妾も夜桜に連れて行くのだ!
さて、明日からはいよいよゴールデンウィーク。
今年の4月はイレギュラーが多いためか、あっという間に過ぎた感じがする。
学校での帰りのショートホームルームが終わるなり、俺は飛び出すように学校を出た。
自転車屋小屋へ行くと人影は見当たらない。たぶん最初に一番に学校を出たのだろう。
自転車の鍵を外すと素早く乗り、それなりの速度でこいで家へと向かった。
さて、どうしてこんなにも急いで家へ向かっているのかと言う話となる。
今日は俺の大親友である高松佳太と二人で夜桜を見に行く約束をしているからだ。
夜桜は電車に乗り、弘前市にある弘前公園へ見に行くことになっている。その電車は4時半頃なのだ。
学校が終わってから家へ向かい、そこから着替えたりして待ち合わせ場所の駅に到着する頃にはギリギリの時間となるだろう。
都会とは違いその電車を逃すと、さらに一時間近くは待つことになる。
ちなみに青森県では、4月中旬から下旬の辺りが桜の見頃となっていて、この時期の県内はあちこちで桜祭りを開催しているのだ。
そうこうしているうちに家に到着していた。
手早く自転車のスタンドを立てると、駆け込むように部屋へ向かい、急いで制服から出掛けるための私服に着替えはじめた。
「そんな慌ててどこかへ行くのか?」
俺の慌ただしく着替えている様子を見て、田が質問してきた。
「前に言ったチャーハンの味付けを教えてくれた親友と一緒に少し離れた街に桜を見に行ってくるんだよ。」
「桜!?」
田は羨ましそうな顔をして言ってきた。
「あ、ああ。」
「妾も連れて行ってほしいぞ!」
まあ、言うとは思っていた…。
今回は久しぶり会う相手でもあるため、二人だけ男臭いトークをしながら桜でも見ようかと話をしていたのだ。
だからギリギリまで田には言っていなかった。
「そう言われてもなあ、二人で行く前提で考えてたから、いきなりだと佳太に申し訳ないしなあ…。」
今回ばかりはリアルに諦めてもらうことにした。
「むう、そこをどうにかできないかの?」
話をしているうちに時間が迫ってきている。
「悪い、今回はお留守番な!」
俺はそう言って朝のうちに準備をしていた荷物を持って部屋を飛び出した。
「あ、待つのじゃー!」
夜桜を堪能した帰りは、佳太のお母さんが車で家へ送ってくれるそうなので、家を出てからは走って駅へと向かった。
「すまん、待たせたな。」
俺が駅へ着いた時にはすでに佳太がいた。
「問題ない。切符買って待機してようか。」
「そうだな。」
電車が来る予定時間まで約10分くらいの余裕を持つことができた。
「弘前までの切符下さい。」
「あいよ。」
この駅で切符を買う時は券売機などではなく、ホームへ行く手前にある窓口で買う。
ついでに朝9時までと、夜6時からは窓口が閉まっているので、切符は電車の中で買う事となる。
さらにホームへ移動するのに機械を通す必要がなく…と言うより機械など存在しなく、普通のスライド式扉が一枚あるだけだ。
切符を買い終えた俺達はホーム入口前にある椅子に座り待つことにした。
「なあ、一つだけ質問いいか?」
椅子に座って直ぐに佳太は質問してきた。
「なんだ?」
「さっきから駅の入口でこっちを覗いている巫女さんに心当たりはないか?」
佳太にそう言われた俺は錆びたロボットのようにゆっくりと首を動かして駅の入口を見た。
「……心当たりしかない。」
「そ、そうか。」
佳太は苦笑いしながら言った。
仕方ないと思い、田にこっちに来るように手招きをひた。田はそれを見て喜んだように駆けつけてきた。
「この人がお主の言う親友か?」
田は来るなり佳太について質問してきた。
「ああ。紹介しよう、俺の大親友の高松佳太だ。」
「優心、この巫女さんとの関係は…?」
俺は親友の佳太にだけは明かしておくことにした。
彼なら信頼できるし、なにより口の固い。
「言っても信じてはもらえんとは思うが、こいつは豊作の神様であるウカノミタマ様で、ちょっと理由があって俺の家に居候している。今はは田って呼んでる。」
「2年生早々になんだか大変だな。」
佳太は嘘か本当かは問うことなどなく話を進めた。
「はは、本当にな。でも、こういうイレギュラーは楽しいからい別にいいかな。」
なんやかんやで、田がいる暮らしは嫌いじゃなかった。
「そうだな。」
「よし、妾も行く!」
俺と佳太が盛り上がっていると田が弘前行きの切符を掲げて言ってきた。
どうやらさっき買っていたの見ていたのだろう。学習能力は優れているな。
「どっからそのお金が…?」
「ちょくちょくお主の兄から“お小遣い”をいただいていたのじゃ。ほれ」
すると田は小銭入れの蓋を明けて見せてきた。
中は結構な数の500円玉と諭吉さんの顔が2人分ほど見えた。
ぱっと見では、俺の今の所持金の3倍程は持っていそうだ。
「どうする?」
俺は予定外な事になってしまい、申し訳ないという気持ちがこみ上げてきた。
「別に一人増えたくらい、誤差の範囲だろ。俺は気にしないぜ。」
「やったー!」
佳太のその言葉を聞くと田は1人で喜んだ。
「なんか申し訳ないな。」
「気にするな。それより、そろそろ電車が来るようだな。」
佳太は腕時計をみて言った。
それから俺達は小さなホームへと出ると、電車が来るのを立ってまった。
「何が来るのじゃ?」
田はそう言って首を傾げた。
「電車っていう乗り物をだよ。」
「でんしゃ?」
「そう。さっきお前や俺達が買ったこの切符で乗ることができるんだよ。」
俺はそう言いながらさっき買った切符を田に見せた。
「お、来たみたいだ。」
佳太がそう言うと近くの踏切の音が聞こえて、すぐに姿を現した。
「おお!」
田はハイテンションになりながらもその電車を見つめた。
プシュー
しかし、電車は到着したものの扉は開かない。
「…あれ?」
俺は思わず声を出してしまい佳太と顔を合わせた。
すると後ろからクスクスと笑いながら同じくこれから乗車するのだと思う他校の女子が近づいてた。彼女は電車の扉の横に付いている赤いボタンを押した。
ガーー
すると扉は何事もなく開いた。
俺も佳太も電車なんてめったに利用しないため、ここの駅では電車の扉を手動で開けなければならない事など知らない。
「…乗るか。」
俺は仕切り直すように言った。
「そ、そうだな。」
「う、うむ。」
電車の中は思ったほど人がいなかったため、入ってすぐ近くの席に座った。
「ふう、ここまではなんとか無事だな。」
佳太が安心したように微笑んで言った。
「そうだな。」
俺はそう返事をしてから肩の力を抜いた。
「そういえばお主らはどうして親友と呼べるくらい仲がよいのじゃ?」
田が唐突に質問してきた。
「いきなりだな。」
俺は苦笑いしながら言った。
「まあ、いいじゃないか。」
「そうだな。じゃあ教えてやろう。」
「ぜひ!」
田は嬉しそうな顔をした。
「俺と佳太との出会いは中学一年の時だな。あの時はここまで仲良くなるとは思わなかったよ。」
「はは、そうだな。最初に暇だった俺が、河童公園で行われる夜宮に優心を誘った辺りが親友としての距離が近くなった頃だろうな。」
「そうかもな。その後も一緒にバーベキューしたり、山行ったりとアウトドアな事もしたなあ。」
「はは、そんな事もしたな。」
俺達が盛り上がっているのを見て田は言った。
「本当に仲が良いのじゃな。」
それからも目的地の弘前市まで一緒にやっているネットゲームの話やお互いの学校の話、田とのエピソードなどを話して語り合った。
「ん~っ、ここが弘前じゃな。最初に乗ってきた場所より全然大きい所じゃのお!」
電車が到着すると田はいち早くホームへ出て背伸びをした。
ここ、弘前駅は最初に乗ってきた田舎の木造駅とは断然違って充実している。
「ああ。人が込む前に早く行こうぜ。」
「うむ。」
「その前に一つ提案がある。」
改札口へ進もうとすると佳太が言ってきた。
「なんだ?」
「改札口を通る時は俺が先導して進む。その次に田で、最後に優心だ。田は改札口を通るときに、切符を俺の真似をして機械に入れるんだ。」
佳太は田が改札口を通れるかを気にしてくれていたようだ。
「が、がってん。」
それから俺はドキドキしながら改札口へと向かった。
だが、田は見た目によらず物覚えが良いためか特に問題なく通過できた。
これで一安心だ。
「おお!お主の学校がある街とはまた違う感じに大きい建物が多いのお!」
駅を出てすぐの景色に田は驚いて見ていた。
「さて、公園までどうする?」
俺は辺りを見て、桜祭り期間限定の送迎バスを見つけた。
「ま、歩くだろ。」
佳太は迷わず即答した。
「よし、んじゃ行くか。」
それからは急ぎ足で公園へ向かって歩き出した。
田は置いて行かれないようにと小走りで後をついて来ている。
「この辺りにも色々な店があるんじゃな。」
「そうだな。俺もこの辺はあんまり歩かないから詳しくは分からんけどな。」
実際にこうして弘前の街中を歩くのは佳太と遊びに来たときくらいだ。家族とでは車でだいたいスルーしてしまうしな。
「お、見えてきたな。」
あれから15分ほど歩くと弘前公園を囲む桜が見えてきた。
「結構、人いるなあ。」
遠目からでも人が混雑しているのが確認できる。
「あれが弘前公園か。入口がまるでお城みたいじゃの。」
田はあの入口の作りをまじまじと眺めながら言った。
「お城みたいじゃなくて、ちゃんとお城があるんだよ。」
俺はすぐにツッコミを入れた。
「なぬ!」
「この弘前公園はな、ここ弘前市の中心部に位置する公園なんだ。広さは約14万9000坪もあるそうだ。そんで、その敷地はもともと、藩政時代に弘前藩が10万石を治めたとされる津軽家代々の居城であった、弘前城が基になっているんだとさ。」
佳太がスマホを眺めながら説明した。
「ほお、説明感謝するぞ。」
そうも話をしていると公園の入口に到着した。
ここは東門のある入口のようだ。
「入るか。」
「うむ。」
「おう。」
一歩中へ入ると桜はいい感じに満開だった。
「のお、お主は花より団子か?」
桜に見とれていると田が屋台を指差して聞いてきた。
「…何言っている、そんなの選べる訳ないだろ。俺は花も団子もだ。」
俺は誇らしく答えた。
「ふふ、お主らしいの。」
田は微笑して受け流した。
「さて、とりあえず屋台を拝見しながら一周しようか。」
佳太はそう言いながら俺達を見た。
「賛成だ。」
俺の返事を聞くなり、屋台が並んだ道を真っ直ぐに進んだ。
歩いている最中、時々吹く冷たい風にあおられながら桜を見上げると夕暮れの空と混ざって幻想的な風景になっていた。
「…キレイだな。」
「そうじゃな。」
そのまま俺達は“桜トンネル”と呼ばれている道にたどり着いた。
桜トンネルとはその名の通り、桜がトンネルの様になっている道だ。そのトンネルの中央にはボートに乗れる川があって、それを目的にここえ訪れる人も少なくないだろう。
ちなみに、ベストな写真撮影スポットでもある。
「おお! ここの道の桜は一味違うぞ!」
「だろ? 川を見ながら座れるベンチとかもあるから、屋台で何か買ってそこで食べるのもいいかもな。」
佳太はベンチを指差しながら言った。
「それもよさそげじゃな。」
「あとで屋台で食い物買ってそこで食うか?」
「うむ!」
一つ目的を決めた俺らは、桜トンネルをゆっくりと歩きながら春の風流を味わった。
桜トンネルを一周すると、さっきの屋台がたくさんある通りに戻ってきた。
「おお。優心、佳太よ、お主らならあれは得意そうではないか?」
田は射的を指差した。
「そうでもないさ。俺とかが持ってるエアガンとああいう屋台のコルクガンじゃ命中精度が違うし、何よりも景品が重くて落ちないと思う。」
俺は腕を組ながら言った。
「んじゃさ、協力プレイで撃破するのはどうだ?」
佳太が提案してきた。
「協力プレイって?」
「お互いに大きめの物で欲しい景品を決めて、2人で同時に撃つんだ。そうすれば2人分の勢いで何かしら落ちるかもしれん。」
「同時に撃つなんて行為、許してくれるか?」
「そこは何も言わず、怪しまれたらたまたま同じ物を狙ったってことでいいだろう。」
「ま、それもそうだな。んじゃ、やろうか。」
しんみりと作戦を決めた俺達は射的の屋台へ行き、お金を払った。料金は400円で5発支給されるようだ。
それにしても景品をあらためて見てみると、それ程欲しいとい物が見当たらない。
「田は何か欲しいものはあるか?」
「あれは落ちるのか?」
田はボーンザウルスという小学生辺りの年代層に大人気の組み立てタイプのフィギュアを指差した。
「ふむ、やってみるか。」
「OK。」
俺と佳太は呼吸を整えて、利き手の足を一歩引いてからコルクガンを構えると、申し訳程度の照準を覗いた。ちなみに俺は左利きだ。
パン!
引き金を引いてみるとわりと大きな音が響いた。
しかし予想していた通り、かなり命中精度は低いようたったが、的のボーンザウルスの箱が大きかったため、端に命中して落とすことができた。
「ビューティフォー。」
俺は佳太にそう言った。
「他に狙いたいものはあるか?」
「んー、あのジッポーライターは取れるもんかな?」
景品の中にはジッポーライターがちんまりと置いてあった。個人的にああいうジッポーライターみたいなのには興味がある。
しかし、距離が約1メートル弱で、あのサイズの物をこの銃で狙うにはオレの技量的にかなり厳しいだろう。
とは言えどもやってみなければわからない。
とりあえずと言わんばかりに1人で3発使って狙ってみた。当たる気配はなかった。
「う~む。」
最後の一発をどうするか悩みながら佳太の方をみると、佳太の方は一発ごとに景品を的確に獲得している様子だった。
「相変わらず上手いな。」
「こういうのに関しては技量を極振りしてるからな。」
「そうだったや。」
俺と佳太は笑いながら言った。
「俺はもう撃ち終わったし、もしよかったら最後の一発、俺に託してみないか?」
「せっかくだし、頼んだ。」
俺はそう言って佳太に最後の一発を渡した。
「任せろ。」
佳太はコルクガンのグリップを握ると、ストックを肩にしっかりとつけて照準を覗いた。
パン!
コルクガンの銃声と共にジッポーライターは後ろに飛んでいった。どうやら見事に命中したようだ。
屋台のおじいさんは絶賛しなからそのジッポーライターを拾い、佳太に渡した。
「うおう、まじか。」
「ほれ、やるよ。」
佳太はそのジッポーライターを俺の手のひらに乗せた。
「すまん、ありがとう。」
それを見た田は興奮して言ってきた。
「佳太はそういうのが上手いんじゃな!」
「ああ。俺たちがサバゲーするときもスナイパーってのをやってるんだが、結構俺もやられてるんだぜ。」
「さばげー?」
「ああ。機会があったら今度教えてやるよ。」
「うむ。」
「さて、次はどうする?」
佳太が聞いてきた。
「そうだな…そろそろ腹も減ってきたし、食い物と飲み物を買って、さっきのベンチに行くか?」
「そうするか。」
それから俺達は食べ物と飲み物を調達するために再び屋台を見て回ることにした。
「いろいろな屋台があるんじゃのお。」
「そうだな。いまや屋台で本格的なスイーツが買えたりするんだぜ。」
「スイーツ?」
田はいつものように首をかしげた。
「スイーツってのは簡単に言えばお菓子とかの甘味のことだよ。」
「ほお。」
俺が説明すると納得したように頷いた。
「ほら、ああいうのだよ。」
佳太は近くにあった、“美味しいクリームパフ”と書かれた屋台を指差した。
「クリームパフ?」
「くりーむぱふ?」
俺と田は声を合わせて疑問形になった。
「クリームパフってのはたしか英語でな、日本語でシュークリームのことだよ。」
「まじかよ。」
心の中で経験値を入手したような気分になった。
「しゅーくりーむ?」
「シュークリームってのは洋菓子の一種で、生地の中に空洞ができるように焼いて、その中にカスタードクリームとかを入れた食べ物だ。個人的には好きなスイーツだが、食べ方を失敗するとやや大変な思いをするんだ…。」
「洋菓子? かすたーどくりーむ? 失敗すると大変?」
一応、精一杯の説明をしたつもりだが田の頭にクエスチョンマークがたくさんでていた。
「ま、見れば分かるよ。」
俺がそう言うと田は小走りでその屋台へ行った。
「おお! 優心、優心、これは食べてみたいぞ!」
「おいおい…。まあ、いいか。」
田は屋台を3秒見ただけで食べたいの一点張りだった。
「一つだけだぞ?」
「うむ。ありがとう!」
結局の流れで買ってはしまったものの、一回だけだしそんなに後悔はしていない。
しかし、その後も田は気になった屋台にとことん突っ込んでいってはねだるを繰り返したのだった。
「ふう、やっと買い物が終わったのお。」
なんやかんやで一時間ちょっとかかってベンチに戻ってきた。
空はもう夜といっていいくらいには暗くなっていて、絶好の夜桜環境になっていた。
「すまんな、佳太。いろいろ寄り道してしまって。」
「別に気にしてない。普段見ない屋台もいろいろ見れたしな。」
「そうだな。」
それから俺達はベンチに並んで座り、川を見ながら買ったものを食べ始めた。
「やっぱり桜はいいなあ。見てれば落ち着くっていうか。」
俺は灯籠の光で川に映る桜に見とれて言った。
「わかる。ほんと、こう言うの見てれば落ち着くっていうか清々しい気持ちになるな。」
佳太はそれに同情するように言った。
一方、田はいつもの彼女にしては珍しく無言で食べながら川を眺めていた。
「田、いつものお前にしては静かだな。」
「そうかの? こうして桜を見ていると、あらたまってあの小屋から出られたんだって感じがして、感慨深くなっておっただけじゃよ。」
「…そうか。」
なんやかんやで田は小屋に閉じ込められていた事を今でも気にしていたようだ。
それからは田をソッとしておいて、しばらく佳太と2人で昔の話などを駄弁りながら過ごした。
「よし、食い終わったことだし、この桜トンネルをまた一周してから俺の親と合流して帰ろうぜ。」
佳太はそう言うとベンチから立ち上がり食べた物の容器などを一つの袋にまとめ始めた。
「そうだな。ほら行くぞ田。」
「うむ。」
それから俺も立ち上がり軽く身体を伸ばした。
「んじゃ、行こうぜ。」
「おう。」
そうして歩き始めた瞬間、一瞬だけ強い風が吹いた。
その風は満開の桜の花びらを俺達のもとへ飛ばし、綺麗な桜吹雪を見せてきた。どうやらもう散り始めらしい。
黙ってその桜吹雪を見ていると、その中にいる田が今の環境にマッチして、幻想的に思えた。
「…良い夜風だ。」
俺は一人ぼそっと言った。
「…そうだな。」
「どうしたんじゃ? 行かないのか?」
俺と佳太が今の光景に黄昏ていると、田は何事もなかったように言ってきた。
「すまん、今いくよ。」
それから田について行くように俺達は桜トンネルを一周して、佳太のお母さんが待っていると言う駐車場へと向かった。
「それじゃあ、家に向かうよ?」
「お願いします。」
車に乗ると佳太のお母さんは笑顔でそう言って発車させた。
あらためて外を見ると辺りはすっかりと暗闇になっていた。
さて、ここで今日の一日を振り返ると時間はあっという間に過ぎているのだと感じさせられた。
この調子だと気づけば高校生活は終わり、今の生活は完全に変わってしまうのだろう。
そう思うと少し将来への不安が感じられる。
そんな事を考えながら何気なく後ろに座っている田を見ると、疲れてしまったのかぐっすりと眠っていた。
俺は特に眠いわけでもないため、だまって田舎の夜景色を眺めた。
「さ、家についたよ。」
あれから30分もすると家に到着した。
「すみません、ありがとうございます。」
俺はそう言いながら、座ったまま軽くお辞儀をした。
それから、熟睡モードに入っている田を起こそうと肩を揺すった。
「おーい、田。起きろ~、ついたぞ~。」
予想はしていたが、田はピクリとも動かなかった。
「これは背負って行った方が早いんじゃないか?」
佳太は助言するようにそう言った。
「そのようだな。」
俺は言われた通り、田をかつぐようにシートから降ろして外へと出ると背負った。
「それじゃ、今日はいろいろありがとう。」
そして降りてすぐに佳太にお礼を言いながら敬礼をした。
俺と佳太は別れる時はいつも自然と敬礼をするという謎のお決まりがある。
「おう、また今度な。」
佳太はそう言うと車のドアを閉めた。
それからすぐに車は走り出して去っていった。
「…さて、布団まで運ぶとしますか。」
俺はに家に入ると、母さんに今日の事を軽く話してから田を部屋の壁を背もたれにして座らせて、布団を敷いた。
「…んー?」
布団を敷き終わる頃にタイミング良く田は目を覚ましたようだ。
「起こしてしまったか?」
「…ここわぁ?」
見たところ結構寝ぼけているようだ。
「俺達の家の俺の部屋だよ。」
「…もぉ、かえってきたのかぁ。」
「ああ。布団を敷いたから寝るなら布団でな。」
「…ぅむ。おやすみなのじゃぁ。」
田はそう言うともぞもぞと布団に潜って動かなくなった。
「…おやすみ。」
俺は静かに言うと、佳太が射的で取ってくれたジッポーライターを特に意味なくいじり始めた。
そんなこんなでゴールデンウイーク前日の俺の大きなイベントは終わりを迎えたのである。
やはり親友とはいいものだ。