6、沙胡蝶、4人と朝餉を共にする
朝日が辺りを照らす前に沙胡蝶は目を覚ました。目の前にはたき火があり、沙悟浄が鍋の中を木杓子でゆっくりとかき混ぜている。たき火から少し離れた所では、凜々しい声の青年と間延びした口調の金髪の青年が体操をしていた。沙胡蝶は自分を包む暖かいものの中で身じろぎした。
「おう!目ぇ、覚めたみたいだな、坊主!」
「……おはようございます。えっと、確か……孫悟空さん?」
面と向かっての自己紹介はされていなかったが、昨日の夕闇の中の威勢の良い声は、自分のことを孫悟空と名乗っていたことを思い出しながら、そう口にした沙胡蝶に、孫悟空はニッと白い歯を見せて笑った。
「おう!悟空でいいよ。おはようさん!」
孫悟空は沙胡蝶を両手で抱き起こし、膝から下ろした。沙胡蝶は孫悟空に深く頭を下げた。
「ずっと抱っこしてくれてありがとうございました。誰かに抱っこされるのは初めてでしたが、とても暖かくて気持ち良く眠れました!」
沙胡蝶の礼の言葉に目を丸くした孫悟空は悟空は、素直な礼の言葉に面食らい頭を掻いた。
「お、おう!?いいってことよ!」
そっけなくそう言ったものの何だか妙に気恥ずかしく感じるのは何故だろうかと孫悟空は首を捻る。
「おや、目覚められたようですな、沙胡蝶殿。おはようございます」
「おはようございます、沙悟浄様」
「拙者に様付けなど不要ですぞ。ささ起きたなら、顔を洗ってきてくだされ、沙胡蝶殿。朝餉にしましょうぞ」
「はい、わかりました」
沙胡蝶が顔を洗い終わると、大人達4人はたき火を囲んで座っていた。沙胡蝶は沙悟浄に促されて沙悟浄の横に座った。食事の挨拶をしてから4人と朝餉を食べ始めた。
「……すると沙胡蝶さんは、父である海の国の王のお遣いでここに来られたのですか?」
凜々しい声の青年は玄奘と名乗り、沙胡蝶に確認を取った。
「はい!天帝様のところに行って、大叔父様の家の無くなった柱の代わりのクリーム色の柱を下さいと頼むように命じられました!」
沙胡蝶は朝ご飯を食べながら、ここにいる者達の自己紹介を聞き、自分も自己紹介とここにきた理由を簡単に4人に説明をした。沙胡蝶は目の前にいる4人が、昨夜のように戦う様子がなかったので安堵した。
きっと沙胡蝶が寝ている間に皆で話し合って、誤解を解いたのだろう。良かったと心から沙胡蝶は思った。もちろん海の魔女との約束があるので、頭のことは話さなかった。だから皆、沙胡蝶が本当は16歳の娘だとは思っていないようだ。
沙胡蝶は熱い汁物は苦手なので、両手で器を持ち、フウフウと息を吹きかけながら話をしていたので、4人が沙胡蝶の話しを聞き終わり、何ともいえない表情で顔を見合わせたのには気が付かなかった。
「私は初めて陸の国に来たのですが、人間の人達がとても親切にしてくれて嬉しかったです!」
海の国を出てからの親切な人々との嬉しい出会いの話をし終わると、何故か4人は頭を抱え、重いため息をついた。沙胡蝶はそんなに長話だったかしらと少し反省して、しばらく食べることに集中することにしたので4人だけで何やら話しているようだったが、それを聞き取ることが出来なかった。
「おい、海の国の子どもって、こんなにのんきで無防備で大丈夫なのか!?こいつを海で拾った人間達って、もしかして海賊だったんじゃないか?髑髏マークの旗って、完全にそうだよな!?親はこんなのを一人でよくお遣いになんて出したな?」
「そうだよねぇ~、この子かわいすぎるもんねぇ~。頭のハゲなんて気になんないくらいの純真さ~!危ないよねぇ~」
「こんなに純真で無防備で全ての人間を良い者と信じ切っているなんて、ぜひ我が宗教に勧誘したいくらいです!」
「そんなことより沙胡蝶殿に天界行きをどうやって諦めさせるかを考えて下され!天帝は拙者が天帝の器を割っただけで鞭打ったあげく天界から突き落とし、こんな川妖の姿で地上で生きさせる非情なお方だぞ!」
「そうだよねぇ~、僕もちょっと酔っ払って天帝の奥さんに声かけただけで、槌で打たれて天界から落とされて豚さんのお腹から産まれる羽目になっちゃったしぃ~。話を聞いたら、この子が悪いわけじゃないのに天帝の怒りを買うかもぉ~?八つ当たりされちゃうかもぉ~?」
「斉天大聖孫悟空が兄者と同一人物なら、元はといえば悟空の兄者が竜王の宮殿から、その武器を奪ってきたのが元凶であろう!?兄者が竜王の所に武器を返却してくれば、話は丸く収まりますぞ!」
「え~!如意棒をあんなおっさんの家の柱にしておくなんてもったいないよ!宝の持ち腐れって奴だぜ!それにもう何百年も前の話だし、もう時効だろ?それに俺はもらうからって宣言したんだから盗んでなんかいないぞ!なんだって竜王は今更そんな話をしたんだよ?お師匠さんは坊主なんだから、説教得意だろ?何とかしてやってくれ!」
「悟空!あなたという人は!」
「お師匠様ぁ~、悟空の兄貴はぁ~、人じゃなく猿ですぅ~」
3人の弟子にせっつかれた玄奘が仕方なく沙胡蝶を説得しようと試みた。
「……沙胡蝶さん、あのですね」
「はい!玄奘様!何でしょう?」
「うぅっ!キラキラお目々が、ま、まぶしい!……あ、あのですね、ここからでは天界には行けないんですよ!」
「えぇ!?」
てっきり流沙河のどこかが天界への入り口だと思っていた沙胡蝶は激しく落胆した。
「そ、そんなに落胆した表情をされると罪悪感が半端ないです……。あ、あのですね、私は先ほどもお話ししましたが僧侶なのです。で、ここにいる孫悟空と猪八戒、そしてこの度、沙悟浄を供に迎え、天竺に三蔵の書を取りに行く旅に出るのです。天竺には私の信仰する高位の神仏がいらっしゃるのです」
「じゃぁ、天竺っていう所が天界なんですか?」
ここからもっと遠い場所なのだろうかと沙胡蝶は目を潤ませる。
「ああ、目がウルウルしている……たぶん?」
「お師匠様ぁ~、それじゃぁ、時間稼ぎになるだけで、この子は諦めませんよ~!」
「玄奘様!ここは真実を話すべきです!」
「わ、私には無理です!あんなキラキラしたお目々の子どもが張り切ってお遣いに出てきているのに諦めさせるなど……」
「やはり悟空の兄者が竜王に返せば……」
「やだったら、やだ!これはもう俺のなの!」
沙胡蝶は途中から4人の話す声が聞こえなくなった。なぜなら目の前が真っ暗になったように感じたからだった。




