1・異世界転移は理不尽だ
目の前には木々が広がり、周りには得体の知れない植物が生い茂っている。さらに、木々の奥からは危険な視線を感じ、全身が震え上がる。
「なんでこんな事になってんだ?」
琴音界樹は、数時間前の事を思い出す。
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異世界転移――地球で普通に生活していた人間が、突然異世界に召喚されるという馬鹿げた話である。
異世界転移などあり得ない。なら、界樹の前に広がる謎の城は、どう説明すれば良いのだろう。
そう、城である。界樹の周りには、クラスメイトが、同じく何が起こったのか分からないといった様子を浮かべている。
「なあ、一体何が起こっているんだ?」
声が聞こえたので後ろに振り向いてみると、クラスの委員長である堺令二が、他のクラスメイトに話しかけている。皆が唖然としている中で、すぐに行動出来るあたり、この委員長は本当に優秀である。
「皆さま、落ち着いてください」
今度は上から声が聞こえる。界樹が上を向くと、そこには界樹達と同じくらいの年齢の少女が、界樹達に向かって話しかけているのが見える。少女は高級そうなドレスを着ており、護衛と思われる人達が、周りに配置されている。
「この流れだと王女じゃないか? この人」
周りの状況を確認した界樹は、誰にも聞こえない様な声で呟いた。
異世界転移物だと、勇者召喚した後に、大体王女様が「魔王を倒して」的なことを言うのが定番である。
周りにも同じ考えの奴がいるかもと思い辺りを見回すが、王女の美貌に、男子は顔を赤くし目を背け、女子は可愛い物を見るかの様に、瞳をキラキラさせている。
実際に王女は綺麗な顔だと思う。だが、界樹は王女より綺麗な人を、三百人は知っている。顔を背けることもなければ、わざわざ目を輝かせる必要もない。
「皆様、私はルーン王国の王女、リリス・レインと申します。皆様もお気づきだと思いますが、ここは皆様の世界ではありません。皆様は、私達ルーン王国が、勇者召喚にて召喚させて頂きました。大変勝手ですが、どうか魔王を倒してくれませんか?」
明らかにテンプレな王女の演説が終了する。周りには、考え込んでいる者もいれば、何も考えずに王女を見ている者もいる。そんな中、一人の男が前に出てくる。確か木村……いや、小林だったかもしれない。
「僕は佐藤剛と申します。王女様に二つお聞きしたいことがあります」
「はい。何なりと答えましょう」
「では、まず一つ、何故僕達に魔王討伐を依頼するのでしょうか?」
小林……いや、佐藤が質問したのは至ってシンプルな質問だ。平和な世界で学生してた奴に魔王を倒せなんて、無茶にも程がある。
「はい。その答えは、あなた方にしか、魔王を倒せないからです。」
「と言いますと?」
「魔王は強大な力を有しています。それに対抗出来るのは、勇者召喚によって皆様に授けられた特殊能力しか存在しません」
ここまでの流れ通りならあるとは思っていたが、やはりチートが授けられていらしい。界樹はステータス画面でも現れるのかと思ったが、どうやらそうではないようである。能力の詳細が見たいと念じると、頭にぼんやりと詳細が浮かび上がる。
「究極A、だと……」
界樹は思わず声を上げる。究極A……如何にも強そうな名前だが、その能力の内容に界樹は苦笑した。
「皆様、確認は終わりましたか?」
「はい、確かに強力です。ではもう一つ、私達は元の世界に帰れますか?」
佐藤はまたもやテンプレ質問を重ねる。
「……はい。魔王を倒してもらえれば、その魔力を使って帰ることが出来ます」
その質問を聞いた途端、王女の顔が少し強張った気がしたが、気のせいだろう。
その後も、王女の説明は続く。勇者は全力でバックアップすること、魔力討伐の途中でも、色々な所で歓迎される事など、確かに良い条件が沢山あった。
「では、ここで皆様の魔法適性を確認させてもらいます」
「魔法適性?」
「はい。皆様がどれ程魔法が使えるか確認させてもらいます」
そんな王女の言葉によって、界樹達の魔法適性チェックが始まった。皆驚愕の数字を叩き出しており、自ずと界樹の期待も高まる。
やがて前の人のチェックも終わり、次はいよいよ界樹の番である。界樹は鑑定士に手を差し出し、魔法適性を確認してもらう。
「確認終わりました。貴方の魔法適性は、火魔法が0、水魔法が0、風魔法が0、土魔法が0、光魔法が0、闇魔法が0、……オール0です」
数値は最低だった。慌てて鑑定士が王女へと報告に向かう。暫くすると、王女が魔法の様なものを唱え、一緒で界樹の前に現れる。
「安心してください。貴方には特殊能力があります。魔法が使えなくても、それで戦ってくだされば問題ありません」
王女がそう励ましてくれたのだが……それは実際、能力が強くなければ戦えないと言っているようなものである。
「あの、俺の特殊能力、戦闘用じゃないです」
「へ?」
界樹の言葉に、王女は素っ頓狂な声を上げる。今までの態度では想像がつかないくらい間抜けな声だ。
やがて王国の重鎮と思われる人達を集め、王女が何やら話をはじめる。
「こりゃまずいかもな……」
今まで数多のライトノベル、漫画、アニメを見てきた界樹は、こういう展開を何度か目にしている。王女悪い奴でここで捨てられた自分は実はチートを……
「ないな」
界樹は暫く考え込んだ後否定した。ここは三次元である。今の王女の対応からして、元の世界となんら変わらない。
「ここは変わってると思ってたんだがなー」
暫くすると話が終わった王女が界樹の元へと帰ってくる。
「では貴方……ええと、お名前は?」
「琴音界樹です」
王女が笑顔で尋ねる。既に何度も見たそういう笑顔に、界樹はため息をは来そうな界樹だったが、次の王女の言葉で表情が変わる。
「では、界樹さん。あなたには城の研究室で魔術の研究を手伝ってもらいます。この騎士についていってください」
研究室で研究……見たこともないシナリオに、界樹の心が動く。何も変わってないと思っていた世界が、何か変わっているのかもしれない。
「わかりました」
界樹はもう一度だけ、世界を信じることにした。
騎士に連れられて界樹が向かった先には、裏門が見えた。だが裏門には用はない。界樹が曲がろうとした所で、騎士が歩みを止める。
「ここが出口だ」
「は?」
界樹の心にヒビが入る。
「だからここが出口だ。使えない奴に使う金などある筈がないだろう」
「いや、研究用スペースって……」
「王女様の命令だ。早く出ていけ!」
どうやら信じるなんて行為は意味がなかったらしい。界樹は騎士に放り出されながら、心からそう感じた。
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「あの腹黒王女め。次に会ったら覚えておけよ!」
界樹は走りながらそう叫ぶ。何故走っているかというと、後ろから魔物が界樹に襲い掛かっているからである。
やがて何とか振り切った界樹は、これ以上魔物に見つからないように木の影に身を隠す。
「はぁ、はぁ、はぁ、これじゃゆっくりアニメも見れねえ」
究極A――それが界樹のチートである。その内容は、この能力によって出てくる端末では、全ての既存のアニメとアニメのPVとアニメ映画が見ることが出来る。……それだけである。
「まずは家を探さねえと、何処か俺を養ってくれる場所があればいいんだが」
もちろん、そんな人がいるとは思わない。あの王族の鬼畜っぷりを考えれば、領民にも厳しい仕打ちをしているだろう。赤の他人を養ってくれる程裕福な家はきっとない。
「本当にどうするか」
勇者召喚などされなければ、今頃ショップ大会に参加している頃だろう。異世界でアニメが見れるのは凄く嬉しいが、魔法が使えず、一文無しで、チートで無双が出来ないのである。生きていける筈がない。
「ああ、帰りたい!」
界樹が叫ぶと、目線の先に赤く輝く何かが見えた。その光からは、どんどん輝きが失われていくが見てとれる。
「なんだ、あれ」
光が見えた場所へ行くと、そこには全身が赤く輝く人型の生物が横たわっている。その姿を例えるなら、精霊と言うのが一番正しいだろう。
その精霊(仮定)の体は、地面が見えるくらい薄く、今にも死にかけだということは、異世界転移初日の界樹でもわかった。
「……こ……う……と」
「なんだ、なんて言ってるんだ?」
精霊が何かを伝えようとしている。だが、何を伝えたいのか分からない。界樹が考えを巡らせていると、精霊の中から小さい光が飛び出てくる。
「これを……受け……取って」
「……うん」
今度ははっきりと聞き取れた。そう残した精霊は、細かい粒子となって消えていく。界樹は頷くと、精霊から出た小さい光に触れる。
光に触れた瞬間、頭の中で無数の記憶が呼び起こされる。ワクワクした時、嬉しかった時、悲しかった時、つまらなかった時
……様々な記憶が呼び起こされたが、その記憶に共通した感情、それは……
「どれも楽しい記憶じゃねぇか」
アニメとカードゲーム。界樹が心から楽しいと思えるたった二つの記憶が、界樹の頭を支配していく。
「なあ精霊、俺は一体何をすればいい? いや、問う必要ないか」
界樹が精霊の望み通りにいきるなんてことは万に一つもない。何故なら、琴音界樹という男は、どこまでもバカだからである。
――究極魔法取得――『ドロー』
この日、一人の愚者が異世界に降り立った。
さて、1話も終了しました。そして、愚者が一人誕生してしまった。一体、この主人公が何をやらかすのか、お楽しみに。
さて、次回は1年後からのスタートです。固有魔法の詳細は暫く待ってください。時がくれば分かります。