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72、孫悟空の報告①沙胡蝶の母親について

「人間であるお師匠さんは知らないことでしょうが、この国の近くにある4つの海の中の世界は、四海竜王達による海の結界で、国全体がドーム状に包まれるようにして守られているんです。でも海上で嵐の時は、海の中も水流が荒れて、海の国も被害に遭う場合もあるんです。だから嵐の時は竜王達や力の強い海の化生達が見回りして国を守っているんです。後世の災害時の役に立てるようにと、その都度の嵐の記録もきちんとつけているんですよ」


 そう言って悟空は皆のいる場で、自分が調べたことの報告を始めた。


 17年前のこと。その年一番の大嵐により、一艘(いっそう)の中型船が難破した。そこには後に沙胡蝶の母親となる白蘭が()()()()()された状態で乗っていた。


「当時の記録には、他に武装した11名の男達が船にいたと書かれていました」


 船が壊れると海の国に、その破片や残骸が落ちてくる。海の国は、どの国も四海竜王の結界で守られているが、結界の周りがゴミだらけになるのだけは避けられない。そこで嵐で出たゴミを片付けるために、結界の外に出た海の国の兵士達は、当時まだ生きていた12名の人間を保護したと記録に書いていた。


 普段ならば、人間を保護などせずにそのまま、海の藻屑となるのを黙って静観するのが通常の対処の仕方であったのだが、その時だけは彼らは、どう対処すべきかと悩ませるものがあったからだ。それは匂いのせいだった。嵐で大破した船から若い人間の女人が落ちてきたと思ったら、海の国では嗅いだこともないような()()()()()()()()が水流によって、海の国にも流れてきたからだ。女と同じく落ちてきた男達からは血の臭いしかしなかった。それを不思議に思った兵士達は、とりあえず気を失っている女人と暴れる男達を保護することにしたのだ。


「海の国の兵達は、その時、白蘭から香る甘い匂いに驚き、王の判断に委ねようと海の国の王に報告をしたんです」


 海の王は他の竜王達と違って、嵐が来ても後宮から出て来ることはなかった。国を守ることもせず、日々酒池肉林な生活を楽しんでいた。だから兵士達の報告も、始めは気だるそうに聞き流していたのだが、甘い匂いを放つ女人と聞くなり、カッと目を見開いて兵舎に飛ぶように泳いでいき、気を失っている白蘭の姿を見つけると、兵士からふんだくるように奪い取り自分の後宮に無理矢理連れ去ってしまった。


 仕方なく兵士達は残された男達から事情を聞いた。始め、男達は口をつぐんでいたが、この海の国では、陸の者は海の国の者の()()がないと生きていられないと、体で分からせてからは、実に物わかりが良くなって全て話してくれた。


 男達は、ここより遙か遠くの東にある島国から来たと言い、その国の秘境と呼ばれる場所で、隠れるように生きていた、ある不思議な一族を襲い、皆殺しにし、族長の娘を攫ってきたのだと物騒な話をした。その一族は、()()()()()()()()()()だけが甘い爽やかな匂いの体臭を放つ不思議な一族で、春香(しゅんこう)族と名乗っていたという。


 男達は遠く南にある国の者達だった。名は言えないが、さる高貴な身分の主からの密命を果たすために、その東の国に来ていたらしい。男達は使命を終えて帰る途中で偶然、その秘境を知り、その不思議な一族を自分達の主への貢ぎ物にしようと考えて、何人か売ってくれと頼んだ。が、一族を売るなどありえないと族長に拒否された。そこで男達は何人かを無理やり強奪しようとしたが、皆に拒否され、かっとなって一族を皆殺しにした。族長の娘だった白蘭だけは上手いこと気を失わせることに成功した男達は、白蘭を自国に帰る船に乗せていた。


 だから、どうかあの女はくれてやるから自分達は陸に帰してくれ!と口々に叫ぶ男達を、兵士達は海の国の外に、加護をつけずに放り投げた。男達のその後は記録には載っていなかった。


「白蘭は遠い東の島国の者で、今では失われた春香族の姫君だったのです。彼女はずっと気を失っていたので、自分を助け出してくれたのは海の王だと思い違いをして、王の強引な求愛を受けてしまったのです」


 ここまで言って孫悟空は竜宮の日誌には書かれていない、自分の記憶を語り出した。


「俺は春香という名に、心当たりがあります。それは大昔に俺が蟠桃園の見張り番をしていたときの話です。馬鹿な竜人から逃げてきて、俺に匿ってくれと助けを求めた天女の名前が春香天女と言いました」


 その名に皆が、ハッと息を呑んだ。確かに体を洗った孫悟空と玉面公主以外は、瓢箪の酒を浴びたままだったからだ。鉄扇公主の扇で乾いたとはいえ、その爽やかな甘い匂いは、彼らの体に残っていたのだ。


 東海竜王は、驚きで両目がこれでもかと大きく開いた。大昔、人魚から竜体になった甥の、一度目の逆鱗が生え替わったころのこと。そのころの甥は、不実な恋ばかりを好んでいた。危険な恋ほど楽しいと、手当たり次第見境なく不実の恋を嫌う者達にも襲いかかった。大切な一枚目の逆鱗を不実な恋を楽しむ媚薬に変化させ、それを騙したり、脅したりして無理矢理飲ませ、女遊びに狂い、沢山の恋人達や既婚者達を苦しめた。


 被害にあった彼らは泣きわめき、怒り狂いながら、海の王と刺し違える覚悟で復讐をしようとした。すると自分の所業を棚に上げ、復讐を恐れた甥は東海竜王に助けを求めたのだ。すべて合意で薬など使っていないという甥の言葉を半信半疑で聞きながらも、東海竜王はつい、唯一の血縁者だからと尻ぬぐいをしてしまった。どうにかこうにか、なんとか苦労して東海竜王が尻ぬぐいをすませると、また甥は女遊びをし始めた。


 あんまりにも甥が、恋人を持つ者や既婚者たちばかりを狙ってトラブルを引き起こしたので、東海竜王は甥を天界に行儀見習いに出したのだが、そこでもトラブルを起こして突き返されてしまった。


 何でも天界で出会った巫女をしていた天女を、甥が一目惚れして告白したが断られたとのことだった。それでも甥は諦めず、天女を追いかけ回し、つきまとい、後追い、家宅への不法侵入、婦女暴行未遂を起こし、それを咎められても、なお追いかけ回した結果、その天女が行方不明になってしまったと東海竜王は天帝に大いに叱責されてしまったのだ。


 その時に甥が隠し持っていた媚薬の一部を闇で売り、得た金で天女への貢ぎ物を買い、残りの媚薬を天女に飲ませようと果実酒に混ぜたモノまで用意していたと聞いた東海竜王は、自分が信じた甥の話は嘘だったのだと愕然として、これは甥だけではなく、自分にも天帝の罰が下るだろうと恐れたものの、そのすぐ後に陸の悪魔が天界と戦を始めたために、その事が有耶無耶になったので、甥と東海竜王は命拾いをしたのだ。


「まさか……」


 東海竜王は言葉を続けられず甥を見れば、甥は苦々しい表情を浮かべて孫悟空を睨んでいた。


 {そうか!お前が彼女を隠したんだな!彼女は私のだったのに!}


 幽体の甥の罵声が、林の中に響き渡る。東海竜王は、その後の言葉を続けられなくなった。

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