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なんでもない、いつも通りの日常。

いきなりだが、図書館とは皆が本を読んだり、貸し出し・返却をするためにある。‬だから普通、学校図書館は常に開いているはずだ。いや、開いていなければならない。

この高校の新入生徒は昼休み、学校図書館に来て驚く。

そこには、ほとんど毎日「close」と書かれた札がかかっているからだ。


「え、また閉館日?運悪すぎでしょー、先週も閉まってたし」


というように、とぼとぼと帰っていくのが新入生のお決まり。2年生、3年生になるとそれが普通になり、別に驚きもしないし文句も言わなくなる。


「ほんと、ここの司書は何やってるの」


図書館の大きな扉に貼られた『体調不良のため休館します』と手書きで書かれた紙を見て、藤沢あかりはため息をついた。

先週は月〜土曜日の6日間のなか、開館していたのは水曜日の1日だけ。その前の週もたしか3日くらいしか開いていなかった。

図書館司書はたしか、メガネをかけた男だ。

真っ白なワイシャツと黒いズボン、ネクタイまでちゃんと締めてきちっと決めていた。同じく黒いジャケットを椅子の背もたれにかけ、机に本を積み上げた山の中に座って本を読みふけり、ときどきメガネを押し上げる姿はたくさんの女子が遠目に見つめるほど様になっていたのだが、本を借りる時も無口で、無愛想で、私が入学してから2年間、誰も彼の笑顔を見たことがない。中学の時の司書さんは親切な女の人で、オススメの本を教えてもらったり語り合ったり、まあまあ仲が良かったのだが、この男からはそんな雰囲気が微塵も感じられない。


あかりは誰もいなくなった廊下を歩いて教室に戻った。

ここは、とある高校。

何年か前に高校入試を全受験生で同一の試験にし、その点数順位で上から順番に高校を決めていくという超実力重視の制度が始まった。そのおかげで視野にも入れていなかったこの高校に入れたのに、本好きな私にとってこの図書館には失望した。蔵書数も机も多くて本は読みやすいけど居心地が悪すぎる。


「藤沢さん、どうかなさったの?すごく目つきが悪くなっているようだけれど」


教室の自分の席でカバンから本を出したところで話しかけられる。

顔を上げると、同じクラスの柴田瞳が上から睨んでいる。これは国会議員、柴田早織の一人娘でいわゆるお嬢様。偉そうな態度と上から目線な発言で入学初日から話題になったうちの学年の有名人だ。はっきり言って結構バカなので、親が手を回して裏口入学したんじゃないかと私を含めたみんなが疑っている。


「大丈夫かしら。怖いわ、藤沢さん」

「いつもと違うみたいですのね」


と左右で柴田をフォローするのは取り巻き。たしか親同士も柴田議員の秘書か何かで、こいつらを見るとたびたび子供は親に似るものだなと思ってしまう。


「なあに、せっかく声をかけて差し上げたのに、無視なんて寂しいわ」


悲しそうな演技で目だけ睨んだまま言う柴田に、


「そうよ、ひどいわ、藤沢さん」

「偉そうね、瞳さんを無視するなんて」


とすかさずコバンザメが同意する。コバンザメとは、大型のサメ(柴田)にくっついてそのおこぼれをもらう姿がそっくりだと思ったから勝手にそう呼んでいる。

今まで何人も柴田軍団のいじわる被害に遭っているが、今度は私か。柴田軍団に目をつけられると本が読めなくなる。

だから私は立ち上がって、


「私なんかに気を遣って下さりありがとうございます、大丈夫ですから、心配は結構です」


と笑って、棒読みで答えてあげた。

立ち上がると私の方が身長が高いので必然的にこちらが上から目線になる。だから私が座った時に狙いに来たのだろうが、こいつらが何を考えているかは常人の私にはよくわからない。


「柴田さんに上から目線なんて、調子に乗るのもほどほどにしなさい」

「せいぜい柴田さんが怒ってしまわれる前にここから消えなさい」


コバンザメどもが目を見えなくなるほど細めて睨んでくるから、笑みで返す。もちろん、外から見たら目は笑っていないだろう。


「ふふ、(わたくし)はそんなことで怒ったりなんかしませんわ。怒ったら眉間に皺が寄りますもの」


あー、こいつ自分の顔のことしか考えてないな。

今度こそは無視した。こんな自分の顔と地位のことしか考えていないような馬鹿に相手していたらきりがない。

冷血な睨みを背中に受けながら片手に本を持ち、国立の高校では珍しいほどきれいなカフェテリアに向かった。

思った通り、昼休みは本を読む人、課題を頑張って終わらせようとペンを走らせる人、ただコーヒーを飲みに来た人でいっぱいになっていた。さて、どこか座るところはないだろうか。


「藤沢先輩!ここ空きましたけど、座られますか?」

「ああ、まりちゃん」


奥の方のカウンター席で私の方に手を振るのは後輩まりちゃん。本名は夏越(なこし) 真梨菜(まりな)。ある事情で部活に入っていない私は基本後輩と接することなどないのだが、まりちゃんとはこのカフェテリアで意気投合してからずっと仲良くしてもらっている。そのまりちゃん、今しがた男子生徒が立った席を私のために確保してくれたようだ。


「いいの?私なんかが隣に座っちゃって」

「何言ってるんですか、藤沢先輩!私は藤沢先輩とお話ししたかったんですよ!」


まりちゃんは首をぶんぶん振って即否定した。


「優しいね、まりちゃんは」

「いえ、そんなことないですよ。あ、先輩がここに来たっていうことは、今日も図書室しまっていたんですか?」


普段図書室に来ないまりちゃんでも知ってるほど、この事実は有名だ。初めてまりちゃんと会った時も、図書室が閉まっていたからここに来たのだった。そう考えると図書室は新たな出会いを呼ぶ……?


「うん、そうなんだよ」


まりちゃんは私が教室から持ってきた本を見るとため息をついた。


「あー、あたしも本読んだほうがいいのかな。国語の物語文の読解がすごい苦手なんですよ」


今日の私の本は、いつものライトノベル。最近流行っている「異世界転生もの」。先日新人賞を受賞してデビューしたばかりのこの作家さんは他の作品と違って新鮮で、話の展開が早すぎず遅すぎずちょうどいい感じに進むから読んでいて楽しい。

もちろんだが、ここの図書館に私が好きなラノベは置いていない。だから、私は今持っているこれも、いつも市の図書館で借りている。


「うん、すごく役に立つよ。それにうちの図書館は蔵書数が東京都No. 1だし」

「へえ、そうなんですか……」

「私がおすすめの易しいわかりやすい本選んであげてもいいんだけど」

「いえ、そんなことは!先輩も迷惑でしょうし」


私も昔は文章の読解が苦手だったからまりちゃんの気持ちも良くわかる。


「太宰治の作品は読書初心者でも読みやすくていいわよ。ほら、中学の教科書にも『走れメロス』ってあったじゃない?」


太宰治の本を読むようになったのも、中学の時の司書さんのおかげだ。


「ふわぁ……」

「まりちゃん、ちょっと聞いてるの?」

「き、聞いてます聞いてます!えっと、なんの話でしたっけ」

「ほら、聞いてない」

「すみません、本の話とか聞いてると眠くなっちゃうんですぅ……」


まりちゃんはこういう風に、マイペースでかわいい後輩だ。


「あの、今更失礼なことを言うようですけど、先輩ってヲタクですよね」

「なっ!」


それは今私が言われたくない言葉ランキングで結構上位に入っている。まりちゃん、たまにズバッと言うなあ。


「だってそうじゃないですか。ライトノベルの新巻情報を毎週チェックする人なんてほとんどいないですよ?」

「ま、まあ、まりちゃんの中でのヲタクのイメージがそうなら、私もそうなのかも……」


そういえば、今週は私の大好きなラノベ作家、桜沢ミコト先生の新巻が発売される。絶対に買いに行かなくては。予定が被らなければサイン会だって絶対行く!


きーんこーんかーんこーん


これは授業の予鈴だ。珍しくチャイムのなるこの学校では遅刻は許されない。本鈴がなった時に席に座っていないとクラスの風紀委員に睨まれるからだ。


きーんこーんかーんこーん


つまりは、みんな予鈴がなった瞬間に教室へ向かってダッシュする。風紀委員は廊下を走る人に対しても厳しいはずなのだが、ダッシュする人が多すぎて一人一人、誰が走ったかがわからないから見逃してくれる。


「行きましょう、先輩!」

「うん、行こう」


まりちゃんも私も急いでゴミを捨ててダッシュの準備に入る。

走れっ!とにかく走れっ!

ここ、カフェテリアは2階。私の教室、2年1組は4階だ。この人混みの中を予鈴から本鈴の5分の間で抜けなければならない。


「せんぱーい!!速いですっ!も、もう、追いつけません!」


まりちゃんは思ったより運動神経が悪い。でも、1年の教室は3階だからなんとか間に合うだろう。


「ごめーん!また明日!」


教室へ戻るとみんながお疲れーと声をかけてくれた。さすがの柴田もコバンザメも委員に睨まれるのは怖いのか、おとなしく座っている。まあ、化粧を直しているところを除いて、だが。


きーんこーんかーんこーん


チャイムがなった。これが本鈴だ。


きーんこーんかーんこーん


「今日の遅刻は前崎さんと野田さんです。前崎さんは先生と話していたからともかく、野田さんは昨日と合わせて2回目です。気をつけてください」


1人、少し背の低い女子がサラサラっと名前を書き、それを冷淡に読み上げていく。彼女こそがうちのクラスの風紀委員、暮井(くれい)(すずみ)だ。中学の頃も生徒会長を務めていたらしく、今でもあだ名は"会長"。権力を振りかざす系の柴田(実際権力は持っていないが)と違い、暮井は自然とみんなが集まってくる系。みんなも馬鹿じゃないから、きっとこいつにくっついとけば何も被害を受けないだろうと直感でわかるのだ。

それがわからない柴田たちはやっぱり馬鹿だし絶対裏口入学だろ、と思う。


「では、授業を始めます。起立、礼」


暮井に睨まれて元気をなくした男子、前崎(実は学級委員)が力なく号令する。

みんな一斉に立って、一礼して、お願いしまーすと言って、座る。

つまらない1日の後半戦の始まりである。

早く帰りたい。

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