一億ゴールドの依頼
「死んでるって、どういうことだよ」
リオンたちの状況を知るため、そしてリオンたちを戻ってこさせるため。
そのために、ミュウに会うべく、トラムまでやってきたのだ。
道中、飛行船では墜落の危機が何度もあった。
門番には法外な入門料を吹っかけられた。
荒野でモンスターの落とした硬貨を腰が痛くなるほど拾った。
それらの苦労が、まったくの無駄になったっていうのか。
「おいミュウ。間違いないんだろうな。嘘だったらただじゃおかないぞ」
「残念ながら、リオンたちは死んでたにゃ」
「嘘だ。嘘だと言ってくれ」
「そんな、まさか、リオンさんたちが……」
俺もセレスも、動揺してしまう。
「もっとも、半分、というほうが正確かにゃあ」
俺は品物を蹴散らして、ミュウに近づき、彼女の服をつかんだ。
「あまり、ふざけるなよ。半分嘘ってのはどういうことだ」
「そうかっかするにゃよ。ミュウにも、本当のところがわからないんだにゃあ」
ミュウは俺の手を払って、ぴんと背筋を伸ばす。
「いいか? よっく聞くにゃ。リオンたちは、死んでいた――ように、見えたのにゃ。<時計城>の隠し部屋、モンスターのこない安全な場所にテントを張って、その中にリオンたちは、半分、生きていたいたのにゃ」
「つまり、どういうことなんです?」
「眠っている――ようにも、見えたのにゃ。けど、ミュウがどんなに起こそうとしても、起きなかった。気付け薬を使おうが引っぱたこうが何をしようが、目覚めなかったのにゃあ。おそらく、何をしても目覚めない。
にゃら、死んでいるようなものじゃにゃーかにゃ?」
――ワケミタマ。
――お互い同じ魂で反発してしまう。
不意に、飛空船の部屋に突然現れた手紙のことを思い出す。
実に意味ありげな手紙だったし、あの手紙を信じたからこそ、ラスボスを俺は倒すという指針を得ることができた。
よくわからない。
だが、プレイヤーの操作キャラクタは、プレイヤーの操作なしには動かない。
動くのは、定められたイベント中においてのみ。
プレイヤーだった俺は、こうしてヴォルクとして転生している。
セレスやミュウはこうして自律して動いている。
だが、プレイヤーに操作されることが前提のキャラクターは?
リオンやオーディスたちは?
そして、フェミナは?
「セレス、一つ聞きたいことがある」
「は、はい!」
「フェミナは今日、目覚めていたか?」
「さ、さあ。ただ、昨日は、モンスターを元気に狩っていらっしゃいましたよ」
「今日は、見ていないんだな」
「た、たぶん。はい」
「おそらく、リオンたちと同じ状態のはずだ」
「ふむん? 面白そうな話だにゃ」
「俺たち、つまりリオンや、彼と共に戦う者たちに、呪いがかけられたのかもしれない」
実際、魂が入っていないだけかもしれないが、便宜上、こういう言い回しをしておく。
「呪い。それで、ヴォルクさんだけは無事、と」
「ああ。グアガの仕業かもしれないし、<時計城>の親玉・調停者とやらの仕業かもしれない。とにかく、リヴァイアサンに戻ってフェミナの様子を確かめないと」
「と言っても、ここまできた飛空船はその、壊れてますよ?」
そうだった。
飛空船内でバカなことをしたせいで、結局墜落してしまったのだ。
「セレス。材料さえあれば、せめて無線機くらいは作れるか?」
セレスは数秒、とぼけたような顔をしていたが、その後はっとする。
「はい、もちろんです」
「というわけだ。ミュウ、無線機の材料を調達してきてもらいたい」
「もちろん、ただとは、いかないにゃあ」
「ああ。とりあえずここに百万ゴールドある。セレスから材料を聞いた上で、判断してくれ」
「了解したにゃ」
「それじゃ、さっそくですけれど、中等工具一式に、ダマスカス鋼、銅線1メートルに、サージュエル10グラム――」
途中から、材料の内訳を俺は聞き流した。
聞いていてもあまり理解はできないし、覚えておくことが重要でもない。
「――以上です。が、いかがでしょう」
「ふむふむ。そうだにゃあ」
ミュウはしばらく上体を揺らして、考え込んでいるようだった。
不意に、かっと目を見開き、
「一億ゴールドだにゃ!」
「はあ?!」
「いや、えっ?」
「ご贔屓の割引を入れて、諸々サービスして、一億ゴールド。さてさて、いかがかにゃあ」
百万ゴールドなど、霞んでしまう。
終盤に行くほど貨幣価値がインフレしていくのが常だ。
そうはいっても、これは、門番が吹っかけてきた値段どころではない。
完全に無茶、無理な値段。
「無理、無理ですよそんな! ミュウさん、これはいわば、世界の危機なんですよ! なんとかなりませんか」
「世界の危機にゃら、そう言ってお金を集めてくるといいにゃあ。きっと世界のお仲間たちは、お金を出してくれるんじゃにゃーか? ミュウは違うけどにゃ」
「せめて、いくらか、まかりませんか。もう十分の一くらい」
「だめにゃ」
「ミュウさん、そこをなんとか。リオンさんたちの、私達の仲間でしょう?」
「だーめーにゃー。まったく、あんたらは勝手じゃにゃーか? ミュウは孤高にされたのにゃ。一人の力で生きてきたのにゃ。今更都合のいいときに仲間面とか、迷惑なんだにゃー」
数少ない猫人族の生き残り、ミュウ・イルゴーン。
彼女はところ構わず無許可の一匹狼で商売を行う。
人に似て、けれど人ではない見た目。
人はどこまで行っても、自分と違うと判断すれば区別する、差別する。
だから、ミュウ・イルゴーンは、例え死にそうな人間相手であっても、厳しく商いをする。
「ヴォルクさん、ここは一つ、ヴォルクさんの呪術で言うこと聞かせたり……」
「できなくはないがな」
<魅了>が、スキルの中に存在する。
使ったことはないが、ミュウを言うなりにできるはずだ。
「そんなことをミュウにやりたくない」
「にゃあ。さすがドのつくシスコンは、情が深いにゃあ。けれどさて? 世界の危機、にゃ? お仲間のために、ミュウを犠牲にするのも、やむなし、だにゃあ」
「なんだかんだ、散々世話になってきた。それに、お前のこと、嫌いじゃない。むしろ、好きだ」
世間、あるいは世界というものから、除け者にされてきた。
そういうところに俺と共通点があるし、ミュウががんばって生きてきたところを尊敬もする。
だから、ミュウに力尽くで、呪術で無理やり屈服させる、というのはダメだ。
やりたくない。
けれど、一億ゴールド。
とても支払えたものでもないのが、実情だ。
今日、荒野でやったようなことを、あちこちで繰り返せば稼ぐことはできる。
ただ、それに一体どれだけの時間がかかる。
大体、百万ゴールドが無茶な値段だったのだ。
支払えるはずのない価格設定。
それが意味するところは、一つだ。
「金を支払う以外に、材料を調達してもらえる手段が、ある。そうだな」
「にゃあ」
ミュウが、背中のほうで尻尾を動かすのが見えた。
「さすが、頭はポンコツじゃにゃいようにゃ。けれど、商人のほうから望みを言うことはないにゃ。ミュウの望みを、ヴォルクに引き出せるかにゃ?」
実際、わからない。
「あの、ヴォルクさん」
「少し黙ってろ。考えてる」
セレスが話しかけてくるのを黙らせる。
じっくり、ミュウの顔を見つめながら考える。
「にゃあ。少しだけ、ヴォルクの魅了の呪術にかかったみたいにゃ」
そんなつもりは、一切ない。
大体少しだけ、という種類のものではないはずだ。
だから、魅了の呪術にかかった、というのは一種の冗談であり、方便。
「にゃから、少しだけ、ヒントだにゃ。にゃるほどミュウは素晴らしい足を持っていて、どこにでも行けるにゃ。けれど、そんなミュウでも困るときがあるのにゃ。それが、ヒントにゃが、ヴォルクにわかるかにゃあ?」
本当に、ミュウはどこにでも現れる。
けれど、どこかにデメリットや、困った点が出てくる。
素晴らしいものにも、必ず負の側面がある。
ミュウの健脚にも、綻びがある。
それこそ火の中水の中山の中ダンジョンの中、どこでもにミュウは現れる。
溶岩地帯であれ、針の通路の向こう側であれ、毒の沼であれ、現れる。
そんな完璧な彼女の脚に、綻びがあるというのか。
果ては空の上までやってくるような人間、もとい猫人だ。
俺は、ミュウの頭のてっぺんから足まで、じっくり眺めた。
まさか俺の的外れな推測をからかっているのでは、とまで思えてしまう。
ただミュウは真剣なようだし、実際ヒントももらった。
不審な点といえば、儲かっているくせに服がみすぼらしいところくらいだが、彼女がケチだということで説明が――、
「――そうか。そういうことか」
「にゃあ。答えに、至ったのかにゃ?」
「いかにお前の足が丈夫であれ、限界もある。ましてや身に着けているもののほうが先に悲鳴を上げるのが当然。かといって、お前は、売っていないものは扱えない」
「くふふ。さあ、そのものずばり、答えを」
「――靴だな」
「靴? 靴って、ああ!」
セレスも、得心が行ったようだ。
ミュウの靴は、いっそ服よりもぼろぼろだ。
何度も底を抜いたり、指先に穴を開けたりしたようだ。
そういう修繕の跡がうかがえる。
「大正解。ミュウの靴は、いわば金を生む靴にゃ。一億ゴールド出しても手に入らない、ミュウの足にぴったりな丈夫な丈夫な靴。それにゃらば、当然、一億ゴールドの代わりになるにゃあ?」
「結局、靴が欲しくて吹っかけたんだろうが」
「くふふ」
笑ってごまかされた。
まあいい、とにかく正解したのだ。
「靴の材料には、おあつらえむきのモンスターがいるな」
「にゃあ。トラムから東に山越えをするために通る山道に」
「――<ディスピア・バイパー>が、いる」