25、孫悟空と仙術の瓢箪
孫悟空目線です。少し時間を遡ります。
黒い怒りをふくらませる海の魔女をそのままにして、孫悟空は海から筋斗雲に飛び乗って、玄奘達の元へ帰還を急いでいた。沙胡蝶の頭に被せられた真珠は沙胡蝶を守るためのものである。だから万が一にも真珠が沙胡蝶を守り切れずに沙胡蝶が死んでしまったら、真珠の内に込められた海の魔女のありったけの魔力が死の呪いとなって暴走し、国中を襲うのだ。呪いを回避するためには沙胡蝶の救出しか方法がない。
物騒な真実が判明したが、孫悟空には呪いの有無はどうでもよかった。だって沙胡蝶を絶対助け出すと孫悟空は決めていたからだ。孫悟空の膝の上で眠った沙胡蝶は、玄奘とは違う意味で孫悟空の特別になりつつあった。その意味が何かは孫悟空本人にもわからなかったけど……。そのようなことを考えながら飛行していた孫悟空は突然、空中で制止した。
「っ!何だ、この力は!?」
どこかから魔力ではない強力な力を感じる。孫悟空は空中で筋斗雲に乗ったまま、地上の気配を探った。何か……地味に嫌な予感がする。孫悟空は毛がジワジワと逆立つような悪寒を感じた。この力は妖怪の類いの魔力ではけしてない。そうだ、邪悪な匂いがしないのだ。どちらかと言えば、善なるものが使う力……仙力か神通力かと思いを馳せた孫悟空はグッと眉間に皺が寄り、渋面となった。
こんな強力な神通力を使う仙術を使う者は限られる。そう、例えばどこかの観音さまとか、そこらにいる仙人とか、お釈迦様とか……。そう、どっかのお節介爺様とか。孫悟空はガックリと項垂れた。きっと今回のこれも、ああいう方達のいうところの試練って奴か……と悟った孫悟空はハァ〜と深く溜息をついた。
三蔵法師に任命された玄奘は、まだ己が三蔵法師であるという自覚がないままで旅を続けていた。そこでああいう方達は、その自覚を促し、彼の人間性を成熟させ、僧侶としての徳を積ませるために、こういうお節介をチョイチョイぶち込んでくるのだ。四海竜王達は俺がたちが悪いと言っていたけれど、本当にたちが悪いのは、善意でもめ事を起こすああいう方達のことを言うのだぞと、孫悟空は声を大にして主張してやりたいと思った。
孫悟空は気持ちを切り替え、再度地上に目を向ける。善き者達の試練は悪意ではないが、命がけで挑まねばならないものに変わりがないのだ。目を閉じて、意識を地上に注ぐ。……式神がいた!そこから微かだが、自分の匂いがする。
昨晩、沙胡蝶を膝に抱えて過ごしたため、匂いのない沙胡蝶に孫悟空の匂いが移っていたのだ。式神の気配と孫悟空の匂いは歓楽街で消えていた。そこで孫悟空は、流砂河から行き先を変更して歓楽街へと向かうことにした。匂いが消えた辺りに、きっと沙胡蝶はいる。孫悟空は流砂河にいる玄奘達に向けて、連絡用の自分の分身を一体、仙術で作り出し、向かわせた。
五宝貝という店の前で、匂いが消えている。おまけにお節介爺様っぽい神通力の残り香もした。複数の獣臭と流砂河の河原で嗅いだ麝香の香りもする。当たりだ!ここに間違いなく沙胡蝶は囚われているはずだ。孫悟空は迷うことなく、ドアを蹴破ることにした。喧嘩はいつも先手必勝だ!
店内では孫悟空の突撃に驚いた沢山の女達が、悲鳴を上げながら逃げ惑い、若くて見目麗しい男達が避難の先導を行って裏口へと向かわせていた。孫悟空はお目当ての人物を見つけた。沙胡蝶だ!
沙胡蝶は何故か女の子用の着物ドレスを着せられていて、孫悟空が来たとわかると直ぐに駆け寄ろうとした。だから孫悟空も手を広げて、沙胡蝶を受け止めようとしたら、金髪の長身の男が邪魔をする。
なんだ、こいつ!?と孫悟空は金髪の男を睨めつけた。猪八戒よりも明るい金髪で、玄奘よりも凜々しい眉に涼しげな目元に筋の通った高い鼻に引き締まった唇をしている男は美丈夫だった。大人の男らしく引き締まった筋肉をチラリと覗かせて橙色の武人の着物がよく似合うが、それがかえってムカついた。それに孫悟空よりも背が高いのも気にくわない。なんでお前が沙胡蝶を抱き寄せてるんだ!それを抱っこしていいのは俺だけだぞ!と腹立たしくなる。
さらに金髪の男と瓜二つの銀髪の男が沙胡蝶の小さな手をとって、よりにもよって口づけてきやがった。おい!お前ら何やってるんだ!沙胡蝶の手に気安く唇を当てるんじゃない!
孫悟空は金銀二人の男に相当苛立ったが、奴らから例のお節介爺様の匂いと獣臭がしてきたので、これは孫悟空を怒らせて冷静さを失わせる作戦だろうと考え、歯を噛み締めて怒りを抑え込んだ。直様に沙胡蝶を奪い返したいところだが、試練を乗り越えないと騒動が終わらないのは、これまでの経験でわかりきっているので只管我慢した。
……おい!そこの3人!沙胡蝶への説明が、全然小声になっていないぞ!こちらに丸聞こえだが、それでいいのか、お前達!?
どうやら仙術の施された瓢箪からの脱出が、孫悟空に課せられた試練らしい。孫悟空は瓢箪の絡繰りが丸わかり状態なのには目をつぶり、あえて奴らの罠に嵌まることにした。
なのになのに、何でお前がくっついてきたんだ!?と孫悟空は目を皿のようにして見開いた。鈍そうな見た目なのに、素早い動きで女の腕を振り払い、沙胡蝶は瓢箪に吸い込まれようとする孫悟空の袖を不運にも掴むことに成功してしまい、沙胡蝶は孫悟空と共に瓢箪に吸い込まれてしまった。
引き続き、孫悟空目線で続きます。




