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人喰い竜と姫

作者: 八木 愛里

むかしむかし、ある国にとても美しいお姫様がいました。

お姫様は遊び相手がいなくてさびしい思いをしていました。お父さんである王様は仕事で忙しく、お母さんであるお妃様も王様を助けていたためです。

お姫様の日課はベランダから外の景色を眺めることでした。お城の外からは元気のある同じ年くらいの子どもの声、羽ばたく鳥の音、暖かい日差しを感じることができました。遠くを眺めることが日課になっていたお姫様の視力は上がっていきました。


「あれはなにかしら」


いつものようにベランダから外を眺めていると、遠くのほうで青いヘビのようなものが空に浮いています。お姫様は大きく手を振りました。青いヘビはお姫様に気づいたようで、こちらにやってきました。

近くにくると、大人の何倍の大きさのある竜でした。


「呼んだかい、孤独なお姫様」

「こどくってなあに?」

「ひとりぼっちなひとのことを言うのさ」

「わたしにピッタリなことばね」


お姫様は悲しそうに言って、決心したように話しました。


「ひとつお願いがあるの、わたしの友達になってくれない?」


竜は驚いたようでしたが、渋々うなづきました。


「変わったお姫様だな。ふつうの人なら怖がって逃げていくのに」


竜には人を焼き殺してしまうくらいの強い力がありました。人々は恐れて近づきませんでした。

それから、お姫様と竜の交流は続きました。お姫様に友達ができたと知っている人はいません。だって孤独でしたから。

あるとき、お姫様は縫い物をしていて、手に針を刺してしまいました。小さな傷でしたが、少し血がにじんでいます。

竜がお姫様の刺し傷に気づきました。


「傷、治してやろうか」

「治せるの?」

「あぁ。手を見せて」


お姫様が手を出すと、竜は大きな口を開いてお姫様の手を口に入れました。

しばらくして、竜が口を開けると、お姫様の刺し傷はきれいに治っていました。


「治った! すごい力を持っているのね」


お姫様は竜の力に驚きました。

お姫様は裁縫が苦手で、傷を作っては竜に治してもらう日々が続きました。

あるとき、お姫様は悲しそうな表情をしていました。


「どうしたんだい。治してやろうか」


お姫様は何も言わずに首を振りました。


「首が痛いのかい?」


お姫様はただ首を振ります。

竜はこらえきれずに大きな口を開きました。首の痛みだったら、口に入れて癒すことができると思ったからです。


「竜だ! お姫様に何をしている!」


護衛の人が出てきて、お姫様を竜から離しました。

お姫様は「違うの!」と否定しますが、護衛の人からはお姫様が竜に食べられそうになっているようにしか見えませんでした。

恐ろしい竜は魔術師によって剣に封印されることになりました。

数日後お姫様は隣国の王子との婚約が決って幸せに暮らしましたとさ。


* * *


「お母さんはこの話を読んでどう思ったの?」

「私?」


童話を読んでいた王妃様は末の娘から質問されて驚きました。


「この王女様はごめんなさいと謝っていたと思うわ。竜は封印されて怒っていたのではないかしら」

「そうなの?」


娘は不思議そうな顔をします。王妃様は何かを思い出すようにベランダの外を眺めました。

人喰い竜と姫の話は本で出版されて、恐ろしい竜の話として広められました。実際にお城には竜が封印された剣が展示されています。

童話に出てきたお姫様は隣国の王子と結婚して、三人の子どもに恵まれました。

後悔しているか、と聞かれたらお姫様は「後悔していない」と答えるでしょう。竜の加護があったようで、幸せに暮らしていましたから。


* * *


その数年後、王妃様の末の娘は剣の封印を解いてしまいました。


「ごめんなさい。長い間ひとりぼっちにしてしまって」


娘がいなくなったのを見て、王妃様は竜に話しかけました。

竜は王妃様の謝罪には答えずに、「封印を解くなんて、さすがお前の娘だ」と笑いました。

竜は全く怒っていませんでした。

当時、竜が口を開けたとたんに、お姫様が婚約する未来が見えていたのです。


「ごめんなさい。私、婚約することが決まって、今までどおりの友達として会えなくなってしまうの──」


お姫様の心の叫びが聞こえてきました。

竜は魔術師の封印から逃げる力がありました。ですが、抵抗せずに封印されることにしました。お姫様の幸せを考えて封印されたのです。


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