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5、4人は、話をする。

 眠ってしまった沙胡蝶に、そこにいた大人達は思わず顔を見合わせてしまった。青年の仲間の二人と沙悟浄が近寄ってきて、眠っている沙胡蝶を覗き込む。


「おやおや、随分疲れていたようですね」

「本当ですねぇ〜。それにしても〜なんて無防備なんでしょうね〜。見知らぬ者の腕の中でこうもやすやすと寝入ってしまうなんて〜」

「仕方あるまい。沙胡蝶殿は海の国の民なのだ。慣れない陸を旅してきたのだから、相当疲れも溜まっていたはずだろうしな」

「は?海の国の民だって!?おい、河童。お前はこの子とはどういう関係なんだ?」


 威勢のよい青年の膝の上で、スヤスヤと眠ってしまった子どもを囲み、4人はお互いの顔を見て、また子どもに視線を移した。なんとも無防備な姿に毒気が抜かれてしまった。問われた沙悟浄は名前を名乗った。


「拙者は沙悟浄という。そこにいる子は海の国の王の末子で、名を沙胡蝶と名乗っていた。今し方会ったばかりで何用かはわからぬが、拙者を頼って旅してこられたようでな。誓って拙者は襲おうなど思っておらぬ。ところで、そなたらは何者なのだ?人間と、猿と豚の妖怪が揃っているとは何とも珍妙な組み合わせではないか?」


 沙悟浄の問いかけに人間の青年が答えた。この青年は人間とは思えない拳を繰り出し、沙悟浄を先ほど苦戦させた男だった。ウコンで染め上げた袈裟を整えた彼は、自分は玄奘という名だと言い、三蔵の書という経典を求めて天竺に旅をする僧侶だと説明した。


「ここにいるのは私の旅の供をする者達です。子を抱いているのが孫悟空、こちらにいるのが猪八戒と言います。二人は妖怪ですが、お釈迦様のお導きにより私と一緒にいるのです。そしてここに来たのは最後の供を迎えにきたのです。……思い違いで無ければ、あなたがお釈迦様に言われた最後の供だと思うのですが?」


 沙悟浄は自身の武器から手を離し、片膝をついたまま玄奘に深く頭を垂れた。


「いかにも。拙者は天界から追放され、川妖の姿に堕とされて自暴自棄になっておったところをお釈迦様に諭されて、天竺を目指す僧侶を待っておりました。以前にも9人もの僧侶が私を訪ねてきましたが、彼らは私を見るなり逃げ出したので、ほら、こうして逃げた人数分の水晶でスカルを作り、いつ迎えが来るのかと待ちわびておりました。では玄奘様、早速ですが拙者を弟子として下され」

「わかりました。師弟の儀をしましょう」


 玄奘と沙悟浄の師弟の儀を眺めながら、猪八戒は自分達の荷物を取りに行き、孫悟空は膝の上の子どもの毛繕いをし始めた。沙悟浄は儀を終えると薪を集めて手慣れた様子で火を熾した。荷物を持って戻ってきた猪八戒は、玉砂利でお尻が痛いだろうからと厚手の敷物を皆に勧め、背負い籠から吊し鍋を取り出すと水を汲み、お湯を作り、茶にすると皆に振る舞った。


「ほらぁ~、悟空の兄貴のぉ、ここに置いておくよぉ~」


「ああ、ありがとうよ」


 孫悟空は茶を飲むこともせず、ただひたすら毛繕いに勤しむ。他の3人は茶を飲みながら、それを眺めた。


「悟空はさすがに猿だけあって、毛繕いが好きだったのですね。そんなに夢中になって毛繕いをするなんて」


「そうだよねぇ~、お師匠様を働かせて自分は子どもを抱っこしたままってのも、いつもの兄貴ならぁ~、ありえないよね〜!……って、その子は埃で汚れているけれど、蚤なんてついていないのだから、そんなに熱心に頭を見なくてもいいのに〜」


「悟空の兄者!拙者は先ほど玄奘様と師弟の儀を交わしましたゆえ、もう疑いは晴れたでしょう!沙胡蝶殿は拙者の客人故、こちらに引き受けましょう!」


 差し出された沙悟浄の手を払い、孫悟空は子どもをしっか!と抱き寄せる。


「おい、沙悟浄!気安く触るんじゃねぇ!……お前、これに気づかないのか?」


「沙胡蝶殿の頭が何かおかしいのですか?」


「こいつの頭……お前の頭の皿によく似た部分にものすごい魔力を感じないかって、聞いているんだよ!」


 孫悟空に言われて、3人は沙胡蝶の頭頂部を凝視する。沙胡蝶の頭頂部は川の妖怪である沙悟浄とよく似ていた。ただ沙悟浄よりも禿げている部分は広く、沙悟浄の皿が小皿くらいなのに対し、沙胡蝶のは小ぶりの丼の器を乗せているくらいに大きかった。色も沙悟浄が青磁器の皿なら、沙胡蝶はまるで真珠で作られた丼のように美しかった。猪八戒はウンウンと頷いた。


「確かにぃ~、ここのツルツルぅ~の部分だけにすっごく魔力を感じるねぇ~」

「!?これは!!兄者!沙胡蝶殿の魔力ではありませんぞ、この感じは!!」

「そうなのですか?人間の私の目にはわかりませんが、何か良くないものなのですか?」

「いや、そういう悪い感じでは全くないですね。どうやら誰かが沙胡蝶の身を案じて、ありったけの魔力を注いだ真珠を、この子どもの頭に被せたようです、お師匠さん」


 夕闇の中、この子どもの頭だけが真珠の光を放っていたので孫悟空は気になっていた。自分ほどではないものの、強い魔力を感じたから大事を取って、誰にも触らせることを控え、自分で調べようと抱きかかえたのだ。

 毛繕いながら調べると邪悪な(のろ)いではないことが判明した。沙胡蝶の身の安全を願う(まじな)いがこめられている。沙胡蝶が陸で危ない目に遭わないようにと心からの願いがこめられている。


 昔、海の国の竜王から柱を……如意棒を奪ったときのことを孫悟空は思い出した。海の国の者は皆美しい容姿をしていて、さらに王族ともなれば、絵にも描けない美しさと称えられるほどの美形ばかりだ。海の国の者がめったに陸には上がってこないのは、人間が彼らを欲しがるからだ。捕まれば二度と海には戻れない。


 何かの理由で沙胡蝶は、命がけで海から出ることになったのだろう。警戒心を持たない沙胡蝶の身を案じ、それを心配した海の国の者が施したに違いない。


 海の国の者とばれないようにと強力な目眩ましの術に……。交通安全の願。健康第一の願。厄除けの願。無病息災の願。良縁来訪の願。何故か安産の願。商売繁盛の願。思いつく限りの願かけが組み込まれた呪いは、純粋に沙胡蝶を気遣う愛の心から錬成された術故、孫悟空だけではなく神仏でさえも解除不可能なものであった。


 眠る前に見た泣き顔も、すでに充分美しい子どもだった。目眩ましが解かれた後のその美貌はいかようなのだろうと少しだけ孫悟空は興味を引かれたが、この真珠頭には無理矢理子どもからはぎ取った者に、死後ももだえ苦しむ恐ろしい(のろ)いも組み込まれているので好奇心を捨てることにした。これも親が子どもを守る気持ちと同等の心が成した術なので解除が出来ないのだ。


 仙術に長けた孫悟空の目には、この真珠頭に沙胡蝶を深く愛する母親のような愛情が見えたので、他の3人には目眩ましの術のことは敢えて伏せ、交通安全の願と無理に取ったときの(のろ)いの話だけをした。


「取りあえず、そこの沙胡蝶君が目覚めてから話を伺いましょう」


 師の言葉に弟子3人は頷き、彼らは沙胡蝶の目覚めを待つことにした。

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