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やはり温泉は温泉でいいものじゃの

 

 今は日曜日の朝8時。


 昨日は半日程デパートに行ったりしていた。

 それから1日が開けた今日は、父さんも仕事なので部屋で一日ゲームでもやって過ごそうかと密かに考えていた……そんな時の話である。


「のお、優心ゆうしん。」


「んー?」


 俺は漫画本を読みながらでんに返事をした。


「突然で申し訳ない事承知じゃが、妾は温泉に入りたいぞ。」


「本当に突然だな。何かあったのか?」


「お主の家のお風呂もいいのだが、温泉は温泉で入りたいのじゃ。…ダメかの?」


 俺は本をパタンと閉じてでんを見た。


「近くに温泉はあるけど──」


「本当か!!」


 でんは飛び上がるように立ち上がった。


「まあ、最後まで話を聞け。」


「う、うむ。」


「それで近くに温泉はあるけど、男女別だからお前の面倒見てやれないし…そもそも女湯に入って女性と入浴したいってほど変態じゃないからな。とにかくお前を独りにするのは不安だ。」


 俺はでんにきっぱりとそう言った。


「う…でも“しゃわー”の使い方はちゃんと覚えたぞ!」


「…そう言う問題じゃない。」


 俺は諦めてもらう方向に持って行こうとした。


「うー…。」


 するとでんは、少し泣きそうな顔して落ち込み始めた。


「温泉って今行きたいのか? …夕方とかじゃダメか?」


 さすがに落ち込まれるのは嫌だった。


「…うむ、温泉で朝風呂をしたかったのじゃ。」


「ん~、せめて夕方ならな…。」


 そう言うとでんは本格的に落ち込んでしまった。


「で、でもだ、誰かと一緒なら大丈夫かな!」


 本当に俺はそう言う反応に打たれ弱い…。


「…本当か?」


「ああ! 母さんやばあちゃんに同行できるか聞いてみるよ!」


 俺はそう言って部屋を飛び出して母さんのもとへと向かった。

 母さんは洗濯機のある洗面所で手洗いしなければならない洗濯物を洗っていた。


「ねえ…母さん?」


「んー? どうしたの?」


 俺はさっきの話をまるまる伝えた。


「温泉に行くのは構わないけど、朝方は洗濯物とかで母さん忙しいから一緒には無理ね…。夕方ならいいのだけど。」


 母さんは申し訳なさそうにそう言った。

 そう、専業主婦は忙しいのだ。


「だよな…。ばあちゃんは?」


「おばあちゃんなら、『日曜セールだ!』とか言って朝早くからスーパーに出掛けたわよ。たぶん早くても11時くらいまでは戻って来ないと思うわ。」


「そっか…」


 俺は部屋へ戻ろうと振り返った。


「気軽に誘えそうな女の子の友達とかいないの?」


 母さんがボソッと言った。


「連絡先眺めてみる。」


 そう言い残して部屋へと戻った。

 

 部屋に戻ってからは、真っ先にでんに母さんとばあちゃんが同行できない事を伝えた。


「ふむう…。無理な気はしておったぞ。」


 でんは部屋の隅で背を向けて体育座りをした。


 俺は打開策を得るためにも、直ぐにスマホを開いて連絡先を見始めた。

 とは言っても、俺は女子となんてめったに話さない。

 なおさら異性の連絡先なんてほとんど持っていない。

 

 ただ、一人を除いては。


 その一人の名前は赤坂凪紗あかさかなぎさという人だ。

 彼女はとても話しやすいタイプの人で…何よりも現在進行形で俺が片想いをしている人なのだ。


 そんな彼女に俺はさっそくLINEで連絡をした。


[急で申し訳ないんだけど、今俺の家に泊まりに来てる親戚の女の子が温泉入りたいって言ってごねてるんだ。だけど家にいる人らは皆忙しくて誰も同行できないんだ。それでお金は払うから、もし暇だったら代わりに同行してくれないかな? 無理にとはいわないよ。勿論温泉には俺も行くから!]


 そう書いて俺は文を送信した。

 すると5分もすると返事が返ってきた。


[朝早くから大変だね(笑)。 別に特別な用事はないから行ってあげてもいいよ。しゃこちゃん温泉でいい?]


 俺は一人で特に意味のないガッツポーズをした。


 [助かる! 9時半頃にしゃこちゃん温泉の入り口で待ち合わせで。]


 俺は急いで文字を打って返信した。


 [わかった、あとでね!]


 俺はその返事を見て、でんの肩をポンポンとたたいた。


「なんじゃ…?」


「同行してくれる人を確保したから、温泉に行くぞ。」


「ほ、本当か!」


「ああ。一つだけ、お前は親戚の子って設定だから、あんまり変なことは言うなよ?」


「了承したぞ。」


 でんは立ち上がって喜んだ。

 それから外出用の服に着替えて母さんにその事を伝えると、ニヤニヤと笑いながら下着の着替えなどを用意してくれた。


 そと後、俺はとにでんは直ぐに家を出た。

 



「のお、優心。同行してくれる人はなんて名前じゃ?」


 家を出てからでんはずっとウキウキして歩いていた。それだけ温泉に入りたかったのだろう。


赤坂凪紗あかさかなぎはっていう人だよ。」


「お主との関係は?」


「俺と赤坂の関係? 高校はお互い違うけど、中学校1年の時に同じクラスになって仲良くなったってところかな。あと…んいや、なんでもないや。」


 でんに片思いをしている人だと言おうとしたが、別に他人に言う事でもないだろうと思い、黙っておくことにした。


「なんじゃ? 気になるぞ!」


「んー、誰にも言わないなら教えてやってもいいぞ。」


「隠し事なら得意じゃぞ?」


 でんは自信満々の表情をして言ってきた。


「本当かあ? まあいいや、特別に教えてあげるよ。その人に俺は片想いをしているんだよ。」


 俺は照れながら言った。


「片想い…つまり一方的に恋をしておるのじゃな。」


「まあ、そう言うことだ。意識し始めたのは中学二年に上がるくらいの時からだったかな。」


「何で中学校の時にお付き合いをしなかったのだ?」


 でんはいつもながら首を傾げた。


「まあ、俺がチキンって言うのもあるだけど──」


「ちきん?」


「臆病者って意味だよ。昔の俺が臆病者だったから赤坂とは付き合えなかったんだよ。」


 するとでんは真剣な表情をした。


「でも、それだけではないだろう? さっき何か言いかけておったではないか。」


 でんは俺が言いかけていたのを聞き逃していなかった。


「お前、案外ちゃんと話を聞くタイプだな。まあいいさ。実はその時は既に他の人と付き合ってたんだよ。」


 それを聞くとでんは驚いた顔をした。


「ほ、ほう、優心が…意外じゃの。」


「意外で悪かったね……。まあ、その人とは中学校3年生の12月31日にメール…要するに手紙が届いて、フラれちゃったんだけどね。」


 俺はその時のことを思い出して少しシュンとなった。


「そうじゃったのか…。でも、赤坂と股をかけなかったのは良いことじゃな。」


「二股なんて後味悪いし、俺の性分じゃないからな。お付き合い中はどんな人が誘惑してきても、その時に付き合っている人一人だけをみていたいものだよ。」


「格好いい事を言うの。でも、今は誰とも付き合ってないのなら赤坂にその気持ちを伝えればよいのではないのか?」


「…それがな、ある事をきっかけに赤坂は高校在学中は誰とも付き合わないって決めたんだよ。」


「…そうじゃったのか。」


 そうこう話をしているうちに待ち合わせ場所のしゃこちゃん温泉の入り口に到着していたようだ。


「おお、ここがお主が言っておった温泉か!」


「実はもう少し近くにも一件あるんだが、赤坂の家からじゃ遠いから今回はここ。次の機会があったら近い方に連れていってやるよ。」


 そう言って俺は連絡が着てないかスマホを見た。

 すると[後少しでつく!]とだけ送られてきていた。 


 俺はすかさず[先についたから待ってる(笑)]と返信をした。

 

「ところで、ここはなんという温泉なのじゃ?」 


「ああ、そう言えば教えてなかったな。ここは“しゃこちゃん温泉”という所だよ。ついでに泉質はナトリウム-泉塩化物泉と言うものらしく、効能としては神経痛や筋肉痛、冷え性とかに良いらしい。」


 と俺はスマホで調べて出た内容をそのまま読み上げた。


「ほお、なかなかよさそうではないか。」


 そうして話をしていると後ろから赤坂がやってきた。


「ごめーん、待ったでしょ!」


 赤坂は両手を合わせて謝ってきた。


「いやいや、俺達も今ついたばかりだよ。」


「お主が赤坂じゃな!」


「こら、赤坂さんと呼べ。」


 俺がそう言うと赤坂はクスッと笑った。


「呼び捨てで構わないわ。あなたのお名前は?」


「妾はでんと申す。」


でんちゃんか…変わった名前ね。」


 赤坂は不思議そうな顔をした。


「ま、まあ、世の中にはいろいろな名前があるからな!」


 俺がそう言うと赤坂は納得したように微笑んだ。


「そうね。さあ、中へ入りましょ。」


「お、おう!」


 それから俺達は中へと入った。


 中へ入ると券売機から人数分の入浴券を買い、赤坂とでんに渡した。


「じゃあ、ここからは別行動で。ゆっくり入ってて構わないからな。」


 俺がそう言うと赤坂は頷いた。


「優心もね。」


 そうして赤坂達は女湯の脱衣所へと入って行った。

 本当にでんは大丈夫だろうか…。

 俺はそう不安を抱えながらも男湯の脱衣所に入った。





 ──女湯にて──


「ふう、いい湯じゃのお。赤坂よ同行に感謝するぞ。」


 やっと念願の温泉に入れたでんは慢心の笑みを浮かべていた。


「いいのよ。それにしてもこの時間帯は思ったより人が少ないね。」


「昨日行った“でぱーと”とやらもこんな感じじゃったの。」


 でんは思いし出したように言った。


「あら、昨日はデパートに行ったのね。」


「うむ。」


 その会話を最後に、しばらく無言で二人は温泉に浸かった。


「のお、お主はお付き合いしたい男性はおるのか?」


「お付き合いしたい男の人か…。私、高校にいる間はお付き合いしないって決めているの。」


 赤坂は暗い表情を浮かべた。


「なにかあったのか?」


でんちゃんには特別に教えてあげる。私ね、中学校の時に凄く好きな男の人がいたの。でも全然告白することできなくて、よく優心に相談をしていたわ。そんなこんなで中学校生活が終わってしまったのだけど、高校一年生になってその人と付き合う事ができたのよ。しかも相手から告白されてね。…夢のようだったわ。でも、それから半年が経った時の話なんだけど、その人と喧嘩しちゃったのよ。それで、中学校の時みたいに優心に相談しようと思って連絡してみたの。そしたら、とんでもない新事実を優心から聞かされたの。でんちゃんはなんだと思う?」


 でんは少し考えながら答えた。


「お主がお付き合いできた男性は股をかけておったとか?」


「正解。その人かなりの女たらしみたいでね、勿論最初はショックだったし信じたくはなかった。でも本人に問い詰めたら正直に答えてくれたの。私と付き合ったのも、他の女の人が飽きたからだって言ってた…。それからすぐにあの人とは別れて高校中は誰とも付き合わないって決めたの。」


「お主は辛い経験を積んでいるのじゃな……。」


でんちゃんは見た目によらず大人ね。」


 赤坂はそう言って笑った。


「お主は優心をお付き合いの対象としては見ないのか?」


「優心を?…見れなくはないわ。優心は話しやすいし、何よりも相談にのってくれるしね。でも彼とは付き合えない。」


「どうしてじゃ?」


 でんが質問すると赤坂は今度は申し訳ないような表情を浮かべた。

でんちゃんは優心が前にお付き合いしていたの知っているかしら?」


「その話なら少し昔に聞いたことがあるぞ。」


 でんはついさっきではなく、前にその話を聞いたように言った。


「そうなの? その人と別れたって言うのは?」


「それも聞いたことがあるぞ。」


「その人ね、優心と私がよく話をしていたのを浮気と勘違いして、それに嫉妬したの。それで、それが理由で優心と別れたの。優心本人はその事を知らないと思う。私はそれを知ってから優心と付き合うなんて申し訳ないとしか思えなくてね。」


 赤坂は少し涙ぐんだ。


「…そうじゃったのか。」


 でんはそう言って口元までお湯に潜りブクブクとさせた。


「さて、こんな話はお終い! 背中を洗ってあげるわね。」


 赤坂はそう言って浴槽から出た。





 ──男湯にて──


 俺は相変わらずでんの心配をしながら温泉に浸かっていた。


「おーい、タケシやー。」


 俺が黙って温泉に浸かっているとタケシという名前を呼ぶおじいさんがいた。

 この場には俺とそのおじいさんしかいなかっため、何となく俺のことをそう呼んでいるのだと察しはついていた。


「タケシやー、背中を洗っておくれー。」


「…はいはい、今いきますよ~。」


 しばらくスルーしていたが、何度も呼んでくるために仕方なくこの場だけ“タケシ”になることにした。


 おじいさんのもとへ行くとボディーソープで泡立ったボディタオルを渡された。

 俺は特になにも言わずそのタオルを受け取り、おじいさんの背中を洗い始めた。


「タケシやー、すまないのう。」


「あ、いえいえ。」


「そろそろええよ~。」


 おじいさんはそう言うとシャワーを出して泡を流し始めた。


「あの…これ。」


 俺はそう言ってボディタオルをおじいさんに渡した。


「おお、忘れとったわい。」


 おじいさんはそう言うとそれをお湯でジャブジャブと洗い、桶に入れて浴槽へと歩いていった。

 俺はシャワーの前にいるついでに身体を洗うことにした。

 

 身体を洗い終わって後ろを見ると、あのおじいさんの姿はなくなっていた。

 きっと早々と脱衣所へ出たのだと思い、特に気にしない事にして浴槽へと入った。


「ふい~。」


 よく考えればここの温泉には数年ぶりに来ている。

 でんの言うとおり自分の家の風呂もそれはそれでいいが、やはり温泉は温泉で良いものだ。


 しばらく湯に浸かってから浴槽を出て、脱衣所へと向かった。


「…ん?」


 脱衣所に出て自分の服を置いてあるロッカーを見ると、小さな紙が一枚置かれていた。


 [坊主よ、今日はたけしになってくれてありがとう。お駄賃だ。]


 紙にはそう書かれていた。


「お駄賃…?」


 俺は不審に思いがら服を着始めた。

 すると服の間から何かがヒラヒラと床へ落ちた。それを手に取るとそれは五千円札だった。


「まさかお駄賃って。」


 俺は背中を洗ってあげただけで五千円は貰いすぎだよとか思いながらも、財布へとしまって脱衣所をあとにした。





 中央ホールにいくとでんと赤坂の姿はまだ見られなかった。一足早く上がったようだ。


 少し暇になった俺は貰った五千円で牛乳でも買おうかと牛乳のある販売機へと行った。

 財布から五千円札を取り出してふとお札を入れる所を見ると「千円」とだけ書かれていた。このタイプの自動販売機は千円札以外のお札は使えないのだろう…。

 仕方なく思った俺は渋々と五千円札を財布にしまい、手持ちの小銭を入れて牛乳を買った。

 それから一番近くの長いすに座って牛乳をチビチビと飲んだ。


 半分くらい飲んだ頃、後ろからひょこっと誰かが顔を出してきた。

 俺はそれに少しびっくりしたが、直ぐにでんだとわかりフウっと一息ついた。


「いきなりでビックリしたじゃないか、でん。」


「何を飲んでおるんじゃ?」


「何って牛乳だけど。」


「牛乳…?」


 俺が牛乳が何かを説明しようとしたら、隣に湯上がりの赤坂が座ってきて少しドキっとなった。


「どうしたんじゃ?」


 でんは直ぐに俺の変化に気付いた。


「い、いや何でもない。そ、それより牛乳ってのはな、牛の乳の事だよ。」


「それは美味しいのか?」


「それは人によるけど、カルシウムは取れるから健康にはいいんじゃないかな。」


「あと胸が豊かになるかもよ?」


 赤坂が追加するように言ってきた。


「……それもあるかもな。」


 俺はなぜか納得して言ってしまった。


「ま、とりあえず飲んでみるか?」


「うむ。」


 俺はひとまずこの場から離脱しようと立ち上がった。


「そうだ、赤坂も何か飲む? せっかくだからおごるよ。」


「じゃあ、フルーツ牛乳でも頂こううかな。」


「了解っ。」


 そう言って牛乳の販売機へ歩いていった。

 後ろをちらっと見るとでんがついてきていた。


「これで買うのか?」


「ああ。せっかく販売機のところまで来たなら好きなの選んでいいぞ。」


「種類があるのか?」


 でんは首を傾げた。


「ああ。ここには普通の牛乳とコーヒー牛乳、フルーツ牛乳ってのがあるな。」


「おすすめはあるか?」


「んー…フルーツ牛乳かな。普通に旨いぞ。」


「じゃあそれをお願いするぞ。」


「あいよ。」


 俺はそう言って財布から小銭を取り出すと販売機へ入れた。

 

「ほい。」


「おお、ありがとう。」


 それから赤坂の分も買うと、さっきの長椅子に戻った。


「あの、はい。」


 席に戻ると直ぐに赤坂へフルーツ牛乳を渡した。


「ありがとう。」


 赤坂は牛乳ビンの蓋を開けてグビグビと飲み始めた。

 でんは赤坂の開け方を見てから、一人頷いて自分のビンの蓋を開けて飲み始めた。


「その…赤坂、今日はありがとう。」


 俺は照れながらお礼を言った。


「いえいえ。こちらこそ、おごってくれてありがとうね。」


 赤坂はそう言ってニコッと笑った。

 ついそれにドキッとして目をそらした。


「お、おう。」


「さて、牛乳も頂いたし、私は一足先に帰るわね。」


 赤坂はフルーツ牛乳を飲み干すとそう言って立ち上がった。


「おう、気をつけてな。」


「うん。」


 赤坂はそう返事をすると牛乳の瓶を回収箱へ入れて外へ出て行った。


「さて、妾達も帰るとするか?」


「そうだな。」


 それから田がブルース牛乳を飲み終えた頃に、俺達も家へと向かった。



 家へ向かっている最中、でんは何か言いたそうにずっとこっちをちらちら見ていた。


「…どうした?」

「ふぇ…いや、そのう。温泉で赤坂からどうしてお付き合いしないのかという話について教えてもらったんじゃ。」


「それって、俺から聞いたとか言ったのか?」


 でんは激しく首を横に振った。


「言っとらんぞ。…ただ──」


 でんは温泉での優心がどうして昔の彼女と別れたのかという話を思いだした。


「ただ?」


「…いや、何でもないぞ。」


「そうか…。」


 どういう会話をしたのかは分からないが、深く追求はしないことにした。知らぬが仏という言葉もあるだろうし。


 それからは田と駄弁っているうちにあっという間に家へと着いた。


「ただいまあ。」


「ただいまじゃ。」


 俺とでんはハモるようにそう言って家の中へと入った。


「あら、おかえりなさい。下着類は洗濯物としてまとめておきなさいよ。」


 母さんのそう言う声が聞こえた。


「はーい。」


 俺はとりあえずと言わんばかりに返事をした。


「さて、洗濯物とか仕訳してくるから、でんは一足先に部屋へ戻っててもいいぞ。」


「うむ。…その、温泉に連れて行ってくれてありがとう。」


 でんはそう言って昨日のプリクラの時のような笑顔を見せた。俺はそれに照れっとなった。


「お、おう。」


 そう返すと洗濯物を母さんへ渡しに向かった。



「温泉どうだった?」


 洗濯物を持って行くと母さんが最初にそう聞いてきた。


「良い湯だったよ。」


「そう。母さんも行きたかったわあ。」


 母さんはそう言いながら俺から洗濯物を受け取った。


「今度は家族で行かない?」


「それ、いいわね。父さんとかにも話してみるわ。」


 母さんは嬉しそうにそう言った。

 それからは、温泉であった変わった出来事について母さんに話をしてから部屋へと戻った。


 部屋へ戻るとでんは黙って床に転がっていた。


「…でん?」


 名前を呼んでしばらくしても返事がないため、近くによってしゃがんで見た。するとでんは気持ちよさそうに眠っているようだった。


 特に起こす理由もないため、布団を敷いてその上にでんを寝かせる事にした。


「さて、ゲームでもやるかあ。」


 後は学校までの残りの時間をいつものようにゴロゴロと過ごすことにした。

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