101、悟空、八戒に詰め寄られる
気絶から目が覚めた八戒が起き上がると、すでに時間は正午を過ぎていて、玄奘と沙悟浄は読経をしていて、孫悟空は荷物の整理をしていた。八戒が沙胡蝶の姿を探していることに気づいた孫悟空は、あそこだと結界の端に作られた簡易型のテントを指し示した。沙胡蝶はテントの中で、蜘蛛の眷属達にいくつかの衣装合わせをさせられているということだった。
何でも水簾洞で出会った蜘蛛の婆様と呼ばれる化生は、今までごつくて、いかつい男の化生ばかりを相手に、強くて丈夫な衣装作りに明け暮れていたが、本当は可愛い服を作ることに密かに憧れていたらしい。そこへ蜘蛛の体を少しも怖がらない沙胡蝶が、自分の作ったかわいい服を喜んで着てくれた。そのことがすごく嬉しくて、また可愛く着こなしてくれた沙胡蝶の着る、ありとあらゆる服を一生作りたいと専属デザイナーに名乗りあげたらしい。沙胡蝶は気安くそれを了承し、お礼の言葉と共に自分の父親の鱗5枚を前払いすると言って気前よく蜘蛛の婆様に渡した。そして自分の一生の衣装係になってくれるのならと、頭の真珠を外し、本当の姿を見せて、この姿の自分にも似合うモノをお願いしますと頭を下げて頼んだという。
難病の薬になる竜王の鱗をまるまる5枚ももらっただけでも、地上界にいる自分の眷属を余裕で千年間、全て助けられるほどの大量の薬をくれたと大喜びだった蜘蛛の婆様は沙胡蝶の真実の姿に仰天していたとの孫悟空の話に八戒は、孫悟空も沙胡蝶の真実の姿を知っているのだと確信し、また八戒がそれに気がついているのを踏まえて、この話をしているだろうことに気がついた。かわいい男の子の服だけでも嬉しかったのに生まれて初めて女の子の服が作れるなんて……と蜘蛛の婆様は感激したのだと孫悟空は話を続けだしたからだ。
天女よりもさらに美しい少女の一生分の衣装を手がけることが出来ると知った蜘蛛の婆様は、まるで夢を見ているようだと思ったらしい。それに沙胡蝶が、自分の着物ドレスを着てありがとう、とすぐにお礼を言ってくれたことに胸が熱くなったという。自分の渾身の作品をとても可愛く着こなしてくれていた。専属デザイナーになりたいと頼むと醜い自分の姿を忌避することもなく、蜘蛛の妖怪の自分を信用して、真実の姿まで見せてくれて、真実の姿の着物ドレス姿は、さらに可愛らしかった。
その姿のまま、さらに誠実に頭を下げて、これからお世話をかけますが、末永くどうぞよろしくお願いしますとまで言ってくれたのだ。専属デザイナーになりたいと声をかけたのは蜘蛛の婆様なのに……。蜘蛛の婆様は、沙胡蝶に感激し涙を流した。そして一生分の服を作る衣装係だけでは飽き足らず、沙胡蝶が孫悟空と筋斗雲で飛び立った後で、本人の了解を得ずに沙胡蝶を自分と自分の眷属達の主と定め、一族総出で沙胡蝶の衣装係兼護衛になると婆様は決めたらしい。林の中で小さな蜘蛛にその報告を受けていた孫悟空は八戒にそう説明をした。そう淡々と話す兄貴分に八戒は、グイッと距離をつめた。
「え?陸を沈めるほどの魔力のある海の魔女の真珠に、海に愛された証の鱗3枚に”東海竜王の竜牙”にに、”鉄扇公主の翡翠”に”玉面公主の石榴石”に、”太上老君の神使の式神”に、地上界の蜘蛛達の配下……って、沙胡蝶様は、どこの最終兵器○○なの?世○末救世主伝説なの?○○ウオッチなの?○○○○マスターなの?それとも新たな世界の創造主なの?天使過ぎる天女なの?どんだけ最強な女神様なの?世界征服を狙う可愛すぎる魔王様なの?……ねぇ、誤魔化さないで本当のことを言ってほしいんだけど、悟空の兄貴さ。沙胡蝶様の本当の姿が兄貴には見えているんじゃないの?本当は沙胡蝶様の体は小さくなっていないよね?なんで幼く見せてるか、訳があるの?……ってか、沙胡蝶様の本当の姿が最初からわかっていたの?」
「……多分、今のお前と同じに見えていると思う」
八戒は悟空の襟元をグッと掴んで言った。
「いっ、いつから見えてたの?」
「瓢箪の中で真珠をあいつが外して、俺にかぶせたときからかな」
孫悟空は仙術の天才である。一度、目の前で解かれた術など仕掛けがわかれば、もう通用することは二度とない。もちろん真珠が今、周りの者達すべてに、”沙胡蝶は、4才位の男の子の姿”だと思わせている姿だって見ることが出来ているが、その姿と本来の可愛い女の子姿の両方を同時に見ることが出来ていると悟空は語った。そして沙胡蝶の姿が小さくなった真珠とのやり取りの話を語れば、途端に八戒は顔が真っ赤になった。
「あ、あの美少女に、お……男の……アレを見せつけただって!?な、なんて背徳的な!やっぱり官吏さん、犯人はこいつです、じゃないか!ってか、兄貴!沙胡蝶様の裸体ガン見!?何て羨まし……ムニャムニャ、何てけしからんことを!と、とにかく!なんで女の子ってことを黙ってたの!?」
「ああ、沙胡蝶と約束したからな。それに俺は、今度こそ約束を守って、あいつを守り切らねばならないからな」
「今度こそ?」
「いや、こっちの話さ。……とにかく、このことはお師匠さんと沙悟浄には内緒だからな?」
「わ、わかってるさ!兄貴に言われなくたって!!」
いくら”三蔵法師”にふさわしくとも、女人ではまずいのだ。だって”三蔵法師”は人間で男性の僧侶だと世間には広まっているのだから。それに旅の同行だって、男四人に女一人では体裁が悪い。沙胡蝶の身持ちが疑われるようなことは避けねばならないので、玄奘だって、どれだけ沙胡蝶に肩入れしていようが旅の仲間には出来ないだろう。沙悟浄は……あの河童は沙胡蝶ならどんな姿でも受け入れそうだが、女人とわかったら、今まで通りの対応が出来なくなりそうで周りにバレてしまいそうなので、黙っておくのがよいだろう。
二人は言葉を交わさずにそこまでのことを以心伝心した。八戒は魔眼があったときのように、長い前髪をまた以前のように前に垂らして自分の目を隠した。訝しむような悟空に、ばつが悪そうに八戒は言った。
「まともに正視してたら出血死してしまいそうだからね。これも自衛さ。前と一緒だから違和感はゼロだろう?」
八戒の大きな折れた耳が赤くなってピコピコ動いている。悟空が白い歯をむき出して笑うのを、恨めしそうに八戒は見た。
「では真珠に守られてるお姫様の説得といこうか」