終章-2-
体を傾かせ、そしてマンションの最上階から落ちる瞬間。
温かく、柔らかい何かが俺の手を握った。
浮遊感が身を襲う。地面に足がついていない事は感覚的に分かっていた。
後少しで地面に頭を打ちつけられ、俺は死ぬのだろう。
俺は聞いてみることにした。
「なぁ」
「うん?」
聞き慣れた声が返ってきた。俺の事を【好き】だと言ってくれた声。愛おしい声。
「ごめん」
「…うん」
体を宙に舞わせて、俺は初めて気付いた。
別に、走馬灯を見なくても良かったんじゃないか、と。
俺と一緒に宙を舞っている馬鹿に、『ごめん』と一言謝って、一緒に歩めた人生があったのではないか、と。
その時、俺は笑えているんじゃないか、と。
目が見えないという苦痛があったとしても、一緒に分かち合ってくれたはずなのではないか、と。
俺は――――大馬鹿野郎なのではないか、と。
「もし、さ」
ビュウウウン、と力強い風の音が耳に入る中、小さく聞こえた声。
「生きてたら、さ」
「うん…」
そんな未来は無い、分かっているはずなのに俺は否定しなかった。
そうであって欲しい、と思ってしまった。
「愛してるって――言って欲しいな」
俺は理解した。
後もう少しで、俺は地面に打ち付けられるのだろう、と。
後もう少しで、声を発することはできなくなるのだろう、と。
後もう少しで、体を動かすことはできなくなるのだろう、と。
今更言葉に出しても遅い。俺にそれを言う資格は無い。
俺はこれから襲い来る衝撃に対し、目を瞑った。