お話はカフェテリアで
今日はまりちゃんと2人でカフェテリアに来た。私はコーヒー、まりちゃんはミルクティーを飲みながら窓の外を眺める。
「先輩、なんだか元気ないですね、どうしたんですか?何かありました?」
昨日のメイド喫茶のバイトのせいで全く元気のない私を見て、まりちゃんが聞いた。
「いや、別に…。何もないよ…」
「明らかに元気ない答え方ですよね、先輩?本当に何かあったんですか?」
「大丈夫大丈夫、なんでもないから」
アッシュのやつ、スマホに何重もロックかけやがって。私の写真を消そうとしなかったから無理やり奪って削除してやろうと思ったのに。
「まりちゃん、読書の方はどう?進んでる?」
あかりがそう聞くと、まりちゃんは首をすくめて申し訳なさそうに、えっと、と切り出した。
「そ、その、読もうとしたんですよ。昨日の夜、勉強の後に読もうとしたんですけど…。寝ちゃったんですよ、ね。寝ないように頑張ったんですけど、睡魔には勝てなくて…」
「へえ、まりちゃんでもそうゆうことあるんだ〜」
なぜか頭をさげるまりちゃん。
「ご、ごめんなさい。せっかく先輩がオススメしてくださったのに…」
「ううん、いいの。だって本を読むペースなんて人それぞれだし。眠かったら無理しないで寝てね」
「は、はい!やっぱり藤沢先輩って優しいですね…」
目がくりくりしてて、子犬みたいで可愛いまりちゃんをこんな間近で見られるとはなんて幸せなんだろう。
「普通でしょ。こーんなに可愛い後輩に優しくしないなんてありえないよ」
そう言って頭を撫でてやるとまりちゃんはやっと笑ってくれた。
今日は急遽、出動要請が入ってしまったので、午後の授業は休むことになっている。"Bloom Stream"の狙撃手として、だ。どうやら東京湾に面する港に外国船とみられる大型の貨物船が、違法で碇を下ろしているという情報を、アッシュが手に入れたのだそう。万が一のことも考えて警察が取り締まる場面を監視せよとの命令だ。外国人なら拳銃も携帯している場合が多いし、大型船となれば全員もそれなりに多いはずだから、戦闘になった場合は警察では牽制できないかもしれない。相手の戦力がわからない以上、警戒はしたほうがいいとの判断だそうだ。
「あら、偶然ですわ。藤沢さんでもこんなところにいらっしゃるんですのね」
この声と口調は、柴田瞳だ。
「あなたこそ、こんなに人が多くて暑苦しいところに来るなんて珍しいですね。本当に、偶然だ」
「ここは、暑苦しいですけれど皆さんが席を空けてくださるので退屈しませんのよ」
辺りを見渡すと、他の人は柴田と私の会話を怯えた目で見ている。ああ、そうか。こいつは嫌がらせで有名だから、皆、関わらないほうがいいと考えて近づかないのか。30席ほどあるはずの広いテリアに、さっきまでは座るテーブルがないほど満員だったのに、今では離れたところに2組の3年生がぽつんと座っているだけ。校舎が丘の上にあるおかげで窓から街じゅうをミニチュアのように観察できると話題のカウンター席にも、私とまりちゃんと柴田しか座っていない。
「私、これで失礼しますね。まりちゃんも行こ」
「まあ、そんな釣れないこと言わないでくれるかしら。私はほんのちょっとあなたにお話しをしたいと思っていただけですわ」
席を立つ私の手首を、校則違反だが隙間なくネイルした長い爪がかする。こういうところを風紀委員がしっかり見ないとダメじゃん、鬱陶しい。今にでも爪を剥いでやりたいという衝動をなんとか堪えて、でも堪えきれなくてその指の主を睨みつける。
「……話って何?それ、今じゃなきゃダメ?」
「あらあら、怖い顔してしまって。そんなに怯えなくても私はあなたをいじめたりなんかしませんわよ?」
「今じゃなくていいなら、帰らせてもらう。私も柴田さんとお話ししたいのは山々なんだけど、生憎、予定があって」
銃を構えるという大事な予定がね。少なくとも柴田との話にかける時間なんて1秒も持ってられないんだよ。
「……あら、そうでしたの。引き止めてごめんなさいね。では、またの機会に話せることを楽しみにしていますわ」
残念そうな演技をして言う柴田。
そういえば今日はコバンザメたちがいない。確か名前は、愛菜と里菜といったっけ。いつもならどんどん挟んでくる嫌味がないと思ったら、あいつらはどこへ行ったんだろう。
まあ私には関係ないしそもそも興味もないけれど。
さて、一度家に帰ってから待ち合わせの時刻に合わせるには、20分後にここを出て電車に乗らなければ。そろそろ支度を始めよう。
「まりちゃん、また明日ね」
「はい、先輩!ええと、柴田先輩も、私はこれで失礼します!」
初めて会った性格の悪い女にもきちんと挨拶をするまりちゃんは立派である。見習いたいところだ。
それを言ったら、心の中でこうやって柴田の悪口を言う私も、性格が悪いというのかもしれないが。