19、鉄扇公主、初めての食堂
「きゃー、素敵ー!!こっち向いてー!」
「檜サマー!!楡サマー!!」
「きゃー!かっこいー!!」
舞台で手を振る二人に悲鳴のような黄色い声援を上げる年齢も職種もバラバラな観客は、皆女性だった。鉄扇公主は食事処で、お芝居も踊りも見ることができるなんて凄いのねと驚きつつ、隣で塩おにぎりを食べる沙胡蝶を見る。もきゅもきゅもきゅと無心で食べる姿に、鉄扇公主は言葉にできないほどの満足感が沸き起こる。
甘い卵焼きも生姜を効かせた鶏肉の揚げ物も、ホクホクに仕上げた根菜のお煮しめも、新鮮な青菜のお浸しも、沙胡蝶は本当に美味しそうに食べてくれるのだ。もきゅもきゅ、モグモグ、ハグハグ!という咀嚼音は一人だけのものではなかった。鉄扇公主の周りには、食事処の店員であるはずの青年達も集まって、鉄扇公主の作った食事を猛烈な勢いで食べていた。
「おいおい、僕たちの分も残しておいてくれてるんだろうな」
「あっ、檜さん楡さん!お疲れ様です!こちらにどうぞ!」
鉄扇公主の隣に座る沙胡蝶の反対側の空席に、この食事処のナンバーワンとナンバーツーの店員だと言う、檜と楡という源氏名の青年達が鉄扇公主に会釈をした後に座った。この店唯一のVIP席に店内の他のテーブル客の羨ましそうな視線が注がれていく。
普通、この手の店では店員が食事などあり得ないのだが、ここの店は平日お昼のランチタイムのみ、VIP席限定で店員達と食事が出来るサービスがあった。もちろん特別料金が発生するので利用出来る客は、めったにいなかったが。
「すみません、お客様に食事を提供するはずが逆にお客様に作らせてしまうなんて……」
明るい金色の長髪を緩く三つ編みにし、それを右肩に垂らしている檜と名乗る青年が、心底申し訳ないという表情で鉄扇公主に頭を下げた。さっきまで舞台で踊っていた檜は、一昔前の武人を装った橙色の着物をまとったままだった。
「本当に折角さっちゃんが尋ねてきたというのに、料理人が手を怪我してしまうなんて……。本当にとても助かりました。翠さん、ありがとうございました」
銀色の長髪をきっちりと三つ編みし、檜とは逆の左肩に流すように垂らした楡と名乗る青年が、眉を下げて
申し訳無さそうにしながら礼を言う。こちらも舞台衣装の青緑色の着物をまとっていた。
「いえ、少しでもお役に立てたのなら良かったわ。でもこんな家庭料理で良かったのかしら?お店で出すお料理なのに……」
「ご謙遜を!こんな美味しい料理は僕達初めて食べました!」
「そうです、僕らずっと親無しで……こんな美味しいご飯を食べられて本当に嬉しかったです。良かったら、レシピを教えてもらえませんか?きちんと謝礼はしますから」
鉄扇公主は彼らの語る境遇が嘘だろうと思っていたし、レシビを教えてほしいと言っているのも世辞だろうと思っていた。だが、それでもいいとも思っていた。だから……。
「ええ、いいわよ。お金はいらないわ」
鉄扇公主は笑顔で了承しながら、ここに来るまでのことを思い返した。
……あの時、三蔵法師が鉄扇公主を外食に誘った後、彼はおもむろに胸元を探り、白い小さな紙を取り出してみせた。なんでも、彼が流砂河を目指しての旅の途中で旅費を稼ごうと思い立ち、ある町で出会った男に紹介された食堂に行ったときに偶然知り合ったのだという。彼らは三蔵法師が一人で旅をしているのを心配し、一緒に暮らそうと誘ってくれたとのことだった。
三蔵法師がそれを断ると、彼らは別れ際に、この紙をくれたという。彼らは自分達もこことは違う形式の食堂をしているから、是非一度食べにきてほしいと言っていたという。
「彼らは少しだけ、魔法が使えるんですって。でね、この紙を外に飛ばすと迎えの馬車が来てくれるんですって!」
鉄扇公主は目をキラキラさせて興奮した様子で話す三蔵法師が微笑ましくて、思わず三蔵法師のツルツルの頭を撫でたくなるのをグッと堪えて外食の誘いを了承しつつ、その紙を見て、内心考える。三蔵法師が持たされた紙は小さくて白くて、人型を型取ったものだった。それが意味するのは、この紙は式神だということだ。勿論、普通の人間でも式神が使える人間がいないわけではないが、そんなのは極々一部の者だけだ。そんな一部の者が果たして偶然会うなんてことが本当にあるのだろうか?
鉄扇公主は三蔵法師の知り合いとなって式神を持たせた彼らも自分と同じように、普通の人間ではないのだろうと考え、この無垢な少年である三蔵法師の身を案じた。何故なら詳しくその時の状況を聞けば、どうやら
最初に町で職を求める三蔵法師に職を斡旋した男は、賭場を食堂と偽っていたことが鉄扇公主にはわかったからだった。
その時に金を取られてはいなかったようだが、きっと無垢な三蔵法師と知り合ったという者達は、後で彼から金をだまし取ろうと考えて、これを渡したに違いない。こんなに純粋な少年をたぶらかそうなんて、私が許さないわ!と鉄扇公主は強く思った。
「あ、そう言えば、そこは本名を名乗ってはいけないそうなんです。だから私のことは、さっちゃんと呼んでくださいね」
「まぁ!本名を名乗らないなんて、何とも胡散臭いですわ……失礼。変わった食堂ですのね。わかりましたわ。では私のことは翠とお呼びくださいね」
本名を名乗れない食堂なんて怪しすぎる!これは絶対に油断してはならないわ。私がこの子を守らなければ!……と三蔵法師を誘拐したことをすっかり棚に上げた鉄扇公主は、母性本能前回で彼と一緒に迎えの馬車に乗った。そうして馬車に揺られて向かった先は歓楽街の中で、一番大きなホストクラブだった。看板には五宝貝と書かれていた。
※ホストクラブに行ったことがないので、実際のものとは違うと思われますが、ご了承ください。




