馬鹿なブタは只のブタ
大きくなったフェンの上に乗って移動していたら遠くに荷物を乗せた馬車が見える。
ん?
馬車の周りで魔物と戦っているようだ。
あっ、誰か魔物の攻撃を受けて膝をついたぞ。
「…お兄ちゃん、あれ」
「あぁ、フェン、あの馬車を襲っている魔物を倒せるか?」
「可能だ。だが、お主らを戦闘に巻き込むわけにはいかないからここで下ろして行くぞ。」
「あぁ、大丈夫だ」
フェンから下りると馬車の方へ行った。
リンが少し不安そうに俺の服を握っている。
「フェンが行ったから大丈夫だよ。少し落ち着いてからフェンの所へ行こうか」
「ううん。大丈夫だよ、行こう」
リンの手を握ると、強く握り返してきた。
やっぱりこの後馬車で見る光景に不安を感じているのかな?
馬車に近づいて行くと多数の魔物と女性が倒れていた。
その光景を見てリンが目を少し逸らしていると何か怒声が聞こえてきた。
戦いは終わってるようだが、何だ?
「どこか行けっ!おい!奴隷ども、あの魔獣からワシと荷物を守れ!」
行商人らしき丸く太ったちょび髭な男性が身なりの悪くやせ細っている背の高い青年と小学生くらいの男の子と女の子に命令していた。
青年は剣を片手に持ち、子供達はナイフを持ってフェンと対峙しているが、手足が震えて腰が引いている。
「早くしろ!この役立たず供が!」
グルルルルゥ
「ひっ、た、助けてくれ!誰でもいいからワシを助けてくれっ!」
フェンが唸り声をあげると行商人は尻餅をついて股間のあたりを濡らしていた。
子供達が互いに抱き合って身を寄せ合っていると青年が子供達を守るように前に立って剣を構えている。
フェン、脅したらダメじゃないか…穏便に済ませたいのに。
「大丈夫ですか?」
「危ないぞ!そこの少年!魔獣が近くにいるから早く逃げろ!」
「!?何を行ってる!奴隷はワシを守っておればいいんだ!…!?ヒッ…おい、そこの小僧。そこの魔獣を倒せ!金ならやるぞ!」
「…あぁ、あの…大丈夫ですよ。フェンは俺達の仲間ですし、あなた達に危害を加えたりしません。ですので、落ち着いて下さい。あと、武器を下ろしてくださると助かります。私の妹が怖がっておりますので」
リンはフェンに抱きついて傷はないかさすったりした後、フェンに隠れて行商人達を見ている。
フェンに対して武器を向けているのが怖いらしい。
青年がリンを見ると、フェンに対して危険性がないと思ったのか武器を下ろした。
後ろの子供達も武器を下ろして青年の足にしがみつき隠れている。
「!?誰が武器を下せと言った!ワシはそこの魔獣を倒せと言ったのだぞ!早く倒してワシを安心させろ!」
混乱して敵か味方かも分かってないようだ。
「おい!我を魔獣!魔獣!などと言いおって。殺すぞ人間」
フェンが唸りながら言うと全員が驚いたように一歩後ずさった。
「フェンは魔獣ではなく神獣です。それともう一度言いますが、フェンは私達の仲間です。あなた達に危害を加えることはありません」
全員が俺とフェンを何度も見て少しの沈黙があった。
「この度は助けて頂いてありがとうございます。このご恩は決して忘れません。私の名はグレイス・マルデイユと言います」
グレイスと言う青年が片膝ついて頭を下げて礼を言うと後ろの子供達も続けて頭を下げて礼を言った。
男の子はコール・マルデイユ、女の子はマティ・マルデイユと言うらしい。
「あぁ、俺はミナト・ミヤウチって言うんだ。で、こっちが妹のリン。で、神獣のフェンだ」
「リンです…怪我大丈夫?」
「フェンだ。二度と魔獣と言うではないぞ人間」
挨拶を一通り話して怪我をしている青年にリンがヒールを使ったりしていると、奥で唖然として固まっていたおっさんがハッとして話しかけてきた。
「ワシは行商人のワルード・ダルインだ。おい、小僧。そこの魔じゅ…!神獣はお前のか?それにそこの子供は回復魔法も使えるのか?お前は何か出来るのか?…」
などといきなり一方的に話しかけてくる。
急に言われても聞き取れないって。
「落ち着いて下さい。フェンは私と契約しています。リンは回復魔法を使えます。俺は鑑定しか使えません」
そう言うと少し考え込むように顎に手を当ててちょいちょいリンを見ている。
「…!おい、お前らワシの奴隷になれ!一人さっきの戦いで死んだので補充をしないといけないんだ。なんならそこの女だけでも良い!今はまだ幼いが、将来は美人になるぞ!そうなれば…ブヒヒッ」
何を言ってるんだ?
奴隷になれ?
それもリンだけでいいだと?!
ブチッ
「…おい。そこのブタ。なんて言った?ブヒブヒ言ってないで人の言葉で話せよ」
「…?!ブ…ブタ!!ワシのことを言っているのか!ワシを誰だと…!!?」
ドガッ!
「人の話聞こえてるのか?それとも分からないのか?おい、聞いてるんだよ」
「聞こえとるし分かっとるわ!お前ワシを殴りおったな!親にも殴られたことがないの…ブヒッ」
「聞こえて分かってんだったら俺の質問に答えろよ。それに、そんなお約束要らないんだよ」
「また、殴りおったな!それにお約束って…ブヒッ」
「俺の言葉分かってないじゃん。ならこんな飾りの耳なんて要らないな」
「イタタタッ…離せ、ち、千切れる!…お前の連れの女を奴隷として買うと言っているんだ…ブヒヒーン」
「おい!…ドガッ!…リンは俺の妹だ!…ドゴッ!…俺の家族を奴隷にするだ?!…ドゴンッ!…調子に乗んなよ!…ドキャッ!…リンに手を出すなら…お前を殺すからな!!!」
「…ワシを誰だと思っている!ダルイン家の長男の…ブヒッ」
「誰だって構わないんだよ!おい!今からやる事をよく覚えとけよ!今からお前の耳を千切る!その痛みをずっと背負っておけ!」
「俺の家族に手を出したらどうなるか忘れないようにな!!!」
ブチッブチッ
「ブギャーーー!!いっ、痛い…み、耳がー…ワシの耳がー!!」
ドガッ
「うるせー!リンに汚ねぇ声を聞かせてんじゃねぇよ!」
「…ブッ…ブヒッ…」
「二度と俺達に関わるな!分かったな!?」
…コ…クコク
そのまま行商人は白目になり気絶した。
振り返って見てみるとフェンがリンの目を隠して守っている。
ナイス、フェン!
グレイスやコール、マティは怯えて震えている。
コールやマティに関しては今にも泣き出しそうだ。
「…フェン、行こう。リン、大丈夫かい?もう終わったから行こうか」
「…うん。お兄ちゃん大丈夫?血が付いてるけど痛くない?」
「あぁ、俺の血じゃないから大丈夫だよ」
「ミナト殿、リン殿、フェン様、この度は恩を仇で返すような形になってしまい申し訳ない」
振り返ってみるとグレイスが頭を下げいた。
「あぁ、あんた達が頭を下げる必要はない。あいつが悪いだけだ…あんた達もあんなやつの奴隷とか気の毒だな」
「…それは仕方ないことだから諦めている…奴隷だからな…せめて俺から礼をさせて欲しい!あんたの服の血を落とさせてくれ!」
「…早くここから離れたいんだ。だから気持ちだけでいいよ」
「待ってくれ!生活魔法を使えばすぐだから」
生活魔法か、少し興味あるからお願いするか。
それに汚いままだとリンに触れないからな。
「手短に頼む」
「あぁ!では行くぞ。クリーン」
クリーンと言うと俺の服や身体に付いていた血が水に染み込んでとれていた。
けど、濡れて寒いな。
「では次に身体を温めます。ヒートエアー」
ヒートエアーと言うと暖かい風が吹いて濡れていた服と身体が乾いた。
すごいな生活魔法!
こんな一瞬で汚れが落ちるとは思わなかった。
「ありがとう。助かったよ」
「いえ、この度は助けて頂いてありがとうございました」
フェンの上に俺とリンが乗るとグレイス達が頭を下げていた。
「…仲間を一人助けてやれなくてすまなかった」
「…いえ、仕方ありません。あの怪我ではヒールでも治すことは無理だったでしょう…妻の代わりに今後子供達を守っていきます」
妻…!?
グレイス結婚していたのか!?
若く見えるが、年取ってるのかな?
「そうか。グレイス、今何歳だ?」
「…?…二十ですが?」
若いな、子供達が見た目五、六歳くらいだから十代半ばで結婚しているんだ。
この世界ではそれが普通なのか?
「そうか。いや何でもないんだ。それじゃあ行くよ。グレイス達も元気でな」
「はい。ミナト殿達もお元気で」
一通り話した後、フェンに乗った俺達は街が見える所まで来た。
「お兄ちゃん。ありがとう。私の為に怒ってくれて」
「あぁ。リンを傷つけるやつは俺とフェンで守るから大丈夫だよ。それよりもグレイスの奥さんに関して深く考えこまないないようにな。あれは俺達に治せなかった…俺達が出来る範囲で後悔しないように立ち振る舞えばいいんだよ。今回は見逃したら後悔すると思ったし、後味も悪くなると思ったから助けたけど、もし俺達にも被害が及びそうなら俺はリンとフェンを優先させるつもりだよ」
「そうだぞ、リン。人間の出来ることなどたかが知れておる。出来ることをやれば良い」
「…うん。分かった!ありがとう、お兄ちゃん、フェン!」
そうこう話していると街に入る門の近くまで来た。