13、孫悟空、海の王の謀略を暴く
※前回に続き、暴力表現があります。苦手な方や不快に思われる方は引き返してください。
震え上がる四海竜王達の前で、孫悟空の分身達はさらに数を増やし、百を超える頃には奥歯がガタガタと音を立て、気絶寸前の恐怖に陥れられた。
「俺が調べた話と随分違うが、一体何が忙しかったんだ?息子達も娘達も、そしてお前も色恋に溺れきっていて、いつも政を放り出してると俺の分身達が裏を取ってきているのだが、どう言い訳してくれるんだ?」
孫悟空は筋斗雲に乗れるので、普段から玄奘の命で遠出の遣いによく行っていた。それこそ釈迦如来と観音菩薩の間を往復したり、いくつもの国を反復横跳び並の動きで駆けずり回り、情報を集めるなんて事もよくやらされていたため、面倒な二度手間になることを嫌っていた。
よって自分が盗みを働いたと言い出した東海竜王と、沙胡蝶をお遣いに出した海の王の言葉の真偽を計るため、出来るだけ沢山の分身を作り、それぞれに内情をよく調べるように言いつけた。孫悟空本体が東海竜王を殴っている間、分身達は海の王の治める国のほぼ全ての者達に話を聞いて回っていた。
海の世界は四海竜王が4つの国を治めている。海の国は当然海底にあるため、人間達の言葉で言うのなら、全員が人外……妖怪である。人間が一人もいないからか、海の中は概ね平和だ。国が荒れることもなければ、海底故、天候にも左右されず、どの国も穏やかな国だった。
政を疎かにしても誰も文句を言わないので、四海竜王達も普段はのんびりと思い思いに生活を楽しんでいる。宝を集める者、詩を詠むことを楽しむ者、酒造りに没頭する者、そして色恋に溺れる者。沙胡蝶の父の竜王は、その色恋に溺れる者だった。
分身達は沙胡蝶の母親のことも調べた。沙胡蝶の母は遠い東の国の人間だったこと。嵐で船が難破し、海に投げ出された所を海の王に助けられたのが、きっかけで恋仲となり、直ぐに身ごもったこと。が、恋多き海の王はたった一度の逢瀬で人間の妻に直ぐに飽きて、離宮の外れに追いやったこと。泳ぎが下手で足のある人間だった彼女は後宮で疎外されていたこと。それで陸に戻りたがっていたが海の王が許可しなかったこと。
竜宮から海面に出るのには、ただの人間には無理だったこと。母親は海の魔女の世話を受けて、沙胡蝶を産んだが亡くなってしまったこと。恋に生きる海の王は父性愛が薄く、ハーレムの妻達も足のある沙胡蝶を育てようとするものは誰もいなかったこと。沙胡蝶を育てたのは、足が8本ある海の魔女や烏賊族達といった、尾を持たず足を多く持つ者達だったこと。特に海の魔女が沙胡蝶を自分の娘のように溺愛していたこと。
次に沙胡蝶の身分や待遇について調べた。沙胡蝶は海の国の王の末子に間違いはないが、離宮の外れから出ることは許されていなかったこと。なのに充分な物資は渡されていなかったこと。後宮の外れの離宮で育ったため、海の魔女を始め、周りは数人の足のある女性しかいなかったこと。
父親である海の王は沙胡蝶が産まれた直後に一瞬だけ顔を見に来ただけで、それ以後、親子の触れあいどころか、一切の接触を禁じたこと。王族の宴でさえ出席を禁じ、何かの式典で王族の全員参加が必要な時は、会場の片隅に追いやっていたこと。他の竜王達も、沙胡蝶のおかれている状況を知りつつも、何も口出ししなかったこと。後宮の他の妻達や他の異母兄弟姉妹達との接触も禁じていたこと。よって沙胡蝶の容姿を知るものは、ほんの数人しかいないこと。
そしてそして……父性愛が薄いどころか、この下衆は……。孫悟空は海の王の襟首を掴んで持ち上げた。
「何が出来損ないだって?人間の母親から産まれているんだ!足があって何が悪い?お前の気まぐれで、この世に生を受けた沙胡蝶に何の責がある?出来損ないは、お前だろう?親という立場にありながら、その義務を果たすどころか!」
ドッゴォォォォォォォン!……と派手な音を立て、竜宮の柱にめり込む勢いで殴りつけた孫悟空は、海の王を睨めつけた。
「お前の腹心の部下の鮫野郎達から全て聞いたぞ!赤子の沙胡蝶を見て、人間と竜のハーフの味が知りたいと、沙胡蝶が大人になったら秘密裏に襲う算段だったなんて、どんな親だよ!!」
三海竜王達は目を見開いて驚愕した。まさかそんな鬼畜な邪念を抱いていたなんて……と。甥の海の王は気を失ったが、後を追いかけた孫悟空に蹴飛ばされて、無理矢理起こされている。その恐ろしい様子に皆固唾を飲んで静観するしか出来なかった。沙胡蝶とは赤の他人のはずの孫悟空が、どうしてこうも激しく怒るのか?東海竜王が震える声で声を掛ける。
「あ、あの、斉天大聖様!さ、沙胡蝶は、もしやあなたと褥を共にする間柄なのでしょうか?」
「褥?同じ布団には寝ていないが、確かにあいつは俺の懐に入れて、俺の腕の中で眠らせてやったぞ」
あの時は、一応誘拐犯疑惑のあった沙悟浄に子どもを預けるなどという選択は考えられなかったし、魔力を感じる沙胡蝶の頭を調べる必要もあったから、孫悟空は沙胡蝶を自ら膝に乗せて寝かせたのだ。孫悟空は彼らが沙胡蝶とは肉体関係を伴う付き合いなのかと匂わせていることに気づかないまま首を縦に振り、それを認めるような発言をし、ふと思ったことをつぶやいた。
「そういや、誰かを抱きしめて眠るのは沙胡蝶が初めてだったなぁ」
陸の悪魔が、そう独り言をつぶやくのを三海竜王達は耳聡く聞いて激しく動揺した。
何てことだ!ガキ大将が、そのまま仙人になったような孫悟空が、だ!今まで女の「お」の字も感じさせない、興味を示さなかった陸の悪魔が、思わず褥を供にしてしまうほどの美姫だったとは!!足のある者への偏見により、ろくに沙胡蝶を見ようとしなかった自分達を悔いかけた三海竜王達はギロッ!と音が聞こえてきそうな孫悟空の睨みに、慌てて一瞬沸き起こりそうになった邪な感情を消去した。
触らぬ孫悟空に祟りなしだ!……とブルリと震え上がった後、孫悟空の庇護下に置かれてしまった沙胡蝶には、今後も関わり合いにならないでおこうと心に深く刻みこむ。
「取りあえず分身ども!その下衆の極みの頭の先から尾びれの先までの鱗、逆鱗以外全部剥がしてしまえ!竜の鱗は人間界では高く売れるからな。沙胡蝶の旅費に父親のお前が身を削れ!……何、鱗はまた生える。今まで何もしてやらなかった子どもへのわずかながらの罪滅ぼしの一片にちょうどいいだろう?後、お前の体に術をちょっくらかけてやる。何、そんな悪いもんじゃない!ちょっと5000年ほど、雄の象徴がその役割をしないだけさ!」
「ギャァァァァアッァァァァアァァァ!!!」
孫悟空の分身達に取り囲まれて、姿の見えなくなった甥っ子の叫び声だけが響き渡り、三海竜王達が恐怖で下の粗相をしてしまいそうなほどの処罰を宣告し、実行中の陸の悪魔がニタァと笑って三海竜王達を振り返る。
「お前らも鱗を剥いでやろうか?何、嫌だと?可愛い甥っ子の子どもが、東海のおっさんの我が儘で人間界に行っているっていうのに何も褒美も駄賃もやらない気か?……そうだ!人間界は何かと物騒だ!お前らが大事にしている宝の金の冠と金の鎧と金の靴を沙胡蝶に渡してやるから、それをよこしな!」
「ヒエェェェェェ!!!」
三海竜王達は、泡を吹いて気絶してしまった。