表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
95/108

94、弟分の欲する所も熟知している兄貴分

「ちょっと待ってよ、悟空の兄貴!」


 猪八戒が声を張り上げる。


「う、うおぉぉぉぉぉぉおうっ!あ、ありがとうございます~、悟空の兄者~!三蔵様ぁ~!拙者、感動しましたぞ!一生感謝いたします!ずっとついていきますぞ!拙者の兄……いや、拙者も沙胡蝶殿とはまるで兄弟のような親しみを感じておったのです!沙胡蝶殿の今後を思うと心配で心配で、沙胡蝶殿と別れると思うと胸が潰れそうなくらい辛かったのです!旅の沙胡蝶殿のお世話は拙者がずっとします!小さくなった沙胡蝶殿をずっと背負って歩きます!拙者は体幹を鍛えておるので、馬鹿牛のように乗り物酔いなんて沙胡蝶殿にはさせません!お二方が拙者と同じぐらい沙胡蝶殿のことを心配なさってるとわかり、拙者、拙者はっ!」

「うわっ!わ、わかったから、泣きながら抱きついてくるな!怖いから!お前すっごく顔が怖くなってるから!」

「悟空!悟浄を私に押しつけて逃げる気ですね!……ああっ!もう悟浄!そんなに泣いたら赤鬼のようになってしまいますよ!」


 感極まって号泣しながらせまってくる沙悟浄をさりげなく……強引に玄奘に任せて、孫悟空は猪八戒に向き合った。


「何か言いたいことがあるなら言ってみろ、八戒」


 孫悟空に真っ直ぐな目を向けられた八戒は、やや怯みながら反対の意をとなえようとして……出来なかった。八戒としては、面倒事は真っ平御免と言いたい。人間の足だけで10年がかりの旅の供をする仕事。人間の僧の弟子となり供をし、彼を害しようとする、あらゆるモノから彼を守るだけが仕事だけではない。脳筋で戦闘マニアな若い人間の僧である玄奘を、徳を積んだ高尚な”三蔵法師”に育てることも、彼ら3人の化生にまかされた大事な仕事なのだ。


 化生の足でなら天竺なんて、もっと早くに着くし、孫悟空の筋斗雲なら、あっという間につく。でも釈迦如来は人間の足で歩いて天竺に行くことに意味があるのだと言っていた。化生にとって10年はたいした時間ではないが、八戒は早く自分自身の願いを叶えたかった。だから他の厄介事なんて背負いたくはないのだ。だが、沙胡蝶をこのまま一人にするのは誰にとっても得策ではないこともわかっている。


 今の幼い子どもの姿でも充分に沙胡蝶は可愛らしいのに、本当の顔は天女のようだという悟空の話が本当なら、その容姿に引かれた老若男女達に八戒が襲われた以上に襲われる危険があるだろう。沙胡蝶の体液が無病息災の霊薬だと知られてしまったら、善悪関係の無い全ての生き物に攫われ襲われ、囲われ監禁され、一生飼い殺しされてしまうだろう。そして何よりも……だ!それらの危険から真珠が沙胡蝶を守り切れないときには、真珠に込められた海の魔女の呪いが発動し、この大陸は海の藻屑となるのだ。これは地上界の未曾有の危機であるのだ。


 化生としても仙人としても一番強い斉天大聖孫悟空が、一番傍にいて沙胡蝶を守る方が、この世界を救う方法としては一番の良案なのは、わかっている。でも素直にそれを諾と言えないでいる弟分の、言葉に出来ない複雑な心を見透かしたように、兄貴分である孫悟空は、ニヤリとした笑顔で囁く。


「そう言えば沙胡蝶の育ての親のミス・オクトは、海の魔女と呼ばれる海中界一の魔力の持ち主で、何でも過去には、人間に恋した人魚の女人が、同じ人間になりたいと彼女に頼んだことがあったんだと。海の魔女は人魚の長い髪と声を媒介にして、己の魔力で人魚の体の(()()()()()()()()()()()()())を手助けして、生きながらにして、()()()()()()()に生まれ変わらせたらしい。神でも仏でも、悪魔でさえ、そんな大技を成功させたモノは今まで誰もいない。強いてあげるなら竜王族の2枚の逆鱗と同じような魔法が使えるんだから、ただの魔女にしておくのも、もったいない話だよな。そんなすごい海の魔女は、養い子の沙胡蝶を溺愛している。千年分の自分の魔力だけでは飽き足らず、自分の4本分の足の魔力まで真珠に注ぎこんで、沙胡蝶に持たせたんだ。沙胡蝶の守護者になったら、きっと感謝されるだろうなぁ。沙胡蝶の仲間の頼み事なら、快く聞いてくれるだろうなぁ。海の魔女なら、どっかの()()で悩んでる奴の()だけを普通の()に細胞レベルで再構築なんて楽勝だろうなぁ。そうなったら、そいつはどこの世界でも生きていけるだろうし、魔眼に邪魔されることなく、本当のそいつを見て、好きになってくれる相手も出来るだろうなぁ」

「……」


 プルプル震える弟分である猪八戒に、孫悟空は四海竜王達に恐れられている悪魔のような笑みを浮かべて、言葉を続けた。


「海の魔女は3つの海の国出身で、今、彼女は自分の国に戻っているんだ。これも縁だったのかなぁ?沙胡蝶の母親の出身国、遠い東の島国の直ぐそばの海が、海の魔女の今いる所さ」

「そ、孫悟空の兄貴……」

「何だよ、八戒?」

「四海竜王達が兄貴につけたあだ名の、陸の悪魔って奴さ。兄貴にピッタリだなって今、わかったよ」


 八戒の悔しげな顔に、悟空は破顔した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ