45、玉面公主と鉄扇公主
本妻と愛人のガチンコなるか!?
拘束を解かれて猿轡を外された玉面公主は、五宝貝の従業員用浴室内で、猛烈な勢いで体中を擦り洗っていた。
「あんまり力一杯こすったら、肌が傷ついてしまうわよ」
浴室の外で玉面公主の着替えを用意している鉄扇公主が、心配げに声を掛けてくるが擦らずにはいられなかった。
「だって、こんなにも臭いだなんて思わなかったんだもん!」
玉面公主は恥ずかしくて恥ずかしくてたまらなかった。自分がこんな悪臭を放っていたなんて、恥ずかしくて悶え死んでしまいそうだった。昔、牛魔王の妾になりたてのころに一度だけ、本妻の鉄扇公主に挨拶に行ったことがあった。あの時に鉄扇公主は眉間に皺を寄せて言った。
「あなた、匂いがすごいからお風呂に入って出直してきて」
あの言葉は夫を奪った愛人に嫌みを言ったんだと思っていたのだが、言葉通りの意味だったことに改めて玉面公主は気が付いた。そう言えば牛魔王の妾になったころから、周りにいる者達が玉面公主が来ると、顔をしかめて近寄ろうとはしなくなった。愛人の立場の自分が汚れて見えるのかと腹を立て、少しでも綺麗に見えたくて化粧が厚くなった自覚はあった。
……が、こんなにも香水臭かったのが全ての元凶だったのだ!自分でも頭痛や吐き気を感じるほどの悪臭のひどさに、玉面公主の体を洗う手の力が強くなるのを自分でも止められなかった。長く愛人をしているのに牛魔王は教えてくれなかった。教えてくれたのは鉄扇公主ただ一人だけだった。なのに自分は、鉄扇公主を嫌みな女だと憎んだ。
「私、あの人と別れるわ」
浴室の外で鉄扇公主の声がした。その言葉に玉面公主の手が止まった。ピチョン……と浴室の天井から水滴が一滴落ちる音が聞こえた。
「ずっと辛かったけど、さっきあの人に何百年か振りに会って、やっと踏ん切りがついたの」
「い……いいの?」
別れを決意した鉄扇公主の声は、先ほど芭蕉扇で乾かした店内のようにカラリとしていた。
「ええ、私の悲しみも苦しみも、もう終わりにするの。それに何よりね、私……フフ」
思いだし笑いの声が小さく聞こえる。
「どうしたの?」
「私……あの人に会っても何も感じなかったのよ。怒りも悲しみも……愛しささえも」
「着替え、ここに置いてあるから。……出来たら早めに出てきてくれるかしら?別れ話をしたいから、あなたにも立ち会ってほしいの」
浴室の外の鉄扇公主は、その声音に何の感情も乗せないで淡々と口にした。




