4、沙胡蝶、4人に慰められる
沙胡蝶は赤子の頃はともかくとして、物心ついたときから大きな声で泣いたことなどなかったものだから、どうやって泣き止むのか、自分でもわからなかった。大声で泣き出した沙胡蝶に困り果てた青年は、沙胡蝶を横抱きにしたまま川岸に上がり、戦うのを止めるようにと大声を出した。
争っていた沙悟浄は青年の静止の声に振り向き、泣いている沙胡蝶が青年に横抱きされているのを見て、慌てて駆けつけてきた。
「小さな子どもをこんなに泣かせるなんて、一体何をしたんだ、貴様!?」
「俺はこいつには何もしていない!この子はな、自分は襲われているわけではないから争うのは止めてほしいと言ってきたんだ。泣いているのは争いごとを見るのが怖いからだ」
「何と、そうであったか。それは済まないことをしたな、沙胡蝶殿。もう大丈夫だから、落ち着きなされ」
青年の返答を聞いた沙悟浄は、青年の傍に片膝をつくと沙胡蝶の背をポンポンと優しく叩き、沙胡蝶を落ち着かせようと心を砕きだした。戦いを中断されて、沙悟浄を追いかけてきた残りの二人は、泣いている子どもと子どもを何とか泣き止まそうとしている者達を見て、お互い顔を見合わせた。
残りの二人の内の青年の一人が沙胡蝶の前に立ち、涙を手ぬぐいで拭い、間延びした声の青年は自分の水筒に入った水を泣きすぎてしゃっくりをしだした沙胡蝶に飲ませてやった。そうしてその場にいる4人の大人達に世話を焼かれた沙胡蝶は、しばらくしてやっと泣き止むことが出来た。
「グスッ……グスッ……あの、泣いてしまってごめんなさい。怖くて悲しくなってしまって、どうしようもなく涙が止まらなくてなってしまったのです。あの、ここにおられる沙悟浄様は私を食べようとしていたわけではないのです。誤解なんです。だから、よく話し合ってもらえませんか?」
「わかりました。よく事情も聞かずに襲った私たちが悪かったのです。驚かせてごめんね、坊や」
凜々しい声の青年がそう言って、沙胡蝶の背中を優しく撫でる。意志の強そうなキリリとした眉と目は真っ黒で、鼻筋は通り、唇も引き締まっている。頭は全体を剃り上げているようだ。体は威勢の良い青年よりも体格が良いが沙悟浄よりかは背が低い。
青年が纏っているウコンという薬草で染めたという黄色の旅装束には沙胡蝶は見覚えがあった。旅をしていて、この青年と同じ風貌の人を何人か見かけたことがあったからだ。だから青年が僧侶だということが沙胡蝶にはわかっていたが、僧侶という者が何をする人なのか知らなかった。
「ごめんねぇ~。うちの兄貴ってば猿なのに走り出すと猪になるのぉ~!面白いでしょう~!さぁ、これをもっとお飲みよ」
間延びした声の青年が、そう言ってさらに水筒に入った水を飲むように差し出してきた。青年は金色の髪を長く伸ばし、後ろで一つに束にして結んでいる。前髪も長いままなので、この青年の眉も目も見えないが鼻は高くて、唇は薄かった。沙悟浄より、やや背が低い青年は他の誰よりも細身で筋肉もなさそうだった。青年の長い髪から覗くピコピコ揺れるものは耳だろうか?人よりも大きな耳は威勢の良い青年と同じだが、こちらの青年の方がさらに大きくて、二つに折れているような形状だった。
「沙胡蝶殿。恐ろしい思いをさせてしもうたな。とりあえず、もう夜も更けたし、明るくなったら話そう。それまで休むといい。ここらの河原は玉砂利ばかりだから、拙者の家で休まれるといい!さぁ、おいでくだされ」
そう言って沙悟浄が青年の腕から沙胡蝶を取り上げようとしたら、沙胡蝶を横抱きしていた青年が腕に力を入れて、それを拒んだ。
「?おい、沙胡蝶殿をこちらに渡せ」
「夜が更けてきたのは事実だし、明るくなってから話をするのには賛成だが、まだ人喰いの疑いが晴れてない奴に渡すわけにはいかないな。だから、ここに火を熾して、今日は皆でここで過ごそう。おい、猪八戒!俺は手がふさがっているから、お前が荷物取ってこい!お師匠さんも頼みます。お前は火を熾してくれ」
「えぇ~、ずるい、兄貴ぃ~!」
「師匠使いの荒い弟子ですねぇ。わかりました。悟空はその子をしっかり守っていてください」
「あ、あの……」
「お前はこのまま休んでいろ。見れば随分くたびれた格好をしているじゃないか。心配せずともここにいる大人達だけで準備は出来る」
「……すみません。ではお言葉に甘えさせていただきます。ありがとうございます」
争うのを止めてくれたことに安堵して気が緩んだのか、沙胡蝶は温かい青年の腕の中で、3人が準備をしているのを見ているうちにまぶたが段々と重くなっていき、やがてそのまま寝入ってしまった。




