答える。
「あー・・・勇者さまがなんか使ってた『疾風斬』っていうスキルです。
俺も出来るようになりたいと思って練習してたんですけど、どうも上手くいかなくて・・・・」
「全くお前は相変わらず出鱈目だな、師として褒めていいのか・・・・正直なんて言っていいのかわからんぞ・・・まぁ話を聞けばお前らしいのだが。
それはなんだ、ガハハ髭教官の兄弟に教わった、という訳ではないんだな?」
傷顔の教官は、自身の兄弟分である、もう1人の師匠の名前をだして呆れながら言った。
「見様見真似でやってました。
出来ないようでしたら聞こうと思ってたんですけど片手剣でならそれなりの威力で出来るので・・・」
当然武器を変えても試してはいる。
片手剣でならばもっと上手く出来るのだ。
だが俺個人の考えとしては、武器を変えたら出来ない技術、というのは駄目な技術だと思う。
「・・・はっ、まったく、やはり片手剣でなら出来とるのか、普通はソレが出来るようになるのにも数年かかるのだがな・・・ そこは・・・イゾウだからか、師匠としては・・・なんと言っていいものか。
しかもまた教えにくいところを攻めて来る奴だ。〝剣術〟はガハハ髭教官、〝大剣術〟は教官長、〝槍術〟が儂という担当になっているのだが・・・
まぁいい、ほっとけばお前はそのまま続けそうだ。
それは『片手剣専用のスキル』だ。
剣のサイズが変われば別のスキルになる。儂が教えてもいいが、剣術は兄弟の教える分野だし、大剣で使いたいなら教官長 に聞け。そこまで出来ているのだ、喜んで教えてくれるだろう。
見た限り大剣ですら充分出来ていると思うが・・・
ちょっと片手剣でやってみせてみろ。」
「ハイ、お手数かけます。
では、行きます、『疾風斬』」
言われたとおり〝魔剣グラム〟を置いて刃引きの練習用片手剣で、何も無い空間へと斬撃を放つ。
飛ぶ斬撃、放たれた『疾風斬』は20メートルほど、何も無い空間を飛んで散り、消えた。
振り返って見れば師匠の顔が激しく歪んでいた。
師匠だけで無く、こちらを眺めている講習生皆一様に、顔が歪んでいる。
笑っているのはマナだけだ。珍しく手を叩いて喜んでくれている。
横にいるセレナは大口をあけて驚いているのに対して、偉く違う。
どうも先日の任務後あたりから反応が入れ替わっている。
マナはちょっとデレた気がする。
まぁ命の恩人だし、さもありなんなのだが、接触する機会が無く、直接デレてくれてはいない。
ギュソン・アベニル兄妹も変な者を見るような怪訝な顔でこちらを見ている。
あれ?俺なんかやっちゃいましたか?
どっかの孫のフレーズが浮かんできて、周囲をキョロキョロ見回しているとフリーズが解けた傷顔の教官がやっと声をかけてきた。
「み、見事だイゾウ。そ、それだけ出来れば充分だろう、無理に大剣でソレを練習するのは時間が勿体ない、止めておけ。」
「えーっと、大剣だと使えないスキル、だという事でいいですか?」
「それで間違いでは無い。武術のスキルには、どんな武器にも共通する技術 と 共通せず、独立している技術 がある。 おまえが練習しているスキルは後者だ。
普通は、武器の種類が変われば発動しない。 のだがな・・・」
流石は氷の神の使徒だ、と俺にだけ聞こえるような小さい声で呟いた。
この辺りは説明しておいたので、多少の事はもう飲み込んでくれる。
「 似た技に一見、見えるだろうな。 だが大剣ではまた別のスキルだ。
お前が大剣で片手剣のスキルを使おうとしている限り、難しいだろう。
普通は発動しない、だがお前は発動している。出来ない、と言うわけではないようだが、かなり時間が掛かるだろう。
限られた講習の時間だ、師としては別の事を練習したほうが良いと思う。
素直に教官長に聞いてみたらどうだ?」
無理矢理別の種類の武器のスキルを使う奴は初めて見たぞ、と師匠は小さく続けた。
どうも普通は出来ないらしい。
「なるほど、了解しました。
だけど困ったな、やることが無くなった。型でも反復しておくか・・・」
「時間があるならばまだ〝認可〟を得ていない者に声をかけてやったらどうだ?」
「そうですねぇ・・・・でも、この時間は自分の事をしたいです。
でないと、何の為に棄権してまで時間を作ったのか、意味が無くなるので・・・」
周囲の人間を見ながら師匠に答えた。
師匠が俺に面倒見のいい弟子であって欲しいという気持ちを持っていることは理解している。
だが、他人の世話より自分の訓練が優先だ。
例外は自分に従う奴だけ。冷たいようだが、時間は有限、仕方無い。
なぜかユリウス派閥の中に、残念そうな顔をした者がいたのが見えた。それも少し意外だったが、それでもそんな面倒な事をやる気にならない。
「ふむ・・・ならば課題をだしてやろう。
『疾風斬』 それと同じに位階するスキルが当然、〝槍術スキル〟にもある。
それを覚えてみるがいい。
前に言ったな。技術とは覚えることが始まりだと。そして使う事に終わりはない。
このスキルは入口だ。
さらには、その上位に位置するスキルがある。
槍でそのスキルを覚えたならば、そのスキルを使って見せてやろう。」
「え!? 本当ですか?」
確かそれを言ったのは別の師匠だけどね。ガハハの人だ。
それでも有り難い話なので、話の腰を折らないように素直に聞く。
「うむ、約束しよう。」
師匠が胸を張って嬉しそうに言った。
きっとかなり難しい課題なのだろうな、とても誇らしげに頷いている。
困ったな、その顔を見て少し性格の悪い俺が顔を出してきた。
「えーっと、じゃちょっと槍持って来ますので少し待っててもらってもいいですか?」
「ふむ、そうだな励むといい。」
「えーと、出来るならさらに上位のスキル教えてもらえるって話なので。
少し時間もらって良いですか?」
「イゾウ、俺の槍を使ってくれ。」
師匠は頑張れと言うが、頑張る必要がない。
ナードが槍を指しだして言う。
当然ナードは俺がそれを出来ることも知っている。
「ん!? どうゆう事だ_?」
「あ、ハイ、すいません。色々試してて・・・槍と短剣ではもう・・・」
「まさか、出来るのか!?」
「ハイ、出来るのです・・・」
「ぬぁ!!!!」
今日1番師匠が面白い顔になった。だが怖面はどんな顔をしても怖面だ。
初めて知ったユリウスの顔もかなり驚いていた。
イケメンが台無し、でもないな、イケメンは驚いてもイケメンだ。
だが当然、これは俺の手札だ、出来るようになっているからと言って誰かに言う必要は無いのだ。