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9、玄奘、髪はなくとも、怒髪天を衝くほどの怒り

沙胡蝶が攫われてしまった直後の流砂河の河原での様子です。


 たった今まで目の前にいた沙胡蝶さんが忽然(こつぜん)と姿を消した。沙胡蝶さんが持っていた食器だけが足下の玉砂利の上に落とされていた。


 女の声が聞こえたとき、私を守るように孫悟空と猪八戒が私を背にかばい、新たに私の供になった沙悟浄も私をかばった。誰も沙胡蝶を守らなかった。そう、私も……私も自身を守ろうとした。だって声はハッキリと()()()()と言ったから……。まさか沙胡蝶さんが私と間違えられるなんて、私も私の供となっている妖怪達も夢にも思わなかったのだ。


 私の僧侶としての名は玄奘であるが、釈迦如来の命で天竺に行き、三蔵の経典を賜る旅をすることになった私は自国を出るときに謁見した帝から、新たに”玄奘三蔵”の名を与えられた。”三蔵”とは天竺の言葉で書かれた経典を自国の言葉に訳し、書を作る役割を持つ者を指し、私の信仰する宗教家の中で、かなりの高位の役職を意味する名前であった。


 まだまだ若輩の自分が三蔵法師と名乗るのは恐れ多いと、いつも玄奘と名乗ってしまっていた弊害が、ここにきて最悪の事態をまねいてしまうとは!私は自分の浅慮に吐き気がした。沙胡蝶さんは私の代わりに攫われてしまったのだ。


 悟空が沙胡蝶さんのいた場所を睨み付け口の端を歪めて、にやりと笑うが目は笑っていない。


「ほう、この仙術の天才をたばかってくれるたぁ、いい度胸じゃないか?どこのどいつだ、俺に喧嘩売った奴は!?」


 長い前髪で表情は読めない八戒は、首を静かに数回左右上下に動かした。


「この麝香(じゃこう)の香りは、かなり質のよい一級品だね、上等の女の匂いだ。でも少し埃っぽいし、酒の匂いがまじってる?沙悟浄、ここら辺で女妖怪は棲んでいるのか?」


 八戒は普段は間延びした口調で話すが怒ると口調が変わる。沙悟浄は無言で火の始末を大急ぎでしていたが、八戒の問いに動きが止まる。


「この流砂河は拙者が仕切っているため、川妖怪は手を出さないはずだ。近くには色々な小動物の化生はいるが、こんな大それた悪さは働かないだろう。あぁ、沙胡蝶殿は今頃恐怖に怯えているに違いない!早く助けなくては!……そうだなぁ、力が合って三蔵法師に関する馬鹿な噂話を信じそうな女妖怪とくれば、拙者が思い当たるのは、牛魔王の妾の玉面(ぎょくめん)公主(こうしゅ)くらいだな。本妻の鉄扇(てっせん)公主(こうしゅ)は確か理性的な淑女だったし……」

「げっ!あの(むじな)くさい女かよ!!」

「!?悟空の兄者の知り合いですか?」

「よしてくれよ!あんなのと知り合いなんてごめんだね!昔の仲良かった(ダチ)の愛人の女だが、あの女、俺にまで色目つかってくるんだぜ!!昔から金や権力とか大好きな女だったし、不老不死なんて馬鹿な噂を信じるくらいに頭も軽そうだったからな!相手がわかったし、今から行ってきて、とっちめてきてやる!というわけで行ってきます、おししょ……さん?」


 3人の弟子の会話を聞きながら、私は自身の浅慮を呪い、目を閉じていた。どうして人は他者の物を欲しがり、無理矢理奪うのだろう……。3人の視線が、私に集まる。私の憤怒の表情に息を飲んでいるようだ。私の手にする食器は見事に形を変え、握る拳からは血が滴っているようだが構わない。


「ひぇ~!お師匠様ぁ~、その目、宗教家じゃなく、暗殺者ですからぁ~、おさえてぇ~、おさえてぇ~!!」


 私を見るなり冷静になったのか、間延び口調が戻った八戒に私はいつの間にか羽交い締めにされていた。


「玄奘様!殺生はなりません!」


 ひん曲がった鉄箸を取り上げて放り投げた沙悟浄が、落ち着くようにと水を持ってくるが、今はそんな場合ではないだろうと言いたい!


「あ~あ、人間のくせに何、人外(じんがい)級の馬鹿力だしてるんですか!?取りあえずは、まだ大丈夫ですよ!だって、あの頭の(まじな)いをつけたままのあの子が殺されたら(のろ)いで、この大陸、海に沈みますからね!」


 孫悟空が呑気に大丈夫だというが、何の根拠があってそんなことを言……え?なんだって?呪い?


「「「それを早く言えーーーーーー!!!」」」


 朝日が昇りきり、明るくなった流砂河に男達の叫び声が響き渡った。


本妻の名前出てきました。

ただ、まだ真犯人と思われていません。

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