主人公は死んだ!?
「数えてないが、しめて百万ゴールドはあるはずだ」
塵とならずに消えなかったモンスターの皮で、簡単な袋を作った。
その皮に硬貨を詰め込んでいく作業のほうが、モンスター退治よりよほど苦労した。
俺が門番の足元に硬貨の詰まった袋を投げつける。
すると、門番はこちらを警戒しながらも、袋の中身を検めた。
彼の顔に、下卑た笑みが浮かぶ。
「ま、い、いいだろ。おおい」
と、門番が門の向こうに合図を送ろうとする。
俺はすかさず、
「まあ待て」
と押し留めた。
「な、なんだよ。門を開けてやろうってのに」
「お前、俺が本当に百万ゴールド持ってくるなんて、思っていなかっただろう」
門番は気色ばんだ様子で、黙りこくった。
元よりわかりきっていたことだ。
門番は俺達の身なりから、無茶な値段を吹っかけてきた。
だが予想に反して百万ゴールドをそろえてやってきている。
さてどうするか?
当然、正規の入門料は街に納め、残りは自分のものとする。
「さて問題だ。街から追い出される門番は、三日かけて南の村にたどり着けるだろうか?」
「へっ」
「これだけ稼ぐのに、散々モンスターを呼び寄せておいたからな。街から離れれば、何十匹とモンスターにお目にかかれるだろう。それを踏まえて、よく考えろ」
門番は汗を噴出し始めた。
「入門料によって人を選び治安を守ろうとするのはわかる。それでいい。だが正規の百倍も吹っかけて、本当にお前、ただで済むと思っているのか? ならば、その袋を手に取るといい。地獄への駄賃だ」
門番は白目をむきはじめ、膝から崩れ落ちた。
かと思えば、俺の足元にすがってくる。
「もぉうしわけありませんでした! このことは何卒! 何卒ご内密に! これほど短時間にたやすく百万ゴールドを集めるその強さ! お見それいたしました! あなた様は、リオン殿の誇るべきお仲間であるに違いありません! どうかそのご慈悲で私めをお見逃しを! 私には妻はおりませんが子どもがいるのです!」
よくもまあべらべらと懇願の文句が出てくるものだ。
「ヴォルクさん、絶対この人嘘言ってますよ」
「そんなかわいらしいお嬢さん! 決して嘘など――」
「もしかしてこの人のせいで、ひどい目に遭ってきた人がたくさんいるんでは? とすると、お咎めなしというのは、ありえませんね」
「ひぃ――」
門番は、尻を地面にこするように後ずさる。
それから門に向かって叫んだ。
「おおい、開門、開門だ! リオン殿のお仲間がいらっしゃった!」
門は外、つまりこちらに向かって開く。
内部のほうにも門番はいたようだが、外にいた門番とは逆に笑顔だった。
「なんと、リオン殿のお仲間とは」
「この街が今あるのもリオン殿のおかげ。ゆっくりしていってください」
俺は適当に手を上げて応じる。
後から、袋を拾ってきたセレスが追いついてくる。
「あの門番、どうするんです?」
「別にもうどうもしないさ」
「いやだって、むかつくじゃないですか。絶対こらしめないと」
「もうすでに、罰は与えておいた。俺の魔眼でな」
セレスが黙ってしまう。
しまった、ヒかせたか。
「さすが、世界一の呪術師ってところですね」
感心された。
もっとも、罰を与えられた確証があるわけではない。
魔眼とは自動発動のスキルであり、ヴォルクににらまれたものは運がゼロになる、というものがある。
戦闘時、ランダム、というかヴォルクの気まぐれによって発動していた。
どれだけ効果があるかわからないが、悪事を見逃される幸運は、もうないだろう。
「それで、どちらに? そもそもまだなぜトラムに来たのか、私聞いてませんけど」
門をくぐって正面を真っ直ぐ進めば、市場通りを歩くことになる。
市場通りでは、家の軒先に台を出して店を出している。
店の大半は、食い物だ。パンに野菜、肉、様々な料理があちこちで見受けられた。残りは雑貨に、武器や防具、薬を売っていた。
「ヴォルクさんってば」
「ん、ああ。何だ」
「だから、どうしてトラムに?」
「リオンたちの様子を確かめるためだ」
「それなら<時計城>にもぐるべき、ですけれど」
「それがムリだからここに来た。ここに、リオンたちの様子を知っている人間がいるはずなんだ」
「まさか。予言の巫女でもここにいるとでも?」
「巫女よりもずっと確実な人間がいる。いや、人間、というのには少し語弊があるか」
「話が、見えません」
市場通りが終わろうとしていた。
さらに進めば、噴水広場に出るが、そちらに用はない。
市場通りの終端に、彼女はいた。
砂っぽいローブを着て、フードを目深に被っている。
広げた布の上に商品を並べて、店を開いていた。
並ぶのはポーションの類や、アクセサリ類である。
俺はその店の前で立ち止まり、しゃがみこむ。
「ヴォルクさん、そこたぶん無許可の……買い物するのは危ないですよ」
市場通りで店を開くものは市の許可を得ていなければならない。
セレスの言う通り、みすぼらしい格好の彼女は無許可だろう。
「よう。久しぶりだな、ミュウ・イルゴーン」
俺が話しかけると、フードの下で覗く口元がにやりと笑う。
「にゃあ」
「にゃ、にゃあ?」
セレスが不審がるのもわかる。
が、妙な返事をするのにも、意味がある。
フードが、不自然に盛り上がった。
店を開く彼女の頭に、何かが生えたかのように。
だが、元から生えていたのを、畳んで隠していただけだ。
「久しぶり、ヴォルク。相変わらず陰が薄いにゃあ?」
余計なお世話だ。
ミュウはフードを指で押し上げ、顔を露にする。
人懐っこそうな顔つきで、口元は常ににんまりとしているのがデフォだ。
ただしその髪の間からは、猫耳が生えている。
「は、その、猫、耳、ええ?」
セレスが明らかに戸惑っている。
「初めましてお嬢さん。ミュウはミュウ・イルゴーン。誇り高き猫人族、なのにゃ」
「は、じめまして?」
「会うのは初めてだろうが、俺たちは何度となくこいつに世話になってる。ところ構わず、無許可で商売をするのがこいつの生業なんだ」
「寂れた村からモンスターの巣窟まで。商機とあらば即参上。毎度ごひいきに、ミュウのお店だにゃ」
「けど、その、猫人族なんて、聞いたことありません」
「そうだにゃあ。語るに涙、聞くにお金、そんなお話があるにゃーけど、いかがかにゃ?」
「つまりはこいつは猫人族の数少ない生き残りだそうだ」
「にゃー、そんな簡単にまとめないでほしいにゃ。それはそれは波乱万丈の物語がなんと一万ゴールドから! お嬢さん、きっと感動間違いなしにゃ! 聞いて行かないのは薄情にゃ! 情の薄い女はオスにもてにゃーぞ!」
「は? えっと……」
セレスのほうを見ると、ぎこちなくこちらを見てきていた。
俺は溜息をつく。
「聞かなくていい。それより別に、頼みたいことがある。ミュウ、お前、<時計城>にもリオンたちに商売に行ったな?」
「そんなバカな! 国を滅ぼすようなモンスターの巣窟ですよ!」
「にゃはは。それができるんだにゃあ。ミュウのしなやかで美しい足を以ってすれば、モンスターに気づかれず忍び込めるんだにゃ。
――で、ヴォルク。確かに最近<時計城>にも行ったにゃあ」
「空の上を、一体どうやって……」
「商売上の秘密だにゃ。それで、頼みたいことというのは何なのにゃ?」
「リオンたちに、リヴァイアサンへとにかく引き返してもらえるよう伝言してほしい。差し迫って、グアガを倒さなければならなくなった」
主人公たちさえ帰ってくれば、ラスボス戦も楽勝のはずだ。
「にゃあ? それはわかるにゃーけど、残念ながらムリだにゃ」
「なぜだ? 金を支払ってもいい。いま、百万ゴールドある」
「お金の問題じゃなくて、ミュウにはムリなんだにゃ」
ミュウは髪の毛を指先でくるくるともてあそぶ。
その間、空のほうを見つめていたが、ふとした時に俺に苦笑を向けた。
「リオンたちは、死んでいたんだにゃ」