お祭りのPR活動を全うせよ・上
親善大使の任命式から3週間が過ぎた頃の話だ。
祭の本番まではあと一週間。
ここまでは拓斗と二人で近くの小学校へ昔話の読み気かせに行ったり、藁の大松明の製作の手伝いなどをしてきた。
本番当日までに残された活動は、各学校の代表一人だけが参加するPR活動だけが残されていた。
そう、ラジオ出演とテレビ出演だ。
もちろん俺はこういうのが苦手な人間なので、やりたくないに決まっている。
だが誰かが犠牲……やらなければならないのは現実である。
なので、公平にオセロで勝負をして負けた方がやることになったのだが……拓斗があれほどまでにオセロが強かったとは。
「ああ……面倒くさい。」
時刻は16時過ぎ。学校の授業は全て終わり、放課後の時間となっている。
今日はラジオ出演があるため、うちの高校がある街の五所川原駅の隣にある、五所川原商工会議所まで来ていた。
この商工会議所内には、街の一部区域を放送区域として放送しているラジオ局があるのだ。
そのラジオ放送の愛称は「ジーラジ」というらしい。
俺はある程度の台詞が書かれた紙を片手に親善大使の活動を担う大人達を待っていた。
「なんで、わあ(俺)まで……。」
拓斗がふてくされた様に言った。
オセロで勝負をしたものの、ラジオ出演に関しては各学校の二人が出演しなければならなかったという……。
「まあ、仕方ないだろ。」
内心、一人じゃないことに安心している俺がいるのは黙っておこう。
しばらくすると親善大使の活動を担う大人の人が二人きた。
「おお、もう集まってたか。」
「あ、いえ。」
いよいよ始まるんだという事に緊張して、言葉があまり出てこなくなった。
拓斗に関してはもう口を開くことすらしない。
「とりあえず中に入って打ち合わせしよっか。」
大人達はそう言うと商工会議所の中へ入っていった。
俺は固まっている拓斗の肩に手を置くと、「諦めろ」と顔でジェスチャーして大人達の後を追った。
商工会議所に入ってすぐ右手にジーラジの放送事務所がある。
ちなみに外からはジーラジのスタジオが見えるようになっていて、放送も聞くことができる。
「お待ちしていました、こちらです。」
事務所の前には一人の女性が出迎えてくれた。
そのまま事務所内に入ると、放送機材等が置かれたスタジオの手前の部屋まで案内された。
そこにはテーブルと人数分のパイプ椅子が設置されている。
「とりあえずそこに座って下さい。放送開始まで余裕があるので簡単に打ち合わせをしますね。」
俺たちは無言で頭を下げながら椅子に座った。
全員が着席したのを確認すると、放送の流れやスタジオでの座る配置などを説明された。
それで分かったのは、この女性はラジオのアナウンサーだということだ。
本番ではアナウンサーの人が俺たちの紹介をして、祭についてを質問する。それに俺たちが答えるというスタイルらしい。
放送時間としては10分あるかないかだろう。
一応、オセロの件もあるため台詞が多い方は俺が担当することにはなっている。
「そろそろ、準備してください。」
スタジオで機材を操作している男性が声をかけてきた。
「それじゃあ、スタジオに入ってください。」
言われてスタジオに入るとなんとも言えない狭さに驚いた。
しかし、狭さに反して明るい部屋だ。勝手な想像ではあったが、ラジオの放送スタジオは薄暗いイメージが強かった。
俺たちがそれぞれの席に座るとテーブルにマイクが設置された。それと同時に心臓が苦しいくらいに動き始める。
「まもなく始まります。」
アナウンサーの人が機材を操作しながらいった。
今放送されている音楽が終わったらきっと俺たちの番なのだろう。
そう思っているうちに音楽が徐々にフェードアウトし始めた。
「さて、いかがだったでしょうか。」
アナウンサーの人がさっきまで流れていた音楽について、マイクに向けて語りはじめだ。
やばい、モノホンのラジオや……。
「さて、今日は今週末に五所川原市で行われる『奥津軽 虫と火祭り』のお知らせです。祭りを主催する五所川原青年会議所のまつり委員会の山田さんと谷口さん、親善大使を代表して商業高校の笠井さんと工藤さんにお越し頂きました。よろしくお願いします。」
俺たちは焦りながらも挨拶を返した。
「「よろしくお願いします」」
ああ、始まってしまったぁっ。
とは言え、最初は大人達の会話だけだったので必死に台詞の書かれた紙を見つめた。
「さて、現在準備の真っ最中だと思いますが、親善大使の皆さんも忙しそうですね。そもそも親善大使ってなんなんですか?」
少しボーッとしていたが、もう俺の台詞のようだ。
「はい、年々参加する団体が少なくなり、後継者不足などの問題を抱える『奥津軽 虫と火祭り』を、祭りに参加するだけでなく、祭りの歴史や虫の作り方を学んだり、小学校を訪問してPR活動を行うなど、解決に向けて取り組んでいます。」
ふう……なんとか言い切った。ここからしばらくは拓斗の台詞だ。
それにしても普通に会話している様にしか聞こえなくても、あらかじめ用意されている文章だとはね……。
「後継者不足が叫ばれる『奥津軽 虫と火祭り』ですが、親善大使の皆さんの活動を通して、これからの五所川原を担う子供たちが関心を持ったくれたら嬉しいですね。」
アナウンサーのこの台詞には、「俺たち、五所川原市民ではないんですけどね」っと突っ込みたくなったのは胸に隠しておく。
「さて、明後日にはいつもとは違う活動もするんですよね?」
再び俺の台詞がまわって来たようだ。
「はい、毎年祭りの会場で祈願串の頒布を行っています。祈願串とは、お願い事を書いてお焚き上げをすると、その願いが叶うとされていまして、今年は五所川原市の神明宮でも事前に頒布もするので、そのお手伝いをします。」
これが俺の最後の台詞だった。
この後も特に何事もなく進行して、ラジオ出演は終わりを迎えた。
「お疲れ様でした~!」
俺たちは現地解散でそれぞれ帰宅することになった。
終わってしまえば気が楽だ……と言いたいところだが、明日の放課後にはテレビ出演が待っている。
「じゃ、わあ(俺)はバスで帰るはんで(帰るから)。へばな(じゃあな)。」
「おう、また明日。」
拓斗は気楽そうだ。まあ、祭り当日までは仕事がないしな。
駅の前にあるバスターミナルへ向かっていく拓斗を見送ると自転車置き場へと向かった。
「優心よ、お疲れ様じゃ。」
ふと聞き覚えのある声が聞こえて振り替えると、片耳にイヤホンをつけた田が夕日に照らされながら立っていた。
「田!? どうしてこんな所に?」
「お主が“らじお”とやらに出演すると聞いての、せっかくじゃから聞いておこう思って、お店を巡っておったのじゃ。そしたら、お主の姿をたまたま見かけたのでここで見ておったんじゃよ。」
田の耳のイヤホンをたどってみると、イヤホンと一体型になっているポケットラジオを手に持っていた。
わざわざ、俺の声を聞くために買い物に出てたとは……少し、嬉しいじゃないか。
「よく、ラジオなんてわかったな。」
「お主の兄に聞いたからの。」
ぬかりないな、兄さん。
「その、終わったなら帰らぬか?」
「…そうだな、明日もあるし。」
俺は重いため息をついて自転車の鍵を外した。
それから田の買い物旅の話を聞きながら寄り道せずに家へと向かった。