追憶
あぁ・・・・・・これは夢だ。
今俺は夢を見ている。
普段は目が覚めてから夢だと理解する。
だが時々あるんだ、こんな感覚。
事実滑稽でよくわからないアレ、それが夢だ。
高いところから落ちて目が覚める夢くらい、誰でも経験あるだろ?
場面が変換しまくったり、もう何年も何十年も会っていない奴が出て来たり。漫画や映画のキャラと親しげに話してたり。
仕事の夢だったのに、何故か小学生の頃の別に親しくもなかった奴が出て来たりする。
大人の顔で小学生の時のままの奴と話してるんだ、違和感バリバリだよ。
なのに疑問にも思わない、それが普段の夢だ。
今見ているのは少し違う。
夢を見てることは理解出来る。
なんとなくそんな風に思っているだけなんだが。
俺は追い込まれるとたまにある。
仕事で追い詰められてるとき、仕事の夢をみた。
追い詰められてるからな、夢の展開に疑問符が浮かんで、あぁこれ夢だって気付く。
終わった仕事の夢を、眼が覚めないまま延々見させられるのは辛かった。
きっとその仕事に後悔してるから見たんだろうけどさ。
今更手も出せず、後悔する場面が流れていくのを見続けなきゃいけないなんて、拷問だ。
ネットゲームに嵌まっているときもあった。
夢の中でレベル上げをしていた。
こっちの夢はあんまり夢だと気づかない。夢中だったから。
だが、一度だけ当時最高効率を稼げる狩り場で必死にレベル上げしてた頃にこれは夢だなって気がついた事がある。
古い、効率が少し一段落ちる狩り場で必死にレベル上げしてるんだもん。
今さらそんなことをしてるのはおかしいだろ?って思ったら気付いたよ。
どんだけ効率に拘ってたんだろうね、当時の自分は。
今見ているのは少し違う。
見えているのは氷の女だ。口が動き何かを喋っている。
夢の中の俺は何も返事を返さない。
彼女は氷で出来た透き通った身体をした、この世の者とは思えない絶世の美女だった。
自分の理想の女性の姿を、氷の彫刻で作ったらきっと彼女の姿が出来上がるだろう。
そんな美しい容姿をしている。
究極だ。
俺にとって究極の美がそこにある。
そこに違和感がある。
俺と彼女は前に会った事がある。
思い出した。
いや・・・・思いだせた
彼女はもういない。
だから会う筈が無いのだ。
出会ったとき、その透き通る美しい身体は泥と埃にまみれていた。ヒビが走り所々割れていて、萌えているのか煙のようなものが上がり、あちこちが変色しただれ落ちていた。
それは今にも死にそうな姿に見えたのを覚えている。
そして死んだ。
「くそっ! 嫌な夢だ!」
やっと目が覚め、自分の寝床と定めた二段ベッドの下段から身体を起こす。
身体は寝汗でビショビショだ。
「あー!気持ち悪い、シャワーを浴びたい!風呂に入りたい!
イライラする!自家発電したい!」
おっさんだって性欲はある。
イライラしたらスッキリしたい。
昨夜は色々初めての仕事を手伝い、思ったよりも疲れていたようでそのまま寝てしまった。
正確には自家発電に励む元気くらいはあったのだが、自由に身体も洗えない現状に考慮して諦めた。
寝泊まりするこの建物には入浴施設もシャワーもない。
ギルド支部にはシャワー施設があった。
作業後に浴びさせてもらえた。
学校のプールに有るような一度に大勢で浴びるような藤棚型の天井シャワーだったが。
手伝いの講習生まとめて、もちろん男女別にだが、夕飯前に一斉に水浴びをした。
野郎ばっかり真っ裸でな。
隣もフルチン、横もフルチン、ある意味地獄だった。
講習が始まるともっと人数が増えてむさ苦しい中でシャワーを浴びることになるのだろう。
考えただけでうんざりする。
多分個別には使わせてもらえないだろう。
早いとこ下っ端から抜け出さなきゃいけない理由が一つ出来た。
せめてティッシュペーパーでもあればな。
そんな気の利いたモノはこの部屋に置いてなかった。
むしろ存在するのかすらわからない。
俺は異世界でティッシュペーパーを探し求める事になった。
おかげでイライラが止まらない。
女が、
それも自分好みの美女が話している夢
それなのに何故か悪夢に感じた。
理由は簡単だ。
頭の中に掛かっていたモヤが晴れたからだ。
「くっそ!」
思い出して苦々しく思い、意味も無く部屋の中をうろうろする。
しばらく喚いたり転がったりしながら、うー、とかあー、とか言って過ごした。
1人部屋を宛がわれて本当に良かったとおもう。
知らない奴が見たら俺は危ない奴だ。
何しろ自分で自覚がある、かなり危ない奴だ。
今なら穴があれば何でも良い気分だ。
「よし、整理しよう!」
しばらくそうして過ごした後にやっと割り切れてベッドに腰かけて考えを整理することにした。
彼女と会ったのは死んだ後だ。
傷顔のヤクザが木刀を振り回して暴れた後に彼女に呼び出された。
「初めまして愛しい人」
彼女の第一声はそう言って始まった。
今にも死にそうなその姿から信じられないくらいに美しい声が脳裏に響く。
「現状は理解出来ていますか?出来ていなくても話を聞いて下さい愛しい人よ。
信じられないかもしれませんがわたくしは神です」
「神・・・あんたが? 愛しい人?」
「ええ、貴方のいた世界とは違う世界、わたくしはソコで氷を司る神」
「こ・・・お・・・り? こおり?
氷か、その神様が何を?つか何故にその神様が傷だらけ何だ!
今にも死にそうじゃないか!
大丈夫なのか?」
「残念ながら大丈夫ではありません。わたくしの、時間は残りわずか。
なので時間がありません。
お願いだから話を聞いて下さい。質問には時間が残れば必ず」
そう彼女は、静かに、そして透き通るような声で言った。
その言葉の中にある必死さを感じ、俺は先を促す事にした。
「ありがとう愛しい人。
わたくしは残念ながらもうすぐ死にます。ただしそれは今生で一度消える、唯それだけ。
この身は神という地位にあり、数万年もすればいずれ復活出来る。
ですが問題があります。
わたくしという存在が消える、それはすなわち氷という概念が消えてしまいます。
それはいずれ天変地異の始まりに到るでしょう。
世界は海に沈み、生き物はその形を大きく変えねば生き残れない世界になります。」
この時の俺には意味がわからない話だった。
冷静では無かったのは勿論、状況に頭が追い付かず理解が出来ていなかった。
単純に雪国なんかの生活が楽になるんしゃないかとかなんとなく考えていたと思う。
今考えれば恐ろしい話だ。そして馬鹿だ。
氷が世界中から消える。
地球で云えば南極北極は勿論世界中の寒い所の氷が消えて海に流れ込むわけだ。
海岸線から侵食されていき、標高の低いところから海へと沈む。
生態系は大きく崩れる。
陸地が減れば、地上の生き物は住める場所をなくしていく。
昔そんな映画があった。
海の上に建物を浮かべて作り、そこで生活する話だ。
あの映画の世界は幸せには見えなかった。
少なくとも俺にはそう見えた。
地上に住む場所が無くなれば、畜産も農業も出来ない。
食べ物が無くなればそれを奪い合って戦争が起こる。
例え食べ物がなんとかなっても、住む場所を求めて結局戦争になるだろう。
そんな事態を起こしてはならない。
「わたくしは世界を愛している。
例えいずれ復活出来たとて、滅びを迎えた世界に何の価値がありましょう。
最後の力を使い貴方を呼びよせました愛しい人よ。
お願いです。わたくしを受け入れて下さい」
「受け入れる?
どーゆうことですか?抱かしてくれると?
いやでも俺いま、半透明なんですけど?
見た目は超好みだから氷だろうが怪我してようが気にしないけど、出来るかな?」
「愛しい人よ、貴方はわたくしが最後の力を使って、存在するすべての存在の中から最も相性の良い者を呼びだしたのです。
だから貴方はわたくしを好ましく思い、わたくしにとっての最も愛しい存在」
おおぅ・・・マジか・・・・・・
スゲーな神の力・・・・・・
「だから愛しい人?」
何か嬉しい。
つい聞き返していた。
「ええ、それには理由があります。
相性の良い貴方の中でならわたくしは眠る事が出来る。
貴方の中で眠りについている限り、世界から氷という概念が消えることはありません」
「俺の中で眠る・・・・
話はなんとなく理解しましたが、残念ながら俺は死んでいる。
よくわかりませんが、死んだ俺には難しいのでは?」
「大丈夫です愛しい人よ。
貴方がわたくしを受け入れれば、貴方はもう一度生を受ける事が出来るハズです。
神を受け入れた器は、肉体が最も強かった頃に再生し、老いにくくなるそうです。
受け入れた神の概念、そして力を受け継いで。
わたくしは氷の神、そして戦神でもあります。
相性の良い貴方ならば使いこなせるでしょう」
なんかどっかの野菜の星の戦闘民族みたいだな。
まさ死ぬ前に一気に老いるとか、生まれてから死ぬまで髪型が変化しないとか、そんな副作用があるんじゃないか?
と、思ったけど別にそれ副作用でもなんでもねーな。
全く悪くねーよ。ハゲる心配もないし。
そう考えるとサイヤマンって超高等種族じゃねーか。
それよりも怪しいことがあるぞ
「なる。と言い切らないのは何故ですか?」
「わたくしは今までに死んだことが無い。
だから全ては他の神から聞いた話なのです。
ですが貴方を呼ぶことが出来たことで確信しました。
この世界にはわたくしと波長の合う者がいませんでした。世界を渡るには身体のある者は難しかったのでしょう。」
なるほどね。やったことが無ければわからないか。
こんなことおいそれと試せない。
でもまぁ神の勘って奴で確信してるなら信じてもいいかもしれない。
そんなことを考えていると氷の神の声が少し早口でまくしたてるように変わる。
心なしかさっきより氷の身体が薄くなっているようにも見える。
「愛しい人。
わたくしは氷を司る神。
わたくしを受け入れた貴方ならば必ず、氷の魔法に目覚めるはずです。
磨きなさい、魔力を。誰よりも。
そしてわたくしの魔力を感じられる者を愛すのです。きっと共に魔力が育つでしょう。
愛しい人。
今世界にはわたくしを信仰する者がいません。
結果、氷魔法を使える者はほとんどいなくなってしまいました。
信仰が魔法という概念を伸ばす。
戦うことしかしなかったわたくしには出来なかった。
使い手が増えるほど貴方の魔法も育つでしょう。
私が眠る貴方こそが、氷の信仰となるのです。
愛しい人。
子を成して下さい。なるべくたくさんに。
貴方の後にわたくしを受け入れられる器が必要です。
多ければ多いほど可能性が高まります。
貴方は神の使徒として生まれ変わる。ですが人としての枠組みから外れるわけではありません。
貴方がわたくしをうけいれたとしても、貴方の中で眠るわたくしが目覚めるには数百年は必要になるでしょう。
わたくしが眠る貴方の、成した子ならば適合する可能性が高い。
勝手な願いですが、次代の寝床が無ければ結局わたくしという概念が失われてしまう。
愛しい人よ、もう時間がありません。
わたくし以外の神を探してください。
何度か転生している神ならば貴方の疑問にもきっと答えられる。
出来れば力になってあげて欲しい。
今世界から魔法が失われつつあります。
全ては信仰の薄れ、神の力が喪失している。
わたくしのように無理に延命を続け、力を失くした神もいるかもしれません。
せめて器を探す手伝いをしてあげて欲しい。
どの柱を失っても世界は崩壊へと向かいます。
ごめんなさい、本当にもう時間がありません。
今から貴方を飛ばします。
おそらくわたくしの姉が遠くないところへと出るでしょう。
わたくしは氷、姉は水。
貴方とは相性が良いはず。
返答は聞けません。
此処に至った貴方にも、そしてわたくしにももう選択肢は無い。
わたくしは氷の神。 今から貴方は氷の使徒。
願いを聞いて下さい。それ以外は望みません。
好きに生きてください。それをわたくしは望みます。
出来れば恨まないで欲しい愛しい人、わたくしはいつも貴方の中に」
そう言って彼女は消えた。
会話も、俺の疑問も全て打ち切って。