31、忖度出来る筋斗雲と真珠
孫悟空はいつもよりも3倍も大きい筋斗雲に包まれるようにして猛スピードで空を飛んでいた。孫悟空の腕の中には、変化の魔法が解かれた状態の沙胡蝶が頬を赤らめて眠っている。どうやら瓢箪の中の酒の酒精が強すぎたようだ。どこかの場所で絵沙胡蝶の体から酒精を取り出さないといけない。それにしてもと孫悟空はフゥと短く息を吐いた
「お前ら、……そんな芸当が出来たんだな」
孫悟空が呆れたような声音で言葉を向けたのは、無言のまま空を飛ぶ筋斗雲と沙胡蝶によって被せられた真珠に対してだった。ただ呼んだだけなのに二人分の裸体を隠せるほど、身を大きく膨らませてやってきた筋斗雲といい、悟空の頭上から離れないくせに自身の魔力は一切悟空には使わせず、ただただ沙胡蝶のために力を発揮する真珠。
真珠は制作者が海の魔女だから、真珠が沙胡蝶に忠実なのは仕方ないが、筋斗雲の方は違う筋斗雲は自分の仙術によって生み出されたものなのだが、これまで一度も裸の自分を気遣ったことなどなかった。孫悟空はどうなっているのかと首をかしげる。今回の筋斗雲の行動は全て術者の心情が如実に筋斗雲に現れただけなのだが、当の本人が無自覚であるため、孫悟空にはその変化の理由がわからなかった。
しばし考えてもわからなかった孫悟空は気を取り直して、己の分身を3体作った。分身達も裸だったので、こちらには目眩ましで服を着ているように術を施していく。
一人目の分身は五宝貝にいる、沙胡蝶を誘拐しただろうあの3人に向けて無事を知らせるために作った。あの様子を見る限り、沙胡蝶の無事を自分の目でしっかと確認するまでは逃げ出すこともないだろう。多分、流砂河にいる玄奘達に先に送った分身が伝言を伝えてくれているだろうから、彼らもしばらくしたら、あの店にやって来るだろう。誘拐犯のことは玄奘達に任せようと孫悟空は思っていた。それをわかっている己の分身は神妙に頷いてから筋斗雲から飛び降り、元来たところへ走り去った。
二人目の分身は孫悟空の故郷である花果山の水簾洞を守る猿質の所へ先に向かわせるために作った。これから沙胡蝶を連れて行くので、水簾洞の掃除と果物と飲み物を用意するようにと先に伝言を伝えろと分身に命じる。すると分身は右手で二本の指をピッと突き出し、本体と沙胡蝶の分だね!と、ニカリと笑うと筋斗雲から飛び降りて、花果山を目指し、走り去った。
最後の分身には蜘蛛女と呼ばれる蜘蛛の化生の婆様の所へ向かわせるために作った。玄奘一行に加わって、妖怪退治や高貴なお方たちの試練に何度か遭遇したが、服が溶けて無くなるのは初めてだったので、今後も考え、もっと丈夫な服が欲しいと考えたからだ。
とりあえず防火や防水や防風は標準装備としては当然だが、変化の術に合わせて体の大きさが変わるので、それに対応できる伸縮自在の物が欲しいと分身に用件を伝えると、分身は沙胡蝶を見て、顔を真っ赤にさせてから、ドン!と自分の胸を力強く叩いた。
この分身に少しばかりの不安を覚えた孫悟空は、くれぐれも普通の旅装束に見える物だぞと念を押しておいた。最後の分身は孫悟空から代金を預かると、もう一度、沙胡蝶を見て、ニッカリ笑うと筋斗雲を飛び降り、蜘蛛女の化生の婆様の住処に向かって走り去った。




