水族館とはなんじゃ?
「優心、水族館にいかないか?」
それは朝食を食べている時に父さんがいきなり言い出した話である。
「す、水族館? なんで急に?…まあ別に行くけど。」
俺は水族館が好きなのだ。
なにより黄昏るには最適な場所だしな。
「よかった。優心もせっかくのゴールデンウイークだしさ、父さんも陽雅も今日は仕事休みだしね、母さんと田と5人でいつもは行かないような所に行こうかなと考えたんだ。」
それを聞いていた陽雅は、特に嫌な顔もせずに言った。
「俺も別に行ってもいいぞ。むしろ、たまにはそういう所に行きたい。」
「お、さすが陽雅。ノリがいいねえ。」
2人が話しているのを黙って見ていると田が俺の服のはじを軽く引っ張りながら言った。
「すいぞかんとはなんじゃ?」
「そうだな、まず漢字に書き換えるならこうだ。」
俺はそばにあったペンとチラシの余白を使って“水族館”という文字を書いて見せた。
「水族…館?なんじゃ、水の種族が経営しておる何かの館なのか?」
その発言に頭の中で変な妄想をしてしまった。
「だったらむしろ面白そうだがな。」
「水族館とは、大きさや形が様々な水槽がたくさんあって、その水槽では魚などの多様な水の生き物が飼育されているんだ。それで、その魚達を見て楽しむ場所ってところかな。」
俺が説明しようとすると、先に父さんが言った。
「ふむう。魚など見て楽しいか?」
「まあ、実際に行ってみないと想像できないだろうしな。俺的に感想を言うなら、行くと癒される場所だな。」
あの水中で優雅に泳ぐ魚達の光景はある意味いつまでも見てられそうだ。
「優心がそう言うのなら興味が出てきたぞ。」
「よし、決定だね。」
「母さん、行くの久しぶりだわぁ。」
洗い物をしていた母さんが嬉しそうに言った。
よく考えれば母さんと父さん、そして兄さんと揃って出かけるのはかなり久し振りな気がする。
それから朝食を食べ終えた俺は、出掛けるための支度を始めた。
「のお、水族館とはどこにあるのじゃ?」
「大抵は海の近くだな。今日行くのは、ここ青森県の浅虫って所にある浅虫水族館だよ。」
「ほお。」
「父さんが言うには、秋田県の男鹿市って所にある男鹿水族館って所と悩んだらしいが、無難に浅虫水族館にしたとか。」
「ふむ。どちらにせよ、楽しみじゃ!」
田のテンションはハイになりはじめていた。
「そうだな。」
「準備ができたなら行くぞ?」
父さんが覗き込む様に扉を開けて言った。
「あ、うん。」
そうして俺達は父さんが運転する車に乗り込むと、浅虫水族館へ向けて出発をした。
それから1時間半くらい車に揺られていると目的地の浅虫へ到着した。
「のお、水族館とやらはまだなのか?」
「もう浅虫だからあと少し、我慢してね。」
「うむ。」
母さんにそう言われると田は黙って外を見た。
どうでもいいが、田は車酔いとかは案外しないようだな。
「お、見えてきたぞ、あれが浅虫水族館だ。」
車を運転している父さんがそう言った。
それを聞いた田は素早く窓の外を見た。
「おお! 想像していたより大きい建物じゃ!」
田がどんな建物を想像していたのか気になる所だ。
「よおし、皆準備はいいか?」
車を駐車場へ止めた父さんはそう言うと最初に車を降りた。
「さて、いくか。」
「うむ、楽しみだ!」
田はかなり楽しみにしている様子だ。
しかし、さすがゴールデンウイークというくらいには人がいる。
俺達は真っ直ぐ施設の中へ入ると、券売機から入場券を購入した
。
「はい、これがあなた達の入場券よ。」
母さんはそう言って俺と田、兄さんに一枚ずつ入場券を渡した。
「これはなんじゃ?」
田は首をかしげて質問をした。
「これは入場券といって、この券がないと水族館へ入る事はできないのよ。」
母さんがそう言うと、田は納得したように頷いた。
「ほほう、そうじゃったのか。」
「さて、田。はしゃいで単独行動をとって、迷子とかになるなよ?」
入場する前に、言っておくことにした。
流石にこの人数で一回はぐれたら、探すのは大変だ。
「うむ、ではお主と常に一緒に行動するぞ。」
意外とさっきまでの子供らしいテンションに反して、冷静な返答がきた。
「その方が俺達がはぐれても連絡をとる手段もあるし、一人よりは不安も減るだろう。」
「うむ。」
そんなこんなで俺たちは、いよいよ水族館へと入場したのだった。
「おお! こんな風になっているのか!」
最初に待ちかまえているみ見ものといったらトンネル状になった水槽だ。そこは言わずとも入るだけで黄昏気分になる。
「やっぱり、何度来ても落ち着くな。」
俺は黙ってトンネルに入り、水槽の中を見つめた。
トンネルの上や横を優雅に泳いでいる魚達を見ていると時間を忘れそうになる。
「ここは…確かに凄いところじゃな。」
田はトンネルになった水槽に圧倒されていた。
「奥もまだまだあるぞ。」
「う、うむ。」
次の部屋に行くとそこは大きめの水槽があり、色んな種類の魚が泳いでいた。
「おお…ここもここで凄いのお。」
「久し振りに来たが、こんな感じだったけな。」
俺も俺で、どんな生き物がどこにいたかなんてほとんど覚えてい。
「それにしても水槽以外の場所がほとんど暗いせいなのか眠くなってくるぞ。」
田は目をこすりながら言った。
「まあ、見ていればそんな気分も忘れて気づけば出口にいるよ。」
「そうじゃの。」
それから奥に進むと今度は小さな水槽がいくつか並んでいた。
「な、なんじゃ…?」
田はそれをまじまじと覗いた。
「それはクラゲっていう生き物よ。」
母さんが後ろから言ってきた。
「くらげ? なんでこんなふわふわと泳いどるんじゃ?」
「ごめんね、私には分からないわ。」
田はよほど気になってるのか次々とクラゲが泳いでいる水槽を見ていった。
「光に反射して綺麗な生き物じゃな。」
「種類は違うけど、夏とかになると海水浴をする場所や漁業の妨害をする生き物としても有名かもしれないね…。」
父さんがさりげなく言った。
「なん…じゃと。」
「“全てが”っていう訳じゃないからね。」
「そうじゃよな。」
クラゲを堪能すると奥へと進んだ。
次の場所にはオットセイなどの動物がいるエリアのようだ。
「ここは…海獣館?」
田は天井にある看板を見て言った。
「海獣とはなんじゃ?」
「まあ、名前の通り海を利用して生きている動物っていえばいいのかな…。」
俺なりの説明をしたが、あまり分かっていない気がする。
「ほお…。」
そのまま進んでいくとと、田はペンギンのいる場所の前で立ち止まった。
「な、な、なんじゃ、あの可愛い生き物は!」
「ペンギンだな。」
「この世にはこんな生き物もいるんじゃな。」
「みたいだな。」
今の田はさっきの大人っぽさよりは無邪気な子供のように見える。
それからペンギンに張り付いてしまった田を引っ張る様にして俺達は次へと進んだ。
進んだ所には2階へ行くエスカレーターがあった。
「ん、優心、これはなんじゃ?」
エスカレーターに乗ろうとすると、田は何やら別に気になるものを見つけたらしい。
「これは…」
そこにあったのは神社の模型のようなものが中に入ったガチャガチャだった。
「あらあら、懐かしいわね。」
「母さんは知ってるの?」
俺が聞くと母さんは頷いた。
「これね、お金を入れて回すとおみくじが出てくるのよ。ついでに、おみくじが入ったカプセルには貝殻がはいってたわね。昔、優心にねだられてやったことがあるのよ~。」
「全然覚えていな…。」
俺は苦笑いしながら答えた。
「一回やってみたいぞ!」
「一回だけだぞ?」
「うむ!」
俺はそう言って田にお金を渡した。
「それで…どうやってやるんじゃ?」
「この硬貨をここにはめて、そのつまみを矢印の方向に回してごらん。」
「…うむ。」
ぎこちない手つきではあったが、なんとか硬貨をセットして回した。
ガチャガチャ ガラガラ
つまみを回すとカプセルがコロコロと下へ転がって取り出し口に出てきた。
「おお!」
母さんの記憶通り、カプセルの中には貝殻と神社でやるようなおみくじが入っていた。
田はそのカプセルを手に持ったまま黙って俺を見つめてきた。
「どうした…?」
「どうやってあけるんじゃ?」
「ああ。貸してみ」
俺はそのカプセルを田から受け取り、カプセルを普通に開けた。
「ほれ、おみくじと貝殻だぞ。」
「ありがとうじゃ。」
田はすぐにおみくじを開いた。
「大吉はでたか?」
「うむ。大吉じゃったぞ!」
田は喜んでおみくじを見せてきた。
「よかったじゃん。この後良いことがあればいいな。」
しかし、神様がおみくじをやっている姿は妙にシュールな気もしなくはない。
「うむ!」
それから俺達はエスカレーターに乗り、2階へと向かった。
2階へ行くと、さっきまでとの海の雰囲気から変わって、森の中のようなっていた。
「ここはなんじゃ?」
「あの看板には世界遺産白神の魚って書いてあるな。」
「世界遺産?」
田は首をかしげて聞いてきた。
「そうだな、簡単に言ってしまえば世界的に数少なく珍しいものを保護したものをそう呼ぶのかな。」
「では白神は保護された何かなのか?」
「そういう事になるな。白神は青森県の深浦っていう場所のあたりにある森林みたいな所だよ。」
「ほほう。機会があれば行ってみたいの。」
「その時がくればな。」
そうして、その世界遺産白神の魚達を見ながら奥へと進んだ。
次の場所はタッチコーナーと言って、生きたヒトデなどを触れる触れ合いの場所となのだ。
「わあ、ここにいる生き物は触っていいんじゃな!」
「ああ。ここのは触っても問題ない。」
それを聞いた田は駆け足で向かった。
「あ、こら、そのままやったら巫女装束の袖が浸水するぞ!」
俺は真っ先にあの巫女装束の袖を心配した。
「よいではないか。」
「この後困るぞ…?」
「うぅ…。」
すると兄さんが俺の肩をポンと叩いて言った。
「落ち着きたまえ弟よ。私にいい考えがある。」
「な、なんだ? ってか、それってダメなフラグじゃないのか。」
兄さんは肩に下げていたカバンの中をあさると、中から長めの白い紐が出してきた。
「ただのたすき~。」
兄さんはそう言ってたすきを持ったまま田のもとへ歩いていった。
それから田の巫女装束の袖をたくしあげる様にして、手馴れた手つきでたすきを結びあげた。どこでたすきの結び方なんて覚えたのだろうか。
それにしても、たすきで袖を結んだ巫女装束は漫画などでは見たことがあるが、本当にやっているのは初めて見た。
「うぅ~。何だか苦しいぞ。」
「…なんだ、結構そのスタイルも似合ってるぞ?」
「そ、そうかの…?」
俺が軽く誉めると、田は照れくさそうな顔をして言っていた。
「ほら、袖が水に濡れる可能性は低くなったんだし、思う存分触ってくるといいよ。」
「う、うむ!」
そうれから田は、片っ端から触れるものは触ったと言えるくらいタッチコーナーを満喫した。
「ふう、十分触って来たぞ。」
田はやりきったといった表情をした。
「満足したか?」
「うむ!」
「それじゃ、次行くか。」
この先はイルカショーを行うイルカプールがあるのだが、ゴールデンウイークの人ごみで座れそうな所はなく、スルーして進むことにした。
イルカプールの奥は、いるか館と言う場所になっている。
そこは円柱状の大きな水槽が1つあって、2階からはイルカが水中から飛び跳ねたりするのを間近で見ることができる。さらに、同館内にある階段で一階へ行くと水中を泳いでいるイルカを見ることもできる。
「むう、人が少なければ“いるかしょー”とやらが見れたのにのお。」
田はイルカショーが余程見たかったのか、凄く残念そうにしていた。
「まあまあ、そう言うなって。今いるここでもイルカを見ることぐらいはできるから。」
俺は慰めるように言った。
「本当か…?」
「ほれ、見てみ。」
田は手すりにつかまりながら水槽の中心を覗いた。すると、同時に勢いよくイルカが飛び跳ねてきた。
「うわっ」
そしてその勢いと共に軽く水が、田にかかった。
「…うぅ。」
「あらあら。」
母さんがすかさず小さなタオルをカバンから出して、田の顔や濡れた巫女装束の部分を拭いた。
「濡れるとは聞いてないぞ。」
「いや、なんかすまん……。」
俺は苦笑いしながら謝った。
「むう、別にいいのじゃが。」
「そうだ、気を取りなおして下に行って、水中のイルカを覗いてみるか?」
「ここから下に行けるのか?」
「ああ。」
俺は階段の方向を指差しながら言った。
それから皆で階段を降りていくと、そこには水中を覗く窓とベンチがあった。多分、水中を覗きながら休憩ができる様になっているのだろう。
「ほほう。水中から覗くイルカとやらもなかなか良いものじゃな。」
田は、水槽の窓に張りつくようにして覗いた。
「それにしても水中を泳ぐ姿は優雅なものだと思うよ。」
俺はそう言ってから田の隣で水槽を覗いた。
水槽の中では2匹のイルカがくるくると泳いだり、水槽のからジャンプしたりとそれを何度も繰り返していた。
「うむ、次に行こうではないか。」
田はそう言うと順路に従って歩き出した。
しかし、ここの水族館はこのイルカ館が最後で一周したことになる。だから順路通り進むとお土産やらを売っている店に出るのだ。
「もう、見るものはこれが最後だよ。」
「なぬ! もう終わりなのか…?」
「このまま進めばお店になってるから、見るだけでもいこうじゃないか。」
父さんがそう言った。
「うむ。」
それから最後にお土産を売っている店へと進んだ。
店に着くと父さんと母さんは2人でクッキーなどお菓子を見に行った。兄さんは意外とファンシーにイルカの置物などを見ている。
「それにしても人の数がすごいな…。」
店は広くないのに、ひどく混雑していて押しつぶされそうだった。
田は俺と手を繋いで黙ってついてきていた。
「なにか欲しいものとかないか?」
「と言われても、何があるのかさっぱりじゃ。」
「それもそうか。」
俺は黙って周りを見てみた。
するとぬいぐるみの置いてある棚を見つけたので、そこへ向かって歩いた。
「ほら、こういうのは興味あるか?」
俺は館内で田が一番高評価していたペンギンのぬいぐるみを手にとって渡した。
「お、おおっ。か、可愛いぞ!」
田それをギュッと握りしめてはなさなかった。
「まだお金払ってないから、そのまま店を出るなよ?」
「む、そんなことはしないぞ。」
買うものも決まった様だし、会計をする場所に向かうか……。
会計を並ぶ列では既に母さんが並んでいるのが見えた。
「母さん、これもついでに頼んでいい?」
俺はそう言って、田が握りしめているペンギンのぬいぐるみを指差した。
「ええ、構わないわよ。」
母さんがそう言うと、田は笑顔でそのぬいぐるみを渡した。
「ふう、酷い人ごみだったな。」
会計が無事に終わると駐車場へ向けてすぐに外へと出た。
「はい、田ちゃん。」
車へ向かう際、母さんは田にペンギンのぬいぐるみを渡した。
「ありがとうじゃ。」
田は、そのぬいぐるみをギュッと抱きしめて歩いていた。
こういう田の姿は正直に可愛いと思う。
「田は水族館どうだった?」
父さんが唐突に質問した。
「人ごみは酷かったが、十分に楽しめたぞ。」
田は笑顔でそう返答した。
「ならよかった。」
父さんは達成感を得たように笑って言った。
それから車へたどり着くと、お昼ご飯を食べる場所を探しながら家の方へ向かうことになった。
それにしても、水族館にいたのは長い様であっという間の時間に感じられる。
また、こんな時が来ればいいなとひっそりと心の底で願う俺がいた。