22、鉄扇公主の決意
美味しそうにおにぎりをほおばるさっちゃん。五宝貝の青年達も、私が作ったおかずの奪い合いをしている。怪我を手当てした料理人の男性は、ずっと私を熱を帯びた視線で見つめてくる。貸し衣装屋の主人は、絵描きを呼んで、私とさっちゃんが並んでいる絵を描かせ、是非私に専属のモデルにならないかとしきりに勧誘してくる。私は夫である牛魔王が出て行ってから、ずっと一人っきりで芭蕉洞に引きこもっていたけれど。私には、まだ女性としての……魅力があるの?
私には沢山の人質の胃袋を掴む料理の腕がある。仙術だって衰えていない。この体だって一つの病にもおかされていない健康な体だ。私は夫に愛人が出来て、自分に自信が持てなくなったけれど……。私は夫の愛を失ったときに全てが終わったように思えたけど……。世界中から必要とされていないと思えて、身も心も凍える思いを抱えてきたけれど……。私は何も……何も終わっていなかったのだ!
「ごちそうさまでした」
両手を合わせて食後の挨拶をするさっちゃんを見る。どうして三蔵法師が、こんな歓楽街の店に私を誘ったのかと不思議だったけれど……。きっと孤独に引きこもっていた私を、あの一瞬で見抜き、無理矢理賑やかな場所に引っ張り出すための荒療治だったのではないだろうか?彼の深い思いやりが込められた意図に、やっと思い至り、私の凍える胸にポッと火が灯る。自分を攫った私を咎めることもなく、諫めることもなく、私の悲しみを感じた彼は黙って寄り添い、ただ私を癒やすためだけにここに連れてきてくれたのだ。
ここは女性を楽しませる場所なのだろう。店員の彼らの言葉は幻にしかすぎない。でも綺麗だと言われるのは、単純だとは自分でも思うけど、お世辞でも純粋に嬉しかったのだ。そして私の作る料理を食べて美味しいと言ってもらうのは、もっと……もっと嬉しかった。ずっと一人だった私の周りに、沢山の人達がいる!
目を潤ませて鉄扇公主は隣にいる三蔵法師を見つめる。
そうですね、さっちゃん、いえ、三蔵法師様。折角この世に生まれてきたんですもの……。生きることを楽しむために、自分から積極的に行動してもいいですよね?一つの愛が失われても、そこで世界が終わったわけではないのですよね?私が終わったわけではないのですよね!ああっ!私は今日、この場で生まれ変わるのだ!悲しみに囚われ続けるのは、もうお終いにしよう!……でも、その前に。
「さっちゃん」
「何ですか?翠さん?」
何も気づかない振りをしてくれている優しい三蔵様に甘えたままではいけない。私は誘拐犯なのだ。こんなにも素晴らしい僧侶を攫ったのだ。潔く罰を受けよう。
「あのですね……」
鉄扇公主の言葉は、ドォォォォォォォォン!とけたたましくドアを蹴破る音でかき消えた。音が鳴った後、へしゃげたドアの向こう側に現れたのは一人の青年だった。
「やいやいやい!誘拐犯はどこにいる!この孫悟空がやってきたからには、大人しく人質を返しやがれ!」
斉天大聖と自らを名乗り、かつては天界と戦った仙術の天才で岩猿の化生である孫悟空が、そこで仁王立ちしていた。




