105、愛らしい子
「あの、私はそのような事をした覚えがないのですが?」
沙胡蝶は4才位の小さな体で、ウンウンと唸り声を上げながら当時の記憶を思い出そうとするのだが、どう頑張ってみても思い出せなかった。
「きっと皆さんの思い違いでしょう!」
可愛くきっぱりと言い切る沙胡蝶に、皆は生温かい目で静かに首を左右に振る。彼らは孫悟空の調査報告を聞いている。沙胡蝶が実年齢で3、4才のころに、離宮の庭で竜宮の大臣達との世間話という形で、沙胡蝶は、その妙案を大臣達に語ったのだろうことは、沙胡蝶以外の者達にはすでに周知された事実だったからだ。
「それにしても、このように愛らしい姿とはのう。あの男の唯一の善き仕事といえるかのう」
沙胡蝶の頭を撫でる太上老君に、そういえば……と檜と楡は抗議した。
「そうだった!老君!さっちゃんがこんなに小さく愛らしい姿になったのは、あの瓢箪のせいなんです!」
「あの悪趣味な仕掛けは、もう止めて下さいね!もうちょっとで僕らは大事な友達を赤ん坊にしてしまうところだったんですから!」
「それにそれに……!”春香天女の舞”なんて、幻の銘酒を試練の瓢箪に使うなんて、もったいないことも止めてくださいね!」
「はて?”春香天女の舞”だと?……確か、瓢箪に入れたのは、ただの安酒で……試練に失敗したら、”さるのこしかけ酒”になるかもしれないものに、そんな銘酒を瓢箪になどは入……」
太上老君は、首をひねり髭を撫でながら反論しようとして……孫悟空の視線に気づいた。
「ホッホッホッ!そうじゃったそうじゃった!つい、うっかり銘酒を入れてしまったんじゃった!いや~、あれは実にもったいないことをしたわい!ホッホッホッ」
「もう~!老君ったら、うっかりがすぎますよ!」
「いや~、ホッホッホッ!」
和やかな雰囲気に包まれた店内だったが、沙胡蝶は孫悟空の腕から抜けると、おもむろにその場で草履を脱ぎ床に正座し、地に頭をすりつけ、太上老君に礼をした。
「太上老君様!お察しの通り、私は本物の”三蔵法師”ではありません!これはここにいる三蔵様ご一行の厚意から、なされた成り代わりなのです!ですから罪は私にあります!処罰もどうか私のみにお願いいたします」
「さっちゃん!?」
「沙胡蝶!」
「沙胡蝶様!」
「沙胡蝶殿!」
皆が沙胡蝶を立たせようとしたが、沙胡蝶は頑として正座を崩そうとはしなかった。太上老君は満面の笑みの表情で目が見えなくなるほど笑った。
「ホッホッホッ!愉快愉快!ホッホッホッ!」
「太上老君様?」
「ホッホッホッ!面白い”三蔵法師”だのう!……ここにいるのは、太上老君が認める”三蔵法師”じゃ!だからな、おぬしは、そのままでいなさい」
太上老君は店内の皆を順繰りに見回してから、視線を沙胡蝶で止めた。