21、沙胡蝶と着物ドレス
着物ドレスの描写が難しかったです。
その真っ白の子供用の着物ドレスは、沙胡蝶によく似合っていた。細く白い首に水色のレースがついた着物の襟が沙胡蝶の清純な印象をより際立たせている。抜き襟などされずにピシッと着崩れることもなく、沙胡蝶をきちんと少女に見せることに成功していた。
真っ白の着物は白いレースやリボン、小さく光るビーズで装飾され、キラキラと光を発している。透き通るような紗の布地で作られた金色の帯が沙胡蝶のお腹を苦しませることがないように、細心の注意をはらって、丁寧に締められていて、後ろでその帯が妖精の羽根があるかのように見せる締め方を施されている。
ふんわりと膨らんだミニスカート部分の一番外側の白い着物布地には、銀糸で小さな小花がいくつも刺繍されていて、スカートの裾にはふんだんに使われたレースも銀糸で縁取られている。着物の袖部分もこれと同じ仕様であった。
膝上10センチの所までしかないスカートからは沙胡蝶の真っ白で傷一つない可愛い膝小僧が見え、絹で作られた白い靴下が、膝下5センチの所で襟と同じ水色のレースのリボンで止められている。足下はヒールの低い白いエナメルのローファー。頭の禿げている部分が真珠色に光っているが、そのツルツルがベレー帽のように大きいことから自然に可愛く見えた。
「これ、全部大きさがぴったりなんですが、本当に借り物なんですか?」
「そうだよー!!よかったねー、ちょうどいいのが借りられて!」
「ホントホント!たまたまサイズが合うものがあってよかったね!」
檜と楡が褒める後ろの方で、他の店員達がコソコソと囁き合う。
「嘘つきー!!あれ、急ピッチで誂えていた奴ですよね-!」
「オートクチュールで仕上げた特級品ですよね!」
「おまわりさーん!危ない人達がこっちにいまーす!」
沙胡蝶は賑やかな店内を歩きながら、着替えさせられた着物を見た後に店員達が着ている衣服を見る。これが陸の国の女性が着る衣服なのか。こんなにヒラヒラした布が沢山ついていたら、さぞかし水中では泳ぎにくかろう。お風呂に入る前に檜と楡に、自分達の食堂では女性しかお客には来られないからと沙胡蝶に女の子の仮装をしてほしいと言われ、手渡された衣服を着たものの、彼らが褒めてくれている通りに、それが本当に似合っているかどうかは沙胡蝶にはわからなかった。
海の魔女の呪いが込められた真珠のおかげで、人間の男の子に見えているはずだし、似合って見えるかは、私にはわからない。檜さんも楡さんも他の人達も褒めてくれるので変では無いはずだ。とりあえず体の大きさに合う服を借りられて良かった。何から何までピッタリと体に合うので、もしかしてわざわざ作っていたのではと思ったけど、隣に立つ翠さんを見て、そうじゃないと沙胡蝶は安心した。
沙胡蝶を攫った女性は翠と名乗った。沙胡蝶がここに来る前に偽名を使うようにと教えてあげたので、当然偽名だろう。彼女が元々着ていた着物も彼女に似合っていたけど、檜と楡の貸してくれた着物ドレスというのは、本当に彼女をより素敵に見せていた。
臙脂色の着物布地を大胆にカットしたチューブトップの形状で、彼女の首や肩や鎖骨が露出しているけど、そこには艶めかしさよりも上品な美しさだけが漂う。豊かな胸元からのグッとくびれた腰のS字カーブのラインが一色の美しい着物で包まれていて、彼女の艶然とした白い肌とのコントラストが見事だった。
腰から下はマーメード型と呼ばれる形状のスカートで、マーメードとは西洋の言葉で人魚のことだよと教えられ、確かに遠目で見た、姉様達の下半身のラインに似ていると沙胡蝶は思った。膝下から臙脂色の着物にスリットが入り、そこから黒い布地に金糸で豪奢な刺繍が入った生地が歩くたびにチラリと見えるようになっていて、長身の美女である彼女にはとても似合っていた。
ロングドレスで足下は見えないけれど、靴は楡に渡された黒いサテン生地のハイヒールを履いているはずだ。翠の髪は着物ドレスに合うように緩やかに結われ、毛先もゆったりとした巻き髪にされていた。結った髪には金色のレースで作った大輪のバラが彩りを添えている。
きっと檜と楡の知り合いの貸し服屋は、とても大きいお店なのだろう。色んなお客さんに対応出来る品揃えが出来る一流店に違いない。五宝貝の店員達は、ここでお芝居や接客用の衣装を借りているらしく、翠用の衣装を持ってきたお店の人が代金を支払おうとした彼女の美貌に驚いてこう言った。
「お店の宣材用パンフレットのモデルになってくれるならタダにします!」
そう言って鼻息荒く、彼女の両手を併せ持って迫り、口説き始めたので翠は目を丸くして驚いていた。モデルにスカウトされるのも無理はない当然の成り行きだと店員達も大きな声で彼女を称賛した。確かに彼女は美しい女性だと沙胡蝶も思っている。でも彼女が本当に輝くのは綺麗なドレスを着ているときではないことも知っている。
お店に通いで来ていた年配の男性の料理人が、翠の姿に激しく動揺して手に怪我を負ったために料理が作られない事態になった時に、彼女はドレスの上から割烹着を着て、嬉々として料理を始めたのだ。ドレスで着飾った彼女も綺麗だったけど、困っている人のために、汗を浮かべて料理をしている姿の方が何倍も美しかった。
本編に入れなかったエピソードを少しだけ。
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そう言えば、私の貸し衣装代はいくらなのでしょうか?と沙胡蝶は楡に尋ねた。
「型番落ちでとても安かったから、さっちゃんは心配しないでここは楡お兄さんに奢られなさい」
((僕らのさっちゃんに貸し衣装なんて、とんでもない!さっちゃんが身にまとうのは、最新オートクチュールの一品物こそ相応しい!!))
と、ニッコリ笑顔で頭を撫でられた。型番落ちってどれくらいのお金だったのかなぁと他の5人の店員達に沙胡蝶が近づいて尋ねたところ……。
「さっちゃんさんは、何も気にしないでください!(ええ、ここらの一流デザイナーが鬼気迫る二人の高度な注文に血の涙を流して仕立てていましたが!)……ええ、ホント、ヤスカッタデス!だから気にしないで、檜さん達の傍に戻って!!ヒィッ!!ほら、睨まれているから、後生だから戻ってー!」
と、何故か泣きそうな声で懇願されたので、沙胡蝶は仕方なく楡達の元に戻って、深く頭を下げてお礼を言った。二人は沙胡蝶をギュッと抱きしめた。
「「さっちゃんの喜ぶ姿が何よりのお礼だよ!」」
と、言ってくれた。
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と、いうエピソードを思いついていましたが、これ以上長いのもなぁと思いましたので入れませんでした。着物描写だけで話が進まなかったので、少し反省しております。




