本領
「だめだだめだ。入門料が払えない者は、トラムには入れないぞ」
呪い殺してやろうか貴様。
「だから、言ってるじゃないですか。この人は、この街をここまで復興させたリオンさんのお仲間、ヴォルクさんなんですよ。ついでに言えば、私は彼らの乗る飛空船の技術副主任です」
「はー? そんなこと言っても、だめなものはだめだ。大体、いるんだよね。リオン殿の仲間だー、とかほざくヤツ。俺のほうがよっぽど仲間だっての」
門番は耳をほじりながら話し、指先の耳くそを吹く。
俺とセレスは、トラムの門前までたどり着いた。
しかし、門番は入場料が必要だと言って、通そうとしない。
実際、ゲーム中でも、入門料が必要となるイベントがあった。
リオンたち一行が、他ならぬこのヴォルクに姿を変えられる呪いをかけられたのである。牢獄から脱出してきた際、門番によって街に入れなくされてしまう。
その時吹っかけられた入門料が、十万ゴールドだった。
ちなみに本来の入門料は一万ゴールド。
「百万ゴールド。でないと、とてもあんたらみたいなの入れられないね」
この門番は十倍吹っかける習性でもあんのか。
「そんなこと言ったって、私たち、一ゴールドも持ってないんですって」
「じゃあ、諦めな。ここから南に三日歩けば、小さな村がある。そこに行けばいい」
「三日も歩いてたらモンスターに殺されちゃいますよ!」
「自分らの無謀さを呪うんだな。大体どっから来たんだ? 怪しいなあ」
「空から、飛空船に乗ってきたんです!」
「ぶひゃひゃひゃ、飛空船なんてどこにあるんだ? お? それに乗ってどこへなりと行けばいいじゃないか」
「その飛空船が、墜落して壊れて、困ってるんですよ……」
ずっとセレスが門番と押し問答を繰り広げている。
けれど、とてもどうにもなりそうにない。
ゲーム中でも、いくら話しかけたところで、門番は街に入れてはくれなかった。
「セレス、もういい」
「だって、ヴォルクさん! こんな理不尽なことってあります? 正真正銘、ヴォルクさんはリオンさんの仲間なのに、ずっと一緒に戦ってきたのに!」
「そんなの、嘘っぱちだあ。お嬢さん、騙されてるにせよ、騙そうとしてるにせよ、無駄だよ。俺は、何度となくリオンさんとそのお仲間たちを見てきた。けど、そいつみたいな陰気で怪しいやつ、一度だって見たことがない」
実際、ヴォルクを行動パーティーに入れたことはほとんどない。
死にキャラは伊達ではない。
門番が見たことがなくても当然だな。
「そこの門番」
「何だ、やるか?」
やりあってもいい。
だが、街ではできるだけ自由に行動していたい。
門番にはおそらく勝てるだろうが、犯罪行為なのは間違いなかった。
「リオンは、困っている人間を見捨てるのか? まして、何も施しをしないものなのか? 施しの精神があってこそ、この街はここまで復興したんじゃないのか」
「それは我らが無垢の民だったからだ。だがお前らのような怪しい人間を助け、恩を仇で返されては敵わん!」
「まったく、その通りだな」
ゲーム中のやり込み要素として、この街の復興がある。
アイテムや資金を供給することで、廃墟となってしまった街は、かつてないほどの繁栄を見せるようになった。
復興をしていく様を見るのは満足感があったし、貴重なアイテムも手に入ったからな。
けど、なんとなく、皮肉なもんだ。
「わかった。だが、かつてリオンを追い返した時のように、後悔するなよ」
「へん! どこの酒場で噂を聞いたか知らんが、二度同じ失敗をするほど間抜けではないわ!」
実際してるんだがこいつ後でどうしてくれよう。
「セレス、行くぞ」
俺は踵を返し、門から離れる。
「は、はい!」
セレスがついてきて、俺の横に並んで歩く。
「それで、これからどうしましょう。やはり三日かけて、南の村に?」
「いや。百万ゴールドを集める」
「はい? そんな無茶ですよ! 私たち、一ゴールドだって持ってこなかったのに!」
「モンスターを倒せばいい」
「私がですか? ここいらのモンスターはさほど強くないですけど、それでも一匹がやっとですよ。この辺だと、モンスターを倒して得られるのは、せいぜいが三千ゴールド。私が三百人いない限り、ムリですって」
「俺が、その三百人分だ」
セレスから、じっとりした目で見つめられる。
「……何か言いたげだな」
「はい。だってヴォルクさん、呪術師じゃないですか」
「ああ」
「武器を使ってもろくにモンスター倒せないでしょう」
「そうだな」
「まともにダメージを与えられるスキル、全然持ってなくないですか」
「その通りだ」
「それは、その、飛空船では? 多少、かっこいいところもありましたけど? モンスターを倒すとなると」
俺は立ち止まり、街から十分離れたことを確認する。
辺りは荒野だ。畑も見られず、人気はない。
だからこそ、街に入れず困っていたわけだが。
「<忌まわしき呼び声>」
説明しよう。
忌まわしき呼び声は、モンスターを呼び寄せるスキルなのだ。
エンカウントするためのスキルで、100%モンスターがやってくるぞ。
「ギャアアアアアアアアアア!」
セレスが俺の外套をつかみ、揺さぶってくる。
「何してくれてんですか何してくれてんですか何してくれてんですかあ!」
「モンスターを呼んだ」
「ンなことはわかってますよ、できるだけ出会わないように南の村に行くのが一番なのに!」
「そんな時間はないしそんな手間もかけてられないんだよ」
「だからって自殺とか! あと私を巻き添えってやっぱ恨んでます!?」
「自殺もしないし恨んでもいない」
セレスから怒鳴られている間に、荒野の向こうからモンスターが来ていた。
はじめは遠目で、黒褐色の獣程度にしかわからなかった。
近づいてくるにつれて、詳細がわかるようになる。
四足歩行に茶色のたてがみが背中にあり、筋肉が発達している。
頭はライオンに似ているが頭からは太いねじれた角を生やす。
体の周囲では、静電気を発生させていた。
モンスター名、<サンダーブル>。
攻撃力と体力が高いことや、角から射出される雷槍攻撃が特徴。
距離は目測で二十メートル。
サンダーブルは、角の間で帯電を始めていた。
「私は焼いてもおいしくないですよ!」
セレスが俺の背中に隠れる。
俺を盾にしてやしないか。
まあ、別にいいけど。
「<地獄よりの鎖>」
サンダーブルの四肢を拘束する。
敵の移動が止まる。
「<死神の一振り>」
地面より、ぼろぼろのローブをまとった骸骨がぬっと現れる。
大鎌を背負っている。
残像でしかとらえられない速度で、鎌を振るった。
死神は鎌の先に、青白い炎を載せている。
それが、サンダーブルの魂だ。
魂を抜かれたサンダーブルは倒れ、魂は死神のローブの下に吸い込まれる。
そして死神は、地中へと去った。
後に残るはサンダーブルの体のみである。
その体も、塵となって消えていこうとしていた。
塵の中に、ゴールドの小さな山が覗いている。
俺はセレスを振り返る。
セレスは思い切り顔をそらしてきた。
「わ、私は信じてましたよ」
明らかに嘘とわかるが、まあ説明しなかった俺も悪い。
というか、セレスをうろたえさせるのが癖になりつつある。
かわいい子にイタズラしたくなる心理と同じだ。
こちとら彼女いない歴=年齢だったんだ。
そういう心理が働いても、さもあらん、だ。
「とにかく、これで百万ゴールドも見えてきましたね!」
「まだ、手間だな」
「へ?」
「<忌まわしき呼び声>、<忌まわしき呼び声>、<忌まわしき呼び声>」
俺はスキルを連発する。
遠くから地面を走ってくるものや、空から飛来してくるもの、地中から湧き出してくるものと、様々なモンスターが向かってきた。
「ヴォルクさん、ちょっと!」
俺はセレスを無視して、スキルをさらに重ねた。
「ヴォルクさん後ろ!」
予想以上に、一匹のモンスター、<ホブゴブリン>が接近していた。
「<青い鳥篭>」
鋼の鳥篭が、俺とセレスを閉じ込めるように発生する。
回避不能にするスキルだが、これをセレスに使用した。
これで、さらにモンスターを呼べる。
<忌まわしき呼び声>を連発。
モンスターは集まり続けている。
「こ、これ、絶対死ぬやつですって!」
セレスがすがってくるが、無視。
鳥篭の周囲では、モンスターが五十や百で足りないほど、集まって来ていた。
モンスター構成はざっとこんなものだ。
サンダーブルのほか、<ホブゴブリン>、<ブルーマルスライム>、<ハイリザード>、<スカルジャグラー>。
そろそろ、間引いておくのがよさそうだ。
「セレス」
「はい?」
俺はセレスを抱き寄せ、彼女を外套の下に抱く。
「ヴォルクさん、こんな時に何なんですか!」
顔を真っ赤にしたセレスが抗議してくる。
「念のためだ」
万が一にもセレスが被害に遭わぬようにしておく。
その上で、このスキルだ。
「<死神の舞踊」
最後から二番目に覚えるスキル。
死神の一振りと効果はほぼ同じ。
ただし、対象は複数、全体化がかかっている。
荒野のあちこちで、三メートルほどの死神が発生する。
死神たちは歯を鳴らして笑いながら、次々と大鎌を振るい、モンスターの魂を狩っていく。
わずか三秒ほどのことで、荒野はモンスターの死体で一杯になった。
だが、むなしい。手ごたえがない。実感や充実感というものがない。
やはり俺は、さっさとラスボスを倒し、主人公リオンとしてやり直したい。
双剣を風のごとく振るい、強烈な連撃で敵を仕留める。それはきっとたまらなく快感だろう。
「……すごい。リオンさんの仲間は伊達じゃありませんね!」
「曲がりなりにも、レベル99だしな。<解呪>」
唯一のバフスキルで、セレスの鳥篭状態を解除。
鳥篭が消えていく。
風が吹く荒野では、きらきらと硬貨があちこちで輝いていた。