甘いクリームはいかがですか?
「ああ、" 怜 "な。あれだよ、邪魔者」
捕まえた犯人、どうやら私を狙っていたみたいなのだが、そいつを連れてきて事情をきくためブルストの本部にいる。私はその間、彼について何か知っているかを本部に残っていたメンバーの皆に聞くことにした。なんと本人は犯人の連行が終わった途端にどこかへ行方をくらましてしまった。事情を聞かれるのが嫌だからって逃げ足だけは速い奴だ。明日図書館が開いてたら突き詰めてやる。
かつて同じ戦場で戦ったことのある大剣使い、カリーから返ってきた答えが先のそれだった。
カリーはカレーが好きだからという理由で付けられた名前で、あかりも彼が本部の食堂でカレー大盛りを平らげるところを何度も見たことがある。
ちなみにあかりの「クリスティ」は、大好きなアガサ・クリスティからとった。
「邪魔者?」
確かに変で不思議な人だけど、邪魔とはどういうことだろうか。味方じゃないのか?
「いやあ、無駄に強くてさ、どんな武器もすぐ使いこなしちまうんだよ。ふらっと来て、全員ぶっ倒してそのままふらっと帰っちゃうんだとさ。俺らの仕事を全部持って行っちまうから、邪魔者」
「なにそれ、本当に邪魔だね」
身長2m、体重150kgはあるんじゃないかと思われる巨体を揺らして不思議そうに首をかしげるカリーを見てなんか可愛いなとか考えていると、彼は笑って言った。
「なんで怜のこと聞いて回ってるんだ、クリスティ。お前、あいつと知り合いか?」
そのいかつい顔とデカい体だが性格はいいカリーの笑顔は、やはり怖い。もう少し笑い方勉強したほうがいいと思う。
怜は図書館司書だしさっき話したばかりだし、知り合いといえば知り合いなのだが、これは言ってはいけない気がすると直感で理解。
「いや、噂を聞いただけ、ありがとカリー」
「そうか。あいつについてなら、あまり調べないほうがいいぞ、危険な匂いがする」
危険な匂い。
以前カリーが同じように言った港近くの倉庫跡は、麻薬を密輸し売りさばく奴らの拠点になっていた。
これは信じたほうがいいかもしれない。
というか、なんであんなに強いやつが図書館司書なんてしてるんだろうか。
興味と疑問が次々湧いてきてカリーの言う通りにできそうにない。ブルストのデータベースに何か情報はないだろうか。
そう思ってPCルームに30分居座った結果、出てきた情報は、
[検索結果 : 0件]
何もない。
メンバー記録にも隠れメンバー記録にも指名手配リストにも犯罪者リストにも逮捕履歴にも載っていない。
私が今持っている情報は" 怜 "という名前と、男という性別と、図書館司書という職業だけ。全て検索したが、ヒットはなし。これ以上調べる手がかりがない。
怜が偽名を使っている可能性もある。
男じゃないという可能性もある。
図書館司書という仕事も偽物である可能性だってある。
情報屋を雇ってもいいが、そこまでしたらカリーのような他のメンバーに怪しまれる。
さて、本人に聞いたら答えてもらえるだろうか。
無理無理、絶対ありえない。
あかりはため息をついてパソコンからUSBメモリを抜く。
「クリスピー、どうかした?」
「ひっ!」
いきなり話しかけられて、とっさに反応できなかった。
「あっはは、やっぱり反応が面白いねえ、クリスピーたんは。それで、何調べてたの?」
真横で画面を覗き見る少女。クリスティをお菓子の名前で呼ぶこの子は同い年の高校2年で、珍しい女子メンバーの情報担当で、友達。
ピアリークラントアッシュ、略してピアリー、もしくはアッシュだ。ちなみに私はアッシュと呼んでいる。
この長すぎる名前をつけた本人は、「正式なメンバー名書かなきゃいけない大事な書類のときめんどくさいんだよねー」と言っている。なら最初からこんな名前を考えなきゃいいのにと皆がこぼしている。
「ねえクリスピー、なんでPCルームにいるの?」
「私はいちゃいけないの?」
「珍しいじゃん、いっつも貰った資料を丸暗記してくるクリスピーたんが資料見直してるなんて」
まずい、アッシュに画面を見られたか?!
急いで前を向くと、ちゃんと履歴まで消してある。よかった。
「なに調べてたの?気になる〜!」
そう言って手を伸ばし、カチャカチャ音を立ててパソコンをいじるアッシュ。1秒もかからずにさっき消したばかりのはずの履歴がずらっと出てきた。
「え?!ちょ、ちょっと!」
「忘れたのか、親友よ。私こそが、PCルームの守護者ピアリー様だぜっ!」
そうだ。このピアリークラントアッシュ(長いっ!)とは自称ホワイトハッカー、パソコンいじりの達人なのだ。
彼女は引きこもりでずっとパソコンをいじるところからネットの広告をきっかけにハッキングにハマっていた。しかし、あるとき犯罪はだめだと思い直し、凶悪なハッカーの邪魔をする偽善者まがいのことをやり始めたところ目をつけられてメンバーになったと聞いている。
「えっと、それはわかったけど、いつからここの守護者になったっけ」
「そうだね、今」
いや、守護者(管理者)という存在は本来、クリックひとつで履歴を見られるはずだから、もちろん彼女の言葉は嘘だ。まあ、私が持ち込んだデータ保存用のUSBには、パソコンに接続するだけでそこに他者が介入できない、つまりハッキングされないような仕掛けがついているため管理者でも見ることはできないはず、なのだが。
これならUSBを抜かなければよかった。
しかし、見られてしまったものはしょうがない。正直に話すか…。
「怜?誰それ。聞いたことないけど?」
すっかり椅子まで占領して画面をスクロールするアッシュは、全てをチェックしてそう呟いた。
「え?アッシュでも知らないの?!」
「うん、見たことも聞いたことも話したこともないぜ」
「そ、そうなんだ。えっと、この人は……」
「親友よ、いつの間に彼氏なんて…。わしは悲しいぞ。あ、それとも彼女か?」
「どっちでもないよっ!それと『彼女』ってどゆことだよっ!あんたの中で私どうゆう設定?!」
相変わらずアッシュと話すとすごい疲れる…。しかし、自称PCの守護者アッシュでも名前を聞いたことがないとは。実際に戦線に出ている人しか知らないのか?
「あっ、そうだっ!」
「ど、どうした?!」
「アッシュがいるじゃん!」
「アッシュはここだよ?!」
「そうじゃなくてっ!」
そこでクリスティは立ち上がり、息をいっぱい吸って、
「情報屋のアッシュにお願い、怜について調べて欲しいの」
と頭を下げた。
実はアッシュは情報担当で戦線を支えていながら、そのパソコンいじり技術を使って情報屋としての仕事でも金を稼いでいるそう。カリーもたまに依頼するという信頼度の高い情報屋だ。
この親友なら怪しむことなく調べてくれるんじゃないか。
「ほう、私に任せると高くつくぜ?」
アッシュは椅子に座ったまま足を組むと、手を差し出した。
「お金は結果が出てからなんとかする!」
その手を握ってがっちりと握手する。
アッシュは他のいい加減な情報屋と違って守秘義務はちゃんと果たしてくれる。それに何より、情報で金をもらうプライドがあるのか、ガセネタは売らない、調べた結果何も出てこなかった場合は手数料としてほんの少しのお金だけしか受け取らない、などのポリシーがある。たくさん見つかった場合でも、その情報をどこまで受け取ったかで請求するお金を変えているという、欲しい情報だけを受け取って、その分だけ払えばいいという何ともリーズナブルな情報屋のはずである。
「じゃ、やってみたいバイトあんだけど、一緒にやんない?」
唐突に、彼女はそんなことを口にした。
「バイト?アッシュ、ちゃんと稼いでるんだからお金には困ってないでしょ、なんで?」
「調べるのにもっとお金かかるんだよ、今ある小遣いじゃ足りない。一緒にバイトしてくれたら請求は免除するぜ、どうだ?」
うう、魅力的…。しかし、前に同じような理由でバイトに付き合ったら、まさかの高校の最寄駅のカフェで、バイトの制服姿をまりちゃん他柴田軍団含むクラスメイトにたくさん見られ、後悔したのだ。
「今回のバイトは駅前じゃないからさ。一緒だからいいじゃーん、カフェのエプロン姿も、似合ってたぜっ」
アッシュはクリスティの心を見透かしたように、言った。からかっているようで本気で言っているようで、最後のセリフのところでウィンクするあたり、やっぱり迷うクリスティを見て面白がっている。
「分かった。じゃあ、やる。情報料免除っていう条件、忘れないでよ」
「うぃーっす、交渉成立っ!情報屋のプライドをお忘れですかな、クリスピーどの!」
「はあ……。忘れてない。信用してるよ、ピアリークラントアッシュ」
そうして2人は拳を合わせたのだった。
*
次の日からもう店でバイトすることになった2人は指定の制服に着替えたのだが、
「ちょっと!なんでこんな格好なのっ!高校の駅前じゃないとしてもこれはないでしょっ!」
「あれれ、お気に召さなかったかな?いやあ、メイド服姿のクリスピーたんやばかわいいっ!天使だっ!女神だっ!」
バイト先とは秋葉原、本格的なメイド喫茶なのだった。
メイド服というのは店によって違うのだが、この店のはリボンやフリルがたくさんついたすごく可愛らしいもの。
「いいねいいねー!照れる顔も超絶かわいいよ、クリスピーたん!はいこっち、次こっち向いて!いいね、それじゃあこのまま一回転、くるりーん!」
アッシュこと、本名 真島優香は、あかりが着替えるなりスマホを取り出して、パシャパシャと様々な角度から写真を取り出したのだった。時々シャシャシャッ、と聞こえるのは連写してる証だ。
「私で遊ぶな!!撮った写真全部消せっ!騙しやがってこの嘘つき女!あとこっちじゃその名前で呼ぶなっ!」
「え、騙したつもりないよ?私は『今回のバイトは駅前じゃないからさ』って言っただけだぜ?写真は後で消すよ、あかりん!」
「うぐ…」
ひどい話だ……。
さっさとスマホをしまってロッカールームからでた優香は笑顔をさらに明るくして店に出て行った。私も慌ててついていく。
「ほらほらあかりん、開店するからご挨拶して!お帰りなさいませ、ご主人様〜!」
まさかアッシュがこんな趣味だったとは…。
私としてはなんで初対面の人に、ご主人様〜とか言わなきゃいけないんだと思っていたのだが。
「お、おかえりなさいませ……ご主人さま……」
優香に肘で小突かれて慌てて声に出す。
うっわ、恥ずっ!顔真っ赤だよ…。なんで優香はこんな楽しそうなんだこのやろー。
それを見た先輩が頭のカチューシャを揺らして駆け寄ってきた。
「あら!ゆーかちゃん声出てるねー!もしかして経験者?!」
「いえ、初めてです!」
「そうなの、これからよろしくね!あかりちゃんも頑張って!」
最後に私の方を見た先輩の目から殺気を感じたのは気のせいかな。