30、孫悟空と沙胡蝶、瓢箪からの脱出
孫悟空はチャプチャプと揺れる水面で立ち泳ぎをしながら、沙胡蝶の後ろから薄くて折れそうな細い腰を抱きかかえるように左腕を回してから、滑り落とさないようにと最初は、右胸を鷲掴んでいたのだが、意識の無い沙胡蝶の眉間に皺が寄ったので、鷲掴んだ胸が痛いのだろうと察し、手を胸から右ワキの下に移し抱え込んだ。
孫悟空は左腕で沙胡蝶の両胸をつぶさないように気をつけながら押さえこむように抱きかかえ、瓢箪から外の世界へ吸い出されたときの衝撃で沙胡蝶を落とさないために、さらに自分の体に出来るだけ密着させることにした。その後に自分の右耳に隠しておいた如意棒を残る右手で取り出した孫悟空は、手のひらの上で如意棒を手頃な大きさにすると、その先端を天井の方に向けて握り直して準備を整えた。
「もういいぞー、呼んでくれ-!!」
孫悟空の言葉に焦る檜の声が返ってきた。
「頼むぞー!さっちゃんのことを絶対離すなよ!……斉天大聖、孫悟空!」
「オウ!……筋斗雲、直ぐに来い!」
檜の声に応じて外から吸い出される刹那の瞬間、孫悟空の頭に被せられた真珠が光った。それは本当にあっという間もないくらいの一瞬の出来事だった。
瓢箪から姿を覗かせる二人を大急ぎで迎えに来た筋斗雲は、通常よりも3倍も己の雲の体を大きく膨らませ、誰の目にも見えることがないように二人の裸体を包み隠し、真珠は瓢箪の中の酒をあの一瞬で、全て外に排出させ、霧に転じさせて店内を真っ白の空間にさせることで大勢の目から、沙胡蝶を隠した。
孫悟空は沙胡蝶を抱えたまま、筋斗雲に乗り、その勢いのままに天井を如意棒で突き破ると、筋斗雲に乗ったまま、はるか遠くへと飛んでいってしまった。真珠が発生させた霧は、孫悟空が開けた穴の開いた天井から出ていき、歓楽街の上空全体を包み込むと二人が向かう姿を覆い隠した。
やがて霧は黄金色の雨となって、歓楽街に静かに降り注いだ。その雨は、とても爽やかさを感じる果物のような甘い香りがして、思わず雨を口にした者達は、香り以上に甘く爽やかな後味の上等な甘露であることに驚いた。街の外にいた人々は喜んで黄金色の雨を口に含んだ。
ちなみにそれを口に含んだ者達が、その後一年間は何の病気にもならなかったという事実は、誰にも知られていない……。




