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ラジオを求めて


「いってきまーす。」


 いつもより元気の無い様子で優心ゆうしんは学校へ行ってしまった。


「ふむう……何かあったんかの?」


 優心を見送っていたでんがその姿に違和感を感じた。


「何がだ?」


 でんの疑問に朝食を食べ終えたばかりの兄の陽雅ようまが質問してきた。


「……優心の元気が無かったんじゃ。」


「元気が…? ん、ああ……ラジオが絡んでるかもな。」


 陽雅は顎に手を当てて言った。


「らじお?」


 田は聞きなれない単語に疑問を抱いた。


「ほら、この間話してた“虫送り”のPRをするために今日はラジオに出演するんだよ。」


「そうじゃったのか。…それで“らじお”とは何じゃ?」


「ん、ラジオを知らんのか?」


 田は無言で頷いた。


「まあ、最近はラジオを聞くヤツも激減してるだろうしな。」


「そうなのか? そもそも、“らじお”とは何をするものなんじゃ?」


「まあ、分かりやすくいうならテレビの音だけみたいなもんだな。」


「なるほど。」


 日々の生活でテレビについては理解している。

 それでも、いまいちラジオのイメージが湧いていない様子だった。


「あと、テレビと違って手軽に聞ける事と細かい地方に分けて放送している局もあるんだ。」


「ほほう。」


「例えば、これから優心が出演する予定のラジオも“ジーラジ”とか言う小区域の放送局だったはずだ。」


「なるほど。……どうすれば“らじお”は聞けるんじゃ?」


「ちょいカモン。」


 話す場所を玄関から陽雅の部屋にフィールドチェンジすると、陽雅は部屋のテーブル隅に置かれたCDラジカセを見せた。


「これで聞くことができる。」


「おお、大きいのお!」


 陽雅が持っているCDラジカセはミニコンポとなっているため、サイズはそれなりに大きい。


「ここをこうして──」


 陽雅はCDラジカセの電源をいれると、ラジオを再生して周波数を合わせ始めた。

 微妙なノイズ音と共に徐々に人の話し声がスピーカーから聞こえてくる。


「ほおおおっ」


 田は音声が聞こえてくるCDラジカセを興味津々に見つめていた。


「どうだ? これがラジオだ。」


「これで、優心が出演するのも聞けるのか?」


「んー、そればどうかな。この地域では電波を拾えない可能性があるんだよな。」


「そうなのか……。」


 田は残念そうにそう言うとラジオへ近寄った。

 もしかしたら電波を拾えるのかもしれないが、結局は隣街の五所川原まで行った方が確実なのかもしれない。


「これは持ち運びできないのか?」


「できないことはないが、電力を供給できないぞ?」


「なるほど……。それなら諦めるとするかの。」


 そう言って部屋を出ようとした時──


「あ、待て待て。諦めるのはまだ早いぞ。」


 陽雅のその言葉で部屋の扉を開こうとする手を止めた。


「と言うと?」


「最初に言ったろ? ラジオはテレビと違って気軽に聞けるのが特長だって。」


「うむ。」


「世の中にはこういうのもあるんだ。」


 陽雅はそう言うとスマートフォンの画面を田に見せた。

 そこに映っていたのはポケットラジオの画像だ。


「それな何じゃ?」


「これはポケットラジオと言ってだな、まさにポケットに入る程度の大きさで屋外にもって歩くことを想定して作られたラジオだ。」


「電力は大丈夫なのか?」


「そこは問題ない。この乾電池という物がその代わりを果たす。」


 陽雅はそう言いながら、棚の引き出しから単4電池を取り出して田に見せた。


「なるほど…。それを中に入れるのじゃな。」


「そう言う事だ。」


 その場は万事解決という雰囲気に包まれ始めた。

 しかし、一つだけ肝心な事を忘れている気がする。


「それで、その“ぽけっとらじお”はどこじゃ?」


「……持ってない。」


「なぬ……。」


「すまん。マジで持ってないんだ。」


 部屋の中は静寂に包まれた。

 なんだかんだで陽雅もラジオを聞く機会が限られているため、CDラジカセに搭載されているラジオ以外は持ち合わせがないのだ。


「ふむう。せっかくじゃから優心の出演するやつを聞こうかと思っておったのじゃが……やっぱり諦めるとするかのぅ。」


「そこでだ。」


 陽雅は財布を取り出して三人の野口さんを田に差し出した。


「そのポケットラジオは近くの電化製品屋で大抵は取り扱っている。値段も三千円あればおつりが出るだろう。…多分な。」


「ありがとうなのじゃ。」


 田は大喜びで三千円を手に握りしめた。


「ところで、その“でん…か…せいひん屋”はどこにあるんじゃ?」


「ああ。それならすこし前に行ったデパートを覚えているか?」


 いつしか優心と父さんの3人で行ったデパートだ。


「うむ。」


「その近くに青色の建物が2つ並んでいる所があるんだが、その中のデパートよりの方が電化製品屋だ。」


「ふむ……。」


 陽雅は田の表情を伺うと不安が込み上げてきた。


「まあ、手書きでいいなら地図を書いてやるよ。」


「それならお願いするぞ。」


 田がそう言うと陽雅はテーブルに置いてあったメモ用紙を一枚取り、デパート周辺の簡易的な地図を書いて田に渡した。


「ほれ、これで行けるだろ?」


「うむ、感謝するぞ。」


 田はそう言うと小走りで陽雅の部屋を出ていった。

 早速、その電化製品屋に行くつもりなのだ。




「行ってくるのじゃ。」


 身支度を済ませた田は、早くも手書きの地図に記された電化製品屋へ出発しようとしていた。

 この日は雲が少しある程度の晴れで、日差しがそれなりに強く暑い日だった。


「んんー。今日は篤くなりそうじゃの。」


 田は背伸びしながらゆっくりと歩き始めた。

 通り道の脇にある田んぼでは、農業用の機械で苗を植えている姿が見られる。

 少しずつ夏への変化を感じられる、そんな光景に見えた。




「申し訳ございません。当店ではただいま在庫がなくて…。」


「ぬ……そうなのか。」


 あるから迷わず家電製品屋にたどり着いたのはいいが、どうやら店に在庫が無いようだった。


「他に近くで売ってくれる所は無いかの?」


「少々お待ち下さい。」


 田の質問に店員は頭を下げると小走りでバックヤードへと行った。それから、数分して小さな紙を持って戻ってきた。


「お手数おかけしますが、一番近くにある五所川原店ならば在庫を確認できました。こちらの紙を店内のスタッフにお見せいただければ、直ぐ様商品をお持ちしますのでお持ちください。」


 店員はそう言うとその紙を田に渡した。


「おお! ……って五所川原店はどこにあるんじゃ?」


「えーと……」


 店員は付近を見渡して、一番近くに配置されていた広告のチラシを持ってきた。


「こちらをご覧ください。」


 チラシには広告の対象店舗の簡易的な地図が記されている。


「なるほど…。」


「良ければお持ちください。」


 店員は笑顔でその広告のチラシを田に渡した。


「ありがとうじゃ!」


 田はそう言うと頭を下げて店を出ていった。



「ふむう…ここからじゃと少し距離があるのお。」


 五所川原店の場所は、地図を見た限りでは優心が通っている高校よりも少し奥にある。

 とは言えども、まだ昼も来てないので焦らず向かう事にした。



 優心と出会ってから五所川原に行くときは“いぬい橋”ばかり通って行っていたが、さっきの家電製品屋から行くとなれば一つ隣に掛けられた“五所川原大橋”を通って行くのが無難となる。

 

「ほお、ここからの景色もまた良いものじゃな。」


 この橋は“いぬい橋”に比べて歩道が広く設けられており、川の真上では景色を眺めるのに丁度良い作りとなっている。

 ちなみにここから“いぬい橋”も見える。


 そんな環境でそよ風に黄昏ながら歩いているとあっという間に目的地の家電製品屋に到着していた。


「む、ここは上に登るのか。」


 建物の中に入ると直ぐにエスカレーターと階段があった。

 下の階は駐車場となっており、上の階が売り場となっている構造のようだ。


 田は階段を上って売り場に入ると、店員を探してウロウロと歩き始めた。


「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」


 田が何度も同じところを往復していると、その様子を見ていた店員が恐る恐る近づいて質問してきた。


「あ、これを……。」


 田はさっきの店でもらった、商品の内容が書かれた紙を差し出した。


「えーと……少々お待ち下さい。」


 紙を受け取った店員は小走りで商品を売り場から持ってきた。


「こちらでお間違い無いでしょうか?」


 店員の質問に田はキョトンとした。

 そもそも、ラジオには詳しくないために間違い探しなどできないのだ。

 しかし、店員が持ってきてくれたのは間違いなくポケットラジオだということは言える。


「う、うむ。これで大丈夫じゃ!」


「ありがとうございます。お会計はあちらのレジでお願いします。」


 田は店員からラジオを受けとると、真っ先に乾電池の売り場を目指して歩いた。


「陽雅から見せてもらった電池とやらはこれらじゃな。種類がこんなにもあるのか……。」


 乾電池の売り場に到着すると豊富な種類に戸惑いそうになった。


「むう……これに使えるのはどれなんじゃ……?」


 田はラジオのパッケージの裏を眺めてヒントを探し始めた。

 パッケージの文を上から順番に読んでいると、下の方に「単4形電池2個(別売)が必要」と書かれているのを見つけた。


「うむ……単4形じゃな。」


 売り場にある4本束になった単4を持つとレジへと向かった。



「ありがとうございました!」


 会計を済ませると田は満面の笑みで店を出ていった。


「これで準備は完璧じゃな。……とりあえず使って見るとするかの。」


 それから家電製品屋の一階の屋内に設置されているベンチに座ると、買ったばかりのラジオを開封した。


「こんなので本当に“らじお”が聞けるんかのう?」


 とりあえず本体と同梱していた取り扱い説明書を開くと、真っ先に乾電池の入れ方を調べた。


「うむ…これであってるんかの……」


 電池を入れる場所を見つけると慎重に蓋を開けた。

 電池ソケット内部にはどちらの方向で電池を入れればいいのか分かりやすい様に、正しい電池の向きの絵が刻印されていた。


「これでよし……。それでこれを押せばいいんじゃな。」


 電池を無事に入れた田は、ポケットラジオ本体の左上にある赤の小さなボタンを押した。

 すると、ラジオ正面の右上にある小さな赤いランプがチカチカと光だした。

 このランプは電波を受信している間は常に点灯するようになっている。今はちゃんと受信できていないようだ。


「む……何も聞こえんの。」


 田はラジオ正面にあるスピーカーに耳を当てて見たが何も聞こえない。

 説明書をもう一度確認すると、どうやらこのポケットラジオはイヤホンと一体型の設計のようだ。ラジオ本体の裏面にイヤホンとスピーカーを切り替えるスライド式のボタンがあるのだ。


 せっかくなので田はイヤホンで聞いてみることにした。


 イヤホンは本体裏面の右上にあり、掃除機のプラグのような感じで引っ張って使うようだった。


「おお…!」


 田は静かに驚ながらイヤホンを引っ張ると耳に装着した。

 イヤホンからはノイズ音だけが聞こえてくる。


「むう……後はこの周波数とやらを会わせればよいのじゃな。」


 説明書を見ながらチャネルを切り替えるダイヤルをゆっくりと回して、ノイズ音以外が聞こえてくる場所を探った。


「むむむ……お。」


 徐々に音楽が聞こえてくる。


「ほほお。」


 田は周波数を調整しながらも、タイトルも知らない音楽に聞き入ってしまっていた。





「時刻は16時をお知らせします。」


 ラジオ放送の時報を聞いて我に帰った。


「む……もうこんな時間か。」


 ラジオの調整が終わった後は家電製品屋を出て、昼ご飯を食べに食堂へ行ったり、優心の通っている高校近くにあるデパートへ行ったりしていた。

 その間は、どんな時もラジオを聞いていた。そのため使い方はほぼ熟知しただろう。


「優心の出演するラジオは何時からどの周波数でやるんかの?」


 田はふと考えた。

 そう言えば優心の出演するラジオの周波数も放送される時間も知らない。


「むう……う?」


 どうしようか考えながら優心の高校の付近を歩いていると、見覚えのある2人の顔が見えた。


「あれは……優心と拓斗たくとではないか!」


 田は話しかけようと走ったがすぐに足を止めた。

 これからラジオに出演する事で頭がいっぱいなに2人に、下手に話しかけて余計に緊張を高めるわけにはいかない……。


「ま、ええか。」


 田は隠れながら優心らの後を追うことにした。

 それにして2人の後ろ姿はどこか暗く見える。



 隠れながら歩き続けて15分弱。

 たどり着いた所は駅のほぼ隣にある大きな建物だった。何の建物かは分からないが、ここでラジオを放送しているのだろう。


 建物の入口で2人がしばらく駄弁っているかと思うと、知らない大人が2人来てその人らと中へ入っていった。

 

「ぬ、ラジオが始まるのか…。」


 田はゆっくりと建物の入口へ向かって歩き出した。

 

「む。」


 そこで入口の側にある看板に注目した。


「じー……らじ?」


 何とかカタカナを読みながら看板を見ていると、見覚えのある文字を発見した。それはラジオの周波数である。

 田はすぐ看板に書かれている周波数にラジオを合わせてみた。


「お……。」


 今度はさっきまでとは違う音楽が聞こえ始めた。

 どうやらこれがジーラジのようだ。


 ふと看板の横にある窓の中を覗くと優心らの姿が見えるではないか。

 田はそこが何の部屋かは分かっていない様子だが、この窓から見えている部屋こそがジーラジの放送スタジオなのだ。


 田は近くの電信柱により掛かるとラジオの音量を上げた。

 そのタイミングでラジオから聞こえていた音楽が徐々に低くなっていき、女性アナウンサーの声が聞こえてきた。



「さて、今日は今週末に五所川原市で行われる『奥津軽 虫と火祭り』のお知らせです。」

 

 それからはアナウンサーの質問に対して、緊張していたとは思えないくらいにしっかりと祭りについて話している優心の声が聞こえてきた。





 ラジオ放送は5分くらいで終わってしまい、さっきの窓からは優心らの姿は確認できない。

 しばらくその場で待機していると、建物の正面玄関から優心と拓斗が出てきた。

2人の様子を見る限りでは今日のお勤めは終了したという感じだ。


 そんな優心を見た田はゆっくりと彼の元へ近寄ってこう言った。


「優心よ、お疲れ様じゃ。」


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