2・入学式は普通じゃない
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四月十日、今日は入学式当日である。今年度は歴代でもトップクラスの人材が集まったにもかかわらず、レイン学園の理事長リエ・オーガスタは、軽く溜め息を溢した。
「どうしたんですか、理事長」
そう声をかけたのは、赤色のツインテールが特徴的な教師の一人。イフリ・フランシアスである。
しかし、彼女は少し特殊だ。何故なら、彼女の年齢は十二。この学園にいるどの人間よりも年下なのである。
「どうしました?」
少し見つめすぎたのかもしれない。イフリは二つに括られた髪を揺らしながら、不思議そうにこちらを見ている。
「済まない。やっぱり教師には見えなくてね」
「なら出会った瞬間に、貴方こそ教師に相応しい。とか言って無理矢理教師にしたのはどなたなんでしょうね」
イフリが笑顔で問いかける。その笑顔には明らかに怒りの表情が見てとれるが、リエは構わずに続ける。
「まあなんだ。少々不安でね」
「と言いますと?」
「今年度は特殊な人材が揃いすぎている。実力だけならまだ良い、ただ素性が分からない生徒が多いのが気になるんだよ」
リエの言葉に、イフリは肩をすくめて言う。
「だからそういう生徒を、私のクラスに集めたんですか?」
「ああ、不満かな?」
「まあ。教師なんて初めてですし、いきなり問題児ばっかのクラスで担任をしろなんて言われたら、誰だって不満に思いますよ」
イフリは、その言葉の後に「でも」と付けたし言葉を続ける。
「やれるだけはやります。期待せずに待っていて下さい」
「ああ、期待している」
リエがそう言うと、イフリは「では」と溢し理事長室を出ていった。
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私立レイン学園――ルーン王国の隣に位置するサニー王国、その中で最も新しいとされる学園である。リエ・オーガスタという女性が創設したこの学園は、実力主義とされている戦闘系の高校である。
周囲が異様な空気を放つ中、琴音界樹は、鼻歌を歌いながら校門を潜っていた。
「ふふふん~♪ふんふん♪ っと、今日からやっと学校に通える。今までの道のりは長かったからな」
界樹は、今までの思い出を噛みしめ、クラス表が発表されている校庭へと向かう。
界樹はある家族の養子になった。その家族はこの学園に入る伝まで持っていたため、界樹は高校生活を送ることが出来るのである。
そして親は今日からいない。冒険者をしている親は、勇者の護衛という任務を受け、今朝、出発したばかりである。つまり妹と二人暮らしとなるのだが、どちらも料理が得意とはいえないため、夕食が本当に心配である。
クラス表は、暫く歩いた場所で見つかった。クラスは全六クラスである。一クラスにつき四十人で計二百四十もの新入生が入ってくることとなる。
「俺は、六組か」
六つあるクラスの内、六組の所に名前を発見する。何故か女性っぽい名前が多すぎる気がするが、きっと気のせいだろう。
「うーん、担任の発表はまだか」
出来れば胸がでかい女性の先生が良いのだが、ここで理想を考えていても仕方がない。界樹は理想を考えるのを止め、入学式の行われる体育館へと足を進める。
体育館の中では既に沢山の人で溢れていた。ただ、この学校の入学式には親は来てはいけないため、生徒と教師だけの空間である。
暫くすると理事長が壇上に上がり、何やら話を始めている。
「皆さん、この度は本校へのご入学おめでとう。私は理事長のリエ・オーガスタだ。……」
話は二十分程続いたが、始めの挨拶しか覚えていない。正直に言うと眠いのである。次の日が入学式にもかかわらず、夜遅くまでアニメを見ていた界樹には、入学式など地獄でしかない。
しかし、理事長が放った一言により、界樹の意識は覚醒することとなる。
「では次に、担任教師の紹介だ。一組……」
一組から順に担任の先生が発表されていく。界樹のクラスは六組なので、最後に発表される筈なのだが……
「えー六組だが。少し別の仕事があるので入学式には参加出来ない」
発表されなかった。入学式で担任の先生が分からないなど、前代未聞である。界樹はがっくりと肩を落とす。
「ではここで、皆さんの実力を試させてもらいたいと思うよ」
「「「「「えぇぇぇ!」」」」」
体育館に声が鳴り響く。生徒の気持ちも分からなくもないが、波乱の入学式など、二次元で考えれば、そんなに珍しい事でもない。そして生徒の反応を無視しながら、理事長は続ける。
「この学園では戦闘訓練をよく行う。この試験もクリア出来ない生徒に、戦闘訓練を受けさせるわけにはいかないのでね。なので、試験に落ちた方は、即刻退学ということになる」
鬼である。即刻退学とか学生涙目どころじゃ済まないのだが、それだけここの規律が厳しいということだろう。入った以上は仕方がない。界樹は真剣に理事長の話を聞くことにした。
「ではルール説明をするよ。ルールは簡単、ここにいる教師の中に、この学園の者ではない者がいる。その人を倒せば皆さんの勝ち、負ければ全員退学。制限時間は十分、ではスタート」
唐突に始まった戦闘に、周囲は状況が理解出来ていない様子である。既に教師に挑みに行っている冷静な奴もいるが、界樹はただじっと、何かを考え込んでいた。
考えること五分、皆が戦闘をしている中で、ただ一人立ち尽くす者がいる。答えは察してください。
「うーん何だったか」
「何……してるんですか」
「うあ!」
突然かけられた声に、界樹は思わず声を上げる。振り向くと、そこには、銀髪で緑色の目をしているショートカットの少女が立っていた。
「いや、アニメのことだが」
「アニメ?」
そう、ずっとアニメのことを考えていたのである。こんなシーンを、何かのアニメで見たのだが、何のアニメだったのか思い出せないでいる。アニメヲタクという称号を背負っているにも関わらず酷いありさまである。
「まあ、後で説明する」
「は……はい」
再び考え込む界樹に、少女は尚も話しかける。
「あの……試験は」
「ああ、大丈夫」
「え?」
少女の疑問に界樹が答えるも、少女は理解出来てない様子である。界樹はコホンと咳払いをし、少女に説明を始めた。
「確か理事長は勝利条件は言っていたが敗北条件は言ってないだろ? そもそもどうなったら負けなのかを言っていない。つまり十分間何もしなかったとしても、退学になることはない……多分」
「多分……ですか」
「まあ、俺の推測って結構外れるから」
界樹は自嘲気味に笑う。その瞬間、理事長の口から「そこまで」と放たれ、皆が一斉に動きを止める。
「さて、これだけ戦闘して退学したいと思う者はいますか?」
そこで手を上げる者はいなかった。やはり界樹が信じなかった通り、退学は餌で、ただ新入生の覚悟を確かめたいだけのようである。
体育館中から、「ふぅ」と溜め息が溢れる。勿論界樹も例外ではなく、その横で少女が「凄い」と呟いている。
「いや、多分俺以外も結構これに気づいてたよ」
界樹が補足するが、少女は全く聞いてないようである。異世界無双ものあるあるなので、別に問題はない。が、あまりにもテンプレ通りすぎるのと、少女から尊敬とは別の感情を感じた事が、少し違和感ではあった。
その後、入学式は無事に終わり、教室へと移動するのだった。
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「はあ、疲れた」
教室で席についた界樹は、机にぐったりと倒れ込む。別に疲れる事はしていないのだが、一時間何もしないというのは、心身共に負担がかかる。
「ねえあんた!」
隣から声が聞こえる。友達を作るのに必死なんだろう。だが怒鳴る様に声を上げては、話しかけられた人も困ってしまうだろう。界樹はその子を可哀想と思いながらも、深い眠りにつこうと……
「あんた!」
「うあ!」
耳元で突然声を声を出され、界樹はまたしても声を上げてしまう。隣を見れば、茶髪ポニーテールの少女が、界樹をじっと見つめているのが分かる。
「で、何の用?」
界樹が怪訝そうに返す。その言葉にはさっさと用を言って早く寝かせろという意味が込められていたのだが、少女は気づかなかったようである。
「あんたどういうつもり? 特別試験中に一歩も動かないだなんて」
「いや、勝たなくて良かったじゃん」
「でも理事長の言い忘れの可能性があった。その可能性も考えずにあんたは一歩も動かなかったの?」
少女の言い分は最もではあったのだが、それをわざわざ言う必要もない。それ以前に何故怒り口調なのか分からないが、とりあえず説明はして上げることにした。
「理由なら簡単だ。あの状況がどんなアニメのシーンか思い出したかったからだ」
「え?」
少女が何言っているか分からないというリアクションをしているが、界樹は続ける。
「まずあの試験は戦闘力か頭脳を測る為の試験だって予想出来たし、最悪それで退学って言われても理事長がしっかり言ってないのが悪いじゃん? ならその時に問い詰めればいいし、何よりあの状況を何かのアニメで見たんだよ。それが思い出せなく試験になんか集中出来るか!」
「黙りなさい!」
界樹の叫びは、遅れてやって来た担任、イフリ・フランシアスによって止められることになった。
どうも、うっかり書き忘れたので急いで書き足した作者の後書きコーナーです。
さて、今回は入学式、いきなり試験とか結構大胆な理事長。しかも説明を曖昧にして生徒に混乱を引き起こすとか容赦ない。ついでに理事長の年齢は45、おばさんです。後は界樹君の発言、信じなかった通りというのが気になりますねー
そして次回はイフリちゃんが界樹と……お楽しみに