50、強運と凶運
「観音様が三蔵法師を食べると不老不死になるという噂を流し、強欲で邪悪なものを引き寄せたのも、お師匠様の強い者と拳を交えたいという欲求を満たすためなんだ。それに三蔵法師一行が旅を続ける中、邪悪な者が次々と退治されていくというのは、人目を引き、人心を掴んで、いい布教活動になるからね」
このことはくれぐれも内緒だよと、八戒は沙悟浄に念押しをする。
「玄奘こそが三蔵法師だと、世に知らしめないといけない。沙胡蝶が三蔵法師に勘違いされるようではいけない。……きっとぉ今回の事でぇ、お師匠様はぁ、玄奘と名乗るのを止めると思うよぉ」
やっと機嫌が戻った八戒に安堵しつつ、沙悟浄は孫悟空の分身の言葉を思い出し、沙胡蝶の事が心配になった。
「沙胡蝶殿は大丈夫だろうか……」
「ああ~、そうだねぇ、心配だねぇ。でもさ、悟空の兄貴がぁ、ついているから大丈夫でしょ~。……それにしてもぉ沙胡蝶はつくづく、ついていない子だよねぇ」
猪八戒と沙悟浄は今朝の沙胡蝶の話とさっきの鉄扇公主の話を摺り合わせ、今までの沙胡蝶の旅路に思いを馳せる。
沙胡蝶は海の王に東海竜王の無茶な言葉を天界に言ってこいと命令されて、無一文で放り出された。海の国を出た途端に海賊船の漁の網に囚われた。港に着けば、自殺しようとしていた若者に出会い、旅を続ければ、沙胡蝶を売ろうとした農夫や、沙胡蝶を買おうとした人買いや、沙胡蝶を気に入り、借金まみれにしようとした賭場の経営者や、何も知らなそうな沙胡蝶をカモにしようとした賭場にいた者達や、沙胡蝶を手込めにしようとした貸し馬屋の主人とや庄屋の息子と出会ったという。
本人の自覚はまるでないが、沙胡蝶は息をつく間もなく、次々と危険な目に遭っているのだ。やっと流砂河についても三蔵法師と勘違いされて、鉄扇公主に攫われて、そうかと思えば、孫悟空の試練に飛び込んで溺れて溶けて……今はどうなっているのか分からない状況だ。
「ここまでついていないとは沙胡蝶殿も気の毒に……」
「双子は強運の持ち主だって言ってたけどぉ、凶運の間違いだよねぇ~?」
ここまでたくさんの危機に遭遇する沙胡蝶は、まさしく凶運の持ち主だと二人は同情を禁じ得なかった。
「沙胡蝶殿の頭の真珠がなければ、危なかったのでしょうな」
「そうだよねぇ~。それとも、あの強烈な魔力が逆に凶運を引き寄せているのかもしれないねぇ」
二人の化生は魔力に関しては、孫悟空ほどの解析能力は持ち合わせていなかった。兄弟子である孫悟空が話した真珠の能力の話を鵜呑みにして信じていたから、悟空が明かした、交通安全の願と無理矢理剥がしたとき死後も悶え苦しむ呪いだけが真珠の力だと思い込んでいた。だから二人は沙胡蝶の身を案じた誰かが、この2つだけの役割に、ここまでの魔力を注ぎ込んだのが、そもそもの沙胡蝶の凶運の原因ではないかと話し合った。しばらくして猪八戒の鼻が異変に気づく。
「あれ?悟空の兄貴の匂いがするぅ?」
「あっ!悟空の兄者!……と、あれは沙胡蝶殿!?」
天井から音もなく姿を現したのは孫悟空。彼が抱えているのは沙胡蝶のはず。なのに、なのに、その沙胡蝶は……。
「ち、縮んでいる!?」
「な、なんで沙胡蝶殿は若返っているのですか?」
そう、沙胡蝶の見た目は、4、5才位の幼児の姿に変わっていたので、沙胡蝶を知る者達は度肝を抜かれてしまった。そして八戒と悟浄は、まさに凶運と言わずしてなんと言えようかと沙胡蝶を襲った悲劇に言葉を失ったのであった。




